『清浄の癒珠』
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『カグヤ』の北西に壮大な大渓谷を見渡せる崖の上に、リゼットが山から現れる太陽の日差しを肌で感じながら閉じていた瞼をゆっくりと開眼させる。
その開眼した瞳は其処らにいる動植物を怯えさせる程の狼の様な鋭い金光を揺らいでいた。
リゼットの肩には狐がマフラーの様に首に添える様に巻き付いている。そしてその狐はリゼットの身体を守るように尾から延びる九つの尾を一つの服の様に揺らめく。金色の毛並みは辺りから発生する風を心地よく靡かせている。
この大渓谷にはあまり人は訪れる場所ではないのだろう。その証拠にリゼットを取り囲むモンスター達がいた。そのモンスター達は巨大な虎である。卯なり声を出しながら今にもリゼットへ襲い掛かろうとしていた。しかしリゼット当人は全くその巨大な虎達をまるで空気の様に一切気にしていない。
そのリーダーらしき一匹の虎モンスターが牙を剥き出してリゼットへと飛び掛かろうとする。が、その前にリゼットはその虎を一睨みをしたのだ。思わずその恐れることなく、堂々と睨みつけるリゼットに警戒するリーダーの虎モンスター。
睨み合う両者であったが先に目を反らし、逃げたのはリーダーの虎モンスターであった。他の虎モンスター達も同じ様に逃げ去っていく。
リゼットは瞬き1つせずに、大渓谷へと目を向けると誰もいない場所で独り言の様に呟いた。
「脈は見つけたか?」
『あぁ、見つけたよリゼ』
そう返したのはリゼット肩に乗る狐であった。
その狐はシキである。
シキが狐そのものに変身していたのは理由がある。それは[獣化]の方が気配察知が桁外れに異常なのだ。今のシキは気配探知と守りに特化している。そしてその気配探知で探しているのはこの大渓谷にある脈だ。龍脈といえばわかりやすいだろうか。龍脈はその大地に流れる気の流れのルートだ。そして脈が集中する場所こそが、リゼットとシキが探している『脈心』である。
『ここから南北方向に』
「りょーかい」
リゼットは断崖絶壁の高所から軽やかなステップで、そこからダイブする。その足取りは全く恐怖などは無く、むしろそれはただ走る・歩く様な感じの動きだ。
リゼットは衝撃を与えることなく綺麗に着地したかと思うとそのまま弾丸の如く神速の速さで駆けていく。
シキがいう『脈心』がある所へ辿り着くと、そこは青々しい草花が生い茂る中心に何処か不思議な岩が鎮座する様に生えている。その岩は少し硝子の様な鉱物を含んでいるらしく、天から注がれる日差しによってキラキラと輝いていた。
「ここだな」
『そうだよリゼ』
「なら、さっさと設置するか」
そうリゼットは懐から何かを取り出そうとするのだが、その前にシキの尾の一つが先にリゼットの懐から翡翠色の玉を取り出した。
その翡翠色の玉は『清浄の癒珠』というシキが作り出した物である。作り方は単純ではあるが、非常に難しい。一つ製作するのに約3週間は有する。その『清浄の癒珠』というのは膨大な浄化と治癒を宿す宝玉の様に綺麗な玉だ。大きさは大人の握り拳程である。
「サンキューな、シキ」
『どういたしまして♪』
その『清浄の癒珠』をリゼットに渡すシキ。
『清浄の癒珠』は漏れ出す様に清い風がふよふよとしている。それはオーラの様なもので、あらゆる悪を浄化させてしまいそうなものであった。
リゼットはその『清浄の癒珠』を、『脈心』にある不思議な岩へ近付けていく。すると『清浄の癒珠』と不思議な岩から出る光の光沢を帯びた糸を一つ一つ触合い、そして結ばれる様に絡まり合う。
手を離すと『清浄の癒珠』は不思議な岩へとふよふよと浮かびながら近付いていく。そして不思議な岩と直接触れるとふわりっと『清浄の癒珠』は不思議な岩へと取り込まれていった。どちらかというと不思議な岩が、『清浄の癒珠』を求めて取り込んだ形である。
「これで一段落だな」
『ありがとうリゼ』
何故この様な事をリゼット達はしているのか。
それは『カグヤ』の大地を『マリス』から守る為である。特に『脈心』は『マリス』が狙う場所でもあるのでリゼットだけでなくエンカ達にも協力してもらっているのだ。発見した『脈心』の半分は『ダンジョン』だったりする。その中では既に『マリス』によって『脈心』を支配し、辺りの大地のエネルギーを根刮ぎ奪っているのだ。そんな『マリス』を倒し、『清浄の癒珠』によって浄化し大地を癒している。この件に関しては既に『カグヤ』の王を初め『グランドマスター』ネメシア、学園長であり『七天魔皇』である『黄昏の魔女』にも了解を得ているので問題ない。
リゼットは最近冒険者や市民達によるとある噂について、シキの顎下を撫でながら訪ねた。
「最近、【アンビシオン】っていう組織が活発になってるって噂になってるぜ」
『【アンビシオン】……確か『七天魔皇』の一人『大殺戮』が統括していた組織か……』
「確か部下もろとも殺られたんだろ?最初は頭を失った【アンビシオン】の残党か、ってされてたけどよ。どうしてもまだ【アンビシオン】は滅んでねぇって噂が持ちきりだぜ?なあ、シキ。何か知ってるか?」
『……恐らく【アンビシオン】の頭目は『大殺戮』ではない、ということくらいだよ。『大殺戮』は【アンビシオン】表の頭目。だが、裏に何者かが『大殺戮』を指揮させていた。でなければ、あれほど『大殺戮』以上の統一を取れた動きを見せるわけがない……というのが『黄昏の魔女』の意見だけど』
「なるほどなぁ~……あ、そういや『クリュプトン遺跡』のゴーレム見たか?」
『……あぁ見たよ。シリルからの報告でまさか、とは思ったけどラヴィ姉も見て驚いてたさ。なんであるのかなぁ……』
「なんか知ってんのか?」
『まー『あっち』の世界のものなんだよね、間違いなく』
「マジかよ。なんでもありじゃねーか」
リゼットは『クリュプトン遺跡』のゴーレムを製作者は未だに存命だというのに驚きを通り越して笑っていた。何れ『あちら』の世界に訪れる機会があれば出会うこともあるだろう。シキ曰く、そのゴーレムというよりロボットを起動させる事は可能らしいが、何故かそれをするのは嫌らしい。余程の事がある限りは起動させたくない、というのがシキだけでなくラヴィも同様の意見である。
シキは不思議な岩の近くに生える大きな木『世界樹の苗木』を見ながら呟いた。
『……地球とは、大違いだ』
「そのちきゅーってのはどんなんだっけか?」
『まあ、簡単に言うと『表面上は綺麗だけど裏はかなり汚い』、かな。確かに地球には美しいものや景色は一杯あるよ。でもね、一部では都市開発等で土地の地脈はボロボロで、中には『脈心』が壊れかけている場所もある。『世界樹』も絶滅して詰んでる状態だし……』
別に『世界樹』だけではない。
地球は森林伐採だけでなく、 環境汚染やオゾン層の破壊等他の事も含めてシキは地球は詰んでると言ったのだ。
そんな事を思うこと自体人間の思い上がりだ、と意見する者もいるだろう。しかし、果たしてそうなのだろうか。人間がやること等、ちっちゃいことで関係ないとも言う者もいるだろう。だが、日本の諺で、塵も積もれば山となる、というのを御存じだろうか。。そんな「関係ない」や「些細なこと」をやっていく内に取り返しのつかない結果になるのだ。
リゼット達が見る景色の中に、『世界樹』の幼い苗木は非常に多くあった。今摘んでしまえば枯れてしまうので取り出す事は不可能だ。
そんな事を話ながらも、シキは『でも』と付け加え言う。
『そんな地球を救おうとする人達がいる。救おうと葛藤する者達がいる。人を救う為に己を犠牲する人達がいる。そんな地球人は多くいるんだ。中には神様を救った人達だっている。そんな彼等は酷く美しいと感じるんだ。単に困っている人を助けるだけでも、それは素晴らしい事だと思う。そんな彼等が住まう地球を救いたいって、俺は<WAO>に……『深淵』になったんだ……』
これこそがシキが地球を救おうとする理由である。これは単なる偽善なのかもしらないが、出来るだけのことはしようと行動してきた。
だが、シキは何処か寂しそうな表情であった。
どれだけ頑張っても報われない。
そんな壁を今でも乗り越えられない事があった。理解してもらおうと奮闘してもわかってはもらえなかった。しかし一部は理解してくれる者もいた。
あの時の言葉を今でも思い出す。
[ 『サタン』である貴様に指図されるわけにはいかん!!! ]
[ 貴様は我等が主の敵だ!!!貴様さえ居なければ……! ]
[ この悪魔め!!!我々人類を滅ぼしに来たか!!! ]
その言葉に、自分が地球でどれ程嫌われたのかを理解が出来た。結局は解決する事はなかった。自分がどれだけ頑張っても全て否定される。災害が起これば[ お前の仕業かっ!? ]と殺しにくる始末。<WAO>を悪魔信仰者の巣窟だと噂される事もあった。だが彼等もこの地球を、人類を守ろうと必死になっているのだ。しかし、だからといって自分が諦める訳にはいかない。
誰にもう言われてもいい。
悪党と呼ばれてもいい。
シキはただ、地球を救う。
そんな様子に気付いたのか、リゼットはシキを抱き上げてそのまま抱き締める。シキはそのリゼットの抱き締められるのを受け入れていた。リゼットは何も言わない。ただ、抱き締めるだけ。そしてシキも静かに心地よさそうな様子で九つの尾をゆっくりと揺れていた。
「さ、帰るか」
『うんっ』
シキは小狐姿になってリゼットの肩へ改めて乗っかるとそのまま二人は『キョウラク』へと戻っていくのであった。
シキさんは、地球で起こっている事はまだ知りません。< WAO >から『あちら』の世界へ異動となった事は薄々こうなるかもしれないとは感じていたかもしれませんが……。
次回はっ、久々にあの人物が再登場!
さて、誰でしょーかっ?




