序
堂々と歩く、二つの人影がある。
顔の半分にわたる、大きな傷跡のある片目の男。それと、黒髪の女。
二人は姉弟だった。その歩き方は実に堂々としており、卑屈なところはかけらも見えない。
「ずいぶん、堂々としたものだな。どこかのご英雄サマか」
彼らを初めて目にしたものは、そんな感想さえ抱く。そして、二人の素性を知ったときにそれは落胆につながる。
特に、彼らのうちの弟。顔に傷をつけた男の素性を。
「なんでまたそんなやつがあんなに堂々としていられるんだか」
そんなことを、彼らは思うのだ。
だが、姉弟は態度を変えない。常に、そうして歩く。
自らに恥じるところがない限りは。
魔法文化が発達した世の中では、その才能の有無が人間の価値を左右する。
人間が社会に貢献するためには、魔法を学ばねばならなかった。したがって、それを教える魔法学校というものが存在する。
ここでは都合、6年にわたって少年少女に魔法と言うもののイロハを教え込む。そうして、社会貢献のできる立派な魔法使いに育て上げていくのだ。
何しろ、何らかの魔法が扱えなければ軍隊にも入ることができない。そうしなければ、国民としては恥じねばならないところなのだ。軍属してようやく、個人は個人として一人前と認められるのである。
つまり、魔法学校で落ちこぼれとなればいつまでも一人前と認められることはない。ということだ。
ここにそうした、落ちこぼれとみなされた少年がいる。彼の名は、ガナフ。幼い頃に負った傷が顔の半分を醜く抉っている。その傷跡は一生消えず、彼は片目になって言葉もうまく話せなくなった。そのせいで、友人といえるような存在はごく少数。
疎外されたような学校生活を彼は送っていた。
魔法学校の4年生。当年、17歳。
13歳のときに入学して以来、座学の成績は上位に保ち続けている。そのおかげで留年せずにここまできているが、彼の実技の成績は最悪だった。
何しろ、ほとんどの魔法をまともに扱えないのだ。まるで魔力が彼を嫌っているように、霧散していく。
いくら教師が「精神を研ぎ澄ませて魔力を練り上げよ」と教えても、ガナフの指の隙間から魔力が漏れていくのだ。それはまるで、フォークで水をすくおうとするような有様である。不器用もここに極まった。
いくら座学が成績優秀であろうとも、魔法学校の目的が生徒たちに魔法を教えることである以上、実技が最終的な成績となる。攻撃魔法を用いて敵を殺し、回復魔法を用いて負傷者を癒し、支援魔法を用いて味方の戦闘を楽にする。そうしたことが全てできないのであればいかにガナフの知識が優れていても意味を成さない。
そうしたことを片目のガナフは知っていたし、痛感していた。したがって、悩んでいる。
このままでは卒業することがかなわないのであるから、どうあっても、もうなんとかして魔法を使うしかない。
そこで彼はひたすらに練習を重ねることになる。しかし、他者が彼を見て蔑みの笑いを浮かべる。無駄な努力をしている、と誰もがガナフを嘲笑った。
彼の顔は、歪みそうになる。
元々取り立てて美形というものでもなかったし、見れなくはないという程度の顔にすぎない。それが傷によって二目と見ることができないような、醜い顔になってしまっている。
片目のガナフは、相当の努力をしていた。それこそ、不断の努力だった。
しかしながら彼の手には魔力が集まらない。どうがんばっても、水のように彼の指の間をすり抜けて消えていってしまう。
実技の試験は、常に最低点をマークした。顔もまずく、魔法の才能も皆無、汗臭い無駄な努力に時間をかけるため人付き合いも悪い、全てそろった彼の行き着く先はわかりきっていた。
こうして彼は劣等の烙印を押されるにいたる。
また、彼に味方はほとんど増えず、理解者といえるような者もなかった。ただ彼に寄り添って、心を慰めてくれるのはガナフの姉一人だけだ。
ガナフは、彼女を守りたかった。
わずかな友人も、彼以外との交流にかまけるようになり、劣等生となったガナフをかえりみることなどなくなっている今、直接ガナフの味方になってくれるような存在は、この姉だけだ。たった一人だけの味方。
もっとも、ガナフ自身はその友人たちのことを考えて自分から彼らに接触することを避けるようになっていたため、この状況も彼の望みどおりであるといえば、いえるかもしれない。だが、味方が少ない現実は変わらない。
ガナフの味方である姉は、兄弟の中でも上から三番目の次女。ガナフは四番目の次男だった。
次女の名は、イネアという。彼女は片目のガナフと同じ魔法学校に通い、末弟の面倒も見ている。実質的なガナフの保護者だった。
イネアはガナフが傷を負ったあとも、全く変わらない愛情を注いだ。醜く傷ついたガナフの顔を見て、両親や長兄はひどく顔をしかめ、そのわずかな愛情をさらに目減りさせたものだった。しかしイネアはただその傷を心配し、ガナフを慰めただけである。
イネアにとっては、ガナフがガナフであればこそ愛を注いだのであり、美醜などはどうでもよかった。世間の目などもまるで気にしなかった。その傷によってひどく人から敬遠されることになるというガナフ自身の考えでさえも、男の価値は外面の美醜のみで決まらないのだとばっさり切って捨てた。はっきり自分の考えを言い、まったく物怖じしない。イネアは清冽だった。
彼女は、ガナフにとってまさに親以上の存在であるといえた。逆に、親の立場が低すぎたともいえる。
どちらにせよ、魔法の使えない劣等生と断じられた自分の、姉。彼女をこそ、ガナフは慕っている。
自分とかかわりがあるために、イネアもまた中傷されているという事実を知ったときには片目のガナフの心はひどくえぐられた。さすがにこのときは、彼もくじけそうになった。だが、彼はそのつらさを顔に出さぬよう頬の内側や舌を噛み締めてこらえた。
女々しく泣いてはならぬ、と考えた。どうあっても、どうあってもだ。
「堂々としていなさい、ガナフ」
イネアからも、そう教えられた。決して、弱弱しい態度や隙を見せてはならない。卑屈になってはならない。自らに恥じるところがなければ、結果が悪いものであろうとも臆することはない。堂々と歩め、胸をはれ。
それを、ガナフは実行してきた。これからもそうすると決めている。
だからどれほど自分を嘲笑する声が増えようとも、顔を歪めて泣き出したり、卑屈になるということはしない。ぎりぎりのところでこらえつづけている。
自らに恥じるところがないなら、堂々としていればいい。常に、最大限の努力をするのだ。ただひたすらに反復練習を。最大限までやっと言いきれる気持ちがあれば、たとえ結果につながることがなくとも決して卑屈にはなれないはずだった。
そうして、今の境遇からいつかきっと脱すると、そう目標をたてている。全ては、自分のために力と愛を注いでくれるイネアのためだ。片目のガナフは自らの価値を非常に低く見ていたが、そんな自分のために心を砕いてくれるイネアを守ることは、彼が自らに課した目標だった。片目のガナフは、誰よりもイネアが幸せになるように願っている。
しかし、どれほどの時間を費やしてもむなしく、彼の指先に魔力は宿らない。
彼以外の誰もが簡単にできるはずのことを、できない。まるで彼だけが、世界中の理不尽を請け負ったように。
イネアでさえも、ほんの数度練習しただけで魔力を集めることは可能だった。それを火の魔法に作り上げたり、水の魔法に練りこんだりといったことは難しいが、いずれできるようになるだろうという見込みがある。だが、片目のガナフにとってはそれは不可能ごとであり、絵空事だった。
ガナフは魔法に関する理屈をすべて暗記するほど座学に打ち込んでおり、それだけならすでに魔法学校を卒業できる程度の知識がついていた。そうしなければ壊滅的な実技の点数を取り返せなかったからであるが、もはやそれほどの知識をもってしても取り返しようがないほど、実技の重要性が高まっていた。なのに、それなのにだ。理屈でわかっているはずのことが、どうしてもできないのだ。
イネアが傍について見守ってくれた。根を詰めすぎるとよくないとも言ってくれた。夜遅くまで必死に練習を繰り返すガナフを、いつまでも見守ってくれた。
それでも、ガナフの手に魔力が集まることはなかった。
彼らの家族関係が良好であったとはお世辞にもいえない。父はそれなりに給金のよい職についており地位もあったが、浮気性であった。何人かの愛人をつくり、彼女らの家に入り浸っていた。母はそれを黙認していながら、世間体と生活のために離縁せずにいるだけだった。家事や育児についてはほぼ放棄している。しかし世間体を気にしたのか、学費を出していることだけは確かである。とはいえ、食事の用意や掃除などはせず、やはり育児放棄の汚名はまぬがれない。
結局、家のことを仕切っているのは兄弟の仲でも一番上の兄だったが、この兄は粗暴な性格であった。良い言葉で言えば彼は下の兄弟たちの面倒をみていたのだが、それはあまり正確な表現ではない。はっきり言えば、彼は弟や妹たちを支配していた。
彼の標的はもっぱら長女だった。暴力をふるって思い通りに命令し、のみならず純潔を奪い、奴隷のようにつかっていた。そのおかげで長姉は卑屈な性格となり、ほとんど常にふさぎこんで寡黙にすごしている。もはや、長兄にすがりついて命を奪われないように努力するだけの女に成り果てていた。しかし、片目のガナフはそうした長姉の姿を自己犠牲だと思っている。彼女がすすんで長兄の暴力をうけたからこそ、下の兄弟たちはそれほど被害をうけずにすんだのだ。しかも、彼女が機嫌をとったからこそ長兄は家族に自分の稼ぎを分け与えるようなこともし、そのおかげで自分たちが糊口に欠くことはなかったのだから。
そうした意味では長姉もガナフの味方だった。だが、彼女は自分の仕事に忙しかった。長兄はひどい気分屋であり、長姉は必死に彼の機嫌をとらねばならないのだ。したがって、直接ガナフの心配をしてくれたわけではない。
やはりもっとも歳の近い、イネア。この一つ年上の姉がもっともガナフの心配をしてくれたといえる。
片目のガナフがその顔に一生消えぬ傷を負ったことに、彼自身の非はほとんどなかったといっていい。彼は巻き込まれたのだ。
言ってみれば、父親の浮気が遠因である。父が火遊びをした女が彼につきまとい、家族に害をなそうとしたのだった。浮気相手の女は、父から家族を奪ってしまえばまた自分を相手にしてくれるだろうと考えたらしかった。
ガナフはこの女が家族の周辺をうろつき、何かよからぬ考えをもっているということに薄々気づいていたが、そうしたことを大人たちに話したところで何一つ信じてはもらえない。父親は相手も地位ある女性であるということを知っていたため、まさかそのようなとんでもない事件を引き起こそうとしているとは考えておらず、ガナフの取り越し苦労であると断じた。それ以前に、まともに話を聞こうとしていなかった。母親も浮気を黙認している以上何もいえるはずがなく、しかも彼女は自分の身辺警護だけを厳重にして、子供たちに関しては放置した。元々彼女にとって子供のことなど興味の対象外だった。
仕方なくガナフは両親以外のところへ相談に駆け込みもしたが、彼らはハイハイとガナフの言葉をきいて納得したふりをして、そのまま家に帰らせたのであった。子供のいうことはやはり信用されなかったのだ。
「大人たちはいつもうわべばかり良い顔をするくせに、ちっともぼくたちを助けてはくれない」
何もできないまま、ガナフは女の襲撃を受けて、一生消えない傷をうけることになった。その女はすでに魔法を習得していた長兄によって排除されたが、ガナフの傷が癒えることはなかった。
兄弟たちはいずれも攻撃魔法と支援魔法の使い手であり、回復魔法を使えるものはいなかったのだ。長姉とイネアはガナフの治療を求めて町を走ったが、その費用はとても払える額ではなかった。彼女たちの生活費は全て、長兄が稼いでいるのだ。長姉は魔法の才がそれほど大きくなく金を稼げるほどではなかったし、長兄の虐待によって労働に耐えられるほど頑健ではなくなっている。
「確かに、ガナフ。大人はみんな冷たいね。あなたがこんなに痛い思いをしているのに」
イネアは涙ぐみ、ガナフの身体を強く抱いた。血を流す彼の身体を、ためらいもなく深く抱きいれて、彼のために泣いてくれたのだ。ガナフは、それだけで十分満足できる気がした。
ありがたいと感じた。意地でも生き延びねばと思った。
そうして彼は、どうにか生を繋ぎ、生き延びる。顔に醜い傷をつけて。
早期に治療が受けられれば、片目にはならず、傷跡も目立つものにはならなかっただろう。だが、残念ながらそうはならなかった。
だからこそ、兄弟、特にイネアはガナフを必死に応援してくれた。
彼女の支えなしでは、恐らく学校に通うことさえ難しかっただろう。片目のガナフは多感な少年時代にあり、他者からの非難はつらいものだったのだ。
それでもイネアは支え続けてくれたのであり、彼女のためとあらば、ガナフは踏ん張っていられたのである。
だがガナフは結局魔法学校を卒業することができなかった。最後まで彼の努力は無為に終わったのである。
イネアがいくら心配をしても、付き添って努力をしても、それは結局勝利の涙につながることはなかった。むなしい徒労の後の涙がはらはらと落ちるのをイネアは感じていたが、それもまた無為だった。
片目のガナフはかたく口を閉じて、無表情を保っていた。余計な言葉など何の慰めにもならなかった。
彼は精一杯やったと思ったからこそ、涙を流さない。堂々とし続けた。その態度は彼が学友たちから嘲笑を買うのに十分だったが、片目のガナフはそれを気にせずに受け流した。イネアもそうすることができる。
ゆえに、彼は何の痛痒もなく魔法学校を立ち去った。
「さよなら、ガナフ」
イネアの言葉に、彼はわずかに頷く。
魔法の使えない者は、一人前と認められない。魔法はあきらめなければならないが、このままではイネアを守ることは不可能だ。しかし、どこかに自分を受け入れてくれるところがきっとあると信じた。また、魔法に代わるような、強力な戦闘手段があるかもしれないと信じた。
そうしたものを求めて、片目のガナフは旅立ったのだ。
イネアにはそれを止めることがとてもかなわなかった。また、ガナフについていくこともできなかった。彼女は、末弟を守らなければならないからだ。イネアは断腸の思いで手を振り、ガナフを送った。
ガナフの旅立ちを長兄は嘲笑で見送り、長姉はわずかな微笑と握手で送った。片目のガナフは長姉の胸に少し抱かれてから離れる。
「さよ、なら、兄さん。姉さん。それに、ナズ」
うまく動かぬ言葉を絞って、最後に歳の離れた末弟の名を呼び、片目のガナフは去っていく。
実のところイネアはおおげさに泣きたい気持ちをおさえていたに違いなかった。
両親は彼の旅立ちを聞いても、ほんの一言二言相槌をうっただけで終わった。その程度だったのだ。
片目のガナフは、家族の現状を憂いていないわけではない。生きていくために長兄の奴隷となっている長姉を救わねばならないと感じていたし、両親から離れたいとも考えていた。
それは結果的に、姉のイネアに押し付けてしまう形になっている。そのため、できるだけ早く旅の目的を達成し、家族の元に帰らなければならない。特に、イネアの元に。
しかし魔法が文化の中心となっている世界では、ガナフのような者は不便を強いられる。旅は難航した。
また彼の容貌は奇怪で、言葉も理解はしているがうまく口が動かないというハンディがある。人と話をすることさえ、苦労をした。もはや片目のガナフは言葉を封印するしかないと考え、人との会話を筆談ですませるようになった。
すると不思議にも、口で話すよりも円滑にいく。信じられないほどにうまく自分の意見が相手に伝わったのだ。
一目、自分を見た相手はまず怯え竦む。そして、自分が言葉を書いて差し出すと態度が変わる。
「おう、なんだこの先の町に行きたいのか。それなら銀貨二枚で乗せてってやる」
大きな馬車に乗った男に道を尋ねるとこのような答えまで返ってくる始末だ。
どうやら、ガナフの書いた文字が非常に丁寧で繊細な形をしていることから好感をもたれたようだ。
字が綺麗ということだけで、こんなに得をするとは思わなかった。また、口に出すよりも考えてから言葉にできるため、整理した言葉遣いになるのもよかったらしい。
剣を手に入れると、その傾向にさらに変化が訪れた。
剣は、鋼鉄製の大きな両手剣だ。背中に背負うほどの長物であり、振り回すのも一苦労しそうだった。だが、魔法修練の一環である基礎訓練を長く積んだガナフは身体能力が同学年の少年たちよりも大幅に向上しており、こうした剣も振ることができた。
魔法文化全盛のため時代遅れの武具となりかかっている長剣だが、存分に振り回すガナフを見た武器屋の主は、彼に武具を格安で譲ってくれた。彼は実にたやすく、剣を入手することができたのである。僥倖といってよかった。
ただ、魔法文化隆盛の中で大仰な剣を背負っている姿は珍奇にしか思えないが、顔の傷がものをいった。片目のガナフとしては魔法がだめなのでせめてと思って購入したのだが、顔面半分を覆う凄まじい傷が、百戦錬磨の凄腕剣士のような印象を彼に与えたのだ。
誰もが、彼に驚き恐れおののいた。それは、今までとは全く違う反応であった。
片目のガナフは驚き戸惑ったが、イネアの言葉を思い出す。何事にも動じず、どっしり構えていけと言われていたのだ。若干の混乱はしたが、ガナフは表情を変えずに堂々と歩いた。
その姿が、威風堂々というように、他人の目には見えたのかもしれない。さらに、その手から差し出されるのは丁寧で綺麗な書き文字の手紙なのだ。容貌からは想像できぬ、紳士であるというような解釈をされてしまい、これが思いもよらぬほど不思議な効果を生んだ。
そうして彼は、期待を集めてしまった。
「ありゃあ、名の知られた傭兵に違いねえ。魔法殺しか」
誰がそんな一言を呟いたがために、翌日には片目のガナフは、たった一人で数多の盗賊団を壊滅に追い込んだ怪物剣士になりあがっていた。ただのうわさであり、事実としてはガナフはただの落ちこぼれである。
だが、彼の片目はそれを人に信じさせなかった。勝手に湧き出した噂が、すでに真実味を帯びて語られているのだった。
片目のガナフはこれを撤回する手段を思いつかなかったし、どっしりいけというイネアの言葉を信じるしかなかった。もはや、それしかすがるものがなかった。
そんな折、まずいことが起きた。盗賊団がガナフの滞在する町を襲撃してきたのだ。
戦力に自信があるのか、白昼堂々の襲撃だった。町が小さなものであったこともあるだろう。
民衆はこぞって、片目のガナフを頼った。今こそ背中の剣を抜いて戦うべきときだ、頼む、と。
あんたならたやすいだろう、やってくれなどという調子のいい言葉も聞こえるが、それくらいしか語彙がないのだろう。彼らはなんとかしてガナフに立ち上がってもらいたいのだ。
とはいえガナフは魔法の一つも使えない落ちこぼれである。この点は以前から全く変化がない。せめてということで持っている剣も、言ってしまえばどうにか振り回せるくらいでしかない。技術的なところに洗練したものがあるわけでもないのだ。
返事をするよりも先に、民衆は逃げ出し、ガナフ一人に町の命運は託される形になってしまう。なんとも無責任なことだが、人間とはこういうものだろう。特に、自警団すら組織されていないような町では仕方がないのだろう。




