尾びれに背びれどころじゃなかった
「旦那様が、子どもを保護したという噂が広まってるわ」
「はぁ」
オムレットの言葉に、気の抜けた返事をする。
いや、だってまんまの状況だし。
「ごめんなさいね。出入りしてる業者につい、人数が増えたって話したらこんなことに」
業者というと、朝に卵を届けてくれる人かな?
人数が増えたと言うよりも、お菓子作りをしてるから卵の消費だけ増えたんだよね。
「しかたないですよ。ただの世間話ですし」
私は気にしないけど、魔王はどう考えるんだろう。
子どもを保護したって良いことだとは思うんだけど、保護した側は眉間に深いシワに目付きの悪さ、重っ苦しいオーラをまとった悪人面ならぬ魔王面。
尾びれに背びれが付いて、『魔王が子どもを拉致った』って噂に変わらないか心配である。
「その心配なら、大丈夫よ!すぐに…いえいえ、そのうち〜噂が変わるんじゃないかしら?」
「長が、魔女を発見したという噂が広まっている」
「はぁ」
それって、誰のことって…聞かなくてもわかるよ。
違うってばっ!
「しかしだな、実際に長が現在承認されている魔術師以外を、塔にて査定しているというのは事実だ」
査定って、車か何かなの?
モンブランの言いたいことは、わかるけどさー…。
塔にはまだ片手で数えられるほどしか行ったことはないけど、魔術師以外はそのとき見たことはない。
例外はプリンとブラウニーだけなんだけど、二人が出入りしても噂にはならないの?
「あの二人はそれぞれ、法術師と騎士だ。それに、二人には関わる理由があるしな」
ふ〜ん、理由ねぇ。
ブラウニーがときどき恐い顔をするけど、その理由が関わってるってことかな。
魔女やら新しい魔術師やらに、過剰に反応してたし。
…しかし、ブラウニーは騎士だったのか。
はじめて会ったときもそうだけど、ごくフツーのシャツにスラックス姿が多いから気付かなかったよ。
ぶっちゃけ、ニートとか思ってた時期もありました。
だって、屋敷にも頻繁に来るしさ〜
プリンはどうなんだろ?
モンブランと仲がいいからだとしか、思い付かないんだけど。
「何もない場所に、噂は出ないからな」
あぁ、『火のないところに煙は立たない』…って、だから魔女じゃないってばっ!!
「見ていたらわかるとは思いますが、旦那様は忙しく働いておいでです」
うん、一週間の間にまともに顔を合わせられた回数を考えればよくわかる。
約束したからか、屋敷には戻って来てるけどね。
「魔術師団の団長としての仕事の他にも、色々と些末を関係のない魔術師団に持ってこられるようです」
えぇ〜、それってひどくないっ!?
本当の担当者は、魔王に自分の仕事をやらせて平気なの?
「平気なのでしょうね。未だかつて、そういった訴えは起こっていませんし、旦那様も自身で処理してしまいますし」
…いいのか、それで。
「そのおかげで、いつ魔力が爆発するのかとひやひやしておりました。旦那様の魔力が爆発すれば世界は破滅しますので、せめて屋敷にいる間は心穏やかに過ごしていただきたいと考えていましたが、私の力が及ばず」
なんで屋敷にいるはずのウアラネージュが、そんなことを知ってるのかわからないけど、なんか物騒なことをさらっと言われた。
ごめんウアラネージュ、その部分は聞かなかったことにするよ。
「いえ、ウアラさんは執事としてしっかりしてると思います。まお…じゃなくて、師団長も安心して屋敷のことをまかしていると思います」
「そうだと、うれしいのですが」
にこやかに微笑む、白執事。
「ですが最近、とても旦那様のまとう空気が穏やかだと噂で耳にするのです。なんでも、見たことのない甘い香りのする食べ物を口にしているそうで」
「はぁ」
甘いものって、お菓子だよね?
この世界では、“菓子”というものがないから、なんだか不思議なものを魔王が口にしてるようで目立つのかもしれない。
噂になるようなとこって、どんなとこで食べてるかは不明だけど。
でもお菓子を食べたから、穏やかになったって?
確かに甘いものには、疲労を緩和するんだか回復させるんだか効果があるって聞いたことがあるけど…。
「それを作った素晴らしい方のことを、噂する皆さまに紹介したい気分です」
にこにこするウアラネージュに突っ込みたいことはたくさんあるけど、取り敢えずそれは勘弁して下さい。
「君ってぇ、鬼将軍って噂が広まっているよぉ?」
「はぁっ!?」
どーいう意味だっ!!
「だってさぁ、ボクらと走り込みするときの怒鳴る声を周りのみんなが聞いてるからねぇ」
あれは檄を飛ばしてるだけで、怒鳴ってるわけじゃないよっ!
て、言うか周りのみんなって…
「あそこは騎士団も使うからねぇ。魔術師団はぁ、今まではグラウンドは使うことがなかったからぁ」
マジですかっ!?
「魔術師団からも騎士団からもぉ、注目の的だよぉ」
「師団長に恋人が出来たそうです」
「はぁ」
気の抜けた返事だけど、他には返しようがない。
いや、めでたいはめでたいけどねぇ。
「すごい噂になっているのです。相手は魔女らしいのです」
そうなんだ〜
職場恋愛?前の魔術師長だとか?
それにしても、申し訳ないなぁ。
カノジョがいるのに、仕事が忙しい間を縫って屋敷に様子を見に来させて。
魔王は保護してる側だから、心配してるのはわかるけどカノジョを優先してほしい。
「師団長の屋敷で一緒に暮らしてるそうで、よく恋人の手作りのものを食べている姿が目撃されているそうです」
屋敷って、預けられてるのとは別のところかな。
それに、カノジョの手作りのもの。
同棲に愛妻弁当かなぁ?
いかにも幸せそうだな、このこの〜!!
「なんでも、見たことのない食べ物で、それを食べた後の師団長からは魔力が漏れ出ることはないそうです」
へ〜、それならウアラネージュが心配した世界が滅びることもなさそうだね。
「魔女で、一緒に暮らしていて、見たことのない食べ物を作れて…あれ、どこかで聞いたことがあるのですが…」
「花炎の魔女は、師団長を癒す力があるって噂は本当?」
「はぁ?」
これは返事じゃなくて、疑問だ。
「いやー、すごい噂だぞ。師団長が保護して屋敷で一緒に生活してる魔女が、見たことのない甘い香りのする食べ物を作っては渡してるって。それを食べた後、普段は漏れ出てる師団長の魔力が落ち着いてるってさ」
…それって、魔王のカノジョの噂と混じってると思うんだけど。
「師団長には、付き合ってる恋人はいないはずだぞ?屋敷も一つしか持っていない」
えー?プリンが嘘吐いてるとは思えないんだけどなぁ。
「嘘じゃなくて、ただの噂だろ?」
そう言われたら、何も言い返せないよ。
しょせん、どこから出たかわからないものだしさ。
「ちなみに俺の方の噂は、『魔王様のエサ係就任!』ってのでな」
…なにそれ、突っ込み待ちなのブラウニー。
なら、突っ込んであげるよ。
「魔王って!エサ係って!あんたは魔王をなんだと思ってんのよーっ!!」
「いや、自分も魔王って呼んでるし、そもそもそれは」
「魔王は猛獣かっ!?」
「良い例えだけど、自分の噂はどーすんの?」
「いいんだっ!?」
ところで、私の噂ってなんのこと?
えっ、魔王の恋人は嘘で、ブラウニーが言った噂は……。
……えーと。
「…七五日で消えるかな、その噂」




