遭遇、巻き込まれ
ずるずるさらに引き摺られてくと、タタンはそのまま外へ出て、さっさかと王城の中へと入っていった。
「えっ?」
「あっ!」
「どうされましたか、ミルフィーユ殿下」
「あれは…?」
途中で、ミルフィーユとソルベを見掛けた。
視線の合ったミルフィーユは、小さく声を上げて隣のソルベは怪訝そうな顔で彼女を見ている。
ソルベの上着はいつの間にやら返されていたらしく、直接お礼がいえなかったのが残念だ。
いや、ここで遭遇したのもなにかの縁なのかも。
「タタさん、タタさん。あの人にお礼をいいたいんですが」
お礼って、大事!
親しき…って、会ったばかりだけど、だからこそ礼儀は必要だよ。
なのにタタンときたら、人を引き摺って進行方向を向いたまま鼻で笑ったんだ!
「必要ないだろ、ヒトなんかには」
どーいう意味だ、それは。
なんでもしてもらって当然だとでも、思ってるの?
それはエルフだからか、それとも魔術師だからか、はたまた王子様(笑)だからか。
もともと魔術師って、礼儀を重視してないみたいだから、二番目で合ってそうだけど、う〜ん…。
でも、それはこちらに押し付けないでほしいよね!
「それは、タタさんの考えであって、私の考えじゃないです。優しくしてもらったら、せめてお礼をいうのは礼儀ですよ!」
強めにそういえば、さっきまではまったく止まらなかった足がピタリと止まった。
肩越しに振り返った褐色の瞳がこちらを向いて、ゆっくりと細められる。
「…それもまた、押し付けじゃないのか?」
正論に、思わず詰まる。
こちらのいい方も、悪かったっていうことはタタンの言葉で理解出来た。
だって、自分のいい分だけを主張してるからね。
しかも、理由が『礼儀』としてしかないし。
せめて、自分の言葉で意見しないと…。
反省しつつ、でも目を逸らすのは違う気がして、しっかりと視線を合わせたままタタンを見詰め返す。
「いい方が悪くて、すみませんでした。ですが、私にとって感謝の気持ちを相手に伝えるのは当たり前で、大切なことなんです。なにかでお返しが出来るわけでもないですし、ただ言葉で伝えるだけですが、私がいま出来る唯一のお礼の仕方なんです」
掴まれた腕はそのまま、謝罪のところは頭を下げる。
でも、悪いと思ったとこはそこだけで、あとは頭を上げて彼をしっかり見ながら自分の思いを伝えた。
あとはそう、目に力を込めるくらいしか出来ないかな。
この目ヂカラよ、タタンに気持ちを届けてくれ!
見詰め合ったまま、ジリジリと時間が過ぎるのを待つ。
どれくらい経ったのか、それとも一瞬だったのかわからない。
わからないけど、タタンの手から力が抜けて掴まれたままだった腕が離された。
「お前も、自分の非をしっかり認めて謝るんだな。…そのくせ、頑固ときてる」
肩越しに振り返ったままのタタンの目は逸らされていないのに、どこか別の誰かを見ているような雰囲気を感じた。
そう…前に魔王が自身を『サン』と呼んでいた人を思い出していたときのものと同じ目でー…。
あれ…、なんでずきずき胸の辺りが痛いんだろ?
胸に手を当ててみるけど、規則正しく心臓が動いてるのを感じるだけで、普段と変わらない。
よくわからないまま、視線を逸らさないでいれば、タタンが微かに口元に笑みを浮かべる瞬間を目撃した。
おおおっ!激レア?いや、魔王の方が…いや、ちょくちょく見てるかな、小さい笑みは。
タタンの場合は、人を小バカにした笑みぐらいしかないからね。
「お前の気持ち、理解は出来た」
「!!」
すごい、俺様なに様王子様(笑)なタタンが納得した!!
いや〜、理解してもらえないと思ってたけど、しっかり話してみるもんだねぇ。
…なーんて、達成感ににこにこ出来たのはたったの数秒だった。
がしっ
「が、俺が聞くかは別の問題だ」
すばやく背後に回ったかと思いきや、首根っこを掴んできたタタンはまたもや引き摺っていく。
「ひとさらいー!!」
うわ〜ん、納得したんじゃないの!?
結局、いうだけ損だったよ!
「ソルさ〜ん、上着ありがとうございました〜」
しかたない、ここからお礼をいわせてもらおう。
引き摺られてるまま、手を大きく振ってアピールしながらお礼を叫ぶ。
叫んでるけど、感謝の気持ちは『これでもかっ!』ってほど、込めてますのでこれで勘弁してください。
それにしても、二人は知り合いなんだね。
そりゃ、ソルベは長いマントをなびかせているけど、その他はほぼ同じ制服を着てるから騎士同士知り合いなのかもしれないとは思ってた。
なら、ソルベもブラウニーもお互いに知ってるかもしれない。
今度ブラウニーに、ソルベの息子って誰か聞いてみよ〜と。
唖然とする二人をそのまま置き去りにして、いつもいく魔王の執務室がある棟とは違うとこへ入ってく。
その棟に入るときや、王城に入るときに見張りをしてる騎士の人たちの横を通ったんだけど、まったく呼び止められないのはなんで?
いたいけな女子が、俺様王子に引き摺られていくっていうのに。
しょくむたいまーん!!
「おい、ここならどうだ?」
「うわっ」
急にポイッてされて、たたらを踏む。
どこに連れてこられたのかと、周囲を見渡す…前に、耳から入る音からどこだか想像が着く。
食器同士がぶつかり合うガチャガチャという音や、フライパンで食材を炒め合わせる音や鍋で煮詰める音。
キャベツでも千切りにしてるのか、リズミカルに響く包丁の音。
そこに混じって聞こえるのは、指示を出す大声と返事らしき大声。
なにを話してるかは、それぞれが怒鳴ってるせいでよくわからな…
「女子どもが厨房に入ってくるなっ!!」
「うわっ!!」
意外に近いとこでの、怒鳴り声はなにをいってるか判断出来た。
「タタさん、ここってお城の厨房でしょ?入っちゃいけないんじゃ、ないんです?ほら、出ていけっていわれましたし」
「俺たちじゃない」
高校生二人って、子どもじゃんか。
「私たちがいなければ、仕事が回らないでしょっ!」
タタンが“どこ吹く風”って態度なのには、理由があったんだね。
すぐ側にいた女の子に対して、オッサンはいってるようだ。
その言葉が気に食わなかった女の子の方も負けじと、怒鳴ってたオッサンに怒鳴り返してる。
「だいたい、この子たちはどうなのよ!」
「うぇっ?」
ガシッと、急に腕を掴まれる。
タタンを最初に掴もうとしたみたいなんだけど、ヤツはすばやく避けたためにしかたなくこっちを掴んだようだ。
…盾になってほしいとはいわないけど、少しくらい護るフリくらいはしようよ。
本当に見てるだけじゃんか、これじゃあ。
「こいつら〜?」
どうして、ギロッと睨んでくるコック帽を被ったオッサンの視線をそのまま受けるはめになった?
女の子はしっかりと腕を組んできて、組まれた腕はどうやっても抜けそうにない。
って、なに気に身体を入れ換えて先頭に立たせないでよ!
「お前ら、見掛けない顔だな。ガキが勝手に…」
「俺は魔術師だ。こっちは長付きの侍従。ここにいることは、長の許可を得ている」
いやいや、得てないよ?
なに勝手に、魔王の名前出してるのさ。
いいのか、それで。
「えっ、あなたあの魔術師師団長の侍従!?」
女の子が、さっきまで『絶対に離さないっ!』って感じで捕らえてた腕をパッと離す。
顔色もどことなく、蒼いような…。
ところで、魔王の肩書きの前に付く『あの』ってなんだ。
内心突っ込んでると、ザッと音が聞こえそうな勢いで厨房にいた人たちが下がった。
騒がしかった厨房は、一瞬で静まり返って、誰かが落とした鍋の蓋が立てた音が異様に響く。
「近くに人を置きたがらない、黒剣の?」
「あいつら、ただの子どもじゃないのか」
「魔術師が、なんでこんなとこに…」
静まり返った厨房内に、ひそひそと話す声が聞こえる。
ただ静かなおかげで、話す内容が聞こえるから“ナイショ話”じゃないよね。
ところで『黒剣』って、なんだろう?
「はっ、この格好を見て魔術師だと気付かないのか。どこに目を付けているのだか」
「コラコラコラ」
なんていい方してるんだよ。
いかにもケンカ売ってるような発言じゃなくて、もうちょっと友好的ないい様ってタタンの中にはないのか。
まあ、確かに目立つ格好だから気付かないのもちょっと…とは、思ったけどさ。
タタンだけじゃなくて、魔術師はみんな同じローブを着ている。
魔王は金の糸で両サイドに刺繍がされたもので、ちょっとみんなとデザインが違うけど、ローブというとこは一緒だ。
私の方はというと、魔王の髪みたいな色の細いリボンタイと、その下にキャラメルと同族の鳥(ライオン?)とクロスした杖が刻まれた、五百円玉くらいの大きさの魔石のブローチが下がってる。
それが、魔術師師団を表すマークらしい。
つまり、ローブまたは魔石のブローチが着いていたら魔術師師団の所属ということだ。
制服や身分証を兼ねてるから、気付いてもらえないと意味がないんだけど…。
とりあえず、タタンの悪態を諌めとこう。
こんなことで、毒舌が止まるタタンじゃないだろうけど。
「魔術師師団のエルフ族…どっちだ?」
「わからねぇ、どっちも胸が…う〜ん」
「………」
あっ、タタンが黙った。
あの複雑そうな表情、『俺が女に見えるのか、本当に節穴だな』と返そうか、『胸がなんだ、どちらも平らだといいたいのか』と突っ込もうか悩んでるみたいだ。
もしくは、男の自分と見分けが付かないサイズの胸を持つモンブランに対する同情か。
…ここにはいない、彼女に代わって一言物申す。
余計なお世話だっ!!
「そいつらは、とりあえず通せ」
怒鳴ってた、たぶん偉い立場だろうオッサンが舌打ちしながらもそういって厨房に入る許可を出す。
通すもなにも、誰も行く手を阻んでないよ。
むしろ、歩くたびに余計に距離を取られる。
なんだろう、猛獣扱い?
タタンはともかく、噛み付かないいい子だよ、お菓子さえあれば。
さっさと先を歩くタタンをしかたなく追うけど、ふと気になってさっき腕を掴んできた女の子を見る。
彼女も一緒に厨房中に入ろうとしてたんだけど、そこにオッサンが立ち塞がった。
「お前は別だ。まあ…」
オッサンは言葉を切って、にやりと笑って続ける。
「『生意気なこといって、申し訳ありません。どうかいままで通り使ってください』ってどうしてもと頼むなら、いままで通り給事係として使ってやってもいいぞ。なあ?」
厨房のコックたちにオッサンが目を向けて問い掛ければ、みんな同意するようにバカ笑いし出す。
そんな中、たった一人で立つ女の子は次第にうつ向いて小さく震えていた。
焦茶色のうね髪から覗く耳は真っ赤で、大勢の前で笑われてる彼女の羞恥を物語っている。
「別にいなくても、仕事は回るがな」
「…っ!」
彼女がさっきいった言葉を返して、意地悪く笑うオッサン。
性格わっる!
あー、女の子はそのセリフにびくってなった。
最初の『女子どもは〜』ってのと、いまの態度、本当にひどい。
巻き込まれて関わっただけの立場だけど、なんかムカッてきたから口を挟もうと一歩前に踏み出す!
「ぐえっ」
「さっさと来い」
…と思ったら、タタンが後ろ襟を掴んできたから首が絞まって変な声が出てしまった。
なんてことするんだっ!!
「タタさんの行動って、紳士としてどうかと思う!」
「安心しろ、俺は紳士じゃない」
ですよねー。
「俺がわざわざ連れてきてやったんだ、さっさと選んで戻るぞ」
「いやいや…頼んでないですし。こんな空気の中、暢気に選んでられないんですが…あっ」
『あっ』と、言葉にする前にあの女の子は、厨房の入口に背を向けて走り去る。
それを呼び止める声はなく、その小さな背中は角を曲がって見えなくなった。
「コック長〜、ブリュレちゃんのこといじめ過ぎですよ。ちょっとくらい、やらせてあげれば諦めますって」
「バカいえ。お前には、仕事に対するプライドってもんがないのか」
たぶんさっきの女の子のことかな、取り成そうとする若いコックをオッサンは睨み付けてから、タメ息を吐く。
「まったく。あんな格好で、よく厨房に立ちたいといえたもんだ」
…?どういう意味だろう。
よくわからないながらも、耳に入ってくる話をなんとなく頭の片隅に留めた。
「選ぶのはいいんですがっ!」
「あ?」
「塔に戻ったら、食べてほしいものがあるんです!」
魔王に頼まれたことだから、きちんと任務は遂行するよ!
「ふんっ、いいだろう。…その代わりに、さっきのアレの作り方を教えろ」
「よっしゃあぁっ!言質はとっ…あれ?」
取引成立!と思ったら、なんか条件を足された?
「言質は取ったぞ?」
にやり笑いをするタタンは、本当に悪い顔をしてる。
いやいや待って、そもそもここにいるのは何度もいってるけど、頼んだわけじゃないんだからね?
なんでソッチが、条件を上乗せしてくるのさー。
ブリュレ
①焼けた、焦がしたという意味。クレーム・ブリュレなどがある。クレーム・ブリュレは生クリーム多めのカスタードクリームを薄いお皿で、表面にカソナード(砂糖)を付けて焦がしたもの。バーナーで炙ればキレイに焦げ目がつくよ!
②登場人物。焦茶色のうねる髪に、カスタードイエローの瞳を持つ少女。王城の厨房で、給事係として働いていた。




