ちっ、見てんじゃねーよ
氷子が持ってきた、白い簡素な皿とフォークと一枚の紙。
その紙を俺に渡して、氷子はケーキをお皿に乗せた。
「火瑠璃ちゃんはどっちにする?」
「そうね……半分ずつにしない?」
「賛成!」
そう言って和気あいあいとした風にケーキを分け合う二人。
そしてこっちのケーキが大きいと争いを始める二人。
ほのぼのとする光景だが、この紙よりもまずケーキに行くのはいかがなものかと思う。
思ってから俺は気づいた。
彼女達にとってはこの紙よりもケーキのほうが何よりも重要であると。つまり、
「……何かあった時はケーキでご機嫌を取ろう」
「? アキト、今何か言った?」
「いや、何でもない」
変な所で地獄耳な火瑠璃に、俺は適当にごまかした。
俺の姉妹も、そういえば甘いモノが好きだっので、なるほどと納得である。
そしてその持ってきた紙に俺は目を落とす。そこには、
『狼型の最強の魔物“フェンリル”に注意』
大きな見出しで描かれている。
確かどこぞの神話で、月や太陽を追いかけ回していたような気がしたが、どうやら身近にいるものらしい。
ゲームでは出会った事はないが、そういえば強い魔物が出ただの“フェンリル”だのと聞いた気がする。
しかしこうやって身近な魔物として出てくると、随分とスケールダウンしているよなと思う。
そして更に書いている内容を読んで行くと、
『特に女性と歩いている男性に襲いかかる習性あり。男女一緒のパーティや恋人同士で、ハラハラ草原を歩く場合は注意しましょう。下手をすると死にます』
さらっと死にますと書いてあった。
怖いなおいと思いながら見ていると、すでに負傷者は出ているらしい。
そして男女どちらかが相手を見捨てて逃げると、攻撃を止めるらしい。
どうやら相手に振られてやがるとか、相手に格好悪い所を見せて幻滅させてやるとか、そんな僻み根性丸出しの理由があるらしい。
ちなみにどうしてそれが分かったかというと、その“フェンリル”が自分で言ったからだそうだ。
この“フェンリル”は力も含めて魔力も強いため、人間と同じように言語をも理解する高度な知能を備えているという。
でもこれは高度な知能と言って良いのかなという気がしつつ俺は、目を下の方に向けるとそこには、
『この“フェンリル”を倒した者には、金貨十枚の賞金を出す:ミミノリ商会』
「金貨十枚が出るのか」
「「金貨十枚!」」
火瑠璃と氷子が同時に反応した。
彼女達のフォークにはそれぞれチョコレートケーキが刺さっていたがどうでもいい。
彼女達は俺を見ていた。
「ど、どうしたんだ?」
「今、金貨十枚って言ったわよね。何の話!」
火瑠璃が食いついてきたので、この“フェンリル”をどうにかすると賞金がもらえるらしいと伝える。
その途端、火瑠璃の目が輝き、くるりと氷子に向かって振り向き、
「金貨十枚のために頑張りましょう!」
「……火瑠璃ちゃん、流石に無理だと思う。相手はあの“フェンリル”だよ?」
「で、でもこれはチャンスよ。とりあえず知能があるみたいだから説得が出来るかもしれないし」
「どうやって?」
「好物のお肉……ヘルア鳥の肉が好物だったでしょう? それをこう、貢物にして……」
「でも一度で済むかな」
「じゃ、じゃあゲームをしかけて……」
「相手が乗ってくれるか分からないよ。これは残念だけど止めよう。この“フェンリル”相手にこの報酬は低すぎるよ」
氷子の説得にしょぼんとする火瑠璃。
確かに危険なのだから仕方がないが、ふと思い当る部分があって俺は、
「それでその、ここから移動したりしないのか?」
「そうね、もうしばらくしたら移動かな。ハラハラ草原を抜けて……」
「そこに出るみたいだぞ」
その一言に火瑠璃は沈黙したのだった。
結局次の日、ちょっと様子を見に行こうという話しになった俺達。
今日は店が休みなので、朝から自由だった。
そしてその草原の入口あたりに立札で、“フェンリル”注意の看板が出ている。
それを確認してからしばらく歩いていくと、艶やかな黒い毛並みの少し大きめの狼の様なものが見えた。
更に近づくと、そこには白い少し小柄な狼がいて、どうやら雌であるらしいと分かる。
何故分かったかと言えば、“フェンリル”といったこの世界の狼型の魔物の場合、しっぽが短いのが雌であるらしい。
そう氷子に説明された俺だが、そこでその黒くて大きい狼は白い狼にプイっとそっぽを向かれた。
そんな白い雌の狼に黒い狼は追いかける様に近づくが、後ろ足で蹴られてしまう。
「きゃいーん」
「「「うわぁ……」」」
明らかに嫌がられたとしか思ない行動を取られて、それでも食い下がる様子を見てしまった俺達はそう呟いた。
だがその呟きはその黒くて大きい狼に聞こえていたらしく、
「ちっ、見てんじゃねーよ」
と俺達に言うが、そこでそのカッと目を見開いた。
明らかにその視線は俺を見ている、そう思っていると、
「お前、お前、お前ぇええええええ」
「な、何でしょうか」
「雌を二人も連れやがって、絶対に許さない。許さないぞおおおおお」
そういえば異性と一緒にいると襲われるんだったと俺は思い出したのだった。