普通の高校生
傍にあった枝を一本拾い上げると、その“フェンリル”は鼻で俺の事を笑った。
明らかに俺を侮っている。
しかも様子を見る限りすでに勝利を確信しているようだ。
この“フェンリル”という魔物は強い魔物であるらしいので、それは当然なのかもしれない。
今まで女の狼? との戦い以外には勝利してきたのだろう。
ただあちらの方は、連敗のようだが。
といったように心の中で、むかっとしたその感情を憐れみに変えて俺は落ち着きを取り戻す。
そして目の前の“フェンリル”に、
「こちらはいつでもいい。それで、そういえばお前には名前があるのか?」
「ふん、まず他の者に名を聞くなら自分からだろう」
「……アキトだ」
「ふん、普通っぽい名前だな。この俺様の名前は、ティース・フェンル・キングダムだ」
フルネームを言う“フェンリル”に、何だか凄そうな名前だと思いながらも俺は、
「それで、確か高速移動をして影分身みたいなことをするから、俺が本体を叩けばいいんだな?」
「端的に言うとそうだ。だがそんなに簡単にできるとは思わないがな!」
そう“フェンリル”、ティースが薄ら笑いを浮かべる。
だがどんなゲームかは分かったので、
「じゃあ早くしてくれ、時間がもったいない」
それよりも俺は早く違う魔法を試したかったのでそう促すと、
「その言葉、後悔するなよ!」
そう告げて、“フェンリル”、ティースは5つに分裂した。
高速で左右に行ったり来たりしているだけのはずなのに、こうやって実物を見るとある種の感動を覚える気がする。
まさにファンタジーだと俺は思った。
そしてその“フェンリル”のティースは俺に、
「ふははは、どれが俺の本体かわかるまい」
と、言う。
こうして見ると、五匹が同時にしゃべっているように聞こえる。
随分と器用な芸ができる狼な魔物だなと俺は思いながら、小さく、だがこの程度の速さなら問題ないと付け加え、そこで俺は枝を振り下ろす。
「きゃううううんんっ」
ティースの額に俺の枝が当たった。
動きが早かったので少し力を込めなければならなかったが、俺はティースの頭を枝で殴ルのに成功した。
それが痛かったらしくティースはゴロゴロと転がっている。
ただ、約束は約束なので、
「俺の勝ちだから契約してもらうな」
そう告げると、痛がっていた“フェンリル”が余裕であるかのように転がっている耐性から瞬時に立ち上がり、
「ふ、三回勝負だ!」
「そんな後出しジャンケンみたいに言われてもな……」
「三回戦と言ったら三回戦だ!」
「……これ以上は増やさないぞ」
そう俺は告げて、再びゲームを行い、大勝利を収めたのだった。
そんなわけで俺に負けた“フェンリル”のティースだ、
「くっそ、それで俺はどうするんだ」
「やけに素直だな」
「ふん、約束は約束だからな。俺様は約束は守る主義だ」
「そうなのか。実は……魔物使いという意味で使役されて欲しいんだ、俺に」
そう告げた俺を、ティースは変なものを見るような目で俺を見て、
「魔物使い? そんなものは聞いたことがない。お前、頭は大丈夫か?」
「俺も時々自分の頭が大丈夫かと、特にここに来てからそう思うようになった。だが、これで契約は成立しているから多分魔法は使えると思う」
そう俺が告げると、更に変なものを見るようにティースが俺を見て、
「何だかよく分からないが、使えるなら使ってみろ」
「そうだな。ただその魔法がどう使えるのかがまだよく分からなくてな。ちょうどいい実験体が手にはって良かったよ」
「ま、待て、今実験体って言わなかったか?」
「……いや、気のせいだろう」
「いや、俺様は耳と記憶力はいいんだ! そ、そんな危険そうなものに関わってたまるかぁあああ」
そう叫ぶやいなや、ティースは俺から逃げるように疾走していく。
それはまあいいのだが、試しにカードを取り出して俺は念じてみる。
魔法を込める要領で力を込める。
同時にカードが輝き、ティースの絵柄が浮かび上がったので、
「“発動”」
「へ? ふぎゃわああああ」
悲鳴を上げて、逃げたティースがそのカードから出てきたのだった。
結局逃げてもどうにもならないと、“フェンリル”のティースは俺についてくることになった。
もともとふられた八つ当たりで襲っていただけなので、危害を加えていなかったのが幸いしたのか、殺さなくてもいいらしい。
但し報酬はその分金貨八枚に減らされたが。
そんなこんなで食堂で勝ってもいいか聞いた所許可が降りたので、“フェンリル”のティースをここに住まわせてもらえることになった。
初めは渋っていた店主と店員だが、
「ちょうど他の雌狼に振られている所であったんだ」
といった話をした所、生温かい目で店員と店主がティースを見て、
「そ、そんな生暖かい目で俺を見るなぁあああ」
とティースが悲鳴を上げたのはいいとして。
何故か店の人達、皆の、うんうん、分かっているんだという表情に、ティースが、
「べ、別に俺の魅力が分からないメスになんか興味ねーし」
「そうだなー、うんうん」
「だから憐れむように俺を見るなぁああ」
といったことがあり疲れ果てたティースは俺の部屋に来て、
「くそ、まるで俺がモテないみたいじゃないか」
「……」
それ対して答えるのは酷のような気がしたので俺は沈黙した。
そこで俺をティースは見上げて、
「というかこの俺様の動きも見ぬくし本当に何者なんだよ、お前さん」
「普通の高校生だ」
「フツウノコウコウセイ? 聞いたことがないな。とはいえ恐ろしい生き物だなそれは」
何か誤解された気がしたが、俺はどうでもいいやと放っておいたのだった。