女子が三人寄れば、騒がしい
「うぎゃっ」
思わず出た悲鳴を聞いた女の子たちは、一斉に眉をひそめた。
「まあ、なんて下品な悲鳴」
「だから、下賤な者はイヤなのよ」
「本当、身分のいやしさが表れているわよね」
ムカッ
いきなり、なんなんだよ。
ブラウニーを探しに廊下を爆走してたら、いきなり腕を掴まれてどこかの部屋に引きずり込まれた。
事件の真相に近付いた名探偵を亡き者にしようとする犯人かと身構えたら、そこにいたのはメイドさんが三人。
あれ、想像とぜんぜん違う…と、気を抜いたのは間違いだった。
彼女たちは小柄で、身長はみんなどっこいどっこいで大して変わらないんだけど、態度がひたすら大きい。
それに加えて、こちらに対する態度があれだ。
完全な上から目線かつ、こちらを見下している。
某電気街のにわかメイドさんだって愛想がいいのに、本物がこんな態度が悪いってどーいうこと?
実物はオムレットしか知らないけど、彼女は献身的に世話をしてくれたからてっきりメイドさんってそういうことをしてくれる人かと思ってた。
だけどこの三人は、にわかレベルを越えてる。
むしろ、世話をされる方なにかしらの失敗をされそうで恐いくらいだ。
そんなメイドさんたちは、強引にラチった存在ムシして自分らだけでひそひそと話し出す。
えー、そんな風に仲間外れにするんだったら、こんなところに連れてこないでよ。
本当に、なにからなにまで失礼な子たちだな。
『親の顔が見てみたい』って、こんなときに使う言葉なんだと実感してしまった。
ひそひそ話が終わったらしい三人は、こちらを品定めでもするかのように上から下まで確認したあと。
服を見て鼻をならしてから、左側にいるメイドさん三号(命名)が口を開いた。
「名はなんというのかしら?」
「さ…」
間違えた、偽名を名乗るんだっけ。
「しゅ」
「下々の名など、興味がないわ」
真ん中のリーダー格がそう言うと、両サイドの二人が口々に『そうですわね!』と、賛同する。
おい、左のメイドもどき、あんたが聞いたんでしょうが。
それにさぁ、名乗りを上げてる間は古今東西、攻撃は禁止なんだよ。
この場合は、“口撃”だけど。
「そういうあなた方こそ、どこの誰ですか」
ちょっと苛立つ気持ちのまま、攻撃的な口調で問い掛ける。
だって普通、相手の名前を聞くならまず、自分から名乗るものでしょう?
まあ、魔術師なら話は別だけどそれって礼儀だと思う。
だけど、あいにく彼女らには通じない。
「まああっ!わたくしを知らないと言うの!?」
えっ、知らないといけない人なの?
きょとんとしてると、大げさなくらいに彼女らは騒ぎ出す。
「まあ、どこの田舎から出てきたのでしょう?」
「田舎者は学がないから、王都の常識など知らないのよ」
「まだ幼いのに、可哀想なこと!」
どんな偏見だよ。
むしろバカにしたようなくすくす笑いをする、あんたたちの方が非常識だ。
あと、だいたい同じ年ぐらいだから幼くない。
「仕方ありませんわ。可哀想な田舎者のために、わたくしが名乗ってあげましてよ」
両脇の二人が『お優しい』やら『さすがです!』やら言ってるけど、もしかして劇団員の人たちなの?
ものすごく仕草が大げさで、芝居掛かってんだけど。
両脇の二人にやんややんやされて気分がとっても良いらしいリーダー格は、腰に手を当ててもう片方は口許に持ってきて、いわゆるお嬢様の高笑いを披露しながら声も高々に名乗りを上げる。
「おーほほほほっ。感謝なさい!わたくしは、先の国王陛下の寵愛を受けた妃を叔母に持ちーーー」
自分じゃないのかよっ!
自慢気に語り続けるんだけど、聞くのが面倒になってきて以下、割愛。
だってさ〜、正直覚えてらんないよ。聞いたのはリーダー格の女の子の名前なのに、叔母の○○とか、叔父の××とか、今は関係ない人の名前ばかり出てきて覚えきれない。
両脇の二人は、それを嬉々と聞いてるけど、本当に聞いてるのか謎だ。
だって、つまらないし。
お菓子の作り方なら、どんなに長くても聞いてられるけどな〜
いいやもう、『名乗ってる間は攻撃禁止』を最初に破ったのは、向こうの方だし。
「父は有翼族との交流を」
「それで、なんの用ですか?」
その瞬間の、彼女の顔ときたら!
ブーイングの嵐だったけど、スルーしとく。
こっちだって忙しいんだよ、ココアいれたりココアいれたり。
「まっ、まあ、田舎者が不作法なのは仕方ないですわね。わたくしは寛大ですから、許してさしあげますわ」
別にそんなに上から目線なら、許してくれなくてもいいです。
もちろん気弱な私は、なにも言わないけど。
リーダー格は、気持ちを落ち着かせるためか咳払いを一つして本題に入る。
「サヴァラン様のお屋敷に、図々しくも居座っている魔女はどんな女ですの?」
へっ?
『サヴァラン』ってのは、聞き慣れないけど魔王のことだよね?
それに『図々しくも居座っている』、『魔女』のことを聞きたいって…。
リーダー格の女の子は、親指の爪を噛みながらイライラした様子で続ける。
「サヴァラン様の迷惑を考えられないのよ、その魔女。噂では、その女がまるでサヴァラン様の恋人か妻のように振る舞っているらしいじゃない。たかがめずらしいというだけの魔女ってだけで、なにを勘違いしているのかしら!」
イライラし続けるリーダー格と、それに同調する二人。
「忌々しいですわっ!」
「ほんと、ほんと!」
「何様のつもりかしらねぇ!」
キレイにマニキュアが施された爪が、噛んだせいでボロボロになっている。
彼女らが着てるのはメイド服だけど、その手は手入れがきちんとされていて、とてもメイドをしてるとは思えないほどツルツルすべすべだ。
手荒とは無縁そうな手でこの子らは、どんな仕事してんだろう。
…なんて、ちょっと現実逃避してみたけど変な汗が止まりませんっ!
突っ込みたいことはただあるどころか、ほぼ『突っ込み待ちだよね?』と聞きたくなるようなことを言われてる。
しかし突っ込むなんて、無謀なマネは出来ない。
そんなことをしたらキレイに手入れされた爪か、そんな爪を噛み切る歯か、とにかく恐ろしい凶器がこちらに襲い掛かるだろう。
おっ、恐ろしい…。
「あなた、サヴァラン様の侍従なのでしょう?先程、執務室から出てくるのを見たのよ」
あぁっ!さっき出てきたときに、ぶつかりそうになったメイドさんってリーダーだったんだ?
気付かなかったよ、慌てててろくに見てなかったし。
「えーとぉ…」
「しらばっくれるつもり!」
ある意味、しらばっくれるつもりです。
いやだって、『噂の魔女は私です』なんて言ったらどんな目に遭わせられることやら。
全力で『魔女』の部分を否定したいところだけど、彼女たちが気にしてる箇所はそこじゃなくて魔王の世話になってる女なんだろう。
だったら、事実無根だと言い張っても怒りが収まるとは考えられない。
今日の服を『本日は侍従をイメージしてみたの』と言って、用意してくれたオムレットには感謝だ。
「さっさと話なさい!」
「そうよそうよ!」
「庇い立てするつもり!?」
庇い立てもなにも、今あなたたちの前にいるよ。
も〜、面倒だな。
強行突破でもしようかと考えていると、メイドさん二号(右)が手に持ってるブツを目敏く見付けた。
「貸しなさい!」
「えっ、ちょっと!」
手に持ってるブツ…それは、いれてこようと思ってたココアだ。
純ココアといって、砂糖が一切入ってないそれは製菓用で、袋のままだとあれだからと、少量をオムレットにもらった瓶に移し変えて持ち歩いてた。
それをメイドさん二号(右)が奪って、メイドさん三号(左)に渡す。
慌てて取り戻そうと手を伸ばすけど、あと一歩のところでメイドさん一号に渡ってしまう。
「…見慣れないものね。なにかしら?」
しげしげと、だけどちょっと眉間にシワを寄せて考えてた彼女は、ハッと気付く。
「これはまさか、魔女が作ったという不思議な食べ物っ!?」
正確にいえば作ったわけじゃないし、ごくフツーに手に入るココアパウダーで不思議なものじゃないし、あと食べ物じゃなくて強いていうなら飲み物だ。
汚いものじゃないから、そんな親指と人差し指で挟んでこわごわ持たなくても大丈夫だよ。
「返して下さい!それはまお…じゃなくて、師団長たちに出すためのものなんです!」
どうも魔王に弱いらしいメイドさんたち。
こういえば返してくれると思いきや、届きそうだったココアはまた三人の間を行ったり来たりする。
ちょっ、あんたらいじめっ子かっ!?
メイド二号、三号を経て、一号の手に渡ったココア。
リーダー格はココアの入った瓶をつまみ、胸を張って大して身長差がない私を見下ろしながら理不尽な要求をしてきた。
「返してほしいのなら、魔女を追い出すための手助けをなさい!どこの誰だかわからない女など、サヴァラン様に相応しくないわっ!!」