ホラーとスプラッターは結構です
「ホウジュツシというのはですね、魔術師が自然界の元素を使うのに対して、神様が司る世界の法の力を一時的に借りる存在なんです」
プリンは、簡単に説明をしてくれた。
「ですので、私たちは神様の法を借りる術者というわけです」
書くとすれば、“法術師”か。
つまり、魔術師と違って術式の代わりに歌みたいなのを歌って神様に力を借りるんだね。
じゃあ、さっきのキラキラは掃除の神様にでも力を借りたのかな?
石造りの部屋、明るくなってよく見たら砂ボコリの大きいのがいっぱいあるんだけど…。
「あの、丁寧に説明していただき、ありがとうございます。プリンさんと、ブランさん?」
プリンはにっこりしてるけど、モンブラン、もしくはブランという女の人は、名前を呼んだら何故か身構えた。
あれか、ブランというのはプリンと同じ愛称で、出会ってすぐの人間に呼ばれるのはダメなのか。
それに、よくよく考えてみれば、まだこちらも名乗ってない。
そんなんじゃ、いきなり愛称を呼ばれたモンブラン(仮)も、いくら彼女が優しくてもいい気分はしないか。
「申し遅れました、私は佐藤 蜜月です。よろしくお願いします」
『よろしく』と言うのと同時に、きちんとお辞儀をするのを忘れない。
第一印象…は、もう遅いけど、良い印象を持ってほしいからね。
『ーします』で、しっかり顔を上げて、中々キレイなお辞儀を披露出来たと満足していたのだけど、その姿勢のまま固まってしまった。
プリン、男の人は驚いた顔をしていて、モンブラン(仮)は心なしか青褪めている。
骨のところにいて“我関せず”を貫いていた魔術師の男の人も、モンブラン(仮)と同じような表情をしてるし、魔王もこちらを向いていた。
表情は変化なさそうに見えたけど、よく見れば切れ長の目を軽く見開いている。
もしかしてわかりずらいけど、驚いてるのだろうか?
「うわー。俺はじめてだけど、こんな風に聞こえるのか」
モンブラン(仮)とプリンが説明してる間も、相変わらず剣を持っていた男の人はびっくりした表情のまま、関心したように呟く。
「甘味の他に政の急進派、酒飲み、左利き、砂浜…そんな長い名前には思えないけど、チビッ子の声に被せるように聞こえたな。おかげで、肝心の名前が聞こえなかった」
それって、佐藤じゃなくて砂糖とかじゃないの。
意味はわからないけど、他も漢字は違えど“サトウ”だとか。
…それに、私の声に被せるように聞こえたって、何それ怖い。
他に誰もしゃべってなかったけど、ホラー?ホラーなの?
明るくキラキラしている石造りの部屋を見回し、どこかに別の気配がないかと想像して、独りでにブルブル震えてしまう身体を抱き締める。
暗がりから、ジッと恨みがましい目で見てくる幽霊が見えるかも…。
「どうした」
不機嫌そうな顔をした、人外並みの美貌が目の前に現れる。
内心、突然現れた存在に『ギャーッ!』って叫びそうだったけど、きちんと見れば移動して来た魔王だった。
突然、震え出したから不思議だったのかもしれない。
「いっ、いえ、自分の声に被せて別の声が聞こえるなんて、怖いと思いまして」
怖いじゃん、ホラーじゃんかっ!
心も身体も、未知の恐怖に支配されて震えるのも仕方ないでしょ!
でも、魔王は平気だったのか、不機嫌そうな表情に変化がなかった。
「先程の名は、本当の名か?」
『本名か?』って、ホラーよりも気にすることかっ!?
“サトウミツキ”って、字は兎も角そんなに奇抜は名前じゃないし、偽名だとしたら淀みなく名乗っていたのは変だと思わないの?
そりゃ、佐藤は日本で多い名字だけどさ。
それとも、偽名を名乗り慣れてるとでも思ってるのか、魔王は。
どんな生活してるように見えてるんだ。
ちなみに、ハンドルネームもペンネームもアバターネームもありません。
「はい、間違いなく本名です」
「成る程。では、何故名乗った?」
もっと早く名乗れということか?
いやいや、聞かれてないし、プリンが名乗ったから流れで言っただけですけど。
「プリンさんが名乗られたので、礼儀として名乗りました」
「礼儀」
魔王は何故か『礼儀』だけを、口の中で繰り返した。
プリンはどういった理由から名乗ったか知らないけど、相手の名前が知りたかったら、自分から名乗るものだと思う。
ほら、『名を名乗れっ!』っていうのは失礼だし、高校に入学したときの自己紹介のときも、生徒にさせる前に先生がまずやってたし。
まあ、あれはどうやるかっていう見本だろうけどさ。
それが普通だと思ってたんだけど、違っただろうか。
魔王の態度に、さっきまで恐怖が消えて不安になる。
「我々は、礼儀で名乗らない」
ポツリと呟いた言葉に、目が点になった。
どう見ても、十代とは思えない魔王だけど、そんな非常識でいいのか。
そんな非常識が、いけないけどまあ、ギリギリ許されるのは十代の未成年だけだ。
魔王は眉間の深いシワのせいか、三十代中盤くらいに見えるけど、いいのかそれで。
もしかして、魔王だから名乗る必要がないかと思ったけど、『我々』って複数みたいだから違うみたいだ。
誰だよ、こんな非常識な集団を許してる奴は。
あぁ魔王か、最高責任者が許せばそりゃ周りも何も言えないな。
「長、もう少し付け加えさせて下さい。私たち魔術師にとって、名は弱点になる。敵対する相手に名を握られてしまえば、魔力の放出を阻止されて結果、コントロールを失った力が周囲に被害をもたらすことになる。または、体内に無理矢理戻された魔力が暴れ、身体が破裂することもある」
いやあぁぁぁぁ、ホラーに続いてスプラッター!!
人体が破裂するって、怖すぎるよ。
モンブラン(仮)は、淡々と説明してくれるけどそれが逆に恐ろしい。
「魔術師は、自分の名と師から受け継いだ名がある。その師は、そのまた師からと、脈々と名は続く。それは、容易に名を覚えられるのを、阻止するためなんだ」
うん、そうだよね、ヘタしたら身体がパーンってなるもんね!
だったら、覚えにくくても長い名前にするよ。
「だから魔術師は名を名乗らないのだが、やはり個人を認識ために仕方ないときもある。そういった場合は、自身の名だけを口にする」
個人名ないと、確かに不便だ。
魔術師がいくら希少でも、呼ぶときに困るからね。
「でしたら、偽名でもいいのでは?」
「偽りの名を名乗ろうとすれば、身体に巡る魔力が反発する。反発されれば、魔術は使えない」
ふーん、良い考えだと思ったんだけどなー。
でも、魔術を使わないなら、偽名でも構わないのか。
そうした場合、すでに“魔術師”じゃなくなるけど。
「もっとも、長ほどの魔術師であれば、必要のない心配ではあるが」
どういう意味だと首を傾げれば、黙ったままモンブラン(仮)の説明を聞いていた魔王がひっくい声で会話に入ってきた。
「サヴァラン・キルシュトルテ・シュヴァルツヴェルダー……ファリーヌモル……プードルピュイサーント………ブゥール………」
なっ、長いっ!!
何の呪文だっ!と思ったけど、今の会話から推測すれば名前だろう。
お貴族様の名前みたいに長いと思うが、相手は魔王だから長くて当然か。
「サヴァランが、私の名だ」
それ以降が、代々の先生が継いだ名前なのか。
それにしても、さっき言ってたことがよくわかった。
所々長くて覚え切れなかったけど、確かに魔王の名前に被せるような声が聞こえる。
実際に聞こえたのは、こんな感じ。
「キルシュトルテ・シュヴァルツヴェルダー《黒い森》…ファリーヌモル……||プードルピュイサーント《強力粉》………ブゥール………」
歴代の師匠たちの名前が、被せられた声で台無しだ。
さくらんぼ酒のケーキとか、薄力粉だとか、食べ物と食材の名前だよっ!
佐藤のときもそうだけど、これはひどい…。
でも、ホラーだとびくびくしていたのに、いざ聞いてみると、海外映画の副音声みたいで正直、拍子抜けした。
どちらかだけなら聞きやすかったけど、これくらいの音量なら聞き取れないこともない。
「さヴぁらん・きるしゅとるて・しゅヴぁるつヴぇるだー…えーと、ふぁりーぬもる…うぇぇ、ぷーどるぴゅる?んーと、ぶーる。あとはすみません、わかりません」
覚えてるだけ言ってみたけど、難しい。
せめて、魔王本人の名前だけでもスムーズに言えるようにしよう。
さヴぁらん、さヴぁらん…ってサバランならケーキの名前じゃなかったっけ?
洋酒が染み込んだスポンジ生地を使ったケーキで、かなりアルコールがキツいのだ。
一口食べたっきり、それ以上無理だったんだけど、母に『子ども舌』って鼻で笑われた。
いいじゃん、未成年なんだからさ。
ブツブツと名前を唱えていたら、魔王以外みんな、真っ青な顔をしてこちらを見ていた。
「魔力が強大な者は、例え全ての名を口にしても他者には理解出来ない」
はー、成る程。
魔力が強いと、副音声がジャマで名前が聞こえないから安心だと、モンブラン(仮)は言いたかったのだ。
魔王なだけあって、魔力が一番強いから名前を知られる心配いらないのか。
ん?つまり、今まで説明してもらったことを総合すれば私って…。
「この子、魔女の可能性がありますよぉ!」
ひやああぁぁぁっ!余計なこと言っちゃったあぁぁぁ〜!?
ピエスモンテ【仏】
①ウェディングケーキなどの大きなお菓子。
②ミツキのトリップした世界の名前。
サントノーレ【仏】
①または、サントノレ。パイ生地の上にサントノーレクリーム(シブーストクリームともいう)と、プチシューを重ねたフランスの伝統的の菓子。本場では、かなり大きいらしい。
②国名。魔術大国・サントノーレとも言われてる。