【続ク日々】二ノ日ノ夢見
あけましておめでとうございます!
宅配の兄ちゃんを追っかけて、トラックにはねられるとこを助けてもらったのはうれしいよ?
でも、だからって世界を滅ぼしそうな魔王様の花嫁はないんじゃないの。
執務室に、重い空気が充満してる。
発信源はいつも通り魔王で、彼は真っ黒なオーラを垂れ流していた。
彼の部下たちも、さすがにその様子に口を出すことも出来ず、沈黙と黒いオーラがその場を支配してー…
チーンッ
「あっ、焼き上がった」
「…サト」
オーブンの音と、魔王の呆れたようなタメ息でそれもあっさり霧散した。
だってしょうがないじゃん、このままオーブンにクッキーを入れっぱなしにしてたら焦げちゃうよ。
いそいそと魔術仕掛けのオーブンを確認しに行く。
ピエスモンテって世界に、脅威が訪れた。
その存在は、すさまじい魔力を持つだけじゃなくて魔族という人間とは違う野蛮で恐ろしい者たちを従えて、無抵抗な国々を襲っては自国の領土や焦土を拡げていく。
それを避けるために、サントノーレという国がしたことは、異世界人の召喚という暴挙だった。
王家の姫を自らの妻にと要求した、魔族の王を欺くためだけに、自分に関係のない世界へと召喚された私は。
「クッキー、焼き上がりましたよ〜」
「ブラン、休憩だ」
暢気に大好きなお菓子を作っては、魔王を餌付けしてたりする。
役職名は魔王の餌係じゃないからね、狼男のブラウニー。
せめて、専属パティシエもどきにしといてください。
「まったく、いい加減妃を取ってくれればいいものを…」
ブランこと、エルフのモンブランはタメ息混じりにそう漏らした。
実は魔王、奥さんはいないのだ。
サントノーレ国では、『姫を妻にと要求してる〜』なんて言われてたけど、本当は外交目的に一時的に滞在してほしいだけだったらしいのだ。
つまり姫限定じゃなくて、王家の人に来てもらって大使として両国間に立ってほしかったみたいで、だけど実際に来たのはまったく関係のない異世界人だったもんだから、出会った当初の魔王は頭を抱えていた。
どんなことになるのかと、着なれないお姫様っぽさを演出するためのドレスのまま成り行きを見守ってると。
『陛下、南側の人間国との国境に不穏な動きがあります』
『陛下、エルフ族の行方不明者がまた出たようだ!その付近で、複数の人間を目撃とのこと』
『陛下、北の人間の国で膨大な魔力が集められています!強力な魔術を放つ準備をしているようです』
『陛下ぁ、城の後ろにある山が噴火しそうですぅ』
『長』
白から薄茶のグラデーションになってる不思議な髪色の女の人が、スッと前に出た。
『この娘を連れてきた国の者共が、いまだに我が国に居座ってなにやら嗅ぎ回っているようです。どういたしましょうか』
魔王の眉間に、凶悪なシワが深く刻まれた。
切れ長な目は、さらにつり上がって人相がひどく悪くなっている。
その顔の作りは美形といっても差し支えはないのに、重っ苦しくて黒いオーラがまさに“魔王様”といった風だ。
うーむ、見た感じだと…。
隠し持っていた、製菓用チョコレートを取り出してすばやく魔王へと近付く。
そして、ずいっと魔王の薄い唇に押し付ける。
『はい、あ〜ん』
『……』
しばし無言の攻防戦を繰り広げた後、“渋々”といったように魔王は口を開いた。
そこに、製菓用チョコレートを投げ込んでやる。
『疲れたときには、甘いものですよ』
ついでにこちらも、同じように食べてみた。
うん、甘くておいしい。
咀嚼していると、ちょっと目を見開いた魔王が口の中のものを飲み込んだ。
チョコレートだから、口の中に入れっぱなしでも溶けるからね。
『どうですか?少しは疲れは癒されましたか?』
そんなに早く、癒されるわけないか。
自分で自分のセリフに、脳内でセルフ突っ込みをしてみる。
わかりきったことなのに、魔王はなぜか頷いた。
『あぁ』
なんだか、心なしかオーラが軽く、穏やかになった気がした。
その後、部下たちから報告された件を軽々片付ける魔王。
正直、噴火寸前の山…富士山の色違いで、こちらは赤いーを止めたのにはびっくりした。
他には、行方不明だったエルフたちを救出したり、北の国で行われていた魔術を妨害したり、南の国境に集まってくる人たちを吹っ飛ばしたり、サントノーレ国の人たちを追い出したり。
ただ、私だけはなんでか魔王に保護されるという形で、城に残ることになった。
どうやら、チョコレートが気に入ったらしい魔王はそれを使ったお菓子も口にする。
と、言うより作るお菓子作るお菓子、無表情ながらもおいしそうに食べてくれるのだ。
…そんなに、疲れてるんだね。
いいよ、たくさんお食べ。
まあ、そんなことだけじゃ魔王の疲れが完全に癒されるわけないから、あのモンブランの発言につながるってことだ。
「キャラメルは、どんな人が魔王様のお嫁さんになってほしいですか?」
「くえっ?くえー!」
鋭い目を丸く見開いたグリフォンのキャラメルは、首を傾げたと思ったら元気よく返事(?)して、なぜか頭をお腹に擦り寄せてくる。
ぐりぐりと、結構な力ですり寄せてくるんだけど…可愛いからよしとしよう。
「よしよし。はい、今日のごはんだよー」
「くえっ、くえ〜」
撫でながらごはんを差し出せば、うれしそうに一鳴きしてキャラメルは、バケツに顔を突っ込み食べはじめた。
グリフォンって、ライオンと鷲だか鷹を合わせた姿をしてるのに、キャラメルが食べるのは白いナスみたいな野菜だ。
どうした、肉食獣。
「あっ、そういえば。追い出させたサントノーレ国の人たちってどうなったんだろ?」
「くえっ?」
はっきり言って、イケニエとした召喚されたからいい印象はない。
だけど、知らん振りするっていうのも気が引ける。
だから魔王の召喚獣であるキャラメルに聞いてみたけど、いくらかしこい彼女(彼?)でも知らないことは答えられない。
食事を中断して首を傾げつつ、『くるる』と鳴きながら考え込む姿に申し訳なくなってごはんを勧める。
考え込みながらの食事って、身体によくなさそうだし。
「あっ、サン!キャラメルにごはん、あげ終わりました」
「くえっ!くえぇ〜!」
「あぁ」
『サン』というのは、魔王の名前である“サヴァラン”の愛称だ。
でも、現在そう呼ぶのは私のみ。
他はみんな、“魔王陛下”って呼ぶからねぇ。
どこかへ移動する途中だったらしい魔王はわざわざ足を止める。
キャラメルを撫でる魔王は、以前の眉間の深いシワも黒いオーラもない。
アニマルセラピーの効果か、甘いものの効果かはわからないけど穏やかな様子に安心する。
だってさ、ずっとイライラしててオーラのせいで世界が歪んでたこともあるんだよ?
“世界が滅びる”なんて、頭をよぎるくらいだったし。
「どうした?」
「いえ、最近サンが穏やかで安心してたんですよ」
特になにも含むものはなくて、本当に安心してる。
その気持ちを込めて笑えば、魔王も口元にうっすらと笑みを浮かべた。
おぉ、レアなものを目撃した!
「それは、サトのおかげだ」
「私の?」
じゃあやっぱり、甘いもの効果?
だけど、次に魔王が口にした言葉は想像していたものとはまったく違っていた。
「あぁ、お前が以前言っていた通り、人間を滅ぼしてみた」
「…はい?」
なんか、不吉な言葉を聞いたような。
「言っていただろう?国の周囲をウロウロされたり、自国民を拉致されたりするのならいっそのこと、大本を叩けと。…忘れのか?」
不意に思い出す。
あんまりにも、魔王が疲れ果てている姿を見かねて言ったセリフを。
軽く『人類を滅ぼしてみたらどうですか〜』なんて言ったことを!
まさか、まさか本当に実行するなんて思わなかったから!!
「魔王様が人類を滅ぼすなんてっ!?…あれ?」
視線の先には、最近見慣れてきた天井。
それをぼんやり見ながら、安堵の息を吐く。
「なんだ、夢か」
魔王が人類滅ぼすって、なんて“らしい”んだろう。
しかし実際の魔王・サヴァランはそんなことしないけど。
「えーと、今日は」
まだオムレットが起こしにこないし、カーテンの向こう側は暗い。
もしかしたら、まだ日付は変わってないのかもしれない。
うぅっ、夢の衝撃から脱してないからかなぁ。
なにか思い出しそうなんだけど、なかなかうまくいかないよ。
「うぅ〜ん…えーと、氷の月第一週の水の日…だっけ?」
つまり日付が変わってないなら一月、二日の夜?
あれっ、じゃああの不吉な夢は初夢ってこと?
……。
うん、もう一度寝直そうか。
もう一度目をつぶれば、今度は目の前にお菓子の家が堂々とした佇まいでそびえ立っていた。
飛び付いて食べはじめると、どこからともなく魔王がやってきた。
魔王の家かと思えば、呆れ顔で一言。
『お前の家だろう』
そうだっけ?
ならどーしよ、このまま食べてたら住む家ないな〜なんて、口をもぐもぐ動かしながら悩んでると魔王が無表情ながら提案してくれる。
『ならば、一緒に暮らせばいい』
そっか、今もそうだもんね〜
感謝の気持ちを込めて、お菓子の家を勧める。
無表情に見えながら、その実喜んでる魔王と並んで食べてると、さっきよりもおいしい気がする。
やっぱり、おいしいものは人と食べた方がおいしいよね!
初夢
①正月二日の夜見る夢。吉凶を占う。
②一富士二鷹三茄子。ミツキは微妙にコンプリートしてた。…キャラメルは鷹じゃないけど。