【続ク日々】聖夜ノ祝イ
MerryChristmas!『おかしの魔女』と次章の間のヒトコマ。
クリスマスとはなんですか?
「ケーキを食べる日です!」
自信満々で言い切った。
「ばれんたいんでー」
「チョコレートを食べる日です!」
「ほわいとでー」
「バレンタインのお返しに、お菓子をもらう日です!」
「……」
「ひなまつりはひなあわれと甘酒を、子どもの日は柏餅、父の日はとくにないけど母の日のプレゼントはお菓子を贈る人もいるらしいから限定ものがあったりするんです。正月は」
栗きんとんはお菓子に入りますか?
いいえ、入りません!
「俺としては、“ばれんたいんでー”が気になるとこだけど、結局は“くりすます”ってのはなんなんだ?」
バレンタインが女の子がチョコレートくれる日ってこと、まだ言ってないのにどこで勘付いたんだろう。
『ケーキを食べる』って説明じゃ、納得出来ないらしいブラウニーがもう一度聞いてきた。
いいじゃんか、ケーキ食べる日で。
「ある宗教の聖人が生まれた日らしいです」
本当は別の日だとか言われてるけど、一応は十二月として浸透してる。
「それで、良い子にしてたらサンタクロースっていう赤い服の白ひげおじいさんが、その子が寝てる間に枕元にプレゼントを置いてってくれるんですよ」
子どもにとっては、そっちがメインイベントだ。
我が家では小学校低学年の妹しかもらえないし、高学年になったら強制的に正体を知らされる。
うちの母は、鬼だ。
「寝ている間に、枕元までくるのか?…不用心だな」
モンブラン、顔をしかめてるけどサンタクロースの正体は子どもの親だからね。
別に不法侵入されてるわけじゃ、ないから。
しかもサンタクロースって、もとは聖人らしいから大丈夫じゃないかなぁ。
「それでっ!クリスマスは誕生日以外でホールケーキが食べれる日なんですよ!もちろん店によって違うんですが、だいたい生クリームのケーキ、チョコレートクリームのケーキ、チーズケーキが基本です!」
私のメインイベントは、むしろこっちだ。
この時期のケーキ屋のチラシやパンフレットを見るだけでも楽しい。
生クリームだって、フルーツたっぷりだとかイチゴのみだとかあるし、店によってはミルフィーユやムースのケーキ、さらにはお菓子の家なんというすごいものを出してるとこもあった!
それはさすがに現定数ありの、予約のみだったけどお菓子の家なんてお菓子好きの私としてはロマンを感じる品物だ。
お金があれば、食べたかったよ…。
「ケーキを手作りする人もいて、この時期はいろんな商品が出てるんですよ。スポンジや生クリームはもちろん、砂糖菓子で出来た人形やツリーの形の飾りとか。私が作るとしたら、クリスマス定番のブッシュ・ド・ノエルでしょうかね」
ちなみに、なぜブッシュ・ド・ノエルが薪の形をしているのかというと、聖人の誕生を祝って夜通し暖炉で薪を燃やしたという話しからきてるみたいだ。
薪なんてクリスマスのブッシュ・ド・ノエルしか馴染みがなかったけど、今じゃ屋敷で大変お世話になってるから人生、どんなことが起こるかわからないもんだね。
「ケーキというものは、玄人でなくても手作りも出来るのですか?」
プリンが言う玄人って…プロってことでいいのかな?
「はい、出来ますよ。市販でスポンジなどの材料は手に入りますから、飾るだけって人もいますし。私は、スポンジを焼くとこからはじめます」
しっかり手順を守れば、そう難しいことじゃないと思うよ。
今は魔術仕掛けのオーブンがあるから、作ることは可能だろう。
もちろん、クリスマスケーキは作りますよ〜!
「ところでぇ、くりすます以外にも誕生日にケーキを食べるのぉ?」
目を丸くして、驚いてるホットだけど逆にこっちが知りたい。
サントノーレ国では、誕生日には巨大な角砂糖で祝うのか聞こうとしてやめといた。
想像したら、胸焼けしそうだったから。
「えぇ、私がいた国ではだいたいはそうだと思います。なかなかみんなが集まるときにしか、ホールの大きいケーキは食べ切れないですから」
みんなでお祝いして食べればおいしいしあと、そのときしか食べれないっていう特別感がいいんだよね。
バースデーケーキにチョコレートのプレートに自分の名前が入るのとか、クリスマスケーキにサンタクロースの人形が乗ってるのとか。
「へぇ〜で、くりすますっていつのことなのぉ?」
「年末から数えて六日前ですよ」
十二月二十五日と言ってもわからないから、そう伝えれば四人がそれぞれ横にいた人と顔を見合わせた。
ブラウニーがイヤそうな表情をしてるのは、顔を見合わせたホットがニヤ付いてるからかな。
プリンとモンブランはにこやかに微笑み合ってるというのに、まったく!
「では、その日にケーキを作るのだな?」
「私たちにも、お手伝いさせてほしいです!」
「本当ですかっ!?ありがとうございます!」
オムレットも手伝ってくれる予定だけど、彼女は料理も作らなきゃならないからあまり頼っちゃいけないと思ってたんだよ。
でも、心優しい二人のお姉さんたちのおかげでなんとかなりそうだ。
「楽しみですね」
「はいっ!」
薄いスポンジを焼いて、ところどころにうすく切り込みを入れる。
ミルクチョコレートを混ぜたクリームを塗って、巻き上がりをイメージしながら細かく切ったフルーツを置いてくるくると巻く。
最後にぎゅっとしめて、クリームと生地の間に空間が出来ないようにする。
残りのクリームをロールの周りに塗って、フォークであとを付ければ、木の表面っぽく見えるでしょ?
モンブランもプリンが小さく丸めて、鉄板に並べてくれたクッキーが冷めたらフルーツと一緒に見映えよく三人で飾り付ける。
型はないから、二人には大変な作業をまかせちゃったけど、いやがるどころか楽しそうに作業してくれた。
残ったクッキーは、二人のお土産として包み、ケーキは食後ということで魔術仕掛けの冷蔵庫にしまい、オムレットを手伝う。
そんでもって、屋敷ではクリスマスパーティー…と呼ぶだけ華やかではないものの、楽しい夕食会が開催された。
招待されたのはブラウニー、プリン、ホット、モンブラン。
オムレットとウアラネージュも料理を並べ終えたら、下座に着く。
魔王は強制的にホットに仕事を止めさせられて、納得いかなそうな顔ながらもきちんと参加していた。
普段よりもちょっと豪華な食卓は、さすがに総勢八名もいればキレイになくなる。
丸々一羽の鶏も、ブラウニーと競い合って食べて、めずらしく苦笑した魔王のお皿に乗ってた分までもらった。
ベジタリアンなモンブランとプリンのために作った生春巻きもどきも、気に入ってくれたようでなによりです。
オムレットは気になった料理があったらしいから、作り方を改めて教えた。
ホットとウアラネージュががぶ飲みしてたジュースがおいしそうだったから、もらおうとしたらみんなに止められた。
ワインだったらしいんだけど、嘘でしょう?
二人とも、本数をかなり空けたのにまったく顔色変わってないんだもん。
そんな感じで夕食が済み、食器を片付けた後に運んできたのはモンブランとプリンと三人で作ったブッシュ・ド・ノエルだ。
やたらと長いテーブルの中心に、堂々と置く。
「薪をイメージした、ブッシュ・ド・ノエルというケーキです」
この説明は、先日のあの場にいなかった魔王に対するものだ。
オムレットとウアラネージュには、厨房を借りる前に話してある。
魔王はいつもとは違う、手の込んだケーキになにか聞きたそうにこちらを見てきたからニヤリとする。
「今日は、特別な日ですから」
『せーの』と合図を送って、魔王以外のみんなと一斉に口を開く。
言うセリフはもちろん、クリスマス定番のあの言葉だ。
「メリー…」
「「「「誕生日、おめでとうございます!!」」」」
「…え?」
あれ、セリフが打ち合わせと違うよ。
『メリークリスマス』というはずだったのに、なんでみんな“してやったり”みたいな顔してるの!?
「誕生日?」
魔王も不思議そうな顔をしてるじゃんか。
「旦那様、僭越ながらお聞きします。本日は何日でしょうか」
ウアラネージュは、にこにこしながら逆に魔王に問い掛ける。
「雲の月、第四週の土の日だ」
雲の月は十二月のことを指すらしい。
だから雲の月第四週の土の日は、十二月二十五日のことだ。
それにしても、即答するとはさすが魔王だな。
…なにが“さすが”なのか、自分で思っててもわからないけど。
「おわかりになられませんか?」
白執事と同じく、にこにこしながらのオムレットの問い掛けに、しばらく考え込んだ魔王はゆるく首を振った。
心当たりはないみたいだ。
でもさっき、みんなは『誕生日おめでとうございます』って言ってたよね。
と、いうことは。
「もしかして、今日はサンの誕生日ですか?」
確認のために聞いたら…ってえぇー!?
なんで本人が一番びっくりしてるのさっ!?
「そうなのか?」
いやいや、こちらが聞きたいぐらいだ。
そんな魔王の様子に、ある者らは微笑み、ある者らは呆れ顔をする。
「まあ、男だからそんなもんだろうな」
「それでも、毎年このような状態ではないか?」
毎年、こんな風に忘れてるの?
サプライズとしては成功だけど、相手が相手だから盛り上がりに欠けるよね…。
モンブランの言葉にしばらく考える素振りを見せたブラウニーは、テーブルの中央に鎮座するブッシュ・ド・ノエルを見てニヤリと笑う。
その、明らかになにかを企む悪い顔といったら!
「師団長、大きいケーキが食べれるのは誕生日とくりすますっていう聖人の生誕祭の二つだけみたいっすよ〜」
魔王の興味を、“大きいケーキ”という言葉が引いたみたいだ。
無言ながらも、続きの言葉に注目してるのがわかる。
でもブラウニー、クリスマスは聖人の名前じゃないんだけど。
「そ・れ・で!その生誕祭と師団長の誕生日は一緒なんですよ!」
…ブラウニーが、どういう意図でそれを口にしたのかは想像がつく。
覚えやすいように、魔王自身のことと関連付けたんだよね。
だけど、ちょっとマズかった。
だってさ、想像してみて?
一年に二回楽しみな日があるのに、その二回が重なってるんだよ。
いくらなんでも、ホールケーキ二台は一日で食べれるわけないから、必然的に一年に一回しかその日が来ないわけで。
「……」
「えーと、また作りますからっ!ねっ!」
無表情なのに、まとうオーラで残念さを表す魔王に慌ててそう言う私だった。
「…こんな夜更けに、なにをしている?」
「うわっ!」
見付かった!?
「ノブになにか掛かっているが、これはなんだ?」
屋敷にある魔王の執務室の前。
魔王は廊下側のノブに、なにか掛かってるのに気付いて手に取ってる。
「あの〜、私はこれでもど」
「待て」
ええぇ〜、それ開けるなら部屋に戻りたいんだけど。
「なんだ、これは?」
封筒から取り出した、手作り感満載のそれを眺めてる。
ノブに掛けるために付けてたリボンが力なく、魔王の手から垂れ下がっていた。
「さ、さぁ?サンタクロースからのプレゼントじゃないんですかねー」
本当は、枕元はムリでも部屋の前くらいに置いときたかったんだよ。
でも、魔王の部屋が見付けられなかったから仕方なく執務室にぶら下げようとしたんだけど、まさか中にいるとは思ってなかった。
「さんたくろーす?」
「クリスマスに良い子にプレゼントをくれる、赤い服を着た白ひげおじいさんのことです」
怪訝そうな顔をする魔王。
見知らぬおじいさんが、自分にプレゼントをくれる意味がわからないのかもしれない。
…でもそれは、建前だから。
「サンが今年、とても頑張ったからごほうびですよ」
彼は目を見開く。
しばしそんな魔王と見詰め合っていたら、なんだか照れ臭くなってきた。
もういいや!照れ臭いついでに、プレゼントを見てもらおう!
「…紙になにか書いてあるな」
あっ、そうだった!
魔王は書いてあることが読めないんだ。
じゃあ、チケットの説明をしよう。
「これは“リクエストチケット”といいます。なんでもひとつリクエスト…私にやってほしいことがあれば、このチケットを出すだけで叶えます!ちなみに、次の誕生日まで有効ですよ」
高校生からのプレゼントじゃないって、言わないでよね。
だってしょうがないじゃない、急に知ったから用意出来なかったんだよ。
お菓子を作ってあげようにも、ホールケーキ食べたあとだし、夜も遅かったから断念せざるえなかった。
「チケットは、どんなときに使ってもいいですよ!肩揉みから荷物持ち、遠くの出張地へのお供もします!」
なにが言いたいのか、魔王にはわかっただろう。
倒れたまま動かない、ブラウニー。
どこまでも、どこまでも深く暗い漆黒のオーラを放つ魔王。
震え、歪む世界。
…そんなのもう、見たくない。
でも、だからといって見ていないところで同じようなことになっていたら?
想像することも恐くて、自分の手をキツく握りしめた。
「…さんたくろーすとやらは、ずいぶんと私に優しいのだな」
自然と下がっていた顔を上げると、穏やかな目をした魔王と視線が合う。
薄い唇の両端が、微かに上がって…。
「ありがとう」
それは、とても微かな。
それでいて、とてもとても美しい笑みだった。
「〜〜〜っ!!」
あんまりにもその笑顔がキレイで、直視するのがツラいっ!
きっと今、顔を見られたら首筋まで真っ赤になってるのに気付かれちゃいそうだ。
頬を両手で挟んでみれば、心なしか熱くなってる気がする。
うぅっ、ここは誤魔化さないと、ただの変なヤツだと思われそうだ。
「ところで!サンはいくつになったんですか?」
うん、不自然じゃない質問だ。
ちょっと勢いが付き過ぎた気がするけど、大丈夫だよね。
「年か。二十四になった」
ブッ!
「えぇぇーっ!?」
二十四って、二十四才のこと!?
姉とそんなに変わらない年なの?
三十才ぐらいだと思ってたよ、ずっと。
「ふけ…じゃなくて、苦労してるんですね」
「……」
あっ、無表情に戻った。
ブッシュ・ド・ノエル
①切り株の形をした、フランスでクリスマス定番のケーキ。ロールケーキにチョコレートやコーヒーで色をつけたバタークリームをぬる。由来は、作中参照。