父とは一体……
単なるほのぼの会です。
お風呂から上がり、シキとアイリスは互いに髪を乾かしていた。ドライヤー等は無いため手で髪を鋤くように、その鋤いている手を暖めて行っているのだ。二人とも髪が長い為、それなりに時間は掛かりそう。
そしてその数十分後、父娘が風呂から出てきた時、お姫様だっこでお風呂場から出てきたのだ。
アイリスが、ちっちゃなシキをお姫様だっこをして───である。
しかも誰が用意したかわからない、お姫様のドレス服と王子様が着ていそうなきらびやかな服が置かれていたのだ。サイズ的にアイリスが王子様、シキがお姫様である。
用意したのは───何を隠そう、リゼット達母だ。
だが、本来シキにお姫様の服を着せようとしていたのではなくアイリスがどちらでも着ても良いように王子様・お姫様の服を置いていたのだ。リゼット達、母親達からすれば日頃から女性ものの服を一切着ないアイリスに、こんなお姫様の服は気に入るのでは?と思っての事だ。
残念ながらアイリスはお姫様の服に目も暮れず王子様の服に手に取ってしまう。後から上がったシキは、偶々自分の着替え服を持ってくるのを忘れてしまったのだ。脱いだ服を着ようかと、スク水スカート姿、ロリ男の娘姿のシキは仕方がなくそう考えていたが、アイリスは残っていたお姫様の服をシキに差し出したのだ。
「……アイリス?なにこれ」
「これ着たらいいんじゃないかな、父上」
「フリフリのスカートを……?」
「絶対似合うよ父上」
「いや、流石にこれは……」
「家の中だから、いいんじゃないかな?」
「ん~っ、無理っ」
「……仕方がないなぁ父上は」
「へ?」
「ボクが着せてあげるよ、父上♪」
「えっ、ちょっ───」
「直ぐに終わるから……ねっ?」
「まって、何処でそんな台詞────やっ、やめっ」
「あ───────っ!!!」
と、言う訳である。
強制的に着替えさせられたシキは、まさしく何処かのお姫様の姿。化粧は全くしていないにも関わらず、可憐である。しかし、娘に無理矢理女装された事に死んだ目のシキ。一方抱お姫様だっこをするアイリスはキラキラと輝く爽やかな笑顔。想像以上に似合いすぎる絶世の美少女なお姫様と変貌したシキを満足そうである。
「……屈辱だ、娘に、屈辱されるなんて」
「~~~♪」
「しかも、娘の服を着るとか……いゃぁぁ……」
プライドも早々に捨てていたシキだが、娘が着る服が今の小さな己にバッチリ似合っている事にショックを受けていた。加えて恥ずかしさのあまり赤面し、両手で顔を覆ってしまっている。
しかも、ソファーに座るアルトレアとマシロに目撃されて。
「わぁっ♪パパがお姫様でアイリスちゃんが王子様?この子が見たら、驚いちゃうねぇ♪」
「むむむっ……くやしいのなの。さすがはパパなのっ」
「勘弁してくれ……」
アルトレアは膨らんだお腹を撫でながら、そこに宿る新たな命、我が子に語るように口にする。同じくアルトレアのお腹を撫でていたマシロもぷく~ぅっ、と頬を膨らませ、うらましそうにシキとアイリスを見ていた。
「ちちぅ───姫様、御気分は?」
「何故にお姫様扱い」
アイリスは王子様に成りきっているらしく、シキを下ろすのだが片手だけは握ったまま。不服なシキはスッと両足を床に着けるとアイリスは握っていた手をほどき、左手を己の胸に置いてシキの目の前に跪いたのだ。
それは王子様を成りきっているのもあるが、シキというアイリスにとって偉大なる父親に敬意を払っていた。しかしそれはアイリスの無意識の行動であり、深い意味は無かったのだ。
そしてアイリスはシキがポカーンとなっているのも関係なく、ニコッと心の本心から爽やかな笑顔を向けていた。が、シキは思わずツッコんでしまう。
「アイリス、それ……執事の振る舞いだから」
「……へ?」
自信満々でやっていた事が王子様ではなく、執事の振舞いだったのだ。王子様ならば左手を胸に置いて跪く事はない。真面目か、と誰もが思ってしまうがシキはシキで元執事だったからこそ、言ってしまったのだ。
ハッ!?としまったと顔に露にしてしまうアイリスだったが、直ぐに切り替えてズイッ!とシキの目の前に近付く。そして如何にもイケメンを意識したのか父親である、見た目ロリ男の娘なシキの頬に片手を添えて甘い表情をするのだ。
一応だが、アイリスをこんなにした原因はやはりラヴィの漫画である。
「姫さ───っ!?」
何かまた、ませた事を言おうとしたアイリスだったが、その前にシキが行動を起こしたのだ。具体的にはアイリスの王子様服、その赤いネクタイを強く引っ張った。その為にシキの鼻とアイリスの鼻がチョンッと触れてしまう。
「!?!?」
あわあわとさせてしまうアイリスだったが、そんな娘の反応を無視して静かに言い放つ。
「そろそろ大人をからかうのはよしな、アイリス。もし、懲りずにまたするなら───」
────お・し・お・き・だ・ぞ?
アイリスだけに聞こえる声で、鋭い眼光で小動物を狙った肉食動物の様に睨んでいた。その眼光にアイリスはビクッ!?と身体を震わせてしまうが、何故か背筋からゾクゾクゾクッ!!!と脳天まで何とも言えぬ衝撃が走ったのだ。悪寒とか鳥肌とか、そういうマイナスではなくプラスな方である。
「言うことは?」
「ごっ、ごめんなさい、ちちうぇ……」
「うむっ。よろしい」
掴んでいたネクタイを離したシキは先程、氷のように冷たい瞳からばぁぁっ!と明るい太陽のような笑顔に劇的に変化する。一方のアイリスは一瞬、シキの言葉に恐怖なのか驚きなのかは不明だが、心臓をバクバクさせていた。初めてあんなシキを見たのだろう。
「はぁぁ……シキさんとアイリスちゃん、かっこかわいいっ♥️」
アルトレアはシキとアイリス───父と娘のやり取りを見て、うっとりとしていた。普通ならば父と娘のあんなドラマチック?なやり取りに尊いものを眺めている様である。
「よっ……と」
へなへなとその場で座り込むアイリスを一先ず置いておいて、シキはそろそろこのお姫様姿を脱ごうとする。しかし、単なる脱ぐのではなく、するりと脱ぐのだ。まるでそこにいていたのに、突然服だけを残して身体が消えてしまうマジックの様に。それは透明になったのではなく、それを否定する様にお姫様の服だけが床に落ちてしまうのだ。
しかし、床にあるのはフリフリのお姫様の服だけではない。乱暴に脱いで放置したお姫様の服からもぞもぞの小さな金色の小狐がぷはっ!と顔を出す。子猫サイズの小狐はそのお姫様服の山からトテトテと離れると、宙に向かって『とうっ!』と飛び上がったのだ。
そして、小狐は元の姿へ。
「───んっ、やっぱ元の姿が一番だな」
小狐からロリ男の娘シキ……ではなく、元の姿に戻ったシキが狐耳と狐尻尾を九つ生やして立っていた。
しかも、全裸である。
だが、全裸ではあるが下半身は自分の尻尾で巻いて隠しているので安心していい。シキはシキで家の中だからか全裸になっても恥ずかしさも感じていない様だ。
そしてこのまま全裸ではいけないので、シキはリゼット達が作ってくれた服をコンマ一秒ではや着替えをやってのけてしまう。
その服というのが───。
桜の花びら舞い散る柄のある花魁な黒い着物であった。
両肩を出した色気ある。しかも胸も露になりこうだが、白い包帯によって巻かれているのだ。だが男だとわかっていても容姿が完全な美女。癖っ毛のある長い金髪も結われる事なく下ろされている。
スク水やフリフリのドレスを着て嫌がっていた癖に、花魁服は全く抵抗が無いのは、わざわざ自分の為に妻達が作ってくれたからである。外ではこんな格好はしないが、家の中では意外と頻繁にこの格好になっているのだ。
シキは何処からともなくヘアブラシを取り出すと消沈気味なアイリスに声をかけた。
「アイリス、髪すこうか」
「!ぅ、うんっ!」
さっきとは打って変わってアイリスは嬉しそうにする。先程まで大人びていたがやはり子供だ。まだまだ甘えたい時期でもある為、アイリスはシキが座った膝上にちょこんとお尻を乗せて座った。
毛先からブラシで少しずつ時間をかけてすくシキだったが、アイリスの前にマシロがやってきてその前に背を向けて座ったのだ。
「マシロ……?」
「あたま、なでるの」
「えっと?」
「いいからなでるの~~~っ!」
「わっ、わかったよマシロ」
マシロはアイリスの前に座って頭を撫でる事を要求する。見てわかる様にマシロはぷく~っ!と頬を膨らませて大変ご立腹であった。どうやらシキとアイリスが一緒にお風呂を入っていた事を二人が出てくるまで知らなかった様子。もし知っていたらお風呂場へ突撃していただろう。
「マシロちゃん、嫉妬しているんだね……」
そうシキの後ろには少し歩きにくそうにしていた妊婦のアルトレア。直ぐ様シキは己の全ての尻尾で即席もふもふなクッションを作ったのだ。アルトレアはそれを察して「よいしょっ」とシキのもふもふ尻尾クッションに座る。意外ともふもふなわりに沈むクッションは身体の負担はなく、アルトレアもソファーよりも座り心地よさそうだ。
「ボクも、嫉妬してるんだよ?」
「あははは……」
アルトレアはシキの狐耳の片方をニギニギと握りながら膨れっ面。そんなシキに何となく乾いた声で苦笑いするのであった。
次回は、シキさん……準備?をします。
来るべき戦いの為に……。




