取り込まれた左腕
「GaooooO!」
バハムートは咆哮する。
それは、怒りではない。
苦しみではない。
悲しみでもない。
「(おいおい、まじかよ)」
シキは心底嫌な表情を露にしながらバハムートを睨む。
しかし、バハムートは突如現れたシキやそのシキの腕の中にいるアイリスにも興味を示していない。
バハムートの視線の先には、バハムート自身の足元。
千切れたシキの左腕を、涎を垂らしながら歓喜に震えた様子で今にも喰らおうとしていたのだ。それもこの世で限りなく至高の供物を目の前にしたかの様なバハムート。
どの様にして食べるのか。
一口で喰らうか、少しずつ齧るか……。
悩ましくもしているバハムートであったが、その大きな隙を見逃さないシキである。シキは己の胸に抱き締めたアイリスの耳に囁く様に呟く。アイリスはシキの胸に抱き締められているので、周りがどの様な状況かは一切わからない。
「アイリス、今からラヴィ姉達がいる『クリュプトン遺跡』へ飛ばす」
「と、とーさま?」
「マシロも一緒に飛ばすさ。なあに、とーちゃんを信じろ」
「とーーー……」
シキは有無も言わさずにアイリスと、学園内にいるマシロを一緒に『クリュプトン遺跡』へと飛ばした。無事にラヴィ達の元へ確実に飛ばせただろう。しかし、幾ら超越者であろうも片腕を千切れれば痛みだってあるのだ。
「うがぁ……久々の、激痛ぅ」
ようやく隠していた左腕を、露にするとぼとぼとと赤黒い血が地面へ流れ落ちる。綺麗に切断されたのではなく、複雑に千切れていた。治療しても、元に戻すためにくっつけることはほぼ不可能だろう。
シキは今にも自分の左腕を喰らおうとするバハムートの顔面に向けて怒りの一撃を放とうと右腕で力を放とうとした瞬間、シキの真横から空間が何かが発射されたのだ。
「……は?」
それは、シキの意思ではない。
本来、それは形が固定されないものであった。
使用者が、求める姿に形作る存在。
しかしそれは、初めて己の意思で形を決めたのだ。形を決める、というのは原点となる形を決めること。どんな武器に変化しようが、最後にはその形となる。
その形とは……。
グシャリ、と《変刑武器》はバハムートが喰らおうとしていた目の前の千切れたシキの左腕に突き刺さったのだ。当然のことに、シキはぽかーんとしてしまっている。バハムートも喰らうのが少し早ければ己の口に貫通していただろう。
「な、何を……《変型武器》……?」
《変刑武器》はグシャリ、と更に深く千切れた左腕を差し込むと次は剣の形から黒い液体の様に変わってしまう。
黒い液体は左腕を包み込んだかと思うと、更にはグシャリグシャリと捕食されている様な音が響き渡る。
しかし、その様子をよく思わない者がいた。
バハムートだ。
己が喰らおうとしていた至高の食べ物を、横取りされたのだ。
怒り狂うバハムートは轟音を放つと左腕を捕食する《変刑武器》ごと喰らいかかろうとその大地ごとまるのみしてしまう程の大口を開いたのだ。
「■■■■■■■■ッ!!!」
しかし、そのバハムートの顔面に向けて巨大な鷲竜が鋭利な足で踏みつけたのだ。
「ドラトス!」
「■■■っ!」
シキの声に返事をするように鳴くドラトス。
ドラトスはバハムートの後頭部を尻尾で凪ぎ落とすとそのまま口から火焔球を浴びせるのだ。しかし、相手はドラトスよりも一回り大きいバハムート。どれ程ドラトスが強いといっても、相手は数多の神々を喰らいし空の支配者バハムート。体格差だけでなく、力でもどうしても劣ってしまうのだ。
「GaooooooooO!!!」
「■■■■■■■ッ!?」
バハムートは額に傷を付けられるが、傷付けた相手であるドラトスに対して一瞬にして怒りがマックスになり暴風が渦巻く尾で凪ぎ払う。最初の凪ぎ払いは避けたのだが、二擊目は回避が遅れてしまい目の前の空間を盾の様にして固定させたのだ。しかしバハムートの暴風を宿す尾はドラトスの固定した空間を破壊し、ドラトス自身に直撃したのだ。それはただ直撃したのではなく、ミキサーの様に身体の肉を骨の髄まで抉り取りそうな凶悪な暴風をも直撃している。
「■■■■■■■~~~ッ!!!」
ドラトスはそのバハムートの一撃を受けながらも飛行しながら次の攻撃を伺っていた。
今のバハムートはドラトスに注目している。
シキはその一瞬の隙を見逃さなかった。
「ふっ!」
シキは激痛に耐えながらも、バハムートの足元にある自分の左腕を補食する《変刑武器》を回収することに成功する。だが、今の《変刑武器》は武器という形はなく、ただただ黒い粘液の塊だ。しかもシキが自分の右腕を吐き出せと言っても反応がない。一応は、自分を喰らおうとするのでは……と思っているが、正直そんなことはしないと不思議と確信していたのだ。
「GooA!!!」
バハムートは直ぐにシキの存在に気付いて踏み潰そうとする。のだが、シキは踏み潰そうとする片足から後方へ回避するのだ。
しかし、その前にバハムートに巨大な氷の津波が襲い掛かった。
「GaooO!?!?」
氷の津波は辺りの瓦礫も呑み込み、バハムートの身体の4分の1が凍ってしまったのだ。しかし、バハムートは氷の津波を起こした元凶である存在に対して、咆哮を上げて凍った部分を自ら破壊した。
「へ~え?また凄いのが現れたわねぇ。……で、何やられてんのよ、アンタ」
「お前は……!」
氷の津波を起こしたのは仮面女であった。
しかも後ろには女神クシャルと『大焦熱の番神』、『雷纏う猿獅』、『白き聖霊王』の三体のモンスターも共にいる。
「面倒な……ッ!」
シキは狐の獣人になり、九つの尾を威嚇するように揺らめかせながら殺気を高めていく。だが、この場に現れたのは彼女等だけではない。
「すまん、遅れた」
「無事……ではなさそうだな」
カグヤの王とゼンもシキの元へ現れる。
ゼンは特に怪我はしていないが、カグヤの王は見た目から重傷だ。身体中から血だらけであり、普通ならばこの様に通常通りには動けられないだろう。
「カグヤの王、貴方は……」
「なるほど、『王者の導き』……カグヤ全域に存在する王家の紋様を持つ者の身体能力を大幅に引き上げる。攻撃を受けても、全ての傷・苦痛はカグヤの王が身代わりとなり受ける、のよね?」
「……その通りだ、女神よ」
王家の紋様を持つ者は、カグヤの民だけだ。
カグヤの民は王家の紋様を用いたアクセサリー等の御守りを身に付けており、騎士達はその身に着ける鎧に刻まれている。そして正当な儀式をした者のみが『王者の導き』の対象となる。その儀式はカグヤの民が全員行っている。それを目印にして民を騎士達を守り、その傷を苦しみをカグヤの王が引き継ぐのだ。
それこそが、『王者の導き』。
しかし、その力を使ったのは歴代でも少ない。
これは、カグヤの民を騎士を守る力。
下手すれば、自己犠牲となってしまう。
『王者の導き』というのは、神の加護よりも効力を持っており、それを使えるのはカグヤではカグヤの王一人のみ。
今重傷のカグヤの王を討てるのは、絶好の機会だ。
女神クシャルは『大焦熱の番神』達に、カグヤの王を殺そうと指示を出そうとするがその前に仮面女が介入する。
「ねぇ、ここは一端共同戦線としないかしら?」
「何を言っているの、貴女は」
「……はぁ、アンタねぇ?この場で最も狙われているのが誰か……わかってるかしら。ほら……ねぇ?」
「GaaaaaaaoooooooooOAAAAA!!!!!!」
バハムートは目色を変えて、女神クシャルに対して異常なまでに怒り狂っていた。今のバハムートは、女神クシャルたった一柱にしか見ていない。その他は女神クシャルによっている単なるおまけだ。
「ひっ!?」
「今ここで三巴の戦いをすれば……アンタはあのドラゴンに殺される……いえ?喰い殺されるわね。ねぇ、カグヤの王さん。アナタもこれ以上この国を破壊されたくはないんじゃない?なら、ここは私達と共に戦った方が勝算はあるし、被害も最小限に食い止められるわ。……あぁ、安心して。私はあくまでこの女神を守るだけ。じゃないと怒られるからね。私は確実にこの女神を楽に守れるなら、それでいいから」
「なッ、勝手に……!」
「じゃぁ、アンタは死ぬわよ?ただ神らしく死ぬんじゃなくて、惨めで屈辱的にあのドラゴンの血肉と一部となって……ね。目的も果たさずに、ただ無意味に死ぬなんて……。しかも、次に狙われる神は、誰なんでしょうねぇ?」
「うぅ……わかったっ!わかりましたよ!!!カグヤの王、ここは一時休戦ですっ!よろしいですね!!!」
「……うむ。わかった」
女神クシャルとカグヤの王。
両者はここで、共同戦線となった。
相手はバハムート。
数多の神々を喰らいし、空の支配者にして"神々を喰らいしもの"。
「さて、アンタはここで見学しとく?」
「……ふざけろ」
仮面女は薙刀を構え、シキは黒い粘液となった《変刑武器》を右手で持って目の前に今にも攻撃を仕掛けてきそうなバハムートに魔法陣をちらつかせるのであった。




