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真っ赤な悪ふざけ

“一瞬”、だけだった。


「うぎゃぁっ!」


背後にいる敵の足を踏んで、悲鳴を上げて手を離した隙に、距離をまず取って振り返る。

場合によっては追撃しようと思ってたけど、振り返った先にいたのは見知った人物だった。


「あれ、ホット?」


「そっ、そうだよぉ」


いや、実はなんとなく予想できたけどね。

涙目になりながら、踏まれた足を押さえてぴょんぴょん跳ねているのは森でわかれたホットだった。


「ごめん、ごめん。変質者かと思って」


ある意味、変質者よりも質の悪いヘンタイだけど。


「変質者なんてぇ、ひどいよぉっ!!しかもぉ、さっきと態度が違わないぃ!?」


「イヤイヤ、気ノセイデスヨ」


フッ、名演技だ。

これなら本心もバレないだろう…と思ったけど、ホットはジト目でこちらを見てる。


「本当かなぁ〜?」


うっ、本当ダヨ?


「まあいいけどぉ」


いいんかいっ!!


キャラメルに運んでもらったホットは、魔王一行よりも若干早くこの塔に着いたらしい。

グリフォン宅配便は、時間帯指定は出来ないけど素早く届けてくれたみたいだ。

話を聞くと、先に着いたホットは魔王とモンブランに頼まれてた保護対象者の受け入れ準備をしていたらしい。

つまり、私の住む場所とかのことみたいだ。


「準備が出来たからぁ、着いて来てほしいんだよぉ」


「でも…」


魔王に、『ここにいろ』と言われてるんだけどなぁ。

なのにいなくなってたら、不機嫌オーラ…じゃなくて心配?オーラを出すかもしれない。


困ってると、どうやらすでに魔王から話が通ってるらしく大丈夫だと言われる。


「長様からはぁ、許可を取ってるから大丈夫だよぉ」


ここに迎えに来る前に、魔王と話したってことかな?

なら、手当ても確認後にしてくれるのかもしれない。


だけどな〜、『それなら安心っ!』って、全面的にその話を信用出来ないのはホットがヘンタイだからだ。

本当に大丈夫かと、ジト目でホットを見れば奴はへらへら笑うだけだった。

…着いてって大丈夫なのか、余計に不安になる。


「ブランにもぉ、不便がないか確認するように言われてるんだけどなぁ」


そう言われると、こっちは弱い。

ホットはヘンタイだけど、魔王とモンブランに頼まれたことをやってなかったら怒られるかもしれない。

うーむ、それは本意じゃないし、ここは信用した方がいいかなぁ。


「…わかりました。案内よろしくお願いします」


まぁ、何かあったら速攻で逃げ出せばいいか。

走るの遅そうだし、体力ないし。

そう判断して、すぐにイスから立ち上がる。

…あぁそうだ、お礼がまだだった。


「そういえば。イス、ありがとうございます」


もう一度、本人を見てお礼を言ったんだけど、ホットはきょとんとしている。

あれ、ホットじゃなかったの?


「イスがほしいと言ってたら、後ろに準備してあったのでてっきり」


イスが置いてあった方から来たんだから、勝手に勘違いしていた。

じゃあ、結局誰が持って来てくれたんだろう。


「さっきのお礼が聞こえてたら、いいんですが…ところで、誰が持って来てくれたのか、知ってますか?」


「ふ〜ん?」


こちらを見てから背後を振り返り、またこっちを見てから、ホットは笑った。


「聞こえたと思うよぉ」


なんだか意味深な笑みを浮かべてるけど、理由はわからない。


ガシャンッ


また、甲冑が鳴る音がした。




甲冑のあるところの後ろに、階段はあった。

一人が悠々通れるくらいしかないその階段は、何故か地下へと続くものだけだ。


「上の階に行く階段はぁ、別にあるんだよぉ。下に行く階段もぉ、まだ他にもあるよぉ」


向かい合う甲冑たちの間を通ったところに、上に行く階段があるそうだ。

かなり大きい階段だから、すぐにわかるらしいけどマズイ、気付かなかったよ。


ちなみに、下に行く階段が狭いのは、続く部屋別に別れているためで利用者が限られる理由からだそうだ。

だから他にも階段があるらしいんだけど、みんなはよく間違えないで階段を使えるなぁ。

いくつ階段があるのかは聞いてないけど、覚えられなさそうだ。


どうしよう、今から迷子になる予感をひしひし感じる。

せめて、せめて自分が使うところだけでも覚えておかないとっ!


「下の階はぁ、倉庫や薬品保管庫、実験室が主だからぁ、ほとんど行くことがないんじゃないかなぁ?」


ん?なんか迷子とは別の不安に苛まれたんだけど。

今、使ってる階段の先の話じゃないよね?


不安に思っていると、ホットはなんでもないように話を変える。

本当に唐突で、最初はぼんやりしながら聞いていた。


「この国…ピエスモンテ全域かなぁ?長様を見てればぁ、わかるかもしれないけどねぇ、黒は特別なんだよぉ」


一瞬、オーラの色のことかと、マヌケなことを考えてしまったが、ホットが言いたいのは違うもののことだった。


「ブラウニーみたいな例もあるけどぉ、髪と瞳の色が同系色だと魔力が強くて量も多いって言われてるんだよぉ」


確か、ブラウニーの髪はココア色、瞳はチョコレート色で両方共、茶系統だ。

ホットの説明通りだと、ブラウニーは魔力が強いことになるんだけど、彼は魔力がない。

私は未確認だけど、証拠である眼病…じゃなくて瞳に白い点々があると魔王が証言してるから、その情報は正確なのだろう。


「まったくないっていうのもぉ、かなり希少なんだけどねぇ」


ちょっ、目がヤバいよホット。

ブラウニー、逃げてぇぇぇっ!!


「それはともかくぅ、黒を持つ者は別格なんだよぉ。同じ系統の色じゃなくてもぉ、髪か瞳が黒なら同系色を持つ魔術師よりもずぅっと優れてるんだよぉ」


友だちまで獲物になるのかと戦慄したけど、そこまでヘンタイじゃなかったみたいだ。

よかったと安堵の息を吐いていると、くるりっと前を歩いていたホットが振り返った。

完全に足を止めたため、後ろに着いていたこちらも止まらざる得ない。


髪色(・・)も黒かったらぁ、どれくらい強い魔力を持ってるのかなぁ?」


らんらんと輝く目が、ひたすら恐ろしい。


「…どうでしょうね」


下の段にいるホットの視線から、顔を背けて逃れる。


瞳の色はともかく、マユゲも髪と同じくフレーズショコラなんておいしそうな色に染めてあるんだから、ホットが気付くはずがない。

姉の暴走に感謝する日が来るなんて、想像すらしてなかったよ。

ありがとう姉、あなたのいつもの女王様っぷりのおかげでヘンタイから逃げられそうです!


「そうだねぇ。…そういうことにしておこうかぁ」


最後ノ言葉ハ、聞コエマセンデシタ。

うん、魔王とは違う何かがホットから漏れ出してるけど何も見てません。

口が裂けそうなほどつり上がってる…って、見てないったら見てないっ!!


「ほらぁ、もうすぐ着くよぉ」


階段は体力のないホットが息を切らさない程度しかなかったんだけど、別の意味で疲れてしまった。

例え、道に迷ったとしてもホットには絶対、案内してもらわないでおこうと今、心に決める。


「ここ、ですか?」


いや本当なら、イレギュラーな存在なんだから文句なんて言っちゃいけないんだろうけどさ。

でも、ここって住む場所なのかなぁ?


「ブランが言ってたぁ、魔女がいたところだよぉ?」


モンブランが言ってた魔女って、たぶん二人だと思うけど、どっちのことだろう。

…この場所を見た限り、イヤな予感しかしないけど。


頑丈そうな鉄格子をくぐれば、更に鉄格子に区切られた部屋がある。

どれもみんな同じような大きさの部屋は、地下で石造りということと、照明がほとんどない状態のせいで、中の空気がよどんでいた。


「君と似たカッコウだったらしい魔女の方だよぉ。そういえばぁ、髪色は黒じゃなかったけどぉ近い色だったなぁ」


あの、短い髪とズボンの『幼い子どもだったのに…』の方?

つまり暗殺者の方で…えっ、ここにいたってことは、やっぱり見たまんまの目的に使うってこと!?


鉄格子に区切られた部屋に(おのの)いて、思わず立ち止まってしまう。

だって目的地のここは、どう見ても犯罪者を入れる牢屋だ。

ここが目的地で、しかもさっきのホットの話からしてろくなことにならなさそうなんだけどっ!


「どうしたのぉ?ほらほらぁ、中に入ってぇ」


ホットの笑顔、こわぁぁぁ〜っ!!

立ち止まった私の腕を掴んで、グイグイ引っ張ってくるホット。

細い腕のどこにそんな力があるのか知らないけど、すごい力だ。


「ちょっ、まっ!うわぁっ!?」

「ほらほらぁ〜」


人の話を聞いてよっ!

制止してるのに、ホットは自身が先に牢屋の一室に入ってムリヤリ腕を引っ張ってくる。

踏ん張るけど、結局は堪え切れずに中に入ってしまった。


「急に何するんですか〜」


たたらを踏んで情けない声を出す私は、前屈みになった姿勢を立て直して顔を上げた。

ホットは斜め前に移動してて、視線は遮られることなくまっすぐ牢屋の壁に向かう。


無機質で、灯りがほとんどない牢屋の壁に、べったりと大量の赤い液体が滴っていた。

ちょうど今、壁にぶちまけられたばかりという有り様のそれで、崩れたりつながったりしているが何とか判別出来る程度の文字が形成されている。


『ようこそ』


「ひっ、ひぎゃああぁぁっ!!」


歓迎を示す言葉は、よどんだ空気の漂う牢屋には不似合いでいて、少なくてもダイイングメッセージ調で書かれるものじゃないと思う。


そう冷静に思いながらも、意識の方はあっさりと闇に包まれていった。




「ダイイングメッセージがああぁぁっ!」


プリンとモンブランが、ドン引きした。


「だいにんぐ、めーせーじとは何ですか?」


ダイニングと、ソーセージの親戚みたいなのとは関係ないよ!


「ちっ、血文字で歓迎されましたっ!あれは、死んだ暗殺者だった魔女からのメッセージなんですよ!!」


全部思い出して、アワアワしながら説明すれば、モンブランは大きなタメ息を吐く。


「あれは、ホットたちの悪ふざけだ」


「…はい?」


いやいや、悪ふざけって…鉄さびみたいな臭いしてたけど。


「仕込む予定だった、腸詰め用の豚の血がないと厨房から苦情があったのですよ」


豚の血だったの、アレは!?

しかも、厨房からの無断拝借か。

何やってんだ!!


「先に戻したのに、準備はどこまで進んでると思えば…」


「まあまあ」


プリンがまた、落ち着かせようとしているけど、全て思い出した今はイライラしてるモンブランに同調出来る。

本当何してるんだよ、まったく!

モンブランの感情に引き摺られるように、ムスッとした表情をしていると、プリンは小さい子に言い含めるような感じで告げてくる。


「大丈夫ですよ。大魔王がご光臨されてるのです」


プリンの視線の先には、ドス黒いオーラを背負う魔王と、ジャパニーズ謝罪スタイルをしているホットを含めた数人がいた。

何故魔王以外は土下座なんだか知らないけど、出来れば見たくなかったよ。

だって、目を覚ましてから視界の端に恐ろしいオーラが映ってたから、魔王様のご機嫌は麗しくないと想像が付いてたので。

プリンの言うように、まさに『大魔王降臨』だろう、ヒ〜。

わかった!怒るのは魔王に任せますっ!!


絶対に、その姿を視界にいれないように身体の向きをしっかりモンブランの方へと変えて、話題を変えるべく気になっていたことを口にする。


「ブランさん、ところで暗殺者だった魔女のことなんですが」


モンブランが言葉の先を濁すようなことがあったんだから、心して聞こうと姿勢を正す。


「…最後は、その子はどうなったんですか?」


「あぁ、そうだな」


恐いもの見たさというか、暗殺者認定までされた場合のもっとも最悪なパターンを想定したかったというか。

ついつい、彼女を知ってるらしいモンブランにドギマギしつつも聞いてみた。

そして彼女はあっさりと、件の魔女の辿った先を教えてくれた。


「長…先代の魔術師団長に捕縛された後、しばらくしてから性懲りもなく当時の王の命を狙い、そのときにソクシツになった」


「ソクシツ…ですか」


ゴクリッ

生唾を飲んで、緊張しながら反芻する。

…ところで、“ソクシツ”って、どんな残酷な刑罰なんだろうか。



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