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「いってらっしゃい」

(それ)は突然、目の前にやってきた。

いや、気付かなかったのは自分だけで、みんなは知っていたのかもしれない。

そして魔王は…嵐から逃げなかった。




「しばらく、屋敷には戻らない」


唐突に、魔王は宣言する。

うん、いい年した男がわざわざ宣言することじゃないけど、一応は保護対象者に気を使ったのかな?


「あぁ、はい。了解しました」


詳しくは聞かないで、簡単に理解したことを示す。

だって職場での付き合いや、カノジョと過ごす時間なんて、完全にプライベートだからね。

魔王が語らない部分を、そうやって勝手に解釈する。

だけど屋敷内のことを取り仕切る、ウアラネージュにとっては違うらしい。


「それでは、旦那様はどちらでお過ごしになられるのですか?」


えっ、それを今ここで聞いちゃうんだ。

思わず視線を周囲に向ければ、驚いたことにみんな似たり寄ったりの表情を浮かべていた。


「王都から離れる」


簡単な一言に、ウアラネージュの表情もみんなと同じように緊張を孕んだものになる。


「それは…」

「オウメイだ」


言いよどむウアラネージュに、魔王ははっきりと断言した。

でも、オウメイってなに?


「場所はどちらです?」


「北の国境付近だ」


詳しい場所の説明をプリンにしてるけど、私には場所の名前すらちんぷんかんぷんである。


「北の国境付近といえば、最近不穏な動きがみられるところね…牛乳を卸す業者が言ってたわ」


ウアラネージュ同様、あまり外出しないオムレットだけど、井戸端会議って案外バカに出来ない。


「私はなにも聞いてないっ!!」


「それはぁ、そうだよぅ。ヘタに話してぇ、“魔王”どころか“白光”まで王都から出ていかれちゃ困るからぁ」


憤慨するモンブランと、そんな彼女に対して普段と同じようにのほほんとしゃぺるホット。

まっ、魔王って本人の前で堂々と言っていいの?

いいのか、魔王もフツーな様子だし。


それにしても“白光”ってのは、前の“緑樹の魔術師”とは別の魔術師だとか?

ふたつとも、色と自然界にあるものが入っているから勝手にそう思っておく。


「心配しないで大丈夫!俺も師団長と一緒に行くからさ」


モンブランを安心させるかのように、にこやかに言うブラウニー。

しかしモンブランは、複雑な表情。

それにはさすがのブラウニーも、肩を落としてしまった。


「シュガー」


「はい」


上の方にある魔王の顔に、視線をずらす。

呼ばれて近くに寄ると、しっかり魔王の目を見詰め返して続く言葉に注目する。


「私とブラウニーは、しばらく仕事で王都から離れることになった」


「はい」


つまり、出張ってことだね。


「その間、ブランとホットは塔に詰め、ここには来れないだろう」


魔王がいないから、仕事が滞るのかなぁ。


「お前はその間、決して屋敷から出るな。屋敷なら、キャラメルもウアラもいるから安全だが、外は保証出来ない」


どんだけ殺伐としてるんだ、外は。

小さい子じゃないんだからさ、ちょっとは信用してよ。


「わかったな」


すっ、すごまなくてもわかったよ。

外出はしません!


渋々頷けば、彼は納得したのかオーラを弱めた。

安堵の息を吐いているけど、どれだけ信用がないんだ。


「フィーユに様子を確認させるつもりだが、彼女も忙しい。そう頻繁には来ないだろう」


フィーユって、誰それ?

そう思ってたら、ミルフィーユのことだと説明された。

そっか、わざわざ様子見を頼んでくれたのか。

信用されてないってところは相変わらず微妙だけど、まあ取り敢えずはありがたいです。

だけど、ミルフィーユってブラウニーの上司でしょ?

いいの、そんなこと頼んで。


「それと、お前に名を返す」


周囲が息を飲むのがわかった。

でも、魔王に名前を貸した覚えもあげた覚えもないんだけど?

私の名前はシュガー…じゃなくて、あれ?

まあ元は自分のものだし、返してくれるんなら返してもらおうかな。


「『×××』。お前に名を返す」


前半は、口が動いてるだけで音が発せられることはなかった。

だけど、その直後に自分の名前が“佐藤蜜月”だったと漢字と共にしっかりと思い出すことが出来た。

でもなんでだろう、“シュガー”が偽名で最近やっと周りから呼ばれ慣れてきたということは覚えてるのに。

あれか、シュガーになりきるために無意識に本名が思い出せないようになってたとか。

さすが演技派女優、無意識なのにすごいな!


「いいんですか、師団長。なんかアホなこと考えてそうなのを放逐して」


オイコラ、ブラウニー。

なんか聞こえたけど、話題に上がってるのは私のことか。


「かまわない」


「あんなに、狂暴そうなのに」


睨み付ければ、ブラウニーは引きつった顔をする。

そんな表情するくらいなら、言わなきゃいいのに。


「でもぉ、ブラウニーが言う通りぃ、いいんですかぁ?まるでぇ、最悪の事態を想定してるみたいですよぉ」

「「ホットっ!!」」


『くわっ』と口を開けて吠えるように叫んだのはモンブランとブラウニー。

表情といい、タイミングといい、以心伝心?


「サトちゃん、名前を預かったままその魔術師になにかがあった場合、名前を預けた側の魔術師は魔力を失うのですよ」


プリンがひっそり、耳打ちした話に驚く。

名前を知られたら人体破裂とか、魔術師って名前に関する制限が多いなぁ。

もっとも、私には関係ないけどね〜


ん?でも待てよ。

なんかプリンは不吉なことを、言ってなかったっけ?


片方()は魔術師じゃないにしろ、プリンが言った名前を預けるってことを知らないとはいえ魔王にしてたんだよね。

んで、預けられた側になにかあれば名前の持ち主は魔力をなくす、と。


…なにかって、なに?

不吉なフラグ的なものしか、プリンの言葉から連想することが出来ないんだけどっ!?

しかもあの、ホットの言葉!

まさか、魔王に死亡フラグ〜!?


「大丈夫だ、問題ない」


騒ぐ周囲を一通り見回したあと、魔王はそう静かに言って頭に手を乗せてゆっくりなでてくれる。

それを見るみんなの顔は、蒼白い。

いい加減、慣れてよ。


「ほんっっとうに!大丈夫なんですね?」


「あぁ」


「最悪の事態など、想定していないのですね?」


「……」


「師団長!!」

「長!!」


「…なにかあったときの、保険だ」


「「どちらがっ!?」」


おお、めずらしく追い詰められてるね。

追い詰めてるのはブラウニーとモンブランで、二人とも息がぴったりだ。

なんだか、姉兄と弟のやり取りみたい。

弟の方が、やたらと老けてるけど。


「まあまあ、二人とも落ち着くのですよ」


「そうだよぅ、これじゃあ長様に挨拶出来ないよぉ?」


いつものプリンの取りなしと、自分の言動を忘れたように振る舞うホットの言葉に我に返る二人。

あんたのせいでしょ、ホット。


「ご武運を王都より、お祈りしてます」


「王都の護りはぁ、ブランにまかせてぇ」


「お前もやれよ。…師団長のことは、まかせておいてくれ」


「長、ホットをこき使って必ず帰還されるまで王都を護ってみせます」


「旦那様、おかえりをお待ちしております」


「いってらっしゃいませ」


それぞれが、言葉を掛けて、最後の一人になる。

みんなの視線が集まって、何を話すのかが自然と注目された。

だから深呼吸をして、一言。


「おみやげは、いらないです!」


「何を言っているんだ!」


モンブランの怒鳴り声。

彼女の柳眉はつり上がり、白い頬は怒りで赤く染まってる。


「だからっ」


だけど、こちらを見たモンブランはそのまま黙った。

みんなも黙ったまま、言葉を待ってくれる。

魔王のなんの感情も見えない、静かに凪いだ瞳がこちらを見つめ返すのを見て、続きの言葉が出なくなった。


みんなの表情は暗くて、ただの出張じゃないことぐらい聞かなくてもわかる。

わかるからこそ、言葉が続かなかった。

ヘタなことを言ったら、戻ってこない気がして。


こちらの葛藤する様子を静かに見守っていた魔王は、待てど口を開かないのをどう思ったのか。

珍しくも、魔王自ら話をフってきた。


「帰ってきたら」

「いや…言わないでぇ〜」


情けない声しか出ない。

でも、伝えなきゃいけないんだ。


「かっ、帰ってきたらなんて、まるでし…フラグ…」


よく映画とかであるじゃん。

『俺、戦場から帰ったら結婚するんだ』って言った兵士が、次の場面で撃たれること!!

魔王が行くのは戦場じゃないだろうけど、不吉だよ、フラグだよ、やめてくださいっ!!


弱々しい声だけど、なんとか魔王の言葉を遮ることに成功した私は、なんとか震えそうになる身体に気合いを入れて、明るく見えるように笑顔を浮かべて声を張る。


「いってらっしゃい、サン!」


…見えなくても、自分の顔が引きつってることも、声が震えてることもわかってる。

だけど、これが今は精一杯だからみんな、黙って見逃してくれた。


魔王の青紫色をした瞳に、なにか(よぎ)った気がする。

だけどそれは一瞬で、確認する隙さえなく視界を塞がれた。

今、視界を覆うのは真っ白なシャツだけだ。

そんな世界の上から、魔王の声が降ってきた。


「あぁ…、行ってくる」


魔王の腕が強くキツく私の身体を抱き締めて、すぐに離れる。


抱き返すこともないまま、中途半端に上げたままになった手は結局、なにも掴めなかった。



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