現実的なカード魔法
その日の夜は、何故か火瑠璃達の部屋に呼ばれて一緒に寝る事になった。
女の子と同じ一つの部屋と、一瞬だけ俺は期待に胸が高まったが、
「これからの予定を話し合うから、部屋は一緒よ。……私達に変な事をしたら命はないと思いなさい」
火瑠璃にこそっと耳元でささやかれた。
火瑠璃が近づいてきて俺に耳元に顔を寄せた時には、ほんの少しドキドキしてしまったのが俺には悲しい……。
普通の俺の場合、そんな良い思いが出来るようになるわけがないよなと俺が気落ちしながら仕事を終えて部屋に向かう。
店の店主の親父さんや店員さんに、モテモテだなと笑われたりしたので、それを思い出して深々と溜息をついた。
そうしたらなぜかとても同情されてしまったのは良いとして。
俺は、火瑠璃達の部屋にやってきたのは良いのだが……。
火瑠璃が驚いたようにその人物に、
「そうなのですか“ハイパーエンジェル・ラブピース”さんは他の世界の神なのですか」
「ええ。でもまあ神といっても色々と上手くその世界を回さないといけないので、大変なんですよ。ただ今は、ある程度部下で対処ができるので、私自身はそこそこ自由の身ですがね」
「へー、神様も大変なんですね、あ、お菓子はいかがですか」
「そうなのですよ。頂きます」
ご丁寧に、火瑠璃がお菓子まで、あの諸悪の根源である“ハイパーエンジェル・ラブピース”などという邪神としか思えないようなおっさんに差し出している。
ちなみに、氷子は黙って話を聞いているようだ。
そこでその異世界の神らしいおっさんがお菓子を受け取っていると、火瑠璃が言うのをためらうように少し黙ってから、
「でも異世界の神ならば、この世界の神が何処で何をしているのかご存知ですか? もう長い事、見かけなくなってしまったのですが……やはり以前の大戦で見捨てられてしまったのでしょうか」
「いえいえ、そんな事はないですよ。ただあまり手出しをせずに自分から学び取ろうとする貴方方の姿勢を見守っているのかもしれませんよ?」
「そうだといいのですが……あれ、アキト、どうしたの?」
そこでようやく俺の存在に気づかれたらしかった。
楽しそうに話している火瑠璃に俺をこんな世界に落とし込みやがった“ハイパーエンジェル・ラブピース”がゆっくりとお茶を飲みながら談笑している光景。
氷子もそれをにこにことしながら聞いているが俺としては、
「おい、今すぐ俺を元の世界に戻せ」
「大丈夫か様子を見に来たらそれですか。酷いですね」
ネクタイを掴んだ俺に“ハイパーエンジェル・ラブピース”は余裕めいたしぐさで、やれやれという。
これは煽っていくスタイルか? 乗るぞと思いつつ、
「一体誰のせいでこうなったと思ってやがる! そもそもカードの魔法ってどうやるんだよ!」
「普通に紙に念じれば使えるはずですよ? そもそもチートといっても貴方にある本来の才能を一部解放しただけですしね」
おっさんの異世界の神が、そう俺にいってのけた。
待て、俺の本来の才能って一体どれだけ万能なんだよと思いつつも、それでも再び傍に会った紙に念じてみるも何も起きない。
「やっぱり何も起きないじゃないか!」
「無意識のうちに制限がかかっているのでしょう。まあ、そういったものも全部貴方があの世界で“普通”に生きていくために、無意識のうちに自身に課した制限の部分もあるのかもしれませんが」
「そんな無茶な理屈があるか! そもそもカードの魔法って、よくよく考えたら何で漫画とかみたいな、色々なカードを駆使してみたいな話にならないんだよ!」
「何でってそれは、少なくともこの世界も含めたあの“迷宮街”に繋がる世界にはカードを使った戦いは存在しないからです」
「なんでだ? こんな魔法を使えるなら、そういったカード式の魔法があっても良いじゃないか」
しかしそこでこの異世界の神“ハイパーエンジェル・ラブピース”が深々と溜息をついた。
「時空系の魔法を使える人間は数が少なく、研究がそれほど進んでいないのです。どの世界でもね。大抵一人の天才などが自分だけが使える魔法として持っているだけで、理論も何もないのです。ただ、この世界の場合は、先の大戦で少しはそれの研究が進んだようですが今は埋もれて遺跡の奥底に眠っていますね」
その話に俺は更に聞こうとした。
けれどそこで火瑠璃が、
「その時空系の資料は何処にありますか?」
「? そうだね。“逆時計の庭園”というかこの遺跡だろうね」
「なるほど……なるほど」
火瑠璃が楽しそうに笑うのを見て俺は嫌な予感しかしなかった。
けれどそれよりも聞いておきたい事が俺にはあって、
「そもそもこのカードの魔法ってどんな魔法なんだ?」
「ああそれは、時空間……つまりこの世界、もしくは他の世界の、ある場所とある場所を空間歪曲させてつなげて召喚が出来ます」
「場所を繋げてって、どうやって」
「それは召喚に応じてくれる魔物などとの“契約”の様なものをして、そのマーキングを利用して呼び出したりできるようになるわけですね」
「……魔物と交渉しないといけないってことかよ……でもそのマーキングというのは、無機物に対しても出来るのか?」
そうすれば好きな時に別の場所から取り出せて荷物が増えずに便利だ。
だがそれに異世界の神であるこのおっさんは、
「無機物には“意志”がないので、他の魔法に干渉されやすいので魔法自体がおかしくなってしまいますから止めた方が良いでしょう」
「じゃあカードを使って、別の場所に瞬時に脱出は難しいか」
「それならば別のカードを作りあげて、安全な場所に置き、それを出口に設定すればよいのです。カードは貴方の“意志”によって作られるので反応しやすいでしょうし。ただ現在の力ではそのカードの魔法は3日程度しか持続し無いでしょう」
そのカード上に生じさせた空間歪曲させるワープゲートは今のままだと3日しか持たないらしい。
でもそうすると“契約”は3日ごとに更新されて魔物なんて呼びだすの大変じゃないかと俺が思い聞いてみると、
「“契約”は結んだものによりますが半永久的に拘束力があるのでその点は大丈夫です」
「……怖いな」
「相手もそうですので普通に時間指定がされると思いますよ? 一年とか一カ月と、後は一回だけ手助けするとか。なにしろ戦闘なので、魔物だって怪我はしたくないでしょうし」
現実的なこの異世界の神の言葉。
夢がない……そう俺は思ったのだった。