リラックス・ティータイム
「ソルとワーズ…騎士団長とプリンの同僚だな」
ふーん、そうなんだ。
でも、騎士団長について誰か何かいってたような?
うーむ、思い出せない。
職場ではムダ口を叩けなかったから、屋敷に帰って来てから今日遭遇した人たちのことを聞いてみた。
結局は差し入れを食べたことを忘れてしまってたお兄さん・ダクワーズと、『ああいった輩を軽くいなせないようなら、師団長の横には並べない』ってデジャヴを感じさせるやり取りをした制服姿のおじ様・ソルベとわかれ、魔王の執務室に戻る。
あっ、もちろん魔王ご要望のお菓子も準備しましたとも!
いろんな感情を込めたこってりしたバターケーキと、さっき切って出したオレンジの果肉を使ったゼリー。
ゼリーを食べてる間に冷ましたバターケーキを切り分けて、持っていけるようにバスケットにスタンバイ。
仕事の視察先に持ってくのに、バスケットだなんてピクニック風でちょっと笑っちゃったけどね。
ちなみに、オレンジの皮はオレンジピールを作るのに、湯こぼしして渋味を取るために水にさらしてある。
それを使ったオレンジケーキ、楽しみだな。
ちょっと焦げた表面がおいしいんだよねぇ…じゅるり。
羽織っていた制服を見て眼光が鋭くなった魔王だったけど、どうやら準備したお菓子で機嫌が直ったみたいなので万事オッケーだ。
ただ、制服を脱いでその下の張り付いたシャツを見たらさっきよりさらに機嫌が悪くなったが。
…無言の圧力がすごかったけど、そんな状態に至った経緯についての部分は割愛させてもらった。
魔王がヘタにあの肉食系メイドさんと関わって、食べられたら困るし。
コトンと目の前に置かれた温かいマグカップの中には、乳白色の空に浮かぶ細い三日月が満ちていた。
…キレイに表現したけどハチミツを垂らしたホットミルクですよー
完全な子ども扱いだ。
まあ、魔王自ら用意してくれたんだから、ありがたくいただくよ!
あの出張の後からときどきこういった、まったりティータイムを二人でするようになった。
“ティー”とはいうものの、時間帯によっては夕飯後の短い時間だからと今回みたいにホットミルクになることもあるけど。
するとティータイムならぬ、“ミルクタイム”?
…そこまで、幼くないって!
どちらから相手に声を掛けてはじめたかは、曖昧でよくわからない。
はじめはウアラネージュかオムレットがいたはずなのに、忙しいのかいつの間にか姿を消していて、雇い主である魔王の手前、断れないのかと思い至って以来、なんとなく申し訳なくて誘えないでいる。
まあともかく、屋敷に戻っても執務室に籠っちゃう魔王にはちょうどいい休憩時間になってるだろうからいいんだろう。
時間的な余裕がないなら魔王は断るだろうし、塔での仕事もあまり残業しなくなったし、なによりこうやって少ないながらも穏やかなコミュニケーションが取れるから出来れば続けていきたいな〜なんてこっそり思ってる。
あれ?でも、なんだかこの状況ってまるで。
「仕事で忙しいお父さんの家族サービスっぽい?…いえいえいえ!冗談ですって!」
こんなに大きな娘がいる歳じゃ…えっ、そこじゃない?
なんでタメ息を吐いて、肩を竦めるの?
わけがわからん、とホットミルクをふーふー冷ましながら、ちびちび飲む。
ほぼリップクリームやら、基礎化粧品の代用として浸透してるハチミツだけど、当たり前に味はハチミツだ。
家で使ってるのより高級そうなそれは、それでも味には変わりはない。
なんとなく、こってり感と香りが違う気がするけどお菓子作りのプロじゃないただの女子高生に、味の違いがわかるはずないよ。
ティースプーンをくるくる回して、金色の渦をミルクの中に拡散させる作業をしていると、魔王様がなにかいいたげにこちらを見ていた。
「…お前は」
意を決した様子(ただし無表情)で口を開いたんだけど、言葉を切った魔王はいい淀んでいる。
内心でどんな葛藤があるのかは、完璧無欠な無表情で察することは出来ない。
ただ急かす必要も感じなかったから、ハチミツが絶妙な具合に混ざり合ったミルクを一口ゆっくり飲み混んで、黙って待つ。
その間の時間は緩やかで、ぜんぜんイヤな空気じゃない。
穏やかな空気の中、重々しい口調も黒いオーラもない魔王は、一度開けた口を歯を噛み締めるような強さで閉じて、それから静かにいった。
「恐ろしくはないのか」
「なにがです?」
「世界を歪めんばかりに魔力を放出する、私が」
首を傾げて、考えてみる。
確かに、出張時に魔王が魔力を撒き散らして、あわや世界を滅ぼしそう!な状況ではあった。
「見て、焦りはしましたけど…」
揺れる地面。
禍々しい黒いオーラ。
野太い悲鳴。
きっとそれは、恐ろしい光景だっただろう…あまり覚えてないけど。
むしろ、“野太い悲鳴”が一番印象に残ってて、気持ち悪くて怖かった。
それよりも、魔王を恐ろしい存在だと怯える人たちの目。
身内から向けられる、その視線はいつも魔王に付きまとっている。
残業だけじゃなくて、屋敷に帰ってきてからもしなくちゃならないほどの仕事を押し付けておいてのその態度。
それに加えて、あのメイドさんの怯えながらも他人に手伝わせて魔王に取り入ろうとする姿が頭を過る。
それが純粋な思いであれば、複雑な気持ちになりながらも応援できたかもしれない。
だけどあれは、明らかに打算で…。
ダンッ!
「ムカつきました!」
「『ムカツキマシタ』?」
「『ムカつく』です。ムカムカ、イライラしたってことです!」
テーブルに手を叩き付けて吼えれば、魔王はろくに口を付けてない紅茶が振動で溢れそうになってるにも関わらず、そっちの方が気になるのか首を傾げて言葉を反芻する。
…くっ、美形はどんな仕草をしても美形を損なわない。
うちの兄は、友だち曰く『残念なイケメン』なのに、この違いがすごい。
さすが、魔王様だ。
…なにが『さすが』なのかは、ほらあれだ!
ニュアンス的な、なにかだよ。
「あぁ、もちろんサンの質問に対する答えではないですよ?」
「質問の答えではないのは、文脈で気付いてはいた」
よかった、急に『ムカつく』といわれて気分を悪くしたかと思ったよ。
「サンが魔王なのは、出会ったときからそうだったので今更、怖いとは思いません。だけど、周囲の態度が腹立たしいんです!もちろん『周囲』っていうのは、ブランさんたちのことじゃなくて、それ以外の人たちのことですよ!」
あっ、勢い余って『魔王』っていっちゃった。
一瞬だけそう思ったけど、勢いでまくし立てるにしゃべれば案外、気付かれないみたいだ。
「態度があからさまなんですよ。利用するんだったらするで、もう少し気を使ったらどうなんですか!」
魔王は恐ろしくない。
だってさ、恐怖を浮かべる目と、打算を隠して笑う目、そして自分たちのいいように魔王を利用する人たちの方がよっぽど私には怖いじゃんか。
「だが、それはそれで『ムカツク』のだろう?」
「当たり前です!どこの世界に、下心まる出しなヤツに利用されてうれしい人がいるんですかっ!あっ、ちょっとサン!なに笑ってるんですかっ!?私は真剣に話をしてるんですよっ!!」
早速、聞いたばかりの言葉を使用した魔王は、穏やかな目をして微笑んでいた。
こっちは真面目に話してるのに!と、むくれてみるけど…その穏やかな表情に見惚れてしまう。
うん、黒いオーラがなければ、顔立ちが整ってるだけあって本当に美形だ。
これは怯えていても、好きになっちゃう気持ちもわからなくない。
…わからなくないけど、なんだか複雑な気分だな。
理由はわからないけどさ。
「すまん。だが、バカにしているわけではない。ただ…心配されるというのは、不思議なものだと思っただけだ」
へっ?どういう意味?
「普段、心配してるじゃないですか、ブランさんやブラウニーが」
出会ってからろくに経っていない頃、ドン引くレベルで過保護過ぎる姉や、なぜか敵視してくる心配性な兄を見てきたんですが?
「ブランにとって、私は師匠の代わりでしかない。ブラウニーは…長兄からの監視役であり、なにかあれば私を止める存在だ」
彼の青紫色の瞳に、暗いものが過る。
そう口にする魔王は寂しげで、ツラそうなんだけど…さっきのセリフには突っ込みどころが多かった。
モンブランって、あんな感じで魔王の師匠に絡んでたのっ!?とか、“長兄”っていい方だと他にも兄がいるって聞こえるとか、魔王って世襲制っぽいのに一番上がならなくてよかったのかだとか。
それより、なにより気になったのは…。
「えっ、ブラウニーにストッパーが務まるんですか?」
いやいや、だってムリでしょ?
魔王のストッパーなんて、荷が重すぎだって。
ブラウニーのなにを見て、魔王兄はそんなこと依頼したんだろう。
「『すとっぱー』がなにかは知らん。だが、いま良い意味で使われたわけではないことは理解した」
ちょっ、さっきまでの微笑みはどこいった!?
いやまあ、いわれてみれば確かにいい意味には聞こえないし、むしろブラウニーに失礼な感じかも。
ごっ、ごめん。
…でもさぁ、よく知らない単語があっても理解できるね。
「先にも述べた通り、前後の文脈を考慮すればだいたいの意味はわかる。『すとっぱー』とやらは、“制止役”を意味するのだろう?つまり、ブラウニーではそのような役をまっとう出来ないということをいいたいのだな」
いや、だからごめんって!
いつもと同じ無表情に見えて、非難するような視線が突き刺さってくるよ。
まったく、魔王はお兄ちゃん大好きっ子なんだから〜
「それはそうと!サンにはお兄さんがいるんですか?」
心の声でも聞こえたのかってタイミングで、さらにひんやりした視線を向けてきた魔王から咄嗟に目を逸らして、ちょっと強引に話題を変える。
強引なのはもちろんわかってるし、たぶん魔王もわかってると思う。
だけど彼は、それについては突っ込まないで話題の変更に乗ってくれた。
せめてもの抵抗(?)なのか、タメ息吐いてるけど!
「あぁ、長兄含め兄が四人いる。他には姉が二人、弟が一人だ」
「それはずいぶん…賑やかですね」
ついつい、自分らがいわれ続けてきた感想を口にしてしまう。
…うん、いままで芸のない感想だと思ってたけど、当たり障りのない無難なのって咄嗟に思い付かないもんなんだね。
まさか子どもを前に、『作り過ぎじゃない?』なんていえないもんな〜
「賑やか?弟以外、母親が違うせいかろくに話したことがないな」
うわっ、もしかして地雷っ!?
弟以外ということは、六人は父親の連れ子ってわけで。
アレか、昼ドラ真っ青な愛憎劇でもあったりするのだろうか。
複雑だ〜、詳しくは聞きたくないけど。
「えーと、弟さんとサンは似てるんですか?似てたらきっと、イケメンなんでしょうねぇ!」
『イケメン』が理解出来なかったから、首を傾げたんだと思った。
今回は文脈から想像するのは難しいと思いつつ、残りのミルクをちびちび飲みながら待つ。
んで、そのあとに魔王が発したセリフがこれ。
「似ているか?」
なぜ、疑問系なんだ魔王。
聞かれても、知らないから答えられないんよ、こっちは。




