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セクハラじゃないんだからねっ!

「私はミルフィーユ・ラ・シス・サントノーレ。親衛隊の副隊長をしている」


オスカル様ことミルフィーユが、そう名乗ってくれた。

ふむ、名乗るという礼儀を自分から果たしてくれたのは、ウアラネージュとオムレット以来じゃないかな。


でも、それだけで知り合いになったと思っちゃいけないよ!

手負いの獣並の警戒心を持って、対応させてもらうぞ。

怪しい動きをしないかと、警戒心も露に睨み続ければミルフィーユは再び苦笑して両手を広げてみせた。

敵意はないってこと?


「師団長が遺跡調査をした日に、連れて帰ってきた子だろう?私のこと、覚えていない?」


遺跡調査?

あの骨もどきがいた、あそこのことかな。

それに『連れて帰って(・・・)きた』と言ってるから、彼女が言ってることが正しければ王都で会った人だと思うけど…。


「ブラウニーは、私の部下だ」


え…と、あぁ〜!?

思い出した、関所を抜けたとこでブラウニーの耳を引っ張ってドナドナした女の人だ!!

あのときは、ブラウニーが着てるのと同じ制服を着てたし、髪型も違うからわからなかったよ。


やっと思い出したのを感じ取ったミルフィーユは、ホッとした顔をする。


「思い出してもらえたようで、よかった。これで、安心してもらえたか?」


「はい!」


元気よく頷けば、今度は凛々しい眉を下げて複雑そうな表情をする。

なんでさ?


「…いくら知人の上官でも、少し疑うべきだぞ」


重々しく忠告するミルフィーユ。

うん、結局はどうしろと?


腑に落ちない気分ながらも、ミルフィーユは信用していい人だと判断して、警戒を解く。

ミルフィーユは複雑そうな表情をしてるけど、とりあえず私を探してる人がいるんだよね?


「待たせて大丈夫なのですか?」


「あぁ、そうだったなぁ…」


小声で『叔父上も大変だな』と呟くのが耳に入ってきたけど、よくわからないから聞かなかったことにした。


さて、ミルフィーユがいう『叔父上』と『ムラング子爵』は相変わらずわからない。

だけどたぶん、もう少ししたらわかるだろう。

ミルフィーユに促されて、部屋を出る。

なんの心の準備もしないでドアを開けると、出てすぐのところに無言で立っていたのは恐い顔のー…。


「ムラング子爵」


「ミルフィーユデンカ、申し訳ございません」


びびびびっくりした!

無言で立っていた強面の男の人は、ロッシェだ。

ミルフィーユは平然としてるけど、いるとは思ってなかったこっちは、突然現れた大きな姿にのけ反る。

そして悪いことに、廊下掃除担当の執念が込もってるとしか思えない、ツルツルの床に足を取れる事態となってしまう。


「あわわわわっ!」


慌てて体勢を立て直そうとするけど、余計に滑ってそれも叶わず。

『うわっ、倒れる』と思った瞬間、横から手を差し出されて思わずそれにすがった。


「大丈夫か?」


言葉少なげに聞いてくるのは、手の主であるロッシェだ。

人一人支えてるにも関わらず、揺らぐことはない。

腕一本で支えてるのに!


「大丈夫です。ありがとうございます」


滑る床に気を付けながら、両足できちんと立ちながらお礼を言う。

ロッシェが無言で頷くのを確認した後、落とした視線の先にあった掴んだままの手を、しみじみと目の前まで持ってきて観察してみる。


自分の指よりも、ずっと大きな手はグローブみたいだ。

骨っぽいごつごつした指に、指の付け根に何度も出来て固くなったタコがあった。

他人の手を簡単に潰せてしまいそうな、ロッシェの大きな手を強く握ってみるけど、急にビクッとなってすぐに離れていった。

もうちょっと観察したかったのに、残念だな。

まあ仕方ないか、代わりにミルフィーユの手を見よう。


ミルフィーユの手を取ると、彼女は特別驚くことなく好きにさせてくれる。

彼女の手は、ロッシェに比べれば大きくないものの私の手に比べれば大人と子どもの違いが歴然とするくらいは違う。

それに、さっきのメイドさんたちとも違った。


短く切り揃えられた爪は少しいびつな形で、手の甲は細かな傷が無数に付いている。

手のひらの方は、やっぱり指の付け根が固くなっていて、そこはロッシェと同じだ。

きっとこれが、ある意味騎士の証みたいなものなのかもしれない。


「私の手は、令嬢方のように美しくないぞ?」


手を取ったときは平気だったのに、今になってミルフィーユは困ったような顔をしてる。

ベタベタ触り過ぎかもしれないと、慌てて手を離したら彼女は不思議そうな表情でこちらの手を見ていた。

なんだろう、汗でもかいてたのかな。


「でも、誰かを護るカッコいい手ですよ」


騎士って身近な感じはしないけど、ミルフィーユの努力の跡が残る手は本当にカッコいいと思う。

ロッシェもそうだろうけど、傷やマメを作ってまで人を護るために努力を重ねるって並大抵じゃないよ。


本気でそう思ってるのに、言葉が足りないからかミルフィーユは首をゆるく振った。


「…カッコよくなど、ないさ。不純で、こんな自分がイヤになる」


…あぁ、彼女はこちらを否定したわけじゃない。

ただ自分に対して、自嘲しただけだった。




両脇をミルフィーユ、ロッシェと騎士に囲まれるというVIP待遇を受けつつ移動する。

あっ、ロッシェは元騎士か。


「先程のボルド伯爵令嬢のことは、気にしないでほしい」


突然、なんなのかと一瞬だけ考え込んだ。

ボルド伯爵令嬢って誰かと思ったら、メイドさん一号か。


「何故、ミルフィーユ様が謝るのですか?」


身内や友だちならまだわかるけど、お互いの呼び方や態度からそれは違うと思う。

だってヤダよ、『令嬢』やら『ナニナニ様』って呼び合う友だちって。

まあ、ミルフィーユも有名人みたいだし、シャルロット自身や彼女の身内もそうみたいだから、実は知り合いってこともあるかもしれないけどさ。


結構、自分ではまっとうな質問をしたつもりだったけど、ミルフィーユにとってはそうじゃなかったらしい。

顔を伺い見れば、彼女は曖昧な表情を浮かべていた。


「身内…だからだ」


ふ〜ん?だったら、断言すればいいのに、なんで言葉を曖昧に濁すんだろ?

ロッシェはちらっとミルフィーユを見るけど、なにも言わないし。

なんか言いたいなら、コメントしてよ。


「そうですか。それでしたら次回から自慢は控えめに、と伝えておいて下さい」


イヤミじゃないよ?

それに身内のミルフィーユに中を頼んだ方が角が立たないって、打算もないからね?


たださ〜、『常識知らず』って言われるかもしれないけど知らない人間もいるわけだから、まずは聞かれたことを話してほしいわけよ。

有名な叔母や、叔父の話をする前にさ。


「自慢?」


「えぇ、先代国王陛下のチョーアイを受けた叔母さんやら、なにかをやり遂げた叔父さんやらの話を少々」


いや、本当にイヤミじゃないからね?

聞かれたから、答えただけだから!

告げ口っぽいかも…とか、ちょっとは思ったけどさ。

話はうろ覚えです。


「先代の陛下からの寵愛…?ババ様のまちが」

「ムラング子爵っ!」


ミルフィーユの勢いに、ロッシェは言葉の続きをつぐみ、私はその横でビクッとなった。

びっくりした〜、ミルフィーユは突然どうしたんだろう?


「憶測で物を言うな」


「しかし、有名な話です。男児を二人以上お産みになったのは、王后様の他には寵愛を受けていたー…」

「聞こえなかったか?」


誰かに似たヒンヤリした声に、聞いてたこっちがひやっとしたよ!

やめて、ロッシェ!

ブラウニーから『上官に対してもはっきり物を言う』って聞いてたけど、これは違うんじゃないのっ!?

ババ様って、おばあちゃん?って聞きたかったけど、そんな雰囲気じゃないよね!


ロッシェもさすがに、今度こそ口を閉じたみたい。

それでも悪くなった空気はそのままで、ここはなんとか話題を変えなくちゃいけないと、最初に話題を振った側として頑張って考えたのがコレ。


「とととところで、ムラング子爵ってロッシェさんのことですか!?」


『いまさら?』なんて反論は受け付けないよ、それしか思い浮かばなかったんだから!

すっごく吃ったこちらのことも、いまさらな質問にも突っ込みはなく、それにミルフィーユはロッシェを見て不思議そうに首を傾げつつも頷いた。


ミルフィーユが言う『ムラング子爵』が誰かと思いきや、出会ってすぐのロッシェが探してくれてたなんて思いもよらなかったんだよ。

呆れたような吐息を吐くミルフィーユに、心の中だけで言い訳をしてみる。


「なんだ、自己紹介もまだなのか」


「あ〜、私は名乗りましたよ?」


偽名だということは、ナイショだけどね。

ロッシェの方は、確かに名乗ってなかったと思う。

ブラウニーからも名前は聞いてたけど、名字は言ってなかったから知らなかったんだ。


フォローさせてもらうと、嘆願書にはフルネームで書いてあっただろうから、魔王は知っていてロッシェに名乗る間を与えなかったんだと思う。

だからミルフィーユ、そんな非難の眼差しを向けないであげて。


「名乗らずにすまなかった。俺はロッシェ・ムラングという」


ロッシェもマジメに、ミルフィーユに言われてすぐに名乗ってくれる。

うん、だけど本当に名乗るだけとは思わなかったよ。

別にお見合いみたいに、趣味を聞きたいとか、そういうわけじゃないけどさ。


「私はシュガーです。まお…じゃなかった、師師団長のところでお世話になってます」


一応、お返しに自己紹介しとく。

さっき執務室でしたのに、一言だけ付け加えてみた。


「他に聞きたいことはあるか?」


「…ご趣味は?」


うわー、これじゃあ完璧に見合いじゃんか!

ミルフィーユの問い掛けに、なにも聞かないのも悪いかと思ってたんだけど、さすがにロッシェも答えないかな〜…。


「鍛練と素振りだ」


答えてくれるんだっ!?

ノリがいいな、意外に。

でもそれって、職業病じゃないの?


そんなことを考えてると、ミルフィーユとロッシェの視線がこちらを向く。

えっ、もしかしてこっちの返し待ち?

ど、どんなことを言えばいいの!?

『結構な趣味ですね、ホホホッ』でいいのかなっ!?


「結構なしゅ」

「へっ?見合いしてんの?おもしろそ〜」


聞き覚えがある声が、楽しげに遮ってくる。


さっき流れてた重い空気は、確かになくなった。

だけど変わりに、面倒な相手に勘違いされちゃったみたいだな…はぁ。



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