悪雲の兆し
彼女は、わかっていた。
一目で、ヘムンドゥが明らかに存在感が違うことに。
そして、今まで感じた事の無いただならぬ気配にエマは覚悟を決めていた。
不意打ちとは言え、母である『七天魔皇』の一人、『シルヴァクス騎士団』の王である『女夜叉』ミュランを倒したのだ。
だからこそ、わかっていた。
こうなることに……。
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ヘムンドゥとエマが衝突する数刻前。
倭国カグヤのキョウラクの『グランディセウム学園』、学園長でシキは机の上で項垂れている『七天魔皇』の一人、ビティーカは泣きそうな声で幾つもの塔となった資料達に追われている姿に彼は無情にも言い放つ。
「学園長。手、止まってます」
「……ふぁぃ」
ビティーカの頭には3つのタンコブが出来ていた。しかも涙目である。そして怨めしそうにそのまま視線をシキに向けたのだ。
「シキくぅぅん……」
「何故私を睨む」
「……いぃや?別に、これっぽっちも。私の完治させた事を怒っている怒っている訳ではないさ。あぁ、あのまま病院に居れば仕事サボれるっ♪……とか、そんな事一切、考えてはいないさ、うん」
「ほぅ……病人だから、という理由で強引にナースの姿をさせたのは何処の誰ですかねぇ?お陰で娘達の前で恥をかきましたよ」
「ぃ、ぃゃ、あれは昔、イルディアちゃんに教えてもらった、特別な魔法でな……?」
「……あぁ。ディーサルヌ王国のギルドマスターですか。そう言えば、前彼女にお尻を揉まれた事……ありましたね。あなたもそういう類ですか。ヘンタイ学園長」
「なっ!?」
「まあ、いいでしょう。お前が続けて魔法を掛けた結果のこんな格好で働いているんだから……文句は無いでしょう」
現在のシキは、パンツスーツ姿の女教師の服装を着用していた。しかもパンツスーツ以外にヒールやネックレス、眼鏡といった一見クールな女教師である。
残念ながら男だが、今のシキは額に血管を浮かばせながら苛ついていた。
シキも言う通り、偶々見舞いに来たらビティーカは何やらディーサルヌ王国ギルドマスターのイルディアから教えられた『一瞬で服を変えられる魔法』を間違えてシキに打ってしまったのだ。その結果、共に見舞いに着ていた娘であるアイリスとマシロに目撃されてしまう。
ナース服姿となった、シキを……。
とりあえず、ブチギレたシキはビティーカにアイアンクローをかまし、それに抵抗したビティーカが更に同じ魔法をかけたのだ。その結果、今の姿となったという訳である。
残念ながら、ビティーカが昨日シキに使った魔法は中々解除出来ず昨日から今日までそのままの姿なのだ。服は脱げるのは脱げるらしいが、その服以外着ることが出来ない。
もし、着ようとするとバチンっ!と服が下着以外弾けてしまうらしい。なので、もう開き直ったシキはこの服を着こなして堂々と人前に出るようになったのだ。因みにそのパンツスーツやネックレスに靴等は魔力で実体化させたものらしく、暫くはその魔力が無くなるまでこの姿、という訳らしい。
現在、学園は臨時休業であり破損された学び舎の修復に勤しんでいたのだ。単なる修復なら既に終わっているのだが、残念ながら、魔法陣やら何やらまで前よりも強固にしようと通常よりも念密に修復されていく。
「でもさっ?わたし、まだ病み上がりなん……」
「安心してください。もうそれで今日の仕事は終わります」
「あっ、そなのー?やたーっ!」
「……真面目な人だと思ってたのにッ」
わーいわーいと子供の様に声を上げるビティーカであったが、何かを感じ取ったのか表情を固くしてしまう。そして目線をシキの横に向けると、魔法陣が現れたのだ。
「っ」
「この感じからして……転移魔法か。いや、これは道具によって発動ものではない……これは、“風”の……」
シキは静かに漆黒の左手から柄の無い刀を生み出し、今すぐにでもこの場に転移してくる存在に切り伏せようと構える。が、それは無意味に終わってしまう。
「……?」
「な、に……?」
その魔法陣から現れたのは、翡翠の翼を持つ、所謂『有翼人』の幼い女の子。その女の子は何一つ武器も持たず、白いワンピースを着ているだけ。
「み……みゅっ!」
そして女の子は辺りを見渡し、すぐ目の前にいたビティーカに勢い良く抱きついたのだ。思わず、反射的に女の子の周りに魔法陣を展開させ、空間を固定させてしまう。幾ら殺気も無く、武器も持たないとは言えいきなり抱き着こうとすればこうなってしまうのは必然であった。
しかし、女の子は叫ぶ。
「ままを、たすけて!!!」
その言葉にビティーカとシキは互いに顔を見合わせてしまう。そしてそれと同時に、シキに緊急を有する連絡が葵とシリルに同行していた『ちびシキ1号』と『ちびシキ2号』から悲鳴にも似た声で、サウザラート国が崩壊した事を知るのであった。




