☆最も警戒すべき勢力④
四つは大地を司り、目覚めれば火山が噴火すると言われる『茶土龍グラチアム』。その山をも思わせる巨体は大地そのものが動いている様にも見えるだろう。四つ足歩行ではあるが、その為この沈められた都市では一つの孤島として君臨していた。
五つは氷を司り、あらゆるものを凍らせてしまう『銀氷龍フギナラ』。粉雪を鱗粉の様に辺りに撒き散らし六枚の翼を動かし宙に浮かぶ翼龍。細い体つきではあるが氷の彫刻で造られたかの様な綺麗さがある。
七つは光を司り、自身がもう一つの太陽の如く神々しく黄金に輝く『金光龍サラアス』。金色の身体を持つ一見豪華な存在に見えるだろう。翼からは光のオーラを放っているが、その背には輪の様なものがある。その輪から放たれる神々しいオーラはこの世に自分より天を君臨するのを許さない。
『全く……貴様でなければ、このワレの力で消し炭であったぞ。だが、それよりも……』
ギロリと目の前に飛ぶ<悪戯>の『飛大竜』達へ激怒の念を込めて睨み付ける。それは目の前にいる『飛大竜』は『金光龍サラアス』よりも高く飛んでいたのだ。黄金の身体から太陽の様な力を放ちながら咆哮を放った。
『このワレを見下すとは、万死に値するッ!!!!!』
その刹那、『飛大竜』達は吹き飛ばされた。
『金光龍サラアス』から放たれたのは『太陽の息吹』。そう、太陽系の最大爆発現象の名称でもある。その力を<悪戯>の『飛大竜』のみに放ったのだ。これが普通の『飛大竜』であれば消し炭になっていたところだが、<悪戯>の『飛大竜』達は軽傷で済んでいた。
しかし、<悪戯>の『飛大竜』達は『金光龍サラアス』の下へ羽ばたいていた。それを見た『金光龍サラアス』は少しは怒りを抑えている。どうやら自分より高くいるのが絶対的に許せなかったらしい。
『金光龍サラアス』の最初の攻撃に、次は『海大蛇』達だ。『海大蛇』達は 『金光龍サラアス』に向けて大口を開けると、中から鉄板を軽く貫通しうる水砲を放つ。
しかし、それは被弾せずに終わってしまう。
放たれた水砲は中の芯まで凍てつくされ、落とされたのだ。
『よくやった、フギナラ。誉めて使わす』
『別に貴女の為ではありませんよーだっ。彦乃の為ですもの』
『……ふんっ』
『銀氷龍フギナラ』は『海大蛇』達へ目を向ける。はらはらとはためかせる翼から鱗粉の様な、氷結晶が沈んだ都市へ落ちていく。その落ちた場所から水は凍っていくのだが、氷となった部分から『海大蛇』達に向けて触手のように、地面を這う蛇の様に氷の線が伸びていく。その迫る氷に『海大蛇』達は水中に潜って回避しようとするのだが、『銀氷龍フギナラ』が操る氷は例え水上でも空でも水中にまで追跡するのだ。
『ね、ひこの。ぼくは?』
「貴方は……そうですね。『地大猪』のお相手をお願いしましょうか」
『おー』
『茶土龍グラチアム』は彦乃に従順なのかその指示に従って足元に水が浸かった『地大猪』達に向けてゆっくりと身体を動かし、並みを揺らして突進していく。それを迎え撃つかの様に『地大猪』達も一斉に同じく突進してきた。激突した瞬間、音は爆発音の様で常人であればその音だけでも身体の不調が出てしまうだろう。
モンスター同士の戦いが始まったのだが、彦乃と『混沌』が戦いそうな様子はない。
戦い、というのは常に上手くいくわけではない。
そして、何事もイレギュラーな事は起こりうることだ。
そう。
イレギュラーな存在が新たに現れた事によって、両者は警戒していたのだ。
「あらやだ。もう気付かれたわよ、"ヤム"」
「そうね"ハナ"。でも、気付かれたとしても問題ないわ」
まるで彦乃達を見下ろす様に傍観する黒ずくめの少女二人が浮かんでいたのだ。どちらも美人の分類に入るかと思われるが、髪は元々黒髪だったのだのか所々色が落ちた白髪が混じっている。本来ならば女性として意識していないとしか見えないが、この少女からすればそんな"人間"のことなど、どうでもいいのだ。そんな"どうでもいい人間達"に対して容姿を整える必要はない。
あの少女二人は、"人間ではない"というのは彦乃は直ぐに見破っていた。いや、それよりも異常に反応したのは戦闘中だったのにもかかわず『金光龍サラアス』と『銀氷龍フギナラ』、そして『茶土龍グラチアム』の三体であった。そしてその三体が異常に警戒している、ということは少女二人の正体は一つしかない。
「まさかここで現れるとは……『マリス』!」
「久々にその名を呼ばれたわ。ねぇ、ヤム?」
「そうね、ハナ。私達を知るということは、単なる人間ではないのね」
くすくすと笑う"ヤム"と"ハナ"。
明らかに彼女達は人間ではない。
それに気付いていたのはこの場にいた全員がだ。
存在そのものが、禍々しい負の全てが敷き詰められたかの様な存在。誰しもがその"ヤム"と"ハナ"に対して嫌悪感を抱いてしまう。容姿は素晴らしく、整っているにも関わらずだ。触れることさえ常人ならば拒絶してしまうだろうか。
そんな優雅に見下ろし、笑う"ヤム"と"ハナ"に彦乃はある気配を感じ取ってしまう。それは感じた本人である彦乃にとっても衝撃的なものであった。
彦乃はその感じ取った気配を確認する為に『破邪の御太刀』を向けて訪ねた。
「貴女方……一体"何を"取り込んだのです!!!」
「……すごいわ、"ヤム"。あの人間、もう私達があの土地神の力を吸収した事に気付いたみたいよ?」
「うふふっ。あの人は私達の脅威となるのね"ハナ"。でももう遅いわ。既に殺しちゃったもの、土地神二柱をね」
「……!」
彼女等はハッキリと発言した。
土地神を二柱を殺め、そしてその力を吸収した事を。
土地神というのは、日本の47の土地神を示しているのだ。その土地神達は個々が強靭な力を誇る存在。しかし、その土地神を殺したのだ。それは"ヤム"と"ハナ"から感じ取れる[神気]がそれである。彼女等の発言に嘘はないのは明白であった。
『"マリス"……貴様、覚悟は出来ておろうな?』
『ぶっ潰しますっ!』
『破壊するよっ』
完全に『マリス』を優先的に排除しようとする『金光龍サラアス』、『銀氷龍フギナラ』、『茶土龍グラチアム』。彼等は憎悪に満ちた様子で今にも襲い掛かろうとしていた。それは<悪戯>の『飛大竜』や『海大蛇』、そして『地大猪』達もだ。今まで敵対していた筈なのに両者が同時に憎悪に満ちた様子。そんな明らかに超越的な存在に対して"ヤム"と"ハナ"はくすくすと小馬鹿にするように微笑んでいた。全くその存在に対して脅威とは見ていないのだろう。
「ハナ。あのモンスター達、見ているだけで非常に不愉快だわ」
「そうねヤム。見られているだけでも穢らわしいのに」
まるで相手に聞こえる声で、喧嘩を売る少女二人。それに怒りを露にしているモンスター達。
一触即発の雰囲気が漂っていたが、その前に『混沌』は『アダマス』を振るってヤムとハナに向けて斬撃を放った。よく見てみると『混沌』はヤムとハナに汚物を見るかの様な目で、少し憤怒している様にも見えた。
「今いいところだったのに、邪魔しやがって……。テメーら、心底ボクが嫌いなタイプだわ」
普段は穏和な口調の『混沌』なのだが、かなり機嫌が頗る悪いらしくかなり乱暴な口調となっていた。愛らしい美人な男の娘なのだが、これではかなりのギャップを感じるだろう。
『混沌』が放った斬撃をヤムとハナはまるで水中にいるかの様に泳ぐように交わしたのだ。翼が生えているわけでもないし、魔法を使用したようにも見えない。
戦いとは、非常である。
それは戦いであればそう起こってもおかしくはないことだ。
新たに乱入してきた『マリス』である"ハナ"と"ヤム"はこの場全員に喧嘩を売る様な微笑みで敵対してくるのであった。




