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その後の俺とキノコの娘

 結局、俺はプロジェクトの危機とやらに間に合わなかった。

 勤めていた部署の皆は、漏れなく降格かリストラである。

 女上司の言葉を借りて言えば、「我々の家から勘当された」ということになるだろうか。

 首切られる時はマジであっという間なんだなあ……

 三日三晩に渡って続けられた「お互いを慰め合おうの会」では、真っ白になってしまった女上司と、それを必死で慰める藻部くんの姿がやけに印象に残った。

 ちなみに、メンバー全員が路頭に迷っているのかというと……そんなことは全くない。


「俺くん、この企画はそのまま通してオッケーだ。先方の内諾ないだくを貰っているなら、打ち合わせ等のスケジューリングを組んでしまってくれ」

 実は社畜ガチ勢の実家に比較的裕福な農家があったため、俺たちはひとまずの糊口ここうをしのぐため、畑仕事を手伝うことになったのだ。

 それで気づいたのだが、農産関係はとにかく宣伝方面に弱いところが多い。

 生産品の展示即売会などの運営代行業路線で、新規にきりこめる余地があった。

 幸い、俺たちの勤めていた会社はイベント運営業を主体としていた。

 そのため、ノウハウの遣い回しも比較的しやすい。

 これならいけるんじゃね? と満場一致の判断が下り、俺たちはベンチャー企業の創設に踏み切ったのだ。


「了解です。それまとめたら、今日は仕事切りあげちゃいますね」

「うむ。いやあ、ベンチャーって良いな! 自分のスケジュールで動けるのがまず素晴らしい。上へのホウレンソウがない時点で、無駄な時間を八割カットできるとかどうなってるんだ! 何故、もっと早く気付かなかった! おい! 怨むぞ!」

「あ、いや。俺に言われても……」

 心なしか目から隈はとれたようであったが、相変わらず女上司(三十)は何処か残念だ。

 これもう王子様の登場は諦めた方がいいんじゃないかなあ……

 俺はパパっと残務をとりまとめ、中古で手に入れたノートPCを閉じた。

 終電を待たないって、何か良いね。


 俺はまだ日も暮れてない内に帰宅する。

 まだ住みなれていないアパートのドアを開けると、中には異界が広がっていた。

「――は?」

 すさまじいキノコ臭がする。

 部屋の隅々まで菌糸が伸びて、宙には胞子が舞っていた。

 おかしいな……家に帰ってみたら、自分の部屋が樹海系ダンジョンになっているんですけど……

「どうしよう……このまま放置しとくと大家に殺されるかもしれない」

 俺は生命の危機を感じ取り、異界化の原因を突きとめるべく、室内のあらさがしを始めた。

 PC関係は違うだろうし、エロ本が湿気て菌を呼んだか? いや――

 そこで目に入ったのが、アウトドア用品を適当にぶっこんだ押し入れである。


「あっ」

 思い出した。

 中型バックパックに、キノコの娘からもらったお土産を入れっぱなしにしていたんだった。

 急いで山から下りてきたから、中身をどうするとかも考えずに放置してしまったんだよなあ。

 俺は恐る恐る、押し入れを開ける。


「お邪魔してるんだよー」

「あっ、どうも……」

 すると、中にはキノコの娘の私室ができあがっていた。

 九畳一間の空間が、女の子らしいインテリアや壁紙で飾り付けられている。独身男性のように放置されたゴミが多いのは、本人の性格のなせる業だろうか。

 って何これ、俺の部屋より広いんだけど、どうなってんの……?

 短く切られた茶色混じりの白髪が特徴的な少女が、私室(?)の真ん中にちゃぶ台を置き、静かにお茶を飲んでいる。

 頭の上に乗せた綿帽子も、獣耳にも見覚えがある。


「って、チャコちゃんじゃん」

 ホコリタケの化身、埃原アイハラ茶狐チャコは俺の来訪に気がついたらしく、こちらに向かって花の咲いたような笑みを浮かべた。

「昨日ぶりなんだよー」

「え、昨日? あ、いや。そうか。時間の感覚が違うんだっけ」

 もう山での一件から半年以上は経過していたのだが……今、問題とすべきはそんなことではない。


「何で、ここにいんの……?」

 俺は"非現実"から"現実"に戻ってきたはずであった。

 今は仕事への不満も特にない。キノコの娘にたかられる理由はないはずだ。

 彼女がここにいる理由に心当たりはなかった。


「えっとねー、同定してもらってー。お兄さんとの"繋がり"ができたからなんだよー」

「"繋がり"?」

「そうそうー、菌活はね。私たちが現実世界に"繋がり"を作るための活動だからー」

 そんなこと一言も聞いてないんですけど……

 文句を言いたいところであったが、チャコの笑顔を見ていると、何だかもうどうでもよくなってきてしまった。

 元々、キノコの娘たちとはまた会えるものなら会いたいなあと多少は感じていたのだ。

 ヴィロサとの別れの際に言った言葉は本心からのものだった。

 だが、待てよ?

 同定を済ませると"繋がり"ができる。"繋がり"ができるとキノコの娘がこちらの世界にやってくる。

 ならば、他のキノコの娘はどうなるのか――

 その疑問に答えるようにして、色鮮やかな声が四方八方から飛んできた。


「あら、あの時の……十年ぶりですわね。私のことを覚えていらっしゃる? 今日こそは、その……口に入れて、もごもごしてもよろしいのですよ?」

「やあやあ、久方ぶりじゃないか! こうした出会いは運命を感じるね。君とボク、あの時に交わした同定はやはり本物であったということかなっ!」

「まさかこんなに早く貴方に会えるなんてぇ……私、貴方に褒められ続けたあの時から、貴方のことがどうにも忘れられなかったのぉ……」

「お久しぶりです、お兄さん。BL談義する時間……今、あります?」

「やっ、久しぶりね! またいたずらされたくなったのかしらっ」

 俺は聖徳太子じゃねえんだぞ! あと、もう毒キノコは勘弁だから!

 一斉に声をかけられたせいで、俺の頭は混乱の極みにあった。


「というわけでー、お兄さんを幻想キノコ界に引きずり込むまでは一緒に住まわせてもらうから、よろしくなんだよー」

「あっ、やっぱり半年前も引きずり込むのが目的だったのか! つーか、ちょっと勝手に決めないでくれっ!」

 うるせえぞ! と隣の部屋から壁ドンが飛んできた。

 ああ、いくら押し入れが異界化してても音は隣に漏れるのね……

「わはー」

 チャコが面白がって壁ドンをし返す。


 ――ドン。ドドン。

 ドン。ドドドン。

「おい、ふざけんな!」

「ぴゃー」

 ドン。ドドン。ガチャリ。

「おい、俺さんいい加減うるせえんだよ! 今何時だと思ってんだ!」

 は、はわわ……怒りのご近所さんが謝罪を求めてご来訪なされたようだ。


「マジでやめてくれ! ご近所づきあいは一度関係がこじれると修復が大変なんだよ!」

 俺が慌てて止めようとする中、キノコの娘たちは相変わらずのドンチャン騒ぎを止めようとしない。

 現実が遠ざかっていくのを確かに感じる。

 俺はこれからのことを思うと、"非現実"から逃げ出したくてたまらなかった。

このお話に登場した主なキノコの娘たちは……


水楢ミズナラマイ…マイタケのキノコの娘。

埃原アイハラ茶狐チャコ…ホコリタケのキノコの娘。

アマニタ・ムスカリア…ベニテングタケのキノコの娘。

アマニタ・ファロイデス…タマゴテングタケのキノコの娘。

色変イロガワリ薔薇嶺バラネ…バライロウラベニイロガワリのキノコの娘。

緑青ロクショウ姫乃ヒメノ…ヒメロクショウグサレキンのキノコの娘。

アマニタ・パンセリーナ…テングタケのキノコの娘。

アマニタ・ヴィロサ…ドクツルタケのキノコの娘。

静峰シズミネ月夜ツキヨ…ツキヨタケのキノコの娘。

の九人でした。

各キノコの娘の容姿につきましては、oso様が運営する『oso的キノコ擬人化図鑑』にて可愛らしいイラスト付きで紹介されております。

拙作をきっかけに、原作に少しでも興味を持っていただければ幸いです。

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