父娘、水入らず?
お風呂は……いいねぇ。
お風呂。
それは人によって、日頃の疲れを取る癒しの空間。
基本的には一人で入るのが通常である。
だが、親子で入るのも何の可笑しくはない。
しかし、それは親子の年齢にもよるだろう。
例えば、中学生の娘が父親と入るのは世間体から批判される。それは標準的な考えであり、別にそう思うのは可笑しくはないだろう。
さて、それを踏まえてシキは幾ら娘だとはいえアイリスも心身共にお年頃なので裸で入ろうとは思わなかった。
その結果───。
「……なんで、スク水?」
シキは切実に、己の格好を恥じていた。
今のシキはアイリスと同じ10歳程に変身して、スクール水着を着用していたのだ。下の少しもっこりした部分はスク水に着いているスカートで隠れているので……問題はない?
「父上、かわいい……」
アイリスも同じくスク水だが、シキの様なスカート無しのものである。ショタ男の娘姿の父親に惚れ惚れとその姿を眺めていた。
「……やっぱ、むり」
「え゛っ!?」
「(娘に、これ以上こんな醜態見せられない……)」
そもそもシキが10歳に変身しているのか。それは親子で風呂に入るのは良いが、そのままでは窮屈かもしれないので己が娘位に若返れば窮屈ではないと思いこんな結果になってしまったのだ。その為、若返った姿の水着は一つも無かった。
───が、前に祖母ソフィアから送られた服の中に何故か今のショタっ子シキのサイズにあったスク水があったのだ。
だが、誰が好き好んでスク水を着るか!とやはりアイリスとの風呂は止めようと思った時に、どうしてもアイリスはその姿のシキとお風呂に入りたいと初めて我が儘を言った為に、渋々スク水を来て風呂場にやって来たのだ。
───まあ、そもそも元のシキは体格的に華奢でお風呂に入っても窮屈になる筈もないのだが。
「父上ぇ……」
「う゛っ……わかったよ、アイリス」
本当に珍しく、アイリスが甘えるのでこれは無下にする訳にはいかない……とやはり一緒にお風呂に入ることになってしまう。
因みに、スク水ショタシキ姿は既にリゼット達にも目撃されたが、むしろ「次はオレと入るか!」等と明日の予定にこの姿で入る事が決定してしまっている。
「(それにしても……)」
シキはアイリスを見て思う。
今のシキの姿はアイリスと同じ年齢時の姿なのだが、背の高さはアイリスの方が高いのだ。約5㎝程。アイリスの身長は150㎝、それに対してショタ男の娘シキは145㎝である。外見だけならアイリスが姉でシキが弟な絵図であった。
「……泣いていいかな?」
「どうしたの父上?」
「や、なんでもない」
実際は何でもあるシキだが、ここは父親としてグッと堪えて身体を洗うことにする。最初にアイリスが洗っている間は先にお湯を浴びて湯船に浸かろうかと考えていたシキであったが、アイリスはシキの手を引いてバスチェアに座らせてしまう。
これはアイリスよりシキの方が小さい為にひょいっと移動されてた結果である。もう、アイリスが姉でシキが弟しか見えない。
「ちょ、アイリス」
「髪洗うよ、父上」
「……うん、お願い」
何故か姉らしく振る舞うアイリスにツッこんでしまいそうになるが、大人しく髪を洗われる事にしたシキ。相変わらずシキの髪は癖っ毛で、バスチェアに座っている為か床に毛先が着いてしまっている。それをアイリスは髪を鋤くようにシキの髪をアルトレア特製シャンプーで洗っていくのだ。
「~~~♪」
「(父上、気持ちよさそぅ)」
どうやらアイリスに髪を洗われるのは気持ちよいらしい。その証拠に狐耳と尻尾がふさふさと揺れていたのだ。しかし狐耳と尻尾は水に濡れて萎む事はなく、まるで水を弾くように濡れても、もふもふ健在である。
髪を洗うアイリスであったが、穂のかに香るナチュナルな石鹸の匂いを放つシキの濡れた髪を片手で掬うと、何を思ったのか鼻元に近付けて「くんくんっ」と動物の様に嗅いでしまうのだ。
「アイリス!?」
流石のシキも驚いたらしくアイリスの名前を呼ぶのだが、アイリスは全く動じた様子もなく、シキが驚く表情をからかう様に微笑みながら言うのだ。
「父上、いいにおい♪」
「なっ……」
恥ずかしがる様子も微塵もなく、掬った髪をほどいたかと思うと次はシキの後頭部に鼻をくっつけて、「すぅ~~~」と精一杯息を吸い込む。そしてシキの髪に唇が触れながら息を肺の全てを吐き出したのだ。
今のショタ男の娘姿のシキでは、アイリスの吐いた息はこそばゆいのか身体をビクッとさせながら変な声をみっともなく出してしまう。
「ふゃっ!?」
「父上、かわいっ♪」
アイリスは後ろからシキを抱き締めると更にシキの香りを嗅いでいく。しかも髪だけではなく、うなじまで匂いを嗅いでいくアイリスにシキは流石に止めに入ろうと怒った口調で叱ろうとしたのだ。
「あ、アイリスっ、もう───」
「父上、腕……痛くない?」
「!」
後ろから抱き締めていたアイリスは、そこからシキの漆黒に染まった左腕にそっと彼女の左手が触れる。そしてその声は少し悲しそうな声で、耐えてはいるが今にも泣きそうなものであった。
「ごめん、なさい、ちちうえ……」
「……アイリス」
シキの背中に顔を埋めて謝罪するアイリス。
しかし、シキからすればアイリスが謝罪する事はない。
アイリスが触れる左手を、己の漆黒に染まった左手で握ってシキは言う。
「アイリス、これはな……俺の未熟さでこうなったんだ。アイリスが気に病む必要はない……って、言っても気にしちゃうよな。でもさ、結果論だけど……こうして、少し変わっちゃったけど、俺の左腕は、左手はここにあるんだ。今、こうしてアイリスの手を握れてる。それだけで、俺は幸せなのさ」
「父上……」
「例え左腕を無くしたとしても、俺は後悔はしない」
水滴が、静かに落ちる。
シキは穏やかな声で、アイリスに背を預けながら言い切ったのだ。
そこまで言えるのは、アイリスへと愛故に。
「アイリス、こんな父親だけど、さ……守らせてくれないか?」
「ちち、うえ……」
「勿論、アイリスだけじゃない。家族全員、俺は守っていく……けど、バカな事したら怒るからな」
「……わかってるよ、父上」
漸くアイリスは諦めたかの様に、シキの思いを認める事にする。
───が、只で認める訳がない。
「───でも、何時か」
いきなり、アイリスは右手でシキの頬に触れたかと思うと自分の方へ振り向かせる様に動かしたのだ。シキは唐突な事に「えっ?」としか反応できない。
そして、今にも娘と父の唇がくっつきそうになってしまう。
アイリスはシキの顎をクイっと上げると、まるで蛇が蛙を狙うかの様な鋭い眼光でシキを見ていた。
「───必ず、オレが父上を守るから」
「っ!?」
ズイッ!とアイリスはシキに宣言する。
そして今のアイリスは、女の子でありながらもシキに対しては男の様に振る舞っていたのだ。その為、シキからすれば娘なのに何故か美少年に言い寄られている感覚に思えてしまう。
男になぞ、当然微塵も興味ないシキなのだが、アイリスの行動に思わずドキッとしてしまうのだ。そもそもアイリスは確かに綺麗で美形なのだが、男顔。しかも美少年にしか見えない。加えてこんなクールな振る舞い方をするので、余計に同性からモテてしまうのは納得してしまうだろう。
シキはふふっと思わずませた事を言うアイリスに笑ってしまう。それでも、気持ちだけは嬉しい。アイリスへ額同士にコツっとくっつけると、一つ大人になった娘にこう言うのだ。
「そう言うことは将来大切な人に言いな、アイリス」
「……むぅ」
本人はかっこよく決めた筈なのだが、それを軽くあしらうシキに向かって頬を膨らませてしまう。何故、アイリスがこんなイケメンっぽい事をするのかは、ラヴィに原因がある。
簡潔に、一言で済ませるならラヴィはこよなく"|BLボーイズラブ"・"GL"を愛する信者。
アイリスはよくラヴィからその様な漫画を勧められる為に、色んなものを読み学習して己の物にしてしまった結果今のアイリスを生み出してしまったのだ。
「父上のばか」
「うん、父上よりもパパって───」
「ちょっと何言ってるかわかんないよ父上」
「そこはわかってほしいなぁ……」
こうして何だかんだ仲良くお風呂を楽しむ父娘であった。
アイリスちゃん、イケメン化計画……?




