冤罪です、弁護士呼んで下さい!
腕を魔王に掴まれ、男の人はこちらに向けていないとはいえ抜き身の剣を持っている。
もしかしなくても、マズイ状況?
逮捕されて連行される容疑者な気分になるのは、腕を掴む威圧的な雰囲気の魔王と、武器を持ったままの男の人がいるからだ。
ドラマでしか見たことがないけど、まるで凶悪犯への対応じゃないかな、これは。
「どこの者だ?何の目的があって、ここに入った?」
ヤバイ、この場の雰囲気に飲まれて返事をしたら、冤罪を着せられる!
ここはやっぱり、冷静に事を運ばないといけない場面だ。
「弁護士を呼んで下さい!来るまでどんな質問にも答えません!」
返事を湾曲されて、犯してない罪を重ねちゃったら大変だ。
隙を見せないようにキリッとした顔を作り、口を横に引いてしっかり閉じる。
どんなに脅されても、何もしゃべらないぞ!
「ベンゴシとは、誰だ?」
「親御さんの名前じゃないですか?年の割りに、きちんと躾られてますねー」
「魔女は、利用価値がありますからねぇ。魔術師になるにしても、大人になって魔力が枯渇するとしても、今は管理して所有権を示したいでしょぉ?」
なんか、間延びした口調でイヤなことを言われたような。
“管理”とか“所有権”とか、人間に必要なのはせいぜい、保護者じゃないの?
男の人の言い方じゃ、まるで“物”扱いだ。
「えげつないな〜でもまあ、こんなすごい魔術を見せられたらわかる気がしますが」
「この遺跡の、最重要部を守護するガーディアンでしょうからねぇ。この部屋に幾重にも張られた厳重な護りと、死ぬことも腐ることもない最強の守護者ホーンドラゴンを配置した時点でわかりますぅ」
「それを無詠唱で倒したのだ、私より魔力が強力なのかもしれん」
息を飲んだのは、誰だったんだろう。
ただ、動揺はみんなに表れてた。
「長様ぁ、滅多なことは口にされない方がいいですよぉ!」
「そっ、そうですよ、シダンチョウ!魔王が二人って、どんな恐ろしい状況ですかっ。しかも、こんなちまい方が大魔王なんて世の中おかしい!」
…動揺、してるよね?
間延びしたしゃべり方の人は、そのままの口調で語尾を強めてるせいで聞いてるこっちはやっぱり気が抜けそうだ。
剣を持ったままの人は、随所に失礼なところがみられる。
シダンチョウがどんなものかは知らないけどそれはともかく、本人の前で『恐ろしい状況』って、口にしていいことなの?
魔王並みの力を持つ存在が驚異になるって意味だとしても、もう少し言い方がある。
彼の言い方だと、まるで魔王までまとめて『恐ろしい状況』っていう風に聞こえるんだけど。
それと、こっちを指差すな。
しかも『こんな』から差してるから、もしかしなくても後の言葉は私のことを言ってるの?
「あの、先程から気になっているのですが、みなさんは勘違いされてませんか?」
口を閉じて、黙秘権を行使していたけど、このまま黙ってたら余計に変な余罪まで付きそうな気がして渋々会話に加わることにする。
「親はまだ来ていないが、もう話すのか」
「弁護士は、親ではありません。読んで字の如く、何かしらにの罪を告発されたときに、被疑者の代わりに弁護する人です」
ドラマとかで弁護士は出て来るけど、実際に遭遇する機会はないから、イメージでしかない。
でも、魔王たちに妙な勘違いされたままよりはマシかな?
それと魔王に、“舌の根が乾かないうちに”と、呆れを含む言い方をされたのが気に食わなかったっていうのもある。
妄想の挙げ句に八つ当たり?仕方ないじゃん、魔王の目が冷たいんだからさぁ。
「あー、弁の立つ特殊な権限を持つ使用人ってことか?まあ、ともかくチビッコは俺たちが何を勘違いしてるっていうんだい?」
弁護士が使用人って、どんな金持ちだと突っ込みたいが落ち着こう。
こっちは、知識がないから突っ込んで聞かれると答えられないし、あとリアルでチビッコ扱いされたのは、小学校に通う前以来だ。
しかしそれは置いておいてまずは、誤解を正さないといけない。
「私が骨の親玉みたいなのを倒したって言ってるように聞こえるのですが?」
みんな怪訝な顔をしている。
魔王もたぶん同じ思いなのだと思うのだけど、彼の場合は眉間のシワが更に深くなり、皮膚下の骨にまで刻まれそうだ。
美しい顔立ちなのに凶悪さが増して、むしろそちらが凶悪犯に見える。
「違うのぉ?だって、伏せるように注意を促したのは、君だったじゃない?」
そうだけど、それは単に危険性を知っていたからだ。
原因の一つは、確かに持ち込んだ薄力粉だったけどそれが全て悪いわけじゃないと思う。
「そうですが、私は起こることを知っていただけです。細かい粉状の物が、密閉された空間にいっぱいに散って、それに引火すれば爆発して危険だって」
よしっ、まあまあ上手く説明出来たんじゃないかな。
実際にそんな状況下で起こったんだから、だいたい合ってると思う。
「だから、事故なんです!骨の親玉は、私が殺したんじゃないですよ!」
骨なのに動いてる時点で、生きてるのか死んでるのかわからない存在だけど、事故だったと主張した。
だいたい乾燥したこの部屋はどうしようもないにしても、火は骨の親玉が放ち、粉が充満しやすい更に小さな密封空間を作ったのは魔王だ。
あっ、粉が舞うようにしたのは尾で段ボールを弾いた骨の親玉だから、より罪が重いのは向こうの方じゃないかっ!
説明と主張を終えて、一瞬は満足したけど、みんなの反応を見て不安になる。
見える範囲にいる魔王を含めた三人は、何やら小声で話しているし、視界が暗くてわからないけど話しに加わらない女の人たちの視線は未だにこちらに向いていた。
彼らにとっては、骨は反旗を翻したとはいえ元は仲間。
突然、現れた奴がその仲間を傷付けた可能性があれば、きっと事故とわかったとしても信じ切れないかもしれない。
それは感情面の問題で、一介の女子高生がどんなに言葉を尽くしても覆せないもので…あーもう、弁護士が来るまで話すんじゃなかった!
ヘタすれば、怖い目に遭わされて犯してない罪を認めさせられたり、報復まがいなことをされるかも!
ドラマの中で、弁護士を待つ被疑者って、みんなこんな怖い思いをしてるの?
…今度からは、その心細さに同調しながら見ようと心に決めた。
完全にアウェイな空気に耐えていると、魔王らと女の人たちの会話の断片に『予言』やら『魔女』やらが入ってることに気付く。
そういえば、さっき剣を持った男の人と魔王に魔女認定されてたっけ?
魔女って、デッキブラシに跨がった女の子のイメージだけど、なんだか彼らが思っているのと食い違う気がするんだけど。
「あの…。ところで何故、私を魔女だと言うのですか?空を飛んだわけでもないですし、黒猫を連れているわけでもないですし、だからといって不思議な力があるわけでもないです」
というか、そんなファンタジーな世界にしかいない存在なわけが…いや、魔王と骨がいたから魔女がいてもおかしくないか。
みんなも普通に、“魔女”って言ってるし。
でも、それは私じゃない。
なのに、何故か魔王を中心にピリッとした緊張が走る。
何かわからないけど、マズイこと言ったっけ?
きっとマンガなら、頭上に“?”を飛ばしてる状態で首を傾げていると、魔王が私の頭越しに後ろに鋭い視線を飛ばす。
その目が鋭過ぎて、物理的に人体の一部を飛ばしそうで恐い。
首とか。
「モンブラン、明かりを。プリンは、術を掛けて場を整えろ」
ん?甘いものが恋し過ぎて、幻聴が。
女の人たちの名前が、ショーケースに並ぶケーキ屋の定番の名前に聞こえた。
妙に緊張が走るこの場所で口を挟むことはさすがに出来ず、文句を言おうとするおなかを宥めすかす。
「シダンチョウ、こんな子どもに…」
「意見は聞いていない」
女の人の言葉をぶった切り、意見を封じた魔王は、まさに独裁者だ。
そんな調子だと、骨みたいに反抗するのも出て来るんじゃない?
発言すら許されなかった女の人は、しばらく黙った後に小さい声で『わかりました』と返答した。
すでに凛とした声の女の人は、さっきと同じような言葉を口にしていて、それに遅れてもう一人の女の人が可愛らしい声で呪文を紡ぎ出す。
もう“呪文”としか、言い表しようがない言葉の羅列。
どこに息継ぎを入れているのかわからない言葉は、まるでお経のようだ。
しかしその声は平坦でなく、小さいながらも強弱があるから歌のようにも感じた。
「≪展開≫」
凛とした声が響き、暗かった部屋に明かりが灯る。
明るくなった石造りの部屋に、まだ女の人の歌だけが響く。
辺りを見渡せば、後ろの意外に近いところにいた女の人が跪いてた。
軽く頭を下げ、指を組んでいる姿はまるで、純白の衣装も相俟って祈りを捧げているようだ。
そんな彼女の周りに、次第にふわふわした光が現れてその数を増やしていく。
増え出した光は柔らかな輝きを放ちながら、女の人の周囲から部屋全体に広がっていった。
「≪遮断≫・≪展開≫」
神秘的な光景を目の当たりにしていたのに、それがあっという間に霧散するような声は魔王のもの。
あっちが巫女が神に捧げる歌ならば、こっちは魔王が邪神を召喚する呪文だ。
視線を移せば、明るくなっても何故か彼の周囲は暗く、しかも重いオーラを発している恐ろしい美形が、壁に手を付いているところを発見した。
壁に、話し掛けてるわけじゃないよね?
だとしたら、恐い。
ふんわりとした歌声は、クライマックスを迎えて高くなることも低くなることもなく、余韻を残しながらもすんなりと終わった。
広がった光は、歌が終わってもそのまま残り、古びて乾燥した部屋を神秘的なものに変える。
不思議で美しい光景に見入っていた私は、壁から離れて近付いて来た魔王を見ても、ただぼんやりとしていた。
「今から、いくつか質問をする。速やかに、答えろ」
…うん、やっぱ弁護士呼んでほしいです。
プディング【イギリス】
①または、カスタードプディング。卵、牛乳、砂糖で作った液とカラメルソースを流し込んだ型を、蒸し焼きにした菓子。バニラビーンズが入ってると、良い香りがして一気に高級感が増す。
②登場人物。カラメルブラウンな髪と同色の瞳、クリーム色の肌を持つ法術師の女性。