人相が悪い王子様(笑)
「バカか、バカか、バカなのか?」
術式みたいに、バカバカいわないでほしい!
「大体、長の腕の中にいればなんだって思いのままだろうに、なんでわざわざ自分で動こうとするんだ。やっぱ、バカだろ」
「バカっていった方が、バカなんですぅ」
「はぁ?ふざけるなよ。この俺が、バカだと?バカも休み休みいえ」
うっわー、自分でいうかフツー。
なんという俺様だ。
まさか、リアルで見るとは思わなかったけど。
「と、いうより。サンにダッコされたままだと、お互いに身動きとれないでしょう!そんなこともわからないんですかー」
途端、タタンは可哀想なものを見る目付きになった。
「長が気取られないようにしてるのか…いや、こいつがバカなだけか」
なんだとーっ!?
魔王もなんで、コイツを今日の付き添いに指名したの!
モンブランとホットがいなかったり、仕事して忙しそうだったりするのは知ってる。
塔の中から出る予定もなかったし、別に誰かがそばに付いていなくても大丈夫と思ってたんだけど、魔王としてはダメらしく。
たまたま通り掛かったタタンに白羽の矢が刺さったというわけなんだ。
だけどこの毒リンゴ王子、毒舌は通常運転なのに人相はひたすら悪い。
“悪巧みをする王子”っていうより、“冤罪で幽閉されてた王子”って感じ。
やつれて疲れ切ってるのに、冤罪を晴らさんという気合いでギラギラしてるっていうか…。
いやまあ、王城に行ったことあるのに魔王様やリアル王女様は見たことあっても、リアル王子様は見たことないけど。
このギラギラした毒リンゴ王子、なんだかイライラしているみたいでさっきから八つ当たりしてきてる。
ピリピリした空気をまといながら、横にいて早く魔王のとこに戻るように促してくるんだ。
だけど、執務室を出るときに魔王からコッソリある『頼み』を耳打ちしてきたから、それを放棄して戻るわけにはいかない。
魔王曰く、ここ最近タタンは絶不調だそうだ。
自分の家に帰らないのはどの魔術師もそうだけど、彼は眠ることもせずに、だけどずっと仕事をしてるわけでもなく、ただぼんやりと虚空を睨んでるらしい。
ナニソレ、コワイ。
しかも、食事もなかなか取らないから、いい加減体力面も心配らしく、自分のことは棚上げで魔王から『なにか食べさせろ』とのご命令だ。
…耳打ちされるとき、ゾクッとしたから風邪気味かもしれない。
うん、早くやること済ませて休もう!
タタンの八つ当たりも、いい加減にうっとうしいしね。
「タタさん、そこのナイフ丁取ってもらえます?」
ツーン
そんな効果音が聞こえてきそうな勢いで、こちらの言葉はムシされた。
手伝ってくれないなら、なんでここにいるのさ。
アレか、ただの監視か?
…ふーん、へー、そういう態度を取るんだ。
なら、こっちも好きにするさ。
本日のお菓子は、パート・ド・フリュイ。
型から取り外したパート・ド・フリュイをまな板の上において、小さく切り分ける。
製菓用の小さくて可愛い型でもあればよかったんだけど、代用で味気ない高温でも耐えられる陶器の器だから、小さくカットするしかない。
切り終わったら、グラニュー糖を広げた皿の上でコロコロして周りにまとわせる。
「タタさん、うっとうしいんでどっか行ってください」
「なんっ!?」
苛立ってるタタンが怒鳴ろうと口を開けた瞬間、タイミングを計って待ち構えてたからすぐに行動に移る。
小さく切ったパート・ド・フリュイを、うるさい口に放り込んだ。
「はひほひひは!」
「食べてから、しゃべってください」
なにやら必死に、ハ行を使ってしゃべるタタン。
しかし、なにをいってるかわからない。
も〜、大人しく咀嚼しててよ。
ひどい人相…よくよく見たら、目の下に隈が鎮座してるタタン。
そんな状態で、黙って口をもぐもぐさせている姿はじゃっかんどころじゃなくコワイ。
確かに、食べてるときに口を開いてるのは、お行儀が悪いけどさ。
…うん、コワイ。黒いオーラを放つ魔王と比べたら僅差で…魔王の方に軍配が上がるな、きっと。
たぶん口を動かしながら、どんな毒を吐いてやろうかと考えてただろうタタンだったけど、噛んでるうちに毒々しさが抜けて、飲み込むときにはもうただの王子様フェイスのイケメンしかそこにはいなかった。
まあ、いくらお菓子がおいしくても、さすがに隈とかは消せないから、人相は悪いままだけどね。
「…なんだ、これは」
「パート・ド・フリュイという、ペクチンゼリーの一種です。ゼリーというのは、ジュースみたいな液体を固めたぷるぷるした柔らかい食感のお菓子ですが、これはその中でもハードゼリーとも呼ばれる、逆に食感の固いものなんですよ」
グミみたいなお菓子だと、そう思ってもらえればいい。
ペクチンっていうのはフルーツ自身が持ってる、水分や砂糖や酸や熱に反応して固まる成分のことだ。
その作用を利用して作るのがジャム。
実はジャムを作りたくて、通販でペクチンを買ったんだ。
でも実際に作れば、フルーツと砂糖とレモンだけで作った方が、家庭的な感じになってよかったから使わずに残ってたんだよ。
そんときに使わなかったペクチンの存在を思い出して『なにが作れるかな〜』と、今回のパート・ド・フリュイを作ろうと思い至ったわけ。
「あっ、ちなみに果物はポムを使いました」
皮はオレンジ色だったけど、中身はフツーに白いから周りに付けたグラニュー糖と相俟ってキラキラ輝いて見える。
小さく切ったパート・ド・フリュイが、並んでいる姿はまるで。
「果物の宝石箱や〜」
…うん、棒読みになった。
そう思ってはいるんだけど、実際にいうのはなんというか…アレだよね。
「宝石?」
あっ、突っ込むのタタン?
「あぁ、そのセリフはタレントでグルメレポーターがいった」
「宝石には興味はないが…魔石は別だ。おい、この他のものでも作れるのか?」
違った、自分とは違うところを気にしてた。
というより、気にするとこは『宝石』の部分?
タタンはなんだか急にスイッチが入ったらしく、興味なさそうなのが一転してそんなことを聞いてきた。
やっと、手伝う気になってくれたのか。
「はい、出来ますよ!クエン酸の量を調節すれば、大体の果物は大丈夫です」
パイナップルやキウイみたいに固まりにくい性質のフルーツがあるけど、ph(※)の数字が低いものは酸で調節すればきちんと固まってパート・ド・フリュイになる。
「でも、うーん。ここには、あんまり果物が残ってないんですよ」
作る分しか、用意しないからね。
この塔には簡易的な厨房しかなくて、食材があっても長である魔王に倣ってか、みんなゴハンとか作らないんだよ。
まさに“寝食を忘れて”魔術を研究してる。
屋敷でのウアラネージュやオムレットみたいに、常に気を付けてくれる人がいればいいんだけど、塔には限られた人以外は魔術師しか入れないからな〜
ちなみに、魔王の研究室の一つを借りて魔術式オーブンとかを置かせてもらってて、お菓子を作る作業もそこでやっている。
腕を組んで、どうしようかと考えていたらタタンが急にその腕を掴んできた。
ビックリして顔を上げれば、近いとこに鬼気迫るイケメン王子の顔が。
ドキッとする代わりに、ビクゥッてなったのは見た側の女子力の低さが原因じゃなくて、タタンの人相が悪いせいです。
「なら、こっちにこい!」
「はへっ?…ちょっ、どこに!」
返事もせず、引き摺っていこうとするタタンに、なんとか抵抗しようと足に力を込める。
だけど、その細い身体のどこにそんな力があるのか、アッサリと引き摺られていくことになった。
もしかして、これも魔術か?
ずるずると引き摺られて…って、なんで誰も止めないのっ!?
行き合う魔術師たちは、引き摺られていくのが私だと認識した途端、みんな壁際へとすごい勢いで下がって道を開けるだけで、呼び止めもしない。
あと誰だ、『鬼将軍だっ』とかいったヤツ。
見付け次第、シゴいてやる。
※pH…水素イオン濃度指数。7が中性で、数字が小さくなるほど酸性度が増す。3,5以上で固まりにくくなる。