ようこそ、魔王塔へ☆
前半の()内が、ミツキの語りです。見づらかったらすみません。
…ブルームだ。
公式の書類では、長が連れて来たシューが最後ですね。
ブラン、いい加減に先代様と呼び方を混同しない方がいいんじゃないですか?
今は関係ないだろう。しかし、ブルームですか。
前のブルームがどんな人かは知らないけどぉ、色々と調べないとねぇ。
(声だけでも、嬉々としたヘンタイの様子がわかるため、背筋がぞわってした。
やめろ、気持ち悪い)
先のブルームは、書類にも“シュークリーム”という名前だけです。姿を見た人は多くいますが、性別だけでも情報が混乱しているみたいです。
ほんの少しぃ、昔なのにねぇ。先代様がぁ、情報操作でもしたのかなぁ?
長がそんなことするか。いえ、先代の長です。
わざわざぁ、言い直さなくてもぉ。長様はぁ、前のブルームを見たことがあるんですよねぇ?
どんな方でしたか?
(興味津々なホットとプリン。
ブルームって、チョコレートの表面に出てくる白いもののことなんだけど、どうも聞いてると違うみたいだ。
それにまず、シュークリームにブルームは関係ない)
姿形が美しく、純粋で無垢な人だった。
(性別の情報がなかったらしいけど、魔王の言葉でシュークリームは女の人だと想像が付いた)
いつも師の横で笑っていて、子どもが好きだと言っていた。
(へ〜、子ども好きな女の人か。
美人で純粋無垢で、いつも笑顔だなんてポイント高いな。
懐かしそうなしみじみした口調に、魔王がその女の人に対して良い印象を持っているのだと感じた。
たったそれだけの説明と、声だけで。もしかして、魔王はその『シュークリーム』のことが好きなんじゃないの?)
長、そのことは。
あぁ、魔女…の、…は、王に……。
ブラ、ニー…にはぁ、言わ……い 。
よろ……で…?
あぁ……。
(ノイズみたいな音に遮られて、よく聞き取れない。
それが次第に大きくなって、魔王がプリンに何かに対する返事をしたのを最後に何も聞こえなくなった。
ん?ずっと、魔王と行動を共にしていたのに、いつの間にブラウニー以外が揃ったんだろ?
うーん…何かを忘れてるような気がするけど)
「あっ、目を覚ましたみたいです」
ボヤけた視界も、何度か瞬きしたら鮮明になった。
見覚えのない天井をバックに、プリンとモンブランがこちらを見下ろしてる。
視界の端に、黒いオーラが映ってたのは見えないフリでやり過ごす。
「大丈夫か?痛いとこはないか?」
心配顔のモンブランには悪いけど、何でそんなことを聞かれてるかはわからない。
すると、マヌケな顔に何を思ったのかモンブランは白い顔を真っ赤にして怒り出す。
「まったく、こんな子どもに何をしているんだっ!」
「まあまあ」
宥めるプリンの姿にデジャ…いや、彼女はいつも宥める役なのかもしれない。
「えーと、何故私は寝てるのでしょうか?」
二人共、それを聞いて驚いてる。
「覚えてないのか?長と共に、ここに来たんだ」
「そしたらどうも、師団長が目を離した隙にホットと他の団員に地下牢に連れてらしいのです」
「あのアホ共!そんなことをやってる暇かあるなら…」
「「まあまあ」」
カッカしてるモンブランに、思わずプリンと一緒に宥めてしまう。
落ち着いて〜
「落ち着いて下さ…えっ、地下牢?」
サラッと流すとこだったけど、何か物騒な場所が出て来たような。
聞き違いかと期待するけど、二人共頷く。
えぇ〜、そんな物騒な場所があって、なおかつ連れて行かれてないは…ず。
あれ?階段を降りた記憶が…。
思い出せずにモヤモヤした気持ちになったから、記憶を遡ってみることにする。
ブラウニーを見送った後、魔王に魔王塔へと招待されてから。
塔の中に辿り着いてやっと、腕を離してもらえた。
ちょっと痛かったな〜と、思って掴まれてた腕を見ていたのが悪かったのか、魔王の眉間に渓谷が出来上がる。
いやいやいや、だって痛かったんだよ。
魔王の大きな手にがっちり掴まれて、跡が残りそうだと思ってたぐらいなんだからねっ!
ちょっとキレ気味に魔王を見上げれば、相手はピクリと片方の眉を跳ねさせてそっぽを向く。
何、逆ギレかこの魔王!
「…すまない」
って、はい?
「手加減をするよう言われていたのだが、うまくいかない」
『手加減』と言うより、“加減”を覚えてほしいなぁ。
もちろん、そんなことは本人や注意した人には言えない。
誰が、魔王に注意したかはわらないけど。
「手当てをする。少し待て」
踵を返す魔王は、そう言ってどこかへ行こうとする。
確かに、掴まれてた腕は痛かった。
だけど、わざわざ手当てをしてもらうことかと考えればそうでもない、気がする。
と、言うより呆気なく謝ってくれたからそう感じるのであり、たぶん謝ってくれなかったら腕をさするなどの無言のアピールをしていたかもしれない。
性格悪いって、言わないでね、痛かったのは事実だから!
「いえ、手当ては別にだ…」
『大丈夫です』と、言おうとしたら振り返った魔王と目が合う。
眉間にはシワ、黒いオーラは出てるんだけど、何かがさっきと違う。
さっきの関所のときは、さしずめ魔界から漏れ出る障気を思わすオーラだったのに、今は雨が降り出しそうなどんより暗い空みたいだ。
つまり、オーラの黒さが違うんだ。
何故、そう感じるのかと考えてると、魔王はもう一度念を押してきた。
「ここで、待ってろ」
それからはこちらを見ることなく、どこかへ歩いていく。
えー…、放置?
そんな思いを抱きつつ、コンパスが違うからか、何気に早足になってる魔王の遠ざかって行く姿を暢気に見ていて、不意に気付いた。
「…もしかして、落ち込んでる?」
“落ち込んでる”というより、“申し訳なく思ってる”のかもしれないけど、腕を強く掴んでいたことを気にしているのかもしれない。
そう考えればあの早足は、早く手当てをしようと考えてのことでー…なんて想像して小さく笑う。
だとしたら、彼の表情筋はただ単に固いだけなのかもしれない。
「でも、戻って来るまでどうしよう?」
キョロキョロしながら呟くが、もちろん広い室内から返事はない。
石造りの塔内部は、みんなと出会った遺跡とは違って、壁にひし形にカットされた水晶みたいのが嵌め込まれて、それが光って明るくなっている。
水晶の周囲を舞う光る蝶だか蛾がいるのが若干気になるけど、取り敢えずは置いといて。
塔は、外から見たよりも、実際に入った今の方が広く感じる。
今いる場所は、両側にある西洋風の甲冑以外は何もない、だだっ広い玄関ホールみたいだ。
本当に何もないから仕方なく、甲冑を見ることにした。
両側にズラーッて並んでる甲冑は、くすんだ銀色をしている。
数は二〇体くらいずつ。
腰に剣を提げてる甲冑、弓を持ち背中に矢筒を背負ってる甲冑、槍を持ってる甲冑が、みんな直立してキレイに並んでる。
弟がいれば、蹴り倒すかしょうもないポーズを甲冑に取らせるか、まあろくなことをしなかっただろうから、いるのがその姉だったと感謝してね。
それを一体、一体見て回ってたんだけど、最後の一体を確認してタメ息を吐いた。
人の気配は、感じない。
だだっ広い中に、人間一人と甲冑が四〇体前後あるだけで、人っこ一人影も形もないよ。
「つ〜か〜れ〜た〜な〜」
近くにあった甲冑の目の部分を上げて中を覗き込んだけど、中身はもちろん空だ。
指を離すと上げてた部分が降り、『カシャン』と音が鳴るが、もちろん返事じゃない。
独り言がむなしく響き渡り、ただのさみしい人になってしまった。
「だってさ〜ずっと、歩きっぱなしだっだんだよ〜イスイスイスイスイス〜!!」
ヤケになって叫ぶけど、返事がなければどこにあるかわからないイスが現れるでもない…
ガシャンッ
ゴトッ
「スイススイススイスじゃなくて、イス…って、えー!!」
ほしいのは国じゃなくて、イスだと連呼してたら甲冑の音と何かが置かれる音が後ろからした。
てっきり、さっきの甲冑の目の部分がしっかり閉まってなかったのだと思って振り返れば、そこには豪華なイスが一脚、置いてある。
周囲を見回しても、誰もいない。
「えーと、ありがとう?」
誰だかわからないけど、とにかくお礼を言ってみる。
どこにいるんだかわからないけど、聞こえるといいな。
ガシャンッ
返事でもしてるかのようなタイミングで、また甲冑が鳴った。
やっぱり、ちゃんと閉まってないのかもしれない。
後でそれは確認するとして、今は親切な誰かに感謝して座らせてもらおう!
ゆっくり、腰を下ろせばクッションが敷いてあるみたいにふわっふわした感覚がする。
座ってもガタガタいわないし、歪んでもいない、肘掛けもクッションみたいのが両方に着いていて痛くない!
すごい、こんなイスもあるなんて新発見だ!!
一人楽しくイスに座ってると、まったく気を配ってなかった背後から声を掛けれる。
「ようこそぉ、待ってたよおぉぉ」
声と同時に背後から、両肩をいきなり掴まれて一瞬、反応が遅れた。