待ってばかりはしょうに合わない
刻んだクルミのローストは、もう済んでる。
オーブンは塔にしかないから、仕方なくフライパンでやったけどいいよね?
食べたときに存在感が出るように、チョコレートは大きめに刻んで冷暗所に置いてある。
オムレットに頼んで、計量した粉類はまとめてジャマにならないところに置いとく。
塊をなくすためと、空気を含ませるためさすがに、粉を振るうのは作るときじゃないとダメだからやってない。
型代わりにちょうどいい、陶器の器があったから洗って伏せとく。
うん、準備は万端。
あとはそう。
「早く帰ってこないかな…」
肝心の食べる人が、ここにはいないんだよね。
魔王たちが出張に出てから、わざわざ日にちは数えてないけどだいぶ経ったように感じた。
実際はそんなに経ってないようだけど、そう感じちゃうのは毎日がゆるやかに過ぎてるからかな?
丸一日掛けて試作オーブン用のお菓子を考えて、準備も同じくらい時間を掛けた。
その間に、掃除や洗濯、自分たちのご飯の準備やキャラメルの世話をしたりして過ごす。
モンブランやホットは、魔王が言ってた通り屋敷には来ない。
プリンも忙しいのか、魔王たちを見送ってからは姿を見せないな。
ミルフィーユは…。
『すまない』
魔王たちが出発する前、城でミルフィーユと二人になったときがある。
どこかへ向かう途中だった足を止めて後ろを振り返れば、項垂れたストロベリーレッドの頭が見えた。
『なにがです?』
なんだか直視しづらくて、視線を彼女の横にある壁へと向けつつ理由を聞く。
いきなり謝罪されても、わけがわからないし。
『本当に、すまないっ!』
『いえ、ですから…』
本気で謝られる機会って、そうそうないと思う。
だからって、今の状態はうれしいどころか困惑するだけだ。
視線は壁とストロベリーレッドの間をを、行ったり来たりと忙しなく動かすはめになる。
…ちょっと壁に、気になる絵があるんだけどそれどころじゃないよねぇ。
『取り敢えず、こちらを見てくれませんか?』
旋毛と話すのは、ちょっとむなしいので。
まあそこまではっきり言わなかったけど、ミルフィーユはやっと項垂れてて見えなかった顔を上げてくれた。
って、ちょっ!なんで目が潤んでるのっ!?
美人さんは泣きそうでも絵になるな〜じゃなくて、余計に直視出来なくなっちゃったじゃんか〜
視線を壁に投げ掛ければ、気になる絵の中にいる人物と目が合う。
意地悪そうな笑みがまるで、こちらの混乱してる様子を笑ってるようで…知ってる顔に似ているのに、なんかムカついた。
『説明してもらえませんか?』
出来るだけ、優しく聞こえるように問い掛ければ、また謝ってきそうだからそれを封じてなんとか謝罪の理由を聞き出した。
『私の父の命令で、叔父上はっ』
『はぁ』
いや、ミルフィーユの叔父さんって結局誰?
悲壮感漂ってるから、なんかミルフィーユのお父さんが叔父さんに無理難題を命令したんだと想像が出来た。
でも、なんで関係ない私に謝るんだろう?
絵の中にいる人物に目で問い掛けるけど、その男はニヤつくだけで答えてはくれない。
『父は、叔父上を恐れている』
ミルフィーユは、静かに語り出す。
よくわからないけど、遮っちゃマズイ気がして口を挟むのは控えることにした。
『叔父上が生まれた頃、父はすでに次期国王として妃も子も複数いた』
ぶはっ
『…大丈夫か?』
『エッ、エェ…。続ケテ下サイマセ』
突然の告白に、吹いた。
えっ、なに?お父さんって次期国王なの?
すると、娘であるミルフィーユって王女様あぁ〜!?
スルーしてたけど、ロッシェが言ってた『ミルフィーユデンカ』って、正しくは『ミルフィーユ殿下』だったってことで、決してオール電化とは関係ないんだよね?
どどどうしよう、結構気楽にしゃべってたけどいいのかな?
魔王も魔王だっ、王女様に留守中の子どもの監視を頼むなんてどーかしてるよっ!?
フケーザイで、物理的に首をはねられたらどうするっ!!
内心、さっきとは別の意味で動揺するはめになったんだけど、なんとか笑顔を作って続きを促す。
『…だが、叔父上が育つにつれ、周囲が王位は叔父上にこそ継がせるべきだと言いはじめた』
その当時、叔父さんはまだ十才にも満たない小さい子どもだったらしい。
彼はとても優秀で、知識をどんどん吸収していった。
それだけじゃなくて、ミルフィーユのお祖父さん…つまり、前の王様?が“剣王”と呼ばれるほど剣の腕を持ってたんだけど、叔父さんは将来それ以上の腕前になるって言われてたそうだ。
…王様業に剣の腕ってなんか関係があるのかと思ってたら、どうも前の王様が戦時中に剣を片手に前線で大活躍したらしい。
…そんなことしてていいのか、王様。
玉座で、ふんぞり反ってなくていいの?
『膨大な魔力を持っていたため、王位継承権は後に剥奪されたもののー…』
言葉を濁すミルフィーユの視線が、同じところへと向けられた。
写真じゃないのに、まるで本当にそこにいると錯覚しそうな出来映えの人物画がやたらと豪華は額縁に入って何枚も並んでる。
その端にある絵に今、二人の視線が集中していた。
香ばしそうなキツネ色の髪に、ブルーベリーみたいな濃い青色をした瞳。
意地悪そうな笑みを浮かべるその人物は、見た目だけならまんま魔王だ。
ただし、色違いだけど。
う〜ん、なんか見たことあるけど気のせいかな?
『…見た目だけで、王の素質が決まるものか』
絵を見ながら小さく、吐き付けるような口調でミルフィーユは呟く。
苛立ちと悲しみが混じったその顔に、事情を知らない私はなにも言うことは出来ない。
だから、例え前向きじゃなくても彼女から続きの言葉が出るまでしばらく待つことくらい平気だった。
『対して父は、なににおいても平凡だった』
あー…それは、ツラいだろうね。
優秀は弟と、平凡な自分を比べられるのって、本人にとってはかなりキツいものだ。
よくわかるよ、私は弟どころか小学生の妹にも色々な意味で敵わないからね。
割り切ってからは、ぜんぜん平気だけど、もしかしてミルフィーユのお父さんは…。
『割り切ればよかったんだ。先代はなにも言わず、叔父上は玉座など望まない。だから父は開き直って、国王として君臨すればよかった。それなのに、叔父上を王と呼ぶ者がいたくらいで、噂に踊らされる愚か者がいるくらいで、叔父上を王都から出すなんて!!あの方は、魔術師の操り手。玉座なき王にして、守護者なのにっ!!』
後半の中二びょ…ゲフンゲフンは、取り敢えずスルーして。
やっぱり、割り切れなかったのか。
こればっかりは、本人の気持ち次第だから見守るのがフツーだけど王様だからその影響力はすごいみたいだ。
簡潔に言えば、王様は優秀な弟が自分の立場を脅かすと思って王都から追い出したってことだよね。
もしかしてそのとばっちりを受けて、魔王は出張に行くことになったとか?
あ〜、だからミルフィーユがあんなに謝ってきたのか。
あの魔王に上司がいるのか疑問だけど、お家騒動に巻き込むなんて迷惑な話だよまったく!
…そんなことがあってから、ミルフィーユとはまだ会っていない。
あんな話をして来づらく感じるならしょうがないし、正直王女様だと発覚したミルフィーユと今まで通り接しられるか不安だったからちょうどよかった。
だから、ウアラネージュとオムレット、キャラメルとのんびりと過ごしてるんだけど、いい加減…なぁ。
「サトお嬢様、ご気分が優れないのですか?」
タメ息を吐くと、やって来たウアラネージュがそう問い掛けてきた。
そんなに、具合が悪そうに見えるのかな?
「いえ、体調は悪くないです。大丈夫ですよ」
気付いたら、偽名のシュガーから前の呼び名である“サト”に戻ってたのはなんでだろう。
まあ、“シュガー”とみんなが呼びはじめたときもいきなりだったからいいか。
「ただ体調はいいんですが、張り合いがなくて」
ウアラネージュもオムレットも、とても優しい。
お菓子作りに対して協力的だし、作ったらおいしそうに食べてくれる。
外に出れないのは窮屈だけど、生活の場は快適で過ごしやすい。
そんな至れに尽くせりな状況で、こんなことを言うのはきっと贅沢で身勝手だよね。
だけど優しいウアラネージュは、そんな私に怒るどころか、いつもと同じ微笑を浮かべて肯定してくれる。
「そうですよね。でしたら…お散歩のついでに迎えに行ってみてはいかがです?」
「迎えに?」
誰を…なんて、わかりきってる。
待ってばかりはしょうに合わない。
外に出るなって言われてるし、特別困らなかったからよかったけど、今は違う。
考えるまでもなく、ウアラネージュへの返事はすでに私の中では決まっていた。
「いきます」