【続ク日々】神霊祭ノ魔物(10月31日活動報告の加筆)
「すごいっ!あれ、なんですかっ!?」
興奮気味に言えば、指を差した先を見た魔王はこともなしに答えてくれた。
「シトルイユだ」
たぶん、あの物体の名前を言ってるんだと思うけど、いやいや違うから。
「いえ、あれを何に使うためにやっているのか理由を知りたいのですか」
我々の視線の先には、やたらと大きな真っ赤な色をした物体。
固そうな皮をしたそれは日本でも見たことがあるもので、十月頃に加工した姿を見る野菜だ。
プリンやらタルト、ロールケーキにも使われ、でも煮付けは我が家では甘過ぎて不人気な哀れな野菜、その名も“カボチャ”!
色と名前違いのそれは目の前で、どんどん形を変えていく。
「あれは、この月の終わりに行われる神霊祭に使われるものだ」
魔王によれば神霊祭とは、お盆とハロウィンをミックスしたみたいな行事みたいだ。
『神霊』は幽霊だけのことじゃなくて、魔物も指す。
地上と天上・地底を隔てる門が開いて、さまざまな者たちが溢れ返る。
その者たちは生きる者たちを拐って、自分たちの仲間にするんだって。
誘拐恐い、ガタブル。
それを防ぐために、男の人はカノジョや奥さん、子どもに似せて彫ったカボチャもどきを用意して、それを身代わりにする。
逆に女の人は、男の人が彫ったときに出た中身と小麦粉をこねて茹でたニョッキもどきを夕食に出して神霊が近付かないようにするんだって。
赤は火の色を連想し、神霊は穢れを払う火を嫌うために真っ赤な色をしたカボチャもどきが火の代わりをするってことだ。
なるほど、馬車の窓から見える光景は、大事な人を守るためにカボチャもどきを彫ってる姿なんだね。
納得しました。
「ただいまです!…って、ウアラさん?」
「お帰りなさいませ。このような姿で、失礼いたします」
「気にするな」
気にするよっ!
ウアラネージュが腕捲りしてる姿じゃなくて、気になるのは彼が彫ってるカボチャもどきのことだ。
神霊祭のことを聞いた後じゃなくてもわかる、カボチャもどきに彫られてるのは一人の女の人。
もしかしてこの人は、ウアラネージュの…!
「娘です」
想像してたのとは違うけど、十分びっくりな事実だ。
娘いたんだ、知らなかったよ!
「いいえ、私の娘よ〜ウアラさんは、父親代わり」
オムレットのっ!?
言われてみれば、なんとなくオムレットに似てる気がするけど、つまりどういうこと?
「娘が生まれたばかりの頃に、夫が亡くなってねぇ。途方に暮れてたら、前の女主人にここを紹介されたの。それで旦那様に拾ってもらって、ここで娘を育てて…旦那様だけじゃなくて、ウアラさんには特にお世話になったわ。娘なんて、父のように慕っててねぇ」
「こんな爺に、うれしいことです」
ウアラネージュは、オムレットの言葉ににこにこしてる。
『父』のところが特に、嬉しそうに見えた。
「では父親代わりの最後の仕事として、頑張るとしましょうか」
『最後』というのはオムレットの娘は今度結婚するらしく、つまり父親が子どもの顔を彫るのが最後という意味だ。
その役目は父親からバトンタッチされ、今度からは夫が引き継ぐんだね。
「今さら、実父に連れて行かせませんよ」
笑うウアラネージュだけど、まとうオーラが主人並みに黒いのは見なかったフリをした。
塔でカボチャの中身をモンブランに渡すブラウニー、プリンに渡すホットを壁の陰から某家政婦みたいに『見たわよ』と思ってたら、二人は他の魔術師たちからも回収してた。
どうやら二人は、中身の回収担当みたいだ。
ブラウニーの顔が引きつってたのは気になるけど、ヤツなら他の女の人にも同じようにやってるよね、きっと。
カボチャもどきの中身をいいな〜と、指をくわえて見てたら魔王が、モンブランたちからもらってきたのか中身をくれた、わーい!
これで、お菓子を作るぞっ!
「そういえば、この国のハロウィンは結構地味ですね」
馬車を止めてもらって、市場を見つつの会話だ。
めずらしく一緒に帰れる日だったから、買うものは特にないけど馬車を止めてもらって徒歩で市場の商品を冷やかす。
魔王も無言で同行してくれて…もしかして、それってまだ一人の外出禁止が解けてないせい?
…ま、まあともかく、二人で市場を見て歩いてるんだけど人が溢れ返ってるわりにハロウィン風の飾り気がない。
しいていうなら、店頭に飾られてるカボチャもどきの彫り物がそれっぽいぐらいだ。
「カボチャお化けやコウモリやら、オレンジや黒の飾りが飾られてて、子どもたちが魔物の仮装をして練り歩くんですよ」
「ほお。なんでまた、そのようなことを?」
人込みの中、あっぷあっぷしながら進む。
魔王の姿は見えないけど、楽しそうな声が問い掛けてきた。
「魔物に見つからないように、同じような格好をして彼らに混ざるためです。まあ、それよりもメインは『お菓子かイタズラか』ですけど」
有名な『Trick or Treat!』だね。
その魔法の呪文を唱えて、お菓子を奪うことしか考えてなかったけどなんでお菓子なんだろう?
「『オカシ』?」
「はい。今日は夕食後に、もらったカボチャもどきを使ったものを出しますよ」
「ふぅん?」
ん?
人込みを抜けて、不意に沸いた疑問に立ち止まる。
いや確かに、お菓子の件も気になるけど、今は違うことが気に掛かった。
…魔王って、楽しそうな声って出したことあったっけ?
こんな口調で、しゃべってたっけ?
もっと淡々と、感情の起伏がないようなしゃべり方だったんじゃない?
声の感じは似てた気がするから、平気で返事をしてたけど得体の知れない不安が襲ってくる。
馬車から降りて、隣を歩いてたのは人込みに入る前まで確認してたけど、そこから抜け出た今はどうなの?
「どうした?」
クスクス笑う声に、勢いよく振り返る。
そこにいたのは、魔王によく似た…でも違う男の人だった。
よく焼けた焼き菓子みたいなきつね色の髪は短く、ブルーベリーみたいな濃い青い目をしたその人は、魔王が浮かべることのないニヤニヤした顔をしてこちらを見下ろしていた。
「『とりっくおあとりーと』と言えば、『オカシ』とやらがもらえて、イタズラもしていいのか?」
魔王の色違いは、なんか勘違いしたことを言いながらイヤミなくらいに長い足を軽く曲げて、こちらに顔を近付けてくる。
ちっ、近い!
「ならばまず、イタズラをしようか」
青い目を細めてこちらを覗き込んでくる彼との距離が、徐々に近付いてくる。
私は私で、図らずもハロウィンに現れた存在に驚いて、硬直していたけど腕を掴まれることでハッと正気に戻って叫ぶ。
「魔王のドッペルゲンガーだああぁぁっ!!」
ドッペルゲンガーとは、自分と同じ姿をした分身のことらしい。
同じ時間に存在するソレと遭遇しちゃうと、死んでしまうという。
マズイ、魔王は大丈夫かっ!?
バチッ
「……っ!」
「うえっ!?」
叫んだ瞬間、腕を掴んでる男の人の手が静電気が走ったときみたいなすごい音を立てる。
びっくりして変な声を出しちゃったけど、痛そうな相手とは逆にぜんぜん痛くない。
男の人の方は、とっさに手を離してあんなに近かったのに一気に距離を取った。
「ふむ…」
痛いのか、手をぷらぷら振っていたその人は、何やら考え込む素振りを見せる。
しばらく考えたあと、納得する答えが出たのか一つ頷いて呟いた。
「神霊祭のシトルイユに魔術を…。ずいぶん…執心して……だな」
ブツブツ言ってるけど、よく聞き取れない。
一人で納得してないでさー、説明してよ。
「サトっ!!」
あっ、魔王が人込みを抜けてこっちに向かって来る。
ヤバいっ!ドッペルゲンガーを見たら、魔王は死んじゃうかもしれないんだ!!
「まお…じゃなかった師団長、こっちに来な」
早っ!!
言い終わらないうちにたどり着いた魔王は、私の全身を確認してケガの有無を見る。
ケガのないのを確認した彼は、安堵の息を吐いてからこちらに改めて視線を向けた。
「なにがあった」
「まお…じゃなくて師団長のドッペルゲンガーがいたんですよっ!」
「どっぺるげんがー?」
「そこにいる、色違いの師団長のことです!」
「誰もいないが」
「へっ?」
慌てて振り向くけど、そこにはあの男の人はいなくなっていた。
えっ…いつの間に。
「なにがあったのか、屋敷に戻ったら聞く。これがなかったら、危険だったかもしれない」
『これ』って言って差し出されたのは、真っ赤な顔を陥没させた女の子で…。
「ギャーッ!スプラッター!?」
しかもよく見れば、魔王のローブにも真っ赤な液体が飛び散ってて恐ろしいことに。
ひいいぃぃ〜見ていないときに、魔王らしく神霊祭を堪能してたなんて、なんて恐ろしいことを!
「よく見ろ。これはシトルイユで…聞いていないな」
ため息を吐く魔王とは裏腹に、まったくハロウィンを堪能することなく、悲鳴を上げて過ごす私であった。
「白昼堂々、暗殺騒ぎがあったそうです。ブラウニー様の父君であられる、騎士団団長がことの収拾をしたとのこと」
夕食のパンプキンニョッキもどきを食べ終え、四人でカボチャタルトを食べてるときにウアラネージュがそう魔王に報告した。
いつも思うけど、屋敷にいてどこから情報を得てるんだろう、この白執事は。
「あっ、そこって今日行った場所の近くです」
時間帯はわからないけど、もしかしたら巻き込まれてたかもしれない。
神霊祭で人も多かった場所だけに、物騒だ。
「おや、お二人で市場で買い物ですか?」
屋敷にいた二人に、今日体験した不思議なことを話す。
ドッペルゲンガーが存在するのに、どんなのか知らない三人にしっかり説明しといた。
「ドッペルゲンガーに会えば、死んじゃうんですよっ!!」
「それは大変です、旦那様!急いでお世継ぎを作らなくてはっ!!」
いたっ、痛いって、オムレット。
なんでグイグイ魔王の方へ押し出すの?
堪え切れずにバランスを崩して、思わず魔王の胸の飛び込んじゃったじゃないか。
固い胸板に鼻を打ち付けて、低い鼻が余計に低くなったらどーするの。
そんな心配をしてたら魔王の呆れたようなため息が、頭上から降ってきた。
はいはい、すぐにどきますよーだ!
「そうそう。そのドッペルゲンガーに、イタズラされそうになったんです」
「ほう…」
嬉々とした様子だったことを思い出し、結局はされなかったイタズラのことを考えてみる。
「噛みつかれるとか?鼻に」
顔が近かったし。
ん?魔王のオーラが真っ黒になってきたけど、なんで?
「次にどっぺるとやらが現れたら、すぐに私を呼べ」
えー、そしたら魔王は死んじゃうかもだよ?
「どっぺるを殺せば、この顔は一つだけになろう」
いや、そうだけどさぁ…物騒な解決法だ。
ウアラネージュも『うんうん』と、頷いてるし。
その後、その色違い魔王と王宮に飾られてる絵の中で再会することになるんだけど、カボチャタルトを頬張るこのときの私は気付くことはなかった。




