ルレ、襲来
「サトちゃん、今度はこっち着てみて」
「あの…ちゃん付けはやめて…」
「こっち着・て?」
「へい」
笑顔の圧力に負けて、変な返事をしながらモソモソ着替える。
「旦那様、やっぱりここはいつもの黒よりも、親しみやすさ重視でこちらの色はいかが?」
「いや、いらな」
「い・か・が?」
「……好きにしろ」
「ウアラさーん!早く帰ってきてーー!!」
魔王が負けたよ!
「あらあら、ウアラさんは旦那様の用事でいないのよ」
「あらあら〜、ウアラさんは人気者ねぇ!それにサトちゃんは、甘えん坊だね!」
ちがーう!『甘えん坊』云々じゃなくて、二人を止めれそうなのがウアラネージュしかいないからだよ!
魔王なんて呆れて、服の生地を当てられるがままだし。
だけどいい加減、口を挟まないとそのピンクい生地でシャツを作られちゃうよ!
親しみやすさより、より近寄りがたい雰囲気になっちゃうって。
ただいま屋敷にて、絶賛着せ替え人形と化してます。
陽気な声と、元気な声が似たような口調で話してるけど、別にオムレットが分裂したわけではない。
強いていうなら、増殖?
「いい仕事したね、お母さん!」
「えぇ、いい汗もかいたわ!」
そうです、オムレットの娘・ルレの襲来なんです。
うん、メイド襲来(笑)なんて目じゃない、本気な襲来なんだよ!!
なんというか…ハイテンションに全力でぶつかってくるのだ。
“ぶつかる”っていっても、物理的にじゃなくて精神的に。
さっきまでそれに付き合ってたんだけど、本当に疲れたよ。
「いざ、出来映えをご覧あれ!」
その声を合図に、衝立から出ていく。
はー…、やれやれ。
どっこいしょと、空いてたイスにやっと座ることが出来た。
ちょっとの力加減で破っちゃいそうな繊細な袖に、バラの花みたいに幾重にも生地が重なったふんわりしててやたらと長いスカートと、ところどころ散りばめられた細いリボンの飾り。
…絶対、踏んづけて破った挙げ句に転けると思う。
首元は詰襟になってて露出はなく、ここも幾重にも生地が重ねられていて、リボンが巻かれてる。
これもまた用意してもらってあって、ヒールが少し高いつやつやした表面をした、まるでアップルパイに使うりんご・紅玉みたいな靴を履く。
ちなみに靴下は、小さいリボンの付いた白いものだ。
…姿見を見て思ったんだけど、いくつと思われてるんだろ。
どう考えても、オムレットは娘に年齢を教えていないような…。
似合う子や、もう少し幼い子どもが着るならまだしもと思う服ばっかり用意してあった。
あと着にくい、着馴れない、脱ぎにくい、服に着られてる感が半端ないんだけど、どーしたらいいの?
「急でしたので、既製品になってしまいましたが、丈をお直しすることも出来ます。いかがでしょうか?」
魔王からの熱い視線が注がれて、焼け焦げそうなんだけど。
ルレがいうには、既製品はディスプレイと参考資料みたいなもんなんだって。
お金持ちは基本、洋服店や商人を屋敷に呼ぶ。
んで、デザインやら使う生地のことを相談したり、サイズを計ったりして、商人たちは店に戻ってデザインに沿って服を作る。
それで次に屋敷に行ったときに服を合わせて、合わなかったりデザインが気に入らないとなればまた作り直して…ヘタすればそれがエンドレスになるらしい、コワイ。
もちろん、おサイフに余裕のない方々のために古着屋があったりもするみたいだ。
そっちはまあ、デザインも色も選べないらしいけど、稼いでるわけじゃない私は古着で十分なんだよね。
第一、こんなヒラヒラでお菓子作りは難しいよ。
そんなこちらの気持ちなんて、知ったこっちゃない魔王様。
上から下までじっくり検分した後、重々しく頷いた彼は一言だけ。
「全部もらおう」
「ちょっと待ったーーっ!?」
なにいってんの、この魔王は!?
まさか、オムレットたちの相手に疲れ過ぎて壊れたのか?
「ムリですムリです!一体、何年分の服を買うつもりなんですか!?」
ルレがここぞとばかりに、トランクいくつ持って来たと思ってるんだっ!
「制服は支給している」
「それは知ってますが、限度とか程度ってものがあります!」
ウアラネージュの執事服やオムレットのメイド服が支給されてるのは、もちろん知ってる。
あれが私服だったら、びっくりだよ。
「せいぜい支給されるにしても、これとこれと…ぐらいですね」
個人としては、ほんとーに!古着でいいんだけど、魔王の立場というものがあるからね。
いかにも古着!なんて着て、魔王の側にいたら周囲に侮られるかもしれない。
だから、ギリギリ制服の範疇に入りそうなものを選ぶ。
シャツはともかく、七分丈のパンツはどうにかならないのかなぁ…生足晒すのヤなんだけど。
ルレ曰く『貴族のお坊ちゃま風』らしいんだけど、貴族の息子ってみんな生足晒してるの?
「いま着ているものと、それとそこにあるものはどうだ?」
魔王が指したものを視界に収め、一回深呼吸して、気持ちを落ち着かせてから断った。
「ム・リ・で・す!しかも、悉く選んだものはロリータじゃないですかっ!」
あっ、深呼吸の意味がなかった。
いやいやだって、いま着てるのも魔王が指したものも頭に付けるカチューシャみたいなのはないけど、いわゆるロリータファッションなんだもん。
これって、着る人選ぶ服だと思う。
少なくとも、こんな平凡顔が身に付けていいものじゃない。
断固拒否の構えを崩さない私と、初孫になんでも買ってやりたいおじいさん…じゃなくて、魔王。
無言の攻防戦を繰り広げられる中(大げさ)、空気を読まないルレが突如として特攻を掛けてきた。
「ちょちょちょっと!サトちゃんその“ろりーた”とやらのこと、詳しく教えて!!」
ぐわしっ!と腕を掴んできたルレの目が…とても、こわいぃぃぃっ!
ギラギラした目は、さながら獲物を狙うホットだよ!!
「はぁはぁはぁ…サトちゃ〜ん、おねーさんに教えて?」
「うわ〜ん!私の方が年上なのにぃっ!!」
「…気にするのは、そこなのか?」
ひょいっ
おお、視線の高さが急に変わった。
アレだ、成長期だから!
「ふふっ、旦那様とサトちゃんは仲良しね!」
のんびりお茶を入れるオムレットに、抱き抱えて緊急避難させてくれた魔王と二人で非難の眼差しを向けといた。
オムレット、暴走する娘の放置はいけないと思います。
「さぁさ、仕事の話は後にして、お茶にしましょう」
そっか、もうお茶の時間か。
オムレットが準備してるものを見て、魔王がいそいそと人を抱えたままテーブルへと移動した。
正直、恥ずかしいし重たいだろうから、下ろしてもらいたい気持ちもある。
だけど、ギラギラした目をしたままの危険人物がいるから今回ばかりは目を瞑ろう、うん。
偉そうなことを思いつつ、されるがままイスに座る魔王の膝に乗せられた。
「はい、紅茶とお茶請けよ」
すかさず、オムレットがティーカップと皿を目の前に二人分置いた。
すでにオムレットの中では、魔王の膝も席の一つになってるようだ。
メイドとして、雇用主にこの扱いはどうなんだろう。
魔王自身は、気にしてないみたいだけど。
だけど、イスを片付けるのはやめて〜
そのいい笑顔の意味がわからないよ。
「…お母さん、このお茶請けってなに?見たことない形してるよ?」
自分の前に置かれた皿を見たルレの瞳は、ギラギラしたものから好奇心にキラキラしたものへと代わる。
濁点二つで、えらい変わりようだ。
「ふふっ、これはここにいるサトちゃんお手製の“おかし”なの」
「えっ!?」
びっくり顔のまま、視線をこっちと皿を往復させる。
「…それに“オカシ”?これって、“オカシ”っていうの?」
フォークで皿の上にあるものを、軽く触る。
食べ物で遊んじゃいけないけど、まあ仕方ないと思うことにした。
みんな、はじめて食べるときは警戒してたし。
ちなみに正確にいえば、お菓子は総称でコレは別に名前があるんだよ。
オムレットからアイコンタクトがあって、出番だとニヤ…じゃなくてにっこり笑う。
「お菓子はまあ、こういったものの総称だよ。今日のお菓子は、特別なものは使ってない、家庭でも手に入るものを使って作ったんだ」
砂糖はバカ高いらしいし、生クリームはあんまり浸透してないけど、一応は食べ物アピールしてみる。
「そのふわふわした生地はスポンジといって、卵と牛乳と砂糖を使って作ったもので、間の白いのは生クリームを泡立てたもの。そこに果物を細かく切って、散りばめました!」
お菓子初体験な人がいるんだから、プレーンな方がいいだろうけど、ルレが明るくて元気な性格だと聞いたからフルーツを散りばめてみたんだ。
ほら、なんかフルーツのいろんな色合いって、明るいイメージがあるじゃんか。
…形はともかく色合いは、相変わらず見慣れないんだけどね。
「さあ、食べてみて…って」
「おいひいっ!」
はやっ!
えっ、うれしいけど躊躇なさ過ぎじゃないの?
「らいひょーふ!もぐもぐ、ごくんっ。だって、お母さんと閣下が信用してるから」
いいのか、それで。
あと、『閣下』って魔王のことでいいのか。
「いいの、いいの〜」
すごいなルレ、暢気そうだけど意外に大物かも。
…魔王、なんで呆れた顔で見下ろしてくるのさ。
「お前がいうのか?」
失礼な、こんな平凡なヤツはどこにでもいるでしょうが。
「もぐもぐ…ひょころひぇ、ごくんっ、このパクッ。“おひゃひぃ”ふぁ、もぐっ」
「…まだあるから、慌てなくてもいいよ」
「本当っ!?やったぁ!」
頭の上から、強い視線が突き刺さってくるけどムシする。
いやだって、それこそ慌てなくてもあるから大丈夫だよ。
まだあることに安心したらしいルレは、詰め込むような食べ方をやめて味わいながらゆっくりとフォークを繰る。
その口の中のものを噛み締めるように食べる仕草に、作ったこっちまでうれしい。
「総称ってことは、これには別の名前が付いてるってこと?」
その質問、待ってました!!
オムレットと目を合わせて、今度こそニヤリとした笑み浮かべる。
もったいぶって咳払いをしてから、わざとゆっくり説明した。
「もちろん。このお菓子の名前はロールケーキ。薄い生地に生クリームを伸ばしてロールして…渦巻いたものをいうの」
口をもごもごさせながら頷くルレに、『満を持して!』って感じで間を開けてから知ってるもうひとつの名前を伝えた。
「私の母国ではロールケーキという呼び方が広く親しまれてるけど、西の国では“ルレ”と呼ばれてるんだ」
サントノーレ国のルレが、フォークを口にくわえたまま、目をまんまるにする。
思わずニヤついちゃう表情だけど、ちょっとお行儀悪いよ!
「るれ…あたし?」
「うん、同じ名前」
ロールケーキの方が先に名付けられただろうから、ルレは妹分だね。
「他にも、同じ名前の付いたお菓子があるよ」
「そうよ。例えば、サヴァランとか」
何故、ここで魔王が出てくる?
「おいしい?」
「うん…」
あれ?
もくもくと、フォークを動かしてるルレ。
さっきの勢いは、どこかにいってしまったようだ。
うーん…、オムレットの娘だから名前にびっくりしたあとはノリノリで食べてくれるて思ったんだよ。
でもやっぱり、自分と同じ名前だと共食いっぽくてイヤなのかなぁ…。
うつ向き気味なルレの様子に、不安になる。
しょんぼりしつつ、自分用のロールケーキをつついていれば、ぽんっと頭に重みが乗せられた。
見上げれば、静かな目をした魔王。
しばし見詰め合ってると、彼はそっとロールケーキの乗った、自分の手付かずの皿を差し出してきた。
「…いいんですか?」
なにも語らなくても、静かに頷く魔王から彼なりの労りを感じる。
「…ありがとう、ございます」
自分の大好きなものを差し出して慰める方法に、魔王なりの優しさを感じて胸に暖かいものが満ちる。
じんわりと広がるものに、胸が詰まって声が出ない。
なんとか口にした感謝の言葉に、魔王が頷いたのを確認して、差し出された皿を受け取ろうと手を添えた。
ぐっ
首を傾げて、もう一度自分の方へと引き寄せる。
ぐぐっ
たぶんまだ、自分は笑顔を浮かべてるのだと信じつつ、もう一度。
ぐぐぐっ
「って、くれるんじゃないんですかっ!?」
「見て和め」
「ムリです!」
差し出すだけ目の前に差し出しておきながら、魔王は一向に皿から手を離さない。
そこに執念すら、感じる。
「もー、まだおかわりあるんですから、ここは感動させておいてくださいよ」
文句をいいつつも、口元にはきっとまた笑みが浮かべられてるだろう。
こんな風になることを想定しての行動だったら、なかなかの策士だと思う。…たぶん、違うだろうけどね。
こんなやりとりを、にこにこと見守るだけのオムレット。
そして、その娘はというと…、なにやら歪んだ表情をしてこちらを見ていた。
「…ねぇ、サトちゃん。おかわりがほしいな。それと、この“オカシ”がどんな状態で保存されてるのか、興味があるの」
『一緒に行ってもいい?』と聞かれて、『否』という理由もない。
けど『保存』って、いうほどのものでもないよ?
巻くときに下に敷いた紙ごと、魔術式冷蔵庫の中に入ってます。
まあ、それでもデザイナー兼針子なルレの感性だかになにか影響するならと、一緒に行くことにした。
「お母さんはいいから」
「サン、ここで待ってて」
「あら〜、寂しいわねぇ」
「………」
魔王、無言の圧はいらないから。
ちゃんとおかわり持ってくるから、だから抱えて歩き出そうとしないでって!
まったく!いくつの子どもだと思ってるんだよ。
膝から降りて振り向けば、魔王はなぜか重みのなくなった自分の膝を無言で見詰めていた。
なんだなんだ?実はすごく重かったとか?
だったら、早くどくべきだったね。
ごめんね、天下の魔王陛下を快適な人間イス代わりにして。
先手を打ったかいあって、制止された二人に見送られて厨房へとやって来る。
ただでさえ人がいない屋敷だから、ひっそりと静まり返って、外の木々が風にそよぐ音すら聞こえてくるぐらいだ。
そこに響く、二人分の足音。
ルレの表情が歪んだままで、それを見ていられなくなってつい、進む足を止めた。
「…笑えばいいと思うよ」
「プハッ」
『クククッ』と、たぶん本来の彼女では出さなそうな控え目な声で、しかし顔は大崩壊させてルレは大笑いする。
理由にはうすうす気付いてたけど、さっきまで笑うのを堪えててあんな歪んだ顔してたんだよ。
「だって…だって、閣下ったら〜クッ!」
いつもオムレットやウアラネージュの手伝いでキレイにしてる壁を、ルレは力一杯バンバン叩いて笑いの衝動を発散してる。
勢いがすご過ぎて、壁が破壊されないか心配だ。
「はぁ〜!笑った、笑った!」
ああうん、そりゃそんだけ笑えばね。
ゲッソリしながらも、もう一つ気になってたことを聞いてみることにした。
「ねぇ、ルレちゃんはなにかいいたいことがあるんじゃないの?」
ロールケーキが見たいっていうのも本当かもしれないけど、それだけじゃないと思うんだ。
だって、あのとき歪んだ表情は笑いの衝動を堪えるだけじゃなくて、なにかの決意めいたものも含んでいたから。
そう確信めいたものを抱きつつ、ルレの返事を待っていると、笑いの衝動から立ち直った彼女はスッと真顔になった。
その真剣な表情に、なにをいわれるのかとこちらも背筋を伸ばして対峙する。
「…さすが、って感じだね。おかげで、あたしの方は気が楽だから、本当に助かるよ」
なにが『さすが』なのかは結局、わからず仕舞いだったけどルレはさっきの質問には答えてくれる。
「さっきのことで、確信したの。これはサトちゃんにしか、出来ないことなんだって。お願い、あたしに力を貸して」
続けられた『お願い』に、目をまるくするのはその直後のことだった。
ルレ
①またはロールケーキ。バタークリームや生クリームを挟み、渦巻き状にしたもの。
②登場人物。オムレットの娘で、ウアラネージュを父と慕う少女。針子。