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迷探偵は爆走する

「…と、いう風に加工していただきたいのです」


魔王に説明したのと同じようなことを、ロッシェにも話す。

彼は口を挟むことなく、真面目にときおり相槌を打ちつつ聞いてくれた。

顔は強面で、魔王とは違う意味で恐い顔をしてるけど、こんな見ず知らずの子どもの言うことを真剣に聞いてくれる良い人みたいだ。

まあそれも、魔王のおかげだろうけどさ。


「我が領地でも乾燥はさせてみましたが、彼が言うようなものは出来ませんでした。正直、どのような状態になるのか見当も着きません」


魔王に比べれば比較的に浅いシワを眉間に刻みながら、ロッシェは素直にそう言う。

そりゃそうだろう、魔王を介してとはいえいきなり魔術師以外の子どもから、そんなことを言われて『はい、そうですね』な〜んて、信用してはもらえないよね。

しかも、自分たちですでに手を加えたことがあるのに、ポッと出の子どもがなんで食用に出来るってわかるのかと疑問視してるんだ。

つまり信用度はゼロ、完璧に疑われてます。

あと、『彼』ではない。


「乾燥させる前に、発酵させるんですよ」


「ワインのように?」


疑いの眼差しが痛い。

ここって、食べ物を発酵させないのかなぁ。

チーズはあったはずだけど…やっぱりあれか、信用の問題か?


会ってすぐにどうこう出来ないことに悩んでいると、魔王が斜め前から胸の前辺りに手を置いた。

ゴツゴツした大きな手は、手のひらをこちらに向いていてまるで『待て』といってるみたいだ。


「ワインを貯蔵するような冷暗所や、特別な設備も必要はない。ひとまず、空いている場所で試験的に行いたい」


「試験的に、ですか」


こちらにしゃべる意思がないとわかると、魔王の手は下ろされて完全にロッシェへと意識を集中する。

どうやら、これ以上の話しは魔王がしてくれるみたいだ。

まあ、簡単な説明以外は私ではダメだろうな。

魔王相手だと、半信半疑ながらもちゃんと聞いてるし。


うーん…しばらく二人の話し合いを聞いていたんだけど、ヒマで仕方ない。

眉間にシワを寄せた男が二人、小難しい話をしているのを見続けるのってなんだかなぁ。

一応、イスを魔王の斜め後ろに用意してもらってあって、ずっと座ってるんだけど足をぷらぷらさせるぐらいしかやることがない。

二人の低い声が淡々と話すのを聞いてると、だんだんとねむ…く。

いやいや、ここで寝ちゃマズイか。

チョコレートとココアのために、魔王がロッシェと話してくれていることを思い出しながら首を振ってなんとか眠気を飛ばす。

このまま座ってたら、居眠りしそうで慌てて立ち上がって大きく延びをした。


そうだ、ちょうど立ったんだから飲み物でも用意してこようか。

屋敷にいる間、オムレットに紅茶のいれ方を教わってるんだ。

ティーポットやカップなんて、どうせお湯をいれるから温めなくていいと思ってたけどとんでもないっ!

オムレットに正式なやり方でいれてもらって気付いたけど、やっぱり手順を間違いなく踏んだものの方がずっとおいしい。

まだ、魔王には一口ぐらいしか飲んでもらってないけど、まあ要練習だ。

ヤツは『マズイ』の一言で、人がせっかくいれた紅茶を捨ててしまうんだよ!

まったく、いつか絶対に『うまいっ!』って言わせてやるんだから。


ロッシェと一瞬、目が合った。

すぐに彼は魔王へと視線を戻したけど、それをきっかけに思い付く。

そうだ、紅茶じゃなくてどうせならココアをいれて持ってこよう。


話を真面目に聞いてるロッシェだけど、やっぱり困惑顔だからね〜

実物を見たり実際に飲んでみたりしたら、ロッシェも想像しやすいだろうし。


めずらしく長文を話してる魔王の話の腰を折るわけにはいかないから、こっそり抜き足差し足で移動して続きの間に行く。

なんで一人用の執務室なのに、わざわざ二部屋にしてる意味がわからなかったけど、それが功をそうした。

さすがに、同じ部屋のドアを開け閉めしたら気付かれたとは思うよ。

でもドアで隔てられてない続きの間になら、知られずに向かうことが出来た。


執務室もこの部屋からもお互いに見えないものの、続きの間にはソファーがあって座って休めるようになっているんだけど、そこでブラウニーが待ってる。

魔王からロッシェが来ると聞かされたあと、ブラウニーがやって来て色々教えてくれたのだ。

『元騎士』だとか『上官に対してもはっきりと物を言う』という、必要なのかまったくわからないような情報も彼からもらった。

まあ、前情報なしでロッシェに会ってたら強面にびっくりしてたかもしれないかな?


そんな彼はロッシェが来るまで執務室にいて、会ってる間はこの部屋で待ってると言っていた。

一人で出掛けるのは禁止されてるけど、ブラウニーと一緒なら大丈夫だよね。

ブラウニー、ヒマそうだし。


「ブラウニーさん、ちょっと手を」


『貸して』という一言は、口の中で消えた。

だって、座っていたはずのソファーには姿形もない。

しばらく腕を組んで考えて、一つ頷いてから気合いを入れる。


ソファーの後ろ、植木の陰、本棚の後ろ、テーブルの下、テーブルの上に置いてある器の中を探してみる。


「あっ、角砂糖」


この世界(ピエスモンテ)唯一の甘味が、こんなところに。

ここって仕事するところ…ブラウニーへのお茶請けとか?

魔王の屋敷にお世話になるようになった頃も、ウアラネージュやオムレットが準備してくれてたんだよね。

自分で作ったのを二人に食べてもらったら、それ以降は出てこなくなったけど。

ふふんっ、あんたの天下もこれまでなんだからねっ!


角砂糖にケンカを売るという、不毛なことをしつつ器のフタを閉める。

うん、ここにもブラウニーはいない。

あと探してないのは、絵の裏…と考えていて不意にテーブルの上に視線を落とす。

すると、いかにも走り書きっていう感じの文字がちぎった紙に書いて、テーブルに置いてあった。

いつの間に。


「えーと、なになに」


犯人(ブラウニー)が残したダイイングメッセージ(走り書き)を読み解いていく。


「『行ク、呼ビ出ス、スグ、戻ル、待ツ、閉ジ込メル』何故、片言なの?」


しかも最後の『閉ジ込メル』って、なにそれ恐い。

ハッ、まさかブラウニーはなんらかの事件に巻き込まれて、どこかに閉じ込められてるのかもしれない!

きっとこれは、犯人の目を掻い潜ってなんとか残したメッセージなんだっ!!

こうしちゃいられない、助けに行かないとっ!!


続きの間のドアを開ければ、すぐに豪華絢爛な廊下に出られる。

逸る気持ちを抑えられないまま、勢いよくドアを開けて部屋を飛び出す。


「きゃあっ!」


「すみませんっ!」


ドアを開けた真ん前にメイドさんがいて、彼女は驚いたように悲鳴を上げたけど構ってあげられない。

言葉で謝るだけ謝って、ろくに相手の顔を見ることなく走り出す。

ごめんよ、メイドさん。

でも仕方ない、ブラウニーの命が掛かってるんだ。


煌ばやかでやたらと滑る廊下を爆走しながら、あることに気付く。

あれ、どこにブラウニーが連れていかれたかわからない。

どうしよう、さっきのとこに戻ってメイドさんに怪しい人がいなかったか聞いた方がいいかな?


走りながら考えてて、横から伸びる手にこのときは気付くことはなかった。



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