俺はごく普通の“平凡”です
火瑠璃に連れられて俺は、ある町に来ていた。
俺が落ちた場所は草原。
何処までも続いていき遠くが青くかすむ草原。
生まれも育ちも、都会の住宅街出身の俺には旅行に行った場所でもこんな草原には遭遇しなかったので不思議に見える。
そんな俺だが徒歩で移動できる場所に町があるのだろうかという不安を抱えていた所で、馬車が通りかかる。
その馬車の主にお金を支払い、運んでもらう。
ついた町は、西洋風? な町だった。
生憎まだ海外旅行に行ったこともなく、国内のテーマパーク程度しかいった事のない俺だがそんな雰囲気だなと思っていた。
町のすぐ傍で下してもらい、お礼を言って火瑠璃に連れられて町に入る。
町は人が多くで店が並んでいる。
美味しそうな匂いの良く分からない肉の串焼きや、野菜の中に透明なゼリーを詰め込んだような食べ物など、変わったものが並んでいる。
その一方でよく知っている焼き鳥のようなものは見かけたりといった、混ざりっぷりだ。
やがて俺達は一つの店にやってきて、火瑠璃が指さし、
「ここの食堂で住み込みのアルバイトをしているの」
「そうなのですか。えっと、じゃあ俺は……どうしましょうか」
まずは衣食住の問題に遭遇した。
どうしようか、ここの世界の通貨は持っていないしなと悩んでいるとそこで火瑠璃が、
「あら、仲間なんだから一緒に住み込みで働くのよ」
「ええ! で、でも異世界の食材や調味料は良く知りませんよ?」
「似たようなものがあるだろうし他の人のまねをして何とかしてね」
「そんな無茶な……」
「駄目だったら皿洗いだろうし、何とかなるわよ。ほら、行きましょう」
そう言って俺は、その店に連れて行かれてしまったのだった。
何故だ。
どうしてこんな、平凡な俺がこんな目にあっているのか。
なぜだ、どうしてだ。
自問自答を繰り返すが、その答えは出ない。
けれどそこで俺は丁度このタイミングでしかできない技を繰り広げる。
目の前にあるは四角い鉄製……だと思われるフライパン。
その中には出汁やみりん、塩、醤油で味付けされた卵が半熟で焼けている。
だが、この状態が一番うまいのだ!
そう思いながら、菜箸でくるくると丸めて空いた場所にその卵液を流し込みまた火加減を調整する。
その間にすぐ隣の調理台では煮物を作りあげ、そろそろいいだろうと俺は醤油を入れて味を調える。
量はこれくらいだと思うのだが、少し気にかかる。
なのでコトコトとにたてている煮物の汁を少しとり味見する。
「……砂糖が足りないな」
そう味についてすぐに思考し呟き、ほんの少し甘みを足して程よい甘辛い味にする。
これで煮物は完成してしまった。
だがこれだけでは駄目なのだ。
これらはこの世界でもあるような料理。
けれどここまで作ったので次は、この世界の新製品を俺は作らねばならない。
そう、俺達の世界では馴染みのある、あの“揚げだし豆腐”である。
何故かこの世界に豆腐はあるのに、豆腐はそのまま食べるものという風潮があったらしい。
異世界人である俺には良く分からない感覚だが、豆腐に何かを付けるのは邪道とのことだった。
しかも調理するなどもってのほかだそうだ。
この世界は、外側だけは西洋風だが中身は“現代日本”だった。
味噌、醤油、みりん……などなど、全てが揃っている。
それでいて、塩、コショウはもちろんのこと、月桂樹の葉やら七味唐辛子やら、各種ハーブやらといった多国籍ぶりだ。
何というか現代日本なのだ。
食事だけは。
そういえばゲームの中でもそういったものは見かけたなとはおもう。
回復アイテムで確か豆腐があったのだ。
他にもタコと里芋の煮物とか。
だからこの世界にある俺の知っている食材が、俺の知っているものと同じ味で存在していてよかったと思う。
だって知っている素材ばかりだから、俺でも調理出来るのだ。
なにしろここに来た時、
「もうこれ以上皿洗いは雇えないぞ」
ここのお店の主人らしい筋肉ムキムキのおじさんに俺は言われたのだ。
なのでたまに学校の家庭家の授業で重宝した、料理スキルを使うことにしたのだ。
そして俺は幾つか料理名をいい、作りあげてしまった。
その味に店主は感動していて、そのまま採用になったのである。
しかも初め豆腐を調理するなど信じられん、などと他の店員といっていたが、調理してみせた所あっという間にその料理の虜になった。
何だか頭が固くて信念がありそうなおじさんや料理人だと思っていたが、話は聞いてくれるし美味し物は受け入れてもらえるようだ。
その柔軟性は良かったように思う。
それに食材が同じだったので俺の味覚ともそれほど離れておらず、それが良かったようだ。
そして俺は再び鍋を手にして今度は別の物を作り始める。
そう、豆腐とわかめの味噌汁だ。
煮干しと昆布で出汁をとり、それにわかめなどを入れて作ったみそ汁。
豆腐を味噌汁に入れるなんて、何て恐ろしいものを生み出したのだと引かれたが、これもまた一口口にしてこれはありだとされた。
そして現在店に出されて、怖いもの見たさに食事をしたお客たちによって先ほど作った分は無くなってしまい、今また作る羽目になった。
何でもその変った料理の数々に、今店の前には大行列ができているとか。
けれど住む場所と食べ物が確保できて俺は安堵していた。
野宿せずに住むのだから。
そこで皿洗いを終えた火瑠璃がやってきて、
「すごいわね、アキト。こんなに色々作れるのね」
「これ位普通だよ。姉さんや兄弟達は皆この三倍速く全部作れるしもっと味付けも良かったし。俺って本当に平凡だよな」
「……平凡?」
「そうだよ。あっ、卵の端の部分食べるか? 見た目が良くないからお客さまに出せないし、氷子もどうかな?」
そう俺が誘うと二人とも頷いて出来たてのだし焼き卵の端を食べる。
凄く美味しいと嬉しそうなのを見て俺も機嫌よく次の料理に手をだす。
そんな俺を見て火瑠璃が、
「アキト……本当に何者なの?」
と呟いていたが、火瑠璃のその呟きを俺は全く気付いていなかったのだった。