俺、ヤバイ~俺の右腕を直視した人が将来200年以内に死亡する確率はほぼ100%~
彼は今までの人生を振り替えって三度選択を誤ったと考えていた。
「僕の将来の夢は世界征服をすることです、この僕の『右腕に宿った力』を使って!」
この言葉はこの物語の主人公である及川右京が、小学六年生の頃に、クラス全員の前で発表した作文の内容である。そのあとのクラスの反応がどんなものだったかは想像に難くない。
今にして思えば、なぜあんなことを言ったのだろうと反省していた。これが一度目の選択ミスである。けれども、後悔はしていない。なぜなら彼は自分の『右腕に宿った力』は本物だったからだ。その力とは『相手の生命力を奪う能力』。しかし、効果が現れるのは数秒~数百年と個人差があったため、人にはなかなか信じてもらえなかった。気が付くと右京は自分の右腕を隠すようになっていた。
あれから十年以上の時が流れ、三十手前の青年(?)になった現在、右京は大学院博士課程修了の立派な……『無職』になっていた。これが二つ目の選択ミスである。もとはといえば、自分の『右腕に宿った力』を科学的に説明しようと先生の反対を押しきって当時得意科目でもなかった理系に進んだのが間違いだった。
苦労を重ねて何とか大学には滑り込んだものの、理想の大学生活には程遠かった。運が良かったことと言えば大学に入って一番最初にできた友達が、超絶優秀で人当たりがよく、リア充、高身長おまけにちょっとイケメンというエリートだったこと。彼と仲良くしているだけでテスト勉強には苦労することなく、金魚の糞のように彼にくっついているだけで、とんとん拍子で、博士課程まで進んでいた。
このまま卒業までイージーモードと調子に乗っていたのも束の間、いざ卒業してみると、優秀な彼は帝大の助教授になって忙しく研究に励んでいるのに対し、右京は手に職はなく、一人寂しく公園で暇を持て余していた。
彼は今頃何百という学生に対して講義を行っているかもしれないが、右京のやることと言えば公園にときどき遊びに来る数人の小学生を相手に小難しい理科の話をしてあげたり、簡単な科学実験を行うだけだった。あの日の名残と言えば、研究室時代に愛用していた白衣を今でも毎日着ていることくらい。これを着ていることで暑い夏でも右腕を隠すことができた。
気が付くと右京には『公園の白衣おじさん』という異名が与えられ、小学生の間で名物になっていた。
しかし、彼の人生は変わった。公園の砂場に埋められた『不発弾らしき物体』を掘り当てたことで。そして不用心にこれに触ってしまったことが彼の三度目の選択ミスであり、最期の反省だった。
◇◇◇
気が付くと、右京は異世界にいた。
服装は公園にいたときと同じ白衣姿。近くには大きな木が一本、その場所は小高い丘になっていた。その状況に置かれ、右京は今まで無駄に持て余していた頭を使って考えた。そしてわかった。やっぱり何度考え直してみても、ここは自分の住んでいた地球ではない、と。その証拠に恐竜としか思えない生物が彼の真上を飛んでいた。
「とりあえず、スマホの電波は届いているのかな……?」
届いていなかった。
というかすぐに電源が切れて使い物にならなくなった。
こんなときにできるのはただひとつ。第一村人を探すことだけだ。
しかし、そんな決意をした彼の前にある驚愕の事実が突きつけられた。異世界に飛ばされてきたのは右京だけではないようだ、という事実。目の前に現れた幼女がそのことをはっきりと告げていた。
「ねえ、おじさん、ここってどこなの~?」
そう言って目の前に現れたのは公園の常連利用者、ミナトちゃん、小学五年生である。そしてその後ろをついてきたのは、
「タイガ、カケル、リン、セリナ(幼女)、ルリ(幼女)……?お前たちまで来てたのか」
彼らは公園でよく見る小学生たちだった。特にミナトは右京によくなついていた。そしてそんなミナトに片思いをしているタイガという男の子が一番右京のことを目の敵にしているいうことまで彼は知っていた。
「おじさん、ここどこだよ?何したか知らねえけど、早く帰さないと、警察呼ぶぞ!ミナトもあんまりこのおじさんに近づくな!母さんが言ってた、昼間から公園にいる大人なんてろくな人間じゃないって。俺も前から信用できないと思ってたんだ、このおじさんのこと!」
「えー、おじさんはいい人だよ!私の知らないこと一杯知ってるもん」
わかっているとはいえ、おじさんとそう何度も連呼されると心にくるものがあった。それにタイガの言う通り不審者扱いされてるんじゃないかと言う自覚も若干あった。とはいっても面と向かって言われるとやっぱり傷付く。
「ごめんなー、おじさんもここがどこだかわからないんだ。でも警察だけは勘弁してくれ。別に悪いことをしてたわけじゃないだろ?勉強教えたり、自由研究の手伝いをしたり、しただろ?」
そう言いつつ、右京はミナトから距離をとった。タイガが気にくわないのは右京とミナトが仲良くしているところを見せつけられることであって、そこさえ気を付けてればタイガはそれ以上のことをしてこないことを経験的に学んでいた。
しかし、その行為が今度は次なる波乱を呼ぶことになった。
「はにゃあ!ニンゲンだー!ニ、ン、ゲ、ン、だー!」
どこからか声が聞こえる。あたりを見渡すと、見つけた。『頭から生えた地面につくほど大きな耳を持った何か』
おそらく丘の上にあった大きな一本の木の上、そこから落ちてきたのであろう
痛そうに頭を抱えながら驚きの声をあげたのは地面につくほど長い耳を持った小動物のような小さな一匹のモンスターだった。
◇◇◇
しばらくの間、両者は互いに固まっていた。右京はこいつは危険生物なのか、そもそもこの世界には『人間』という概念があるのか、ということが頭の中で駆け巡ったし、おそらく、相手は、どうしてニンゲンがここにいるのか、と混乱していた。(単に落ちた衝撃で動けなかっただけかもしれないが)
やっと落ち着いてきたのか、逃げようとする動作をとった『そいつ』を見て、右京はとっさに呟く。
「タイガ、捕まえろ」
タイガは、言われるがまま、『そいつ』の胴を抱えて逃げないように持ち上げた。改めてみて『そいつ』が本当に小さなモンスターで、小学生の腕力でも逃げられないほどの非力な生物だということがわかった。
「とりあえず、話を聞きたいだけなんだ。危害を加えるつもりは毛頭ない。わかってくれるか?」
「わかったから、大事な耳を触るな、引っ張るなー!」
どうやら、そのもふもふした長い耳を触られるのが、嫌らしい。他には攻撃性もなく危険がないと判断した右京はタイガに告げる。
「タイガ、放してやれ。話を聞きたい」
「うぅ……。ありがとう。ボクの名前はテディ。ボクからも聞きたい、どうして君たちはここにいるの?」
そんなことを聞かれても、右京にも具体的には答えられなかった。
「公園にいて、砂場から『何か』を拾ったあと気付いたらここにいた、としか……」
「ぷっ……カッコ悪い……」
「黙れ。とにかく帰る方法を教えろ。こいつらはまだ小学生だから早く帰さないと、最近PTAとか保護者とかうるさいんだよ」
こんなことを心配しなければいけない自分を情けなくなりながらも、右京はテディに詰め寄った。
しかし、返ってきた答えはわかりません、の一言だけだった。その後もこの世界は何なんだと聞いても、『ボクらが住んでいる世界』としか言えないといい、その理由もやっぱりわからないだった。業を煮やした右京は右手を振り上げる。
「はにゃあ……叩かないでぇ……」
テディは恐怖を感じたのか、身を縮こまらせた。それを見かねたミナトから、かわいそうだよ、おじさん、と言われ、仕方なく右京は右手をもとに戻した。
「何も知らないのはわかった。でも、俺たちのことを人間って言っただろ?それはどういうことだ?」
「前にもこの世界に人間が飛ばされてきたことがあるんだよ。つまり君たちで二度目」
「そいつらはどうなった?」
「ごめんね、わからない。死んだか、元の世界に帰ったか……」
「他にそいつらについて知っていることはないか?どこに住んでいたとか」
「そのニンゲンがこの世界で一番高い山の頂上を目指してた、っていう話は聞いたことがある」
「一番高い山っていうのは?」
「スパイラルマウンテンだよ」
そう言ってテディは遥か彼方に霞んで見える、天にも突き抜けそうな山を指し示した。
「じゃあそこに向かおう」
「無理だよ。残念ながら前にニンゲンが来たときとは状況が違う。今この世界では狂暴なモンスターが徘徊しています。だから今ボクら子供は安全な場所に疎開しなければなりません。スパイラルマウンテンはそんな危険地帯にある山です。たどり着くまでに死にますよ」
どうにもできない悔しさから、右京はその右手で手近にあった大木を叩いた。すると、テディが、グルルル……と歯を立てて警戒し始めたのだった。
「さっきから気になってたんだけど、その右腕なに?すごく嫌な魔力を感じる……」
驚くことにテディは『右腕に宿った力』を感じ取ったのである。
「知ってるのか?この右腕のことを?」
「思い当たる節はあるよ。おそらく、『ε(イプシロン)線』じゃないかな。オーバーテクノロジーの一種だよ。ボクも含めこの世界の生物はみんな『核』と呼ばれる物質の集合体でできている。『ε線』はその核に直接影響を与えることができるエネルギーだ。君の右腕からはそのエネルギーが漏れ出ているんだ」
「『核』に直接影響を与えるとはどういうことだ?」
「『分裂』と『融合』だよ、つまり、そのエネルギーを受け続けるとボクらは現在の姿を保ち続けることが困難になる。危険な力だよ。でもうまくコントロールすればボクらを急激に成長させる力にもなり得る」
「つまり俺たちの世界で言う放射線みたいなものか」
右京は熟考した。
このままここでじっとしていても、状況が良くなるとは限らない。とは言うものの元の世界に帰る手がかりはスパイラルマウンテンの頂上に何かがある、という情報だけ。ならば、今の状況を鑑みて右京に出来ることは一つだけだった。
「テディ。お前が引き留めても俺は行くぞ。それに俺はこの右腕のことをもっと知りたい」
「ならボクも連れていってよ。向こうに故郷があるんだ」
こうして、及川右京は六人の小学生と一匹のモンスターを連れて、冒険の旅に出た。
目指すは遥か遠くのスパイラルマウンテン。
ここから三十手前の無職だった男の、もうひとつの物語が始まる。
(中略)
右京は『右腕に宿った力』は予想以上に絶大なものだった。大抵のモンスターはその力を警戒して寄って来ることはなかったのだ。まず、右京たち一行はテディの案内で近くの集落を目指した。その途中、『迷いの森』で、『森の主』と呼ばれる大鷲型モンスターを仲間にした。
第一の集落『はじまりの街』についた右京は、そこの住人に手厚いもてなしを受けた。食事や服もそこで補充することができた。(結局、右京はその上から白衣を着たのだが)
そこの長老からは色々と有益な話を聞くことができ、この世界について理解を深めることができた。どうやらこの辺りを蹂躙しているモンスターは『バルドゥ』と呼ばれる魔獣型モンスターらしい。
『はじまりの街』を出ると、今度は、誇り高き戦士である白虎型モンスターと遭遇した。意見の食い違いから右京はそのモンスターと死闘を繰り広げた末、これを仲間にした。(正確には争いを嫌ったミナトの涙に心を動かされ、彼女の守護獣として仕えることを承諾した)
次に、スパイラルマウンテンに向かう途中にある、テディの故郷の村へと寄った。そこに残っていた少数の村人が彼らを快くもてなしてくれた。けれども、村に到着して、数日後、村を災厄が襲った。バルドゥの襲来である。
ここにきて右京たちはバルドゥの圧倒的な強さに手も足も出なかった。『右腕に宿った力』を過信していた右京には為す術もなく、逃げるように村を後にするしかなかった。しかし、そのときに払った犠牲、テディの両親を含めた多くの村人が喰い殺されたこと、そして、一集落の壊滅という凄惨な光景は、右京の心に強く焼き付いていた。
村を出た右京はバルドゥに対抗すべく、『右腕に宿った力』をコントロールする訓練を始めた。多くの人の助けを借り、色々な苦難を乗り越え、ようやく、『融合』の力を自由に使えるようになった。その力を使って、最初に仲間にした大鷲型モンスターを成長させると、今度は飛行による移動が可能になり、行動範囲が飛躍的に広がった。
そして右京たち一行は、飛行ルートを通り、この世界で一番高い山であるスパイラルマウンテンの頂上についた。
そこには人間界へと繋がるゲートが開いていた。
「これで元の世界に帰れる。さあゲートを通るぞ」
右京は言った。しかし、それを遮るようにタイガは反対した。この冒険を通して、責任感のある立派な少年へと成長していたタイガにとって、この世界の状況をこのままにして帰ることは耐え難い行為だったのだ。
「待てよ!バルドゥはどうするんだよ!俺たちは良いさ、向こうに戻ればこっちのことなんか関係ない話だからな。でも、俺たちだけ安全な場所に逃げてもテディたちがバルドゥに怯えながら暮らす現実に変わりはないんだよ!」
「最初に言っただろ?俺にはお前たちを親元に返す義務がある」
「あんたはそんなにつまらない人間だったのかよ!大人のくせに。いつも俺たちに偉そうなことを言って、結局は自分の保身が大事なんだ。何のためにそんな力を持ってるんだよ!力があるなら何でも守れるかっこいい大人でいてくれよ」
「あいつを絶対に倒せる確証はない!くやしいのはお前だけじゃないんだ。俺一人なら自分が死ぬのを覚悟して特攻しても良いさ。でもここにはお前たちがいる。最初に守るべきはお前たちなんだ。それに口に出さないだけで、本当は向こうに帰りたい人もいるんだ」
ここまでの冒険を通して、右京は六人の小学生それぞれがどんな思いで右京について来たか、知ることができた。だから、今は彼らの保護者としてするべきことがあったのだ。
それを聞いて、タイガもしぶしぶ納得してくれた。
そうすると、気がかりになるのはテディのことだった。
「ひとりぼっちにしないでぇ……。父ちゃん母ちゃんも死んじゃった。もう頼れる人がいないんだよぉ……」
「テディ。お前もこの冒険を通して強くなった。だから、しばらくの間待っててくれ。俺は必ず戻ってくる。そしてバルドゥの脅威からこの世界を救ってやる。約束だ」
テディはそれを聞くと涙をぬぐって右京たちを見送った。
人間界への帰還した右京たち。しかし、冒険はここで終わらなかった。帰還した彼らの前にある一人の人物が現れたからだ。
◇◇◇
「向こうの世界はどうだった?及川」
「氷室……?」
右京たちの前に現れた人物。それは右京の大学時代の友達で超絶優秀……(以下略)……な、現在、帝大の助教授をやっているはずの氷室リュウだった。
状況をうまく飲み込めずに、固まって反応できなかった右京に対して、彼は言った。
「お前が行ってきたのは『情報仮想世界』と呼ばれる異世界だ。そしてそこは俺が小六の時に飛ばされた世界でもある」
驚く右京を鼻で笑いながら、リュウは続けた。
「驚くことはない。きっかけはお前の足もとに転がっているデバイスを拾ったことだった。向こうの世界に飛ばされた俺たちはお前たちと同じようにもとの世界に戻ろうとあの世界を冒険した。やっとのことでスパイラルマウンテンの頂上に辿り着いて、戻ってきた俺は、二度と飛ばされることがないようにデバイスを公園に埋めた。それを今度はお前が拾った。それはお前が持っていて良いものではない。返してもらうぞ。今度は向こうの世界に飛ばされる不幸な人間がいないようにちゃんと俺が管理する」
そう言ってリュウは足元のデバイスを拾った。彼の話と向こうでテディたちに聞いた話、二つを合わせるとある事実が右京の頭の中に浮かんできた。
「以前来たニンゲンというのはお前だったのか?」
「俺だけじゃない。俺と同じような状況の人間が当時は数十人いた」
そう語るリュウの目には何かに怯えるような恐怖の色が見えていた。大学時代ずっと彼のそばにいた右京もそんな目をしたリュウの姿を見るのは初めてだった。
「幸いにも俺はバルドゥという強いモンスターを仲間にできてスパイラルマウンテンまで一緒に旅をした」
「バルドゥ?お前の仲間だったのか?」
「そうだ。バルドゥは当時小学生だった俺のパートナーだった」
そう語るリュウはとても嘘をついているようには見えなかった。ならば、考えられることはひとつ。狂暴で凶悪なモンスターとして右京たちの脳裏に焼き付いているバルドゥは、確かに氷室リュウのパートナーだったということだ。十五年前までは……。
納得がいかないような視線を送る右京に対して、リュウは続けて言った。
「けれども、バルドゥには悪いことをした。スパイラルマウンテンの頂上でゲートをくぐる前、俺になついていたバルドゥは、俺と離れたくないと言った。でもどうしても帰りたかった俺はアイツに、また会える、と無責任なことを言って、結局それ以降十五年近くも戻ってはいない」
彼の別れ際での話は、右京たちとテディとのそれを思い出させるものだった。けれども右京だって彼を責めることはできなかった。右京だって同じようなことをしようとしていたのだから。
しかし、二人の話を聞き、耐えかねたのか、タイガが怒るように声をあげた。
「何で約束を破るような真似をしたんだ。お前のせいで向こうの世界は大変なことになってるんだ!どれだけのモンスターがバルドゥに殺されたと思ってる?無責任だ」
「殺した?バルドゥが?」
「そうだ。今までの話から推測するに、バルドゥはお前と別れた後、暴走したんだ。約束を守らなかったお前に失望してな!その結果今やバルドゥは向こうの世界では凶悪なモンスターとして名を馳せている」
無責任だ、と言われた瞬間リュウはひどく怯えたように見えた。その言葉は確かに正論だったのかもしれないが、リュウにはそれを受け入れるだけの心構えができていなかったのだ。
急に取り乱したリュウは叫ぶように言った。
「お、俺のせいじゃない。お前たちに俺の何がわかる?『情報仮想世界』に飛ばされた人間のうち、スパイラルマウンテンの頂上まで辿り着いた者はほとんどいなかった!半分以上が向こうの世界で死んだんだ!やっとの思いで戻ってきたんだ……。それでもお前は俺に戻るべきだったというのか?」
そのリュウの迫力にタイガは思わず口をつぐんだ。リュウは構わず続けた。
「確かにバルドゥは強いが気性の荒いモンスターだった。他のモンスターを躊躇なく殺していても不思議じゃない。でもな、だからこそ俺は生き残ることができたんだ。アイツが仲間じゃなきゃ今の俺はいなかったかもしれない。そんなバルドゥを裏切るような真似をして、あいつが何を仕出かすか、何となくわかっていたさ。でも考えないようにしてた。だって俺にはそこまでする義務はないからな」
そこまで言うと、タイガは声を大にして言い返した。
「だったらなぜちゃんとさよならを言わなかった?なぜ、また会える、なんて期待させるような言葉をかけたんだ。戻る気なんて最初から無かったくせに」
「俺だって本当はバルドゥにもう一度会いたかったさ!でも、……できなかった。こっちの世界に戻って平穏な日常を手に入れた俺にとって、また向こうに行くことはとても勇気のいることだったんだ」
そう言ってリュウは心を落ち着かせるように深呼吸をした。
「お前たちももう向こうの世界とは関わらない方がいい。考えるだけつらい思いをするだけだ。忘れろ」
その言葉は、右京やタイガに言ったと共に、リュウが自分自身に言い聞かせた言葉でもあった。すべてを忘れて無かったことにすることは確かに楽かもしれない。けれども、楽なことと後悔しないことは、また別の問題だった。だから、右京は告げた。
「いやだ。氷室、お前が戻らない選択をしたのならそれはそれでいい。でも俺たちはもう一度向こうの世界に渡る。だからデバイスをこっちに渡せ」
それは今までの話を聞いて、右京が考え直して得た結論だった。しかし、そう結論付けた右京をリュウは非難した。
「お前はバカか?戻ったら、今度こそ死ぬぞ。バルドゥは強い。何しろ俺が育てたんだからな」
確かに、バルドゥは恐ろしく強いということは彼らが身を持って知っていた。しかし、右京にはそれに対抗し得る右腕があった。それに子供たちは右京の味方だった。
「そんなこと勝手に決めつけるなよ。おじさんは強いんだ。死にはしないよ!」
「定職につかずに公園で遊んでいるような大人が強いはずないだろ」
その言葉にイラッときたのか、子供たちはすごい剣幕で言い返し始めた。
「おじさんはカッコ悪くなんかないよ!」
「そうだ。あんたがどれだけ偉い人かは知らないけど、おじさんをバカにすると俺が許さない」
「おじさんは勉強も教えてくれた、実験も見せてくれた。公園に来るのが毎日楽しみだった!全然カッコ悪くないよ。むしろ白衣が似合っててカッコいいんだ!」
「そうだよ。それにどちらかといえば、大人のくせに偉そうなことばっかり言って、何にも行動に移そうとしないあんたの方がカッコ悪いよ。あんたも立派な大人なんだろ?大人だったら俺たち子供にはできないことがたくさんあるんじゃないのか?夢を諦めるなって口うるさくいうくせに、自分が簡単に夢を諦めてんじゃねえよ」
それはリュウにとっては懐かしい光景だった。
「まるで、まるであの日の自分を見ているようだ……」
十五年前のリュウも、一緒に異世界に飛ばされた大人たちに、安全志向でろくに冒険しようともしない大人たちを責めたものだった。それが十五年経ったいまでは子供たちに、カッコ悪い大人と言われ罵られていた。それはリュウがこうなりたくないと思っていた大人の姿だった。
「子供の頃にできたことが、大人になってできないんだ。あのときあったはずの勇気が今の俺にはない」
あの日からずっと、心の中にずっと正義を叫んでいた小学生の自分がいた。その声を聞かないように必死に耳を塞いでいたのはリュウ自身だった。けれどもやっと、ちゃんと向き合えることができた。
「及川。お前たちにはできるのか?昔の俺ができなかったことを」
「『大いなる力には大いなる責任が伴う』。俺が好きな映画のワンフレーズだ。俺には特別な力がある。誰も死なせはしない。それはお前だって同じだ。まだ俺たちはやり直せる。だからデバイスをこっちに渡せ」
こうして、右京と子供たちと、そしてリュウはもう一度異世界への扉を開いた。
◇◇◇
異世界につくとそこには一本の大木が見えた。そこは右京たちが最初に飛ばされてきた場所であり、テディと出会った場所であった。そしてそこにはあのときと同じようにテディが待っていた。
「おかえりなさい、みなさま。いち、に、さん……ってあれ?一人増えてません?」
「警戒することはない。彼は俺の友達で最初にこっちに来たニンゲン。そしてバルドゥのパートナーだ」
「あのバルドゥのパートナー?じゃあ……」
「俺たちはバルドゥを倒しに来たんじゃない。バルドゥを説得しに来たんだ」
それを確認すると、右京は大鷲型モンスターに乗って、バルドゥのもとへと急いだ。バルドゥのところへ到着すると、リュウはすぐにその名前を呼んだ。
「バルドゥ!待たせて悪かった!遅くなった、戻ってきたぞ」
バルドゥは確かにその目にリュウの姿を捉えた。すると不思議なことに今までバルドゥが纏っていた邪悪な雰囲気が消えていった。バルドゥ本来の心を取り戻したのだ。
「リュウ……おかえり」
「ただいま」
こうして情報仮想世界の平和は取り戻すことができた。死んでしまったテディの両親や村の人たちを戻すことはできないけれど、テディは大事なものを手に入れることができた。それは右京たちの存在。スパイラルマウンテンの頂上と丘の大木、その二つが出口と入り口になっていると知ったいま、デバイスさえあれば人間は自由に行き来できるようになったのだ。
◇◇◇
あれからいくつかの時間が経った。いつまでも異世界にいるわけにもいかず、子供たちは普通の小学生に、リュウは大学に戻り、右京は相変わらず公園にいるおじさんに戻っていた。そしてときどき集まって異世界を冒険した。
及川右京。
トレードマークは真っ白な白衣。
悲しいことに、こっちの世界では高学歴なだけのただの無職だった。しかし、向こうの世界ではこう呼ばれていた。『救世主』と。