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あぁ、ブルーベリータルト食べたい

「≪包囲≫」


咄嗟に叫んだときの素早さは、普段のどんなときよりも早かったと思う。

それでも、魔王のような男の人の方がもっと早かった。

地底から響くような低くて平坦な声が、私が段ボールを盾にするより先に続ける。


「≪展開≫」


炎を遮断していた光る壁が大きくなり、かと思えばそのまま粉が舞う一帯をすっぽり覆う。

もう壁とは呼べないソレはドーム状となっていて、天井に当たらないギリギリサイズの小さな空間となっていた。


跳ね返った炎がそこに充満する薄力粉に、引火する。

その瞬間、


ドンッ


爆発した。


爆発をこんな間近で見るなんて、日本じゃ滅多にない。

厚い強化ガラスを隔てた向こうのように、衝撃も振動もないからまったく現実味がないけど、確かに光る壁の向こうでそれは起こった。


今も変わらず光るドームは、中が真っ黒な状態でも輝いていて、どんな素材で出来ているのか不思議だ。

腕をいっぱい伸ばして触ろうとすれば、さっきまで胴を拘束していた力はなくなり、自由を手に入れることが出来た。

妙な威圧感は背後に健在だけど、何も言わないみたいだから勝手にお触りさせてもらいます!


「おおっ?」


こっち側は何もないから、てっきりドームには振動が伝わってると思いきや、そんなことはない。

高性能らしいこのドームは、振動も衝撃も外には伝えない素晴らしいものだった。

握った拳で軽く叩くと、まるでガラスのように硬いけど音は鳴らない。

ただ、中の熱は少し伝わってるらしく何となくほんのり暖かいから、まだ改良が必要だと思いますよ、うん。


ぺたぺた触っていると、視界を影が覆った。

さっきまでもうもうとドームの中に充満していた煙は薄くなっていて、影の正体がはっきりしてくる。

私よりよっぽど大きいその影は、頭から丸呑みにしようと、体格に見合う大きな口をこちらに向かって開いていた。


「うっ、わぁ…」


すっかり忘れてたけど、骨の親玉って爆発に巻き込まれてたんだね。

ぷすぷすと煙が出て、匂いは遮断されているのか焦げ臭さはないけど、肉がないからあんまり美味しそうに見えないな。


それにしても、こちらを食べるつもりなのか、歯科院で歯を見てもらうときみたいに大きな口を開け続けてるけど、顎は外れないのかと不安になる。

骨だけなのに、喉の奥が真っ暗で見えないのが不思議で、こっちはおもしろいけど。


「うひゃあっ」


骨の親玉に虫歯がないかとしみじみ観察してると、腕をヒンヤリしたものが掴んできて変な声が出た。


「何を騒いでいる」


いや、さすがにヒンヤリしたものは人の手だってわかってはいたけどさ。

…いや、魔王は“人”と称するかはわからないけど、急に触られたらびっくりします。


「驚いただけです」


「…腕を掴んだだけだが」


チラッと骨の親玉を見やってから、またこちらを向く魔王は、眉間に更に深いシワを刻んで不審そうな表情をした。

何やら言いたげだけど、その鋭い視線だけではわからない。

“目は口ほどにものを言う”とは言われるけど、魔王にはそれは当て嵌まらないようだ。


「驚いているなら、離れていろ」


そう言われたから、魔王から離れようとしたけど、何故か腕をぐいぐい引っ張られる。

ドームから引き離されて、少し残念に思いながらも黙って魔王に付いて行く。


「≪解除≫」


何の説明もないままドームから離れると、魔王はやっと言葉を口に出したが、その一言は説明じゃなかった。

シャボン玉でも割れるくらいにあっさりと壊れたのは、内部で爆発が起こっても大丈夫だったドームだ。


それが壊れたのなら、中にいた骨の親玉がどんな行動に出るかわからない。

そんな判断をしたかはわからないけど、さっき剣を構えてた男の人が緊張した面持ちでドームがあった場所に間合いを詰めた。


ドームがなくなったことで、匂いが遮断されなくなったから焦げた匂いが部屋に充満する。

焦げ臭さと緊張が充満する部屋で、まず動き出したのは骨の親玉だ。

大きく口を開けたまま、補食しようと剣を持った男の人に襲い掛かる。

男の人は素早く後ろに跳び退き、それを回避した。


「「≪火炎≫・≪球体≫・≪連打≫」」


次々に言葉を生み出す、男女の声。

のんびりした声はさっき段ボールが弾かれる前に聞いた男の人のもので、凛とした声は魔王を“長”と呼んだ女の人のものだ。


「「≪標準≫・≪配置≫」」


無数の火の玉が、二人の言葉が終わると同時に骨の親玉の周囲に現れた。

周囲が急に明るくなり、実はこの部屋は暗かったのだとはじめて知った。


「「≪てん≫」」

「待て」


続けようとした二人に、待ったを掛けたのは魔王。

言葉を遮るのは、失礼なことだよと、余程突っ込んでやろうかと思ったけど、彼の冷たい声がすぐに言葉を続けたからそれは止めといた。


「もう、必要ない」


宝石みたいにキレイだけど、無機質な瞳で魔王は視線を骨の親玉に向ける。

明るくなって、青紫色だとわかった魔王の瞳だけど、その珍しい色合いにちょっと興味が沸いた。

彼の青紫色に近いもの…ちょっと紫が濃いけどブルーベリーかな?

時期から外れてるけど、ブルーベリータルト食べたいな〜近くのケーキ屋だとタルトの上に、ギッチリ二段もブルーベリーが乗ってて、ジャムも掛かってるんたよ。


しかし暖かい時期のイメージあるブルーベリーだけど、青紫色に対して微妙に寒々しい印象があるのは、魔王のせいだと思う。

今だって、冷たい視線を向けてるし。


魔王の視線の先に目を向ければ、驚いたことに骨の親玉がゆっくりと倒れ伏すところだった。

骨だけとはいえ巨体が倒れると、すさまじい衝撃が地面を揺らす。

倒れ伏した骨の親玉は、倒れたときの衝撃に咆哮を上げることも、身体を起こして反撃することもなく、ただ伏したまま動くことはなかった。


この骨を倒したのって、剣を持った男の人なのかな、それとも魔王に止められた男女なのかな?

魔王の瞳の色を見て、美味しいタルトを思い出していたからまったく見てなかった。

絶叫とか聞こえなかったけど、魔王が制止する前に、何かしらの攻撃をしたのかもしれない。


「すごい…」


静かな空間に、女の人の呟きが落ちた。

可愛い感じの声は、段ボールを取りに走る前に制止してきた声と同じものだ。


「無詠唱ということですねぇ?」


「有り得ない、こんなに簡単に」


気の抜けそうな声と、凛とした声は困惑した様子だ。

何の話かは知らないけど、この状況で話してるってことは骨を倒したのは二人じゃないってことかな?

消去法からいって残りは、剣を持った男の人だけだ。

実は魔王が倒したって可能性も捨て切れないけど、ドームがなくなってからは“我関せず”って態度を崩さなかったからなぁ。


「まさか…魔女か?」


唖然とした声は、怒鳴ったときとは印象が違うせいでわからなかったけど、どうやら剣を持った男の人のものだったみたい。

いつの間にか火の玉がなくなり、再び暗くなったからよく見えないけど、こちらに視線を感じた。

それから逃れたくって、魔王から距離を置こうとするけど腕は離してもらえないし、視線も離れないばかりか何故か増えてる気がする。


…そもそも魔王は男の人に見えるけど、実際は女の人なの?

ゆったりしてるずるずるした服のせいでわからないけど、筋肉質な女の人なのかもしれない。

服をよく見たら、体育館のステージに使われてるカーテンみたいな厚手の生地で出来たワンピースみたいだし、男の人の割りにうっとうしいくらい髪だって長い。

世の中には、ボーイッシュな人だっているしうん、きっと女の人だ。


「何を勘違いしているのか知らんが、魔女というのはお前のことだ」


ん?魔王が何か言ってるけど『お前』って誰?

剣を持ったまま近付いて来た男の人は、指を指してくるけどそれって失礼だからっ!

…って、あれ?

人差し指を自分に向けてみれば、魔王と男の人は揃って頷いた。


「私のこと?」



タルト【仏語】

①生地を皿状の焼き型に敷き、イチゴやモモなどの果物やアーモンドなどのナッツ類を上に並べた菓子。旬の果物を使って毎月違うタルトを出す店もある。

②登場人物の一人。まだ、登場予定はない。

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