ふう、恐ろしい物を見ちまったぜ
怒りに震える“フェンリル”という狼型の魔物。
そして、良く分からないうちにこの世界に放り込まれて、偶然にも仲間になってもらえた俺が、この“フェンリル”には羨ましいらしい。
更に付け加えるなら、
「ああもう、ちょっと離れた場所で観察しようと思っていたのに……仕方がないわね、氷子、準備!」
「はーいっ。もう何でこんな目に……」
火瑠璃と氷子が戦闘の準備をすれば、その“フェンリル”は更に機嫌を悪くし、
「見捨てずに立ち向かうだと? ますます許せない! 雌を二人も……お前の様な者がいるから、俺みたいなはみ出し物が生まれるんだ!」
そう涙ながらに叫ぶ“フェンリル”。
気持ちは分からなくはないが、だからといってみすみすやれるような俺ではない……と言いたいところだが、そこでフェンリルの毛がさあっと後ろに流れると、気付けば俺の目の前に“フェンリル”が来ていた。
どうやら風の魔法か何かを使い、瞬時に移動したらしい。
確か音速を超えると衝撃が生じなかったかな、と俺は思う。
だが、この不思議世界で俺の世界と同じ物理法則が支配しているのなら、魔法なんて存在しないんだろうか?
いや、あの異世界の神もいるしどうなんだ?
俺が危機感故に現実逃避していると、そこであの神が現れる。
目の前に現れた、“ハイパーエンジエル・ラブピース”という異世界の神だ。
だがいつもならばすぐに敵を殲滅している彼だが、今日は違っていた。
「……」
「……」
しばし見つめ合う、一人と一匹。
そこで無言で“フェンリル”がこくりと頷く。
何処となく顔色が悪いようだ。
それに異世界の神であるおっさんも、こくりと頷いて、そのまま消えた。
どうやら俺を殺すのは諦めたようなのだがそこで“フェンリル”は、
「ふう、恐ろしい物を見ちまったぜ。あれは流石の俺様でも勝てない」
知能があるからこそあの異世界の神“ハイパーエンジェル・ラブピース”がどれほど危険なものか分かり、大人しく従ったのだろう。
そう思っていれうとその“フェンリル”は、
「だが、お前は一度ぎゃふんと言わせられるべきだ」
フェンリルはそんなことを俺に言い始めた。
だが俺としては無理やりここに連れてこられた点も含めて、良い思いをしているわけでもないので、
「なんでだよ」
「雌二人も連れて……ずるいからだ!」
「そんなずるいという理由で殺されそうになったのか? 俺」
遠くを見るように俺がつぶやくとそれにフェンリルが、
「殺さない程度にぼころうと思っただけだ! おかげで見逃してもらえたようだが……あんな恐ろしい物を連れているが、嫌がらせくらいはできるはずだ!」
そう“フェンリル”は俺に言う。
それを俺は聞きながら、狼の嫌がらせってなんなんだと思いつつ、試しに、
「どうやって俺に嫌がらせをするんだ?」
「例えば、俺が高速で動いて五つくらいに分裂して見せるから本体を殴って見せろ、といったゲームだな」
「……俺がそのゲームをしないと言ったならどうするんだ?」
「……」
“フェンリル”は沈黙した。
そして俺はそのゲームを受ける気はなかったが、けれどふと良い事を思いついた。
こうやって会話も出来るという点が非常に都合が良い。
そんな計算をしているとそこで“フェンリル”は、
「ならば、受けたくなるようにさせるまで!」
「つまり?」
何だか碌でもない事を言われそうだなと俺は思いながら、そこで“フェンリル”はにやりと笑って火瑠璃と氷子の方を見て、
「あの二人の雌のスカートを、この草原を出るまで延々とまくりあげてやる!」
「「ええ!」」
何故か人間の女子が嫌がりそうな方法をピンポイントで選び出した“フェンリル”。
なんだこの魔物は、レベルが高すぎるぞと俺が思っていると、
「ふふ、以前女の冒険者らしき者の傍を高速で移動したらあのひらひらした布が舞い上がってな。それを女の冒険者は嫌がっていたからな。まあ俺には、あんな布一枚見られた程度でどうして騒ぐのかと思ったが」
「人間には人間のそういったルールがあるんだ」
俺がそう告げると“フェンリル”は、
「そうなのか? この位置と二人共丸見えだが」
確かに大きい狼とはいえ、目の高さはどれくらいかというと……というわけで。
なので俺は聞いてみた。
「ちなみに何色だ」
「水色のしましまに、白のレースの付いた派手なものだな」
「「!」」
慌てたように、火瑠璃と氷子がスカートを抑えて、そして二人して俺を睨みつける。
良い情報を得たが、これ以上は俺が彼女達にぼこられそうなので代わりに、
「分かった、そのゲームは受けてやる。だが、代わりに俺が勝ったら、俺と契約をして欲しい」
「契約?」
「魔物を使役したいんだ」
「? そんな事が出来るのか? 聞いた事がないぞ? ……まあ、お前が勝ったら何でも言う事を聞いてやってもいいぜ」
嗤う“フェンリル”。
多分自分の実力に自信があるのだろう。
先ほどの動きも含めて、実力があるから、いざとあればその力を使えばいいと思っているのだろう。
だが、勝利すれば魔物を召喚する力を俺は手に入れられる。
もう一つの方の能力が試せるのだ。
なのでこの勝負、絶対に負けるわけにもいかないし負けるつもりもない。
そう思いながら俺は、本物を叩くための木の棒を、その周辺から一本探し出したのだった。