取り敢えず、転生トラックではなかったらしい
魔王にナデナデされてるって、意外にシュールな光景?
三人共、ビビって近付いて来ないんだけど。
というより、モンブラン(仮)は目眩を起こしたみたいでフラッと倒れそうになって隣のプリンに支えられていた。
ブラウニーは、ヘンタイを放り出して横で腕を広げてたけど、彼女はそちらには倒れて来なくてプリンを羨ましそうに見てる。
残念ですね!ププッ
「先程、ホットの言っていたことだが」
撫でる手が止まり、もうおしまいだと思って見上げれば冷静な声が降ってきた。
「今では、ほぼ失われた習慣だ」
「ゴルァッ、このヘンタイ!どーいうことだぁっ!!」
何、『所有されないのはおかしい』みたいなこと嘘を言ったんだっ!
ブラウニー(仮)に放り出されたままの姿勢で、意識を取り戻したヘンタイは怒声にギョッとしてる。
ベチャッと投げ出された状態を素早くひっくり返して、仰向けになった相手に馬乗りになって、胸ぐら掴んで前後に揺さぶる。
ヘンタイはというと、先程の素早さが嘘のように、今は大人しくされるがままになっていた。
「なぁ、プリンちゃん。本当にあのチビッ子、女の子だった?男じゃないの?」
ガクンガクンと揺さぶられるヘンタイを、誰も助けることなく会話してる。
「えぇ、確かに女の子です。ブランと同じタイプの…」
「プリン!!」
くわっと急に元気になったモンブラン(仮)が、プリンの言葉を遮る。
『同じタイプ』って、にこやかにプリンは何を言ってんの!?
おいコラ、ブラウニー(仮)。人の胸部を無遠慮にじろじろ見比べんな。
その視線に気付いたモンブラン(仮)は、奇声を上げながら真っ赤な顔でブラウニー(仮)に殴り掛かる。
いいぞ、もっとやれ!
「よろしいのですか?」
「……」
無言の魔王が、プリンの問い掛けに溜め息を吐く。
しばらく、放置する気のようだ。
しばし、気の抜ける悲鳴やら柄の悪い怒声やら奇声やら打撃音やら絶叫やらが続き……。
「所有の印はありませんでしたが、ひとまず保護した方がよろしいかと思います」
「魔女ではありませんが、ひとまずよろしくお願いします」
すっきりした顔で、何やらやり遂げた感を出しつつモンブラン(仮)と二人、魔王の前に立つ。
男二人?知りません。
「このまま放置というわけにも、いけないです。保護というのであれば、神殿でも受け入れますよ」
解放してもらうのが一番いいんだけど、魔女かそうじゃないかの問題事態が堂々巡りで進まない。
違うって言ってるのに、聞いてくれないからもう、はっきり言って疲れた!
この問題が解決するまで、快適に過ごしたいから、モンブラン(仮)の提案を受け入れたのだ。
魔王の了解を得られたら、魔術師が暮らす場所から一室提供してもらうという話だったけど、このプリンに頼んでもいいかもしれない。
だって、魔術師ってヘンタイみたいなのが他にもいないとは限りないし。
「いや、このままこちらで預かる」
ソッコーで、魔王がプリンの提案を却下した。
それは別にいいんだけど、犬猫じゃないんだよ、こっちは。
わかってるのか、いないのかいまいちわからないけど、私はしばらく魔王たちのところでお世話になるようです。
「長、扉が出ました」
密室だったこの部屋も、歩き回ったモンブラン(仮)が魔術で扉を出現させることで、出ることが出来そうだ。
もともと、隠し扉だったそうだけど、骨もどきが出現した瞬間、消えてしまって部屋から出るに出れなかったらしい。
すごいな、いかにもRPGっぽい展開だ。
突然、こんなところにいたから楽しむどころじゃないけどね〜
「取り敢えずぅ、灰は回収しましたぁ」
心なしかヨロヨロしてるヘンタイは、骨もどきの灰を袋に詰めてその報告をして来た。
だけど、奴は本当は大してダメージ受けてないと踏んでる。
だって、ブラウニー(仮)はあんなに殴られてたのにプリンに鼻血の治療しかしてもらってなかったし…。
「いや、俺は鍛えてるから、ブランの攻撃くらいはさすがに平気だよ」
うん、確かにブラウニー(仮)は見ただけでも鍛えていそうだ。
首回りは太く、肩はガッシリしている。
腕もずいぶん太くて、非力な私の腕より一回り、二回りくらいありそうだ。
コスプレ衣装のような詰襟の服に包まれた胸板はすごい厚みで、今日の草食系男子じゃ太刀打ち出来ないだろう。
そのくせ、暑苦しくて汗臭い、筋肉ダルマみたいな印象はない。
身長は魔王よりも更に高く、もしかして二メートル以上あるんじゃないかな?
だからかな、短く刈り上げられたココア色の髪も清潔感があるし、精悍な顔立ちも相俟って格好いいお兄さんに見える。
ただ、チョコレートみたいな色の目はタレ目でエロい。
タレ目が悪いわけじゃなくて、モンブラン(仮)を親切といは違う雰囲気で抱き止めようとしたとこや、プリンに対する口調がなんだかいやらしい気がするんだ。
モンブラン(仮)に殴られてるときも、チラ見したらニヤ付いてたし!
「へー、鍛えてるからねぇ?」
あんな硬い身体を殴ってたモンブラン(仮)の方が、ケガしてるかもね。
特別、興味なかったから気のない返事をしたら、何故か焦ったブラウニー(仮)が何やら言葉を並べてきた。
本当に興味なかったから聞き流してたけど、黙って聞いていたプリンの目が冷ややかだったのは視界の端に映っていた。
まあ、ブラウニー(仮)は兎も角、ヘンタイは腕もずっと細いからね。
非力な私の攻撃でも、大袈裟なくらいにダメージになったのかも。
そんなことを呟けば、ブラウニー(仮)は、『えー?』って不満そうにした。
おい、どういう意味だ。
「さぁて、出ますかねぇ」
汗をかきながら、あからさまに視線を逸らした奴は後でシメるとして。
なんでお前が号令を掛けるのかと内心突っ込みながらも、ヘンタイの言葉を聞いたみんなのあとに続いて石造りの部屋を出ようとする。
なんの気なしに、扉を出る前に部屋へと振り返った。
明かりが消えた石造りの部屋は、後ろに誰もいないから遮られることなく内部が見渡せる。
暗いからもちろん部屋の奥は見えないし、比較的に近い場所だってぼんやりとしか見えない。
ただ、離れたらところから見ることによって、うすらぼんやりと全体が見渡すことが出来た。
天井、床に大きく描かれた、何か。
絵じゃなくて、巨大な円の中に大小様々な円を組み合わせたものや文字がたくさん描かれたそれは不思議な雰囲気をかもし出しながらもそこに存在していた。
短い距離を戻り、ふらふらと誘われるようにソレに手を伸ばすとふんわりと発光し出す。
石造りの床だから熱を持ってるわけないのに、光輝く床は仄かに暖かかった。
そう、まるで…魔王が魔術で作ったドームと同じような……。
「おい」
低い声と共に、グイッっ肩を掴まれて後ろに引かれる。
わかっていたけど、肩を掴んでいたのは魔王で、彼以外の姿はすでになかった。
「あっ…」
「行くぞ」
急に、掴まれた肩を引かれたせいで床から手を離してしまい、その途端に光は消えてしまう。
名残惜しいけど、急かされるように立たされて、そのまま扉から引き摺られて外に出ることとなった。
外…と言っても、野外じゃなくてまだ建物内だ。
ヒンヤリした空気、靴の下に感じる硬さと迫り来るような圧迫感のある石の壁。
窓はどこにもなく、モンブラン(仮)の手のひらにある明かりだけが唯一、暗闇を照らすものだ。
こんなところ、日本にあったっけ?
いや、…おかしいことくらい理解してた。
実は現実逃避してたけど、どうして私はこんなところにいるんだろ?
トラックに跳ねられた後、どうやったらファンタジーな世界に来ることになるかはわからない。
もしかして…考えたくないけど、死後の世界だとか。
いや、ちょっと待て。
あれか、トラックに跳ねられたら実は神様の手違いでチートもらって異世界に転生する、アレ。
ラノベで流行りの“異世界転生”だ!
いやったぁ!きっと、西洋ファンタジーっぽく顔立ちも変わってて…って、魔王がナイフを差し出してくるんだけど。
何、見ろって?キレイでいかにも切れ味良さそう。
そうじゃなくて、そこに映ってるのを見ろと。
はいはい…、えぇえぇ、わかってますよ。
よく見なくても、見慣れた自分が映ってますねぇ、ケッ。
いいじゃんか、ちょっと夢見たってさ。