不知火姫希 の 分身 達
「"六華"が動いた。朝比奈梨央についてはもう大丈夫だろう」
冒険者ギルド総本部の『グランドマスター』の部屋で赤髪の麗人は中央奥に座る『グランドマスター』、ネメシアへと報告する。
「"六華"ちゃんって、繁華街で働いてた……」
《あぁ、その通りだ『グランドマスター』よ。六華はあまりこういう堅いのは好まんのだ》
赤髪の麗人の対面に座る2メートル程の全身鎧を纏った影の傭兵。その傭兵である男からは静かに影のオーラを放っている。彼が纏う鎧からか、それとも彼自身が影そのものかと思わせるのには十分だろう。
「学園長の結界を掻い潜っているのは彼一人だと思うかい?」
「さあ、どうだろうか……"シャドー"、お前はどう思う」
《……『グランドマスター』、"レッド"、貴殿等にここを任せてもよいか》
「いいよっ!」
「構わない」
《感謝する》
影の傭兵シャドーは席を立つとそのまま霧が晴れる様に姿を消してしまう。シャドーが得意とする"影渡り"で何処かへ移動したのだろう。この場から立ち去ったシャドーを確認したネメシアはやれやれと驚きを通り越してため息をついてしまう。
「ほんと、シキ君はすごいねぇ~。分身の一つ一つがここまで本体と遜色無いとは」
「本体には遠く及ばないさ、分身達は。まあ、私達は単なる分身ではないが。特別な存在だと思ってくれた方が個人的には嬉しいな」
「なるほどねぇ~。で、"レッド"君はどうするんだぃ?」
「私は待機だ。何時でも貴方の力になれるようにな」
「ふふ~んっ♪ありがとねーっ!で、"クロ"君の方はどうかな?」
「既に偵察に出ている。……そろそろ敵を目視できるだろうが」
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「一応は"翠"に言われたことはしたが……」
ピッチリとした黒のタンクトップに下は剣道の道着の袴の様なものを着用した、"銃使い"が倭国カグヤを取り囲むような要塞の上で立っていた。胸以外は顔も容姿も絶世の美少女であるのだが、両手には黒光りする拳銃を二丁持っていた。
"銃使い"、"クロ"はここから数100メートル先にこの倭国カグヤを取り囲むかの様に歪な長い槍のような剣のようなものが地面に突き刺さっていた。そしてその細長い歪な槍が点を結ぶように一般人ではわからないであろう微かに薄い透明な膜の様なものが広がっている。透明ではあるが、亀裂が走った様に辺りに黄色い細い線が広がっていた。
クロが言う"翠"とは、自分達と同じ分身の一人である『森人族』姿のシキである。その"翠"にほぼ無理矢理、細長い歪な槍『"緘する槍"』を渡され、学園長兼『七天魔皇』ビティーカが展開している結界より更に外側に設置するように言われたのだ。とりあえず、"翠"の指示通り設置したのだがここから遥か彼方に存在しているのであろう侵入者?の見物がてらここで待機している。
「……あれが、首謀者か?」
漸く神であろう強大な存在がクロの肉眼でも黙視できた。その神は、険しい表情をした厳格であろう少し幼さがある女神である。そしてその女神に付き従う数々の人やモンスター。その中でも明らかに桁外れな存在がその女神の横に付き従っていた。
「あの仮面女は……」
その存在とは、真っ白な仮面を被った女だ。顔を全て覆い隠しているので表情等は一切わからない。その仮面の女は自身の身長よりも長い、薙刀を肩で担ぎながら悠々とした様子でクロを見返している様にも見えた。
いや、仮面越しではあるが見返されたのだ。
「……ぉぃぉぃ」
思わず乾いた声で軽く短く笑ってしまう。
完全にこちらを見られた、と確信したクロ。しかしそんなことではこちらから何かをする訳ではない。ただあの仮面の女は明らかに異様だ。加えてクロはその存在感ある仮面の女はあの時、氷の騎士を操っていた黒幕だと瞬時に理解したのだ。
「相手の動きを窺う、か……」
しかしここで下手に手を出すわけにはいかない。
クロはただただ、その仮面の女を厳重に警戒しながら他の分身達へ伝達していくのであった。
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「あなた……その仮面はなんなの?」
「あぁ、これ」
クロが配置した槍によって展開された結界前で『女神クシャル』は女神クーディアの眷属である『神殺者』の顔を見ながら少し困惑した様子で言う。真っ白な仮面を被っていれば神であれどうであれ少しは疑問に思うだろう。
「正体を隠すために持たされた『古代魔具』の仮面らしいわよ。『古代魔具』を付けておけば女神クーディアの眷属だとは悟られる心配はない、ってね」
「そういうことでしたか」
やはり女神クーディアであっても、この件が自分にも関わりがあると知られてしまえば厄介なことになるだろう。下手をすれば封印されているだけではなく更に厳重な封印が最高位神によって施されるのは間違いない。
女神クシャルはそんな事を考えつつも、目の前に広がる結界に対して睨み付けていた。ここに侵略する前まではもう一つ奥にある倭国カグヤを取り巻く結界があったことは偵察に出ていた部下達から聞いていたが、更にその結界を守るように新たな結界があるのだ。それは二重に重ねられており、侵略する前に結界を破壊する算段が狂ってしまう。
「(どうするべき、なの……?)」
前々から……倭国カグヤが『勇者』等を匿った時から練っていた作戦がこの結界のせいで破綻していた。この倭国カグヤを落とす最初の要だったのだ。これでは結界を破壊するのに時間が掛かってしまい、倭国カグヤに時間を与えてしまう。そうなれば倭国カグヤを落とす前に自分達が落とされる。
一か八か、女神クシャルは己の全身全霊の渾身の一撃を与えれば……と思っていたがその前に鎧のモンスターがその結界に向けて走った。
鎧のモンスターは結界を破壊しようと走ったのだ。だが、その結界を壊せる保証などない。だが、今じっとしていても何も変わらない。今、動かなければ……と。
しかしその前に鎧のモンスターを止めた者がいた。
「やめなさい」
仮面女のその言葉だけで結界に突撃しようとした鎧のモンスターだけでなく、その鎧のモンスターに連れられて動こうとした人やモンスター達は制止してしまう。何故止められたかはわからないが、仮面女の力と呼んだ方がいいだろうか。鎧のモンスターは何故止めるのか、と憤りを見せる様に剣をぶんぶんと回していた。
「……ん」
仮面女は女神クシャルに向けて手を出す。手を出すといっても何かを寄越せ、とだ。具体的に何が欲しいのかはわからないがたまたま横にいた人型モンスターが手に持つ投擲に適した槍を、女神クシャル自ら即席し、それを仮面女に渡したのだ。
「ありがと」
そう返した仮面女は片手で持っていた薙刀を地面に突き刺し、渡された槍を荒田に持つ。その槍を手で馴染もうともせず、ただ大きく振りかぶって、目の前にある新しく展開された結界に向けて投擲したのだ。
「っ!」
槍が結界にぶつかった瞬間、結界が鼓動する様に赤い線が無限に枝分かれをしていく。そしてぶつかった槍はその赤い線に蝕む様に広がっていくと、バチんッ!と静電気のごとき音が辺りによく響いた。すると、そのぶつかっていた槍はもうそこにはなく、くるくると空から焦げた細い何かが地面に突き刺さった。その焦げた細い何か、それは先程仮面女が投擲した槍。地に突き刺さった瞬間、パキッと枯れた音を一度だけ立てて崩れていったのだ。
「……ふーん、なるほど。私達だけにターゲットを絞って結界を発動している、ね。なかなか面白いことするじゃない」
そう面白そうに仮面の下で笑う仮面女は突き刺していた薙刀を片手で引き抜くと、そのままブンブンッ!!!と竜巻を起こさせるのではないかと思わせるほどに旋回しだしたのだ。そして、旋回し終えたかと思うと薙刀の石突をドスンッと地面に叩き付ける様に置いたのだ。
その衝撃は地面が軽く揺れる錯覚をしてしまうほど。
仮面女はその状態のまま、ただ静かにこう繋げた。
「でも、」
再び薙刀を持ち上げたか、と思うと次は両手で振りかぶる様な態勢に入った。それはまさしく真横へ凪ぎ払おうとする構え。薙刀の刃にはカチッペキッとただならぬ背筋を凍らす音が響き、宿っていく。
「そんなもの、この私の前では……無意味、よッ!!!」
仮面女はその空間ごと、薙刀で払ってしまいそうな空気が捻れ狂いながらもその一撃を放ったのだ。
彼女が放つ一撃は、『神殺者』の一撃。
その一撃で放たれた斬擊は結界に衝突し、生きていれば不安になってしまいそうな、鳥肌が思わず立ちそうな、そして皮膚がジンジンと響く不穏な音が鳴ってしまう。
そして……。
結界は、赤い線が広がったと思えば次は新たな亀裂の様なものが走る。その亀裂はまさしく硝子に罅をいれたようなものであった。更にはその罅は感染するかの如く範囲は全体に広がっていく。
「ざっとこんなもんよ」
そう仮面女はそう発言したのと同時に、倭国カグヤの周りに展開されていた結界は全て音を立てて、崩れ、破壊されたのであった。
「さあ行くわよ、女神クシャル?」




