この世界には伝説のヒーローがいるらしい
他の人がいなくなったので辺りが突然静かになった気がする。
意外にこの氷の壁は音を遮断するのかもしれない。
現在、俺達が歩く足音しか響いていないのだから。
しかも先ほどから階段に続く階段で、昼間の太陽光が段々に少なくなっている。
天井には上の会らしきものがあり人らしき影が見える。
このように天井がいくつも重なることで、透明なように見えるこの氷が少しずつ光を反射しているのだろう。
あれだ、透明なガラスを延々と重ねていくと光がだんだん弱くなっていく現象だろう。
そんなことを俺は考えながら、さらに前に進んでいく。
今のところはまだ魔物に遭遇していない。
そしてあまりに静かなので魔物が現れれば、すぐに音で気づくだろうと思った。
さて、そんなこんなで手持ちの明かりで周りを見ながら、つるつるとした壁が延々と続く寒い場所を歩いて行く。
ただここまで寒くて音もしないとそれはそれで気持ちが悪い。
何か話題がないものかと思っていると、コロコロと何かが転がってくる音がする。
こういった氷の世界で音が聞こえるのは、大抵、ゲームでは“氷鼠”という魔物が多かった。
表面を硬い氷で武装した鼠のような魔物で、しかも冷気を噴出して現れた冒険者の足を凍りづけにしたり凍傷を追わせたりする魔物である。
しかも顔に冷気を吹きかけて目潰しのような攻撃もしてくるというすばしっこい魔物だ。
レベルは高くないが、その俊敏さが危険な魔物である。
俺は即座に紙に触れた。
記憶にある中でこういった集団に対抗できる中規模の魔法は作っていなかった。
もう少し事前準備をしておけばと俺は思いながら、目の前に現れた選択画面の中から、氷系の魔物に効く炎の攻撃を選択。
だが少し俺の対応は遅かったらしい。
現れた“氷鼠”が俺達に襲いかかり、
「火球」
火瑠璃がそう叫び、炎の球がその“氷鼠”にあたる。
ひぎゃぁああ、といった魔物の悲鳴が聞こえたがこの“氷鼠”の表層部の氷が少し溶けた程度だった。
とっさの迎撃では威力が弱かったのだろう。
けれどその短い時間があるだけでも俺は十分だった。
現れた選択画面の中から、炎系の広範囲魔法を選択。
それほど危険ではないはずの中程度の威力の魔法を選択。
「炎の雨……“発動”」
カードに赤い光で模様が現れる。
俺はすぐさまそれを魔物たちに向かって掲げて、その魔法を開放する。
俺のカードが赤く光、そのカードの上に大きな炎の球が現れる。
そこから魔物たちに向かって炎の小さな粒が降り注ぐ。
魔物を狙っているわけではなく特定範囲に無差別に降り注ぐ攻撃のようだった。
この辺りはゲームと同じだなと思ってみていると、“氷鼠”は周りに攻撃が降るので動くことが出来ず、そして動けずにいるがゆえに次々と炎の攻撃を受けている。
きぃいいいいい、そんな声を上げてそれらは消えていく。
現れた“氷鼠”は五匹ほどだったが、全て倒されてミス色の石になる。
とても小さい石だなと思っていると、火瑠璃がそれらを回収した。
「うん、小さいけれど魔石ね、うふふ、これで、氷属性の補強になるわ」
「そうなのか良かったな。あ、さっきは助けてくれてありがとう。魔法を使うまでに少し時間がかかってしまった。手持ちのカードで幾つか作りはしたが、良さそうなカードが思い当たらなかった。今もう一度作っておく」
「そうなんだ……でも私だって仲間だもん。アキトはもう少し私を頼ってくれてもいいと思うよ?」
「ありがとう、気持ちだけ受け取っておくよ。炎の雨と。“氷鼠”は集団で攻撃してくるから、こういった魔法がある方がいいな」
と俺はそれをつくり上げる。
そんな俺にお礼を言われてなのか、氷の魔石がてにはいり上機嫌なのかは分からないが、火瑠璃は鼻歌を歌う程度に嬉しそうだ。
そして氷子はそこで困ったように、
「うーん、私、氷系の魔法が得意だから、今回はあまり役に立てないかも」
「でも氷子は色々知っているし、一緒にいてほしいよ」
「ふふ、火瑠璃は寂しがり屋だね~」
「そんなことないよ~」
といった会話をしている美少女二人。
何となく俺は癒やされる気がした。
そうしてさらに進むも、“氷鼠”にもう一度遭遇しただけでそれ以上は出てこない。
ここに来る前にあの異世界の紙のおっさんが危険な魔物に遭遇するようなことを言っていたが、
「危険な魔物、全然出る気配がないな」
「そういえばそうね。ここの道、危険だったわよね、氷子」
氷子に火瑠璃が聞くと頷く。
だがそこまで危険な場所では今のところ、ただ幸運なだけかもしれないが遭遇していない。
そこで火瑠璃が、
「でも危機に貧したら、突然ヒーローが助けに来てくれたらいいわよね」
「……ヒーローが助けに来る前の、モブになりかねないから警戒しておこう」
「アキト、真面目ね……。でもそういえば、この世界の“ヒーロー”に関してはアキトは異世界人だから知らないのかな?」
どうやらこの世界には皆に“ヒーロー”と親しまれている生物がいるらしい。
さすが異世界だなと思っているとさらに火瑠璃が、
「伝説の“六賢人”と呼ばれている人達なの」
「その人達にこの火瑠璃のこの状況をなんとかしてもらうわけにいかないのか? すごい人達なんだろう?」
「そうなのだけれど、彼らが何者かわからないのよ。さっそうと現れて消えていく、おそらくは異世界人だと言われているの。その圧倒的な力を持って数多の冒険者の危機を救ったと言われているのよね」
「出会ったことがあるのか? 火瑠璃は」
「伝聞情報よ、私も氷子も」
どうやら噂であるらしい。
確かに冒険者にとっては都合がいいかもしれない。
危険な状況になった途端、救ってくれる都合のいいヒーロー。
現実にはなく、つらい思いをしながらその危機を乗り越えなければならないがゆえにそんな夢を見たいのかもしれない。
そんな思いに駆られながら俺が黙っていると火瑠璃が更に、
「しかも、その伝説の“六賢人”は家族で、父母、娘二人に息子二人らしいの」
「そうなのか~。火瑠璃はそういった話が大好きなのか?」
「大好き!」
どうやら火瑠璃はヒーローものが好きらしい。
俺の世界のラノベなんかを持ってきたら火瑠璃はハマりそうだなと思って、そのうち行き来ができるようになったら持ってこようと俺は思う。
きっと喜んでくれるだろうし。
どうも女の子に甘くなっているなと俺は思いながら更に進んだところで、俺達は突如、轟音を耳にしたのだった。




