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食べられないドーナッツ

気持ち悪さが消えて、やっと周囲を見回す。


なんか知らない、大きな門の前に立ってる一行は注目の的だ。

扉が大きく開け放たれている門には、数え切れないほどの人たちがいて、その人たちは制服を着た人の前に列を作って待ってる。

で、制服を着た人も含めて、唖然とした表情でこっちを見てくるからびびって引いてしまうのもムリはないと思うよ!


実際には、腕を掴まれたままだったから一歩も引けないけど、気分的には相当な歩数を下がったつもりだ。


「ここ、どこですか?」


『戻る』って言ってたから、みんながいた場所だというのはわかるけど、何故に門の前?

一気に家なり職場なりに飛べばいいのに〜

リバースしそうになってた人間のセリフじゃないけど、その方が楽だと思う。


でも心中では、いきなり魔王の間とかに着かなくてよかったとも思ってる。

勇者じゃないけど、たぶんレベル1の人間が丸腰で入っていい場所じゃないからね。


「門の前だ」


だから、なんの?


「オウトに入る前の、関所のような場所だ。身分の確かな者しか入れないようになっている」


なるほど、あの列は審査でもしているんだな。

なんとく、海外に行ったこと事態ないけど空港の入国審査みたいなものだと勝手に解釈する。

西洋風の見慣れない雰囲気だけど、某ネズミの国の入場ゲートではないんだね。


ところで、どこに入る前だって?嘔…じゃなくて。

マズイ、さっきまで気持ち悪かったから、ついつい汚い方に変換してしまった。

落ち着け、自分。


「王様のいる、国の中心ですからね」


あぁ、“王都”か。

すると、この門を抜ければ魔王城でも見えてくるのか。

太陽がさんさんと照ってる中に、禍々しくそびえ立つ魔王城。

…なんでだろう、シュールになると思いきや、ほのぼのした風景が脳内に再生された。

どうした自分、ワープ酔いの弊害か?


「だから転移の魔術は、王都内では使ったらいけないらしいぞ。まあ、使える魔術師自体がほとんどいないけど」


詳しく聞くと王都では、王様のお膝元ってことで魔術は指定されてる場所しか使えないんだって。

周囲を巻き込むってことと、魔術の事故を装って王様に危害を加える者がいるかもしれないから、それを防止するためらしい。

そう言えば、魔女が暗殺者に仕立て上げられるって話しを聞いたっけ。

ワープで急に出てこられたら、対処出来ないからね。

でも、ワープ出来る人が少ないんだっけか?


それと“周囲を巻き込む”ってので今の状態に納得した。

注目されてるのに、周囲には誰も近寄ってこないから巨大なドーナッツ状の空間が出来てる。

どんな風に巻き込まれるのかは知らないけど、きっとそれがイヤだから遠巻きに見てるんだろうな。

また別の魔術使ったら、すぐに逃げ出せるように警戒してるんだろうと想像する。

それにしても、ドーナッツ…食べたいなぁ。


「それにしても、誰も何も言ってこないな。ホットの奴、前にここで魔術使ったら怒られたって言ってたのに…」


その言葉に、やっぱりブラウニーとホットは仲良しだったんだと、ヘルシーな焼きドーナッツもいいけど、普通に揚げたドーナッツに粉糖かけるのもいいな〜なんて考える片隅で思った。


しかしそれが本当なら、ホットのヘンタイのくせに顔だけなら人畜無害そうなのを見て何言ってもいいと思ってるのか、それとも権力者の魔王を恐れて発言出来ないからかどっちなんだろう?

どちらだか知らないけど、やることやったらどうなんだ!

ゴマすりか、ゴマすりなのか?


「ここで魔術は使ってはいけないのですか?」


「いけないな。ここは魔術の使用は禁止されてるし、普段から人がいるんだから、危ないし」


制服の人たちの方を、ちょっと睨んでおいた。

そりゃ、決まりを破るホットと魔王が悪い。

だけど、やっちゃいけないことを注意する立場なら、ちゃんと仕事しなきゃダメだよ!

相手が例え、おっかない魔王でもね!


むすっとしてると、プリンが背中をぽんぽんと叩いて宥めようとした。

なんというか、仕草といい浮かべる表情といい、小さい子ども扱いの気がする。

まあ確かに、社会に出ていないから決まりでも上に注意出来ない、下っぱの気持ちはわからないけどさ〜

でも、同じく下っぱっぽいホットは可哀想じゃない?

…いや、フツーは魔王に注意する方が可哀想か、なら仕方ない。

すまん、制服の人たち。

ムリなこと強制しようとして。


「あっ、プリンさんさっきはありがとうございます。助かりました」


そーいや、お礼を言ってなかったと今更ながら思い出す。

遅くなったお礼に、気を悪くすることなくプリンはにっこり笑って頷いてくれた。

酔い止めの術といい、プリンはいい人だー。


「師団長も、ありがとうございます」


腕を掴まれたままだから、真正面からとはいえないけど、取り敢えず目を見てお礼は言えた。

これくらいは礼儀だから、きちんとしないとね。


「大丈夫か」


短い問い掛けだけど、こちらを心配してくれてるのがよくわかる。

青紫色をした瞳が、不安そうに揺らいでいた。


「大丈夫です!元気ですよー」


安心させるように、腕を掴んだままの大きい手をペチペチと軽く叩く。

いや、本当に軽くだったんだよ?

それなのに、魔王はびっくりと目を真ん丸にしてこちらを見下ろしてきた。

鋭い目も見開けば、険が取れてただキレイさだけが際立つ。

モンブランと同様、美形はどんな表情をしても美形というわけだ。

平凡な人間がしたって、マヌケなだけだよ、ケッ。


世の中の不公平さに不貞腐れてると、周囲のざわめきが聞こえた。

何があったのかと思いきや、みんなの視線はこちらにある。

ところどころ『…魔王に!』とか『魔王が』とか聞こえるけど視線は魔王じゃなくてこっち。

モンブランたちの視線も、独り占め。

なんでだ。


「…あぁ、なるほど。申し訳ありません、悪気はなかったんですよ」


ザワザワする中で、なんとか理由を探していたらこれくらいしか思い浮かばなかった。

魔王の手を叩いてた自分の手を、ゆっくり下ろして害意がないことをアピールする。

ついでに、掴まれたままの腕が上がるとこまで上げて、両手を開いて武器を持ってないとこも見せた。

下がって距離を開けたかったけど、徐々に険しくなる魔王の眉間にそれはムリそうだと早々に諦める。


「何故、謝る?」


あー、腕がどんどん絞まって痛いんだけど、離してくれないかなー?

ムリかねー?


「私の態度が、馴れ馴れしいと言いますか、不敬と言いますか…」


王様なんて馴染みがないけど、総理大臣ならテレビ越しに見たことある。

そんな人に馴れ馴れしく接するのなんて、同じ政治家くらいでどこの誰かもわからない子どもがやってはマズイだろう。

威厳とか、なんかのために。


「かまわん」


「いや、マズイでしょ」


モンブランたちだって唖然としてるし、遠目ではよく表情まで見えないけど、制服着た人で、腰の剣に手を掛けてる人もいるみたいだし。

完全に、自分たちの王様に馴れ馴れしい不審者扱いだ。

こりゃあ、誤解を解いてもらわないと、結構ヤバいかも。


モンブランたちに説明してもらった方が、制服の人たちも畏縮しないで聞いてくれそうだけど、今はムリそうだ。

なら、魔王に頼むべきだろうけど、彼はきちんと説明しなければ引き下がらないみたい。

自分は言葉を出し惜しみしてるくせに、こっちにはここまで言えば想像が付きそうなのにまだ説明をほしがるなんて…。

理解力の足りない魔王に対して、こっそり溜め息を吐く。


「だって貴方、王様なんでしょ?」


後に、このときにした自分の発言が巡りめぐって命の危険を含んだメンドクサイ騒ぎに発展する。

一瞬、自分の過去にした発言を忘れてた私はボロボロの状態で憤慨し、冷たい視線を魔王からもらうことになるんだけど。

幸せなことに、今はまだそのことに気付くことはない。


「何を…バカなこと言って」


『バカ』って言葉にムッとしてたら、ブラウニーは引きつった顔で言葉を切った。

バカってなんでさ、魔王なんだから“王様”なんでしょう?


「そうだ、何をバカげたことを言っている?そんな暇、長にはない」


「そうそう!魔術師団長は、いつだってお忙しい!玉座を望むはずがないだろっ!!」


モンブランのちょっとずれた発言に乗るように、ブラウニーは声を張り上げる。

正直、うるさくて耳を押さえたいのを我慢するのも大変だ。

すでに注目されてるのに、更に注意を引いてどうするんだろう。

あと、『師団長』って呼んでたとこを『魔術師団長』って言い直したり、わざわざ“お”を付けて忙しさをアピールして何がしたいんだ?

それともアレか、嫌味か。


顔をしかめていると、ブラウニーの主張など聞いていないマイペースな魔王が、グイグイと腕を引っ張って門への道を歩き出す。

えぇ〜、このまま説明はなしなのっ!?


「あのっ!!」

「私は王ではない」


呼び掛けても、遮られたらそれまでだ。

特にこの魔王では、懇切丁寧に聞き返してくれるとは思えない。

だから取り敢えず、魔王と呼ばれるこの人は“王様”とは違うということだけわかった。

何故、呼び名が“魔王”だかはわからないけど。


「気を使う必要もない」


「はぁ…」


気の抜けた返事をしながら、はっきり言うべきか迷う。


この海ならぬ人混みを割った魔王に引きずられる自分がどれほど注目されてるのか、それが小心者にとってどれほどの苦行なのか。

正座させた上で胸ぐらを掴んでガクガク揺さぶりながら説明したいのをひたすら我慢しながら、結局口を開けない私だった。



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