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偉大なオーブン様!

「確かに、旨いな」

「おさああぁぁぁっ!!」


ぼそっ呟いたのは魔王だったけど、次の瞬間に響いた絶叫はすさまじかった。

思わずびっくりし過ぎて、固まってしまったほどだ。


「毒味も済んでいないのに、危険ですっ!」

「大げさだ。何もない」


“毒味”という言葉にひっそりヘコんでると、魔王はバッサリとモンブランの主張を切り捨てる。

はっきりとした物言いに顔を上げると、魔王は表現を変えることなく二枚目を口に運ぶところだった。


いや、気付いてなかったけど、二枚目どころじゃない。

すでに盛り付けた分が、いつの間にか半分以上消えていた。

見間違いかと思って、思わず二度見したけど結果は変わらず、むしろそうしている内に二枚目(仮)を食べ終えた魔王が三枚目(恐らく違う)に手を伸ばすというところを見てしまう。


はっや!食べるの、はっや!

友だちや弟も、『あんたたち欠食児童か?』ってぐらいのスピードで食べるけど魔王も負けてない。

でも、クッキーを運ぶ手は優雅で、まったくガツガツしているように見えないからすごい。

いやまあ、気に入ってくれたようで、何よりです。


でも、ぜいたくを言わせてもらえば、もう少しこう…言葉通りに美味しそうな顔をしてほしいよ。

相変わらず、表情を変えずに咀嚼してる魔王に対して一抹の不満が胸に起きる。

たかが素人が作った自己満足際なりないクッキーに、ぜいたくなことだけどさ、こんなに機械的に口に運ばれるのもなぁ。

大好きな人肉を食べてるときみたいに、満面な笑みを浮かべろとは言わないけどさ。

…好物は人肉というのは妄想だけど、昨日食べたリゾットに使われたジャーキーは牛だと思ったけどまさか、共食いじゃなかった、よね?

恐ろしい可能性に、(おのの)く身体を自分で抱き締めて抑える。


「美味しい…ですか?」

「あぁ」


即答だけど、コメントはそれだけ?

こちらをまっすぐに見ながら頷いたけど、やっぱり表情筋に変化は見られない。

満面な笑みをを浮かべろとは言わないけど、もうちょっと何とかならないかなぁ。

魔王の“満面な笑み”って、勇者の返り血浴びて血みどろ姿で高笑いするのと同レベルとまでは言わないから…って、高笑いじゃぜんぜん嬉しくないな。

まあ、いいか。

よくよく魔王の顔を観察してみれば、眉間の溝が埋め立てられてる。

クッキーのおかげか、さっきのアホなやり取りのおかげかはわからないけど、ひとまずはミッションコンプリートということていいんじゃないかな?


「それはよかったです。でも、もう少し設備やら材料が揃ってたらよかったんですけどねー」


渡しておいてなんだけど、クッキーとしての完成度は、卵や牛乳を使ったものと比べるといまいちかもしれない。

水分は油とハチミツだけでまとまりづらいし、火の調節が出来ない焚き火の火を使って鍋で焼いたから焼き色が焦げ目レベルに達してる。

キツかった生姜の香りは、ハチミツか焼いたおかげで気にするほどじゃないし、口の中に入れるとほろほろ崩れるのは、そういう食感だと思ってもらえばいいけどね。

本当に今更ながら、これを魔王に食べさせようという自分の発想にびっくりだ。

ブラウニーは、ハチミツをバカにしたからどーでもいい。

しかし魔王なら、もっと良いもの食べてるだろう。

イケニエだって、厳選されてそうだし。


「設備や材料があれば、どうなる?」

「より多くのものが、作れますね」


卵と牛乳があるだけで、味も深みが出るしな〜

粉っぽさもなくなるし、生地はまとまりやすくなる。

牛乳の代わりに豆乳を使って、カロリーを減らすということも出来るけど、アレルギーがないならやっぱ使うなら牛乳だよ!


設備はオーブンと冷蔵庫、あとガスとまではいかなくていいから火の調節が出来るもの。

作業しやすい広い台と、しっかりした水回り。

さすがに、魔王を毎回水道代わりにするのは申し訳ないし、まず居たたまれない。


細々したものを望めば、もっと出てきそうだけど、とりあえずはそれだけ必要だな。

昔の人って、どうやって不便を解消してきたんだろう?

現代人で、便利な機械や設備を使っていた人間としては、頭を悩ましたところでどうしようもない。

本当、昔の人は偉大だ。


聞かれたから、材料や設備の話をしたら食い付いてきたのはオーブンのことだった。


「うちにあったのは、古い型のオーブンレンジでしたが、それで十分です」


「フルイカタノオーブンレンジ?」


いや、オーブンレンジで切り離してくれ。

最新のパンの発酵までしてくれるのや、調理の幅が広がる便利機能が付いたのも魅力的だけど、うちに導入されることはない。

高いし、機能が多すぎて使いきれないってのが母の主張だ。

料理は両親共に作るけど、サイフは母が握ってるから決定権はもちろん、母にある。

まあ、オーブンが使えればとりあえずはいいけど。


「バターを溶かしたりするのにレンジは便利ですけど、オーブンだけあればいいです。オーブンはですねー、160度とか200度とか高温に、しかも焼き時間も自分で設定出来る箱ですよ」


適当過ぎる説明だけど、誰も文句は言わない。

代わりに、疑問に思えば聞いてくるからわかる範囲で答えることになった。

いや、何で箱形なのかって、わからないよ。

台所スペースに収まりやすいとか、中に入れる鉄板が四角の方が乗せるものが一度にたくさん並べられるとか?

なんで、扉を付けたかって?

熱を逃がさないためでしょうよ、たぶん。


「中で電磁波が発生して、それが熱になって中身を温めるのです」


電磁波だったかなー?身体に悪いから、あまり近くに寄るなって言われたことしか思い出せない。


「デンジハ?あぁ、雷のことだな」


「雷で食物に火を通すなんてぇ、危険じゃないかなぁ?燃えちゃうよぉ」


落雷だったら、その程度じゃ済まされないけどね。

雷っていっても、目に見えない大きさのものが集まって熱を生んでるから…あーよくわからない!

使ってたからって理解してたわけじゃないから、詳しく説明なんて出来ませんっ!


「だったらぁ、箱に好きな火力分のぉ、火の魔術を込めたマセキを入れておけばいいんじゃないのぉ」


「マセキならば、使用者の魔力が少なくても大丈夫だな」


嬉々と話すホットと、意外と興味深そうに聞いているモンブラン。

マセキって、何か疑問に感じるけどまあいいか。


「そのオーブンがあれば、これのようなものが他にも作れるのか?」


「えぇ、はい」


そういってクッキーが盛られていた皿を…、もう二枚しかないんだけど。

一枚は魔王に一言告げてからプリンがもらい、もう一枚はホットの手に。

ホットがさっき観察していた分は、すでに彼の腹の中だ。

石鹸と言ってブラウニーの言葉を否定しなかったくせに、ちゃっかりしてるよ。


「おい、ホット」

「魔術師ならぁ、何事も挑戦するべきだよぉ」


挑戦ってホット、クッキーは度胸だめしか!

イラッとしたけど、ホットの一言がが効いたのか、頑なだったモンブランもクッキーを食べてくれた。

“決死の覚悟”とか顔に書いてあるけど、度胸だめしじゃ…いや、もういいです、食べてくれたんで。


「クッキーでしたら、チョコチップ入りもクルミ入りも、紅茶葉を練り込んだのも作れますよ」


クルミは煎らないと香ばしく仕上がらないから、一手間必要だけどクッキー自体は作るのは簡単だ。

火加減と焼き加減は注意だけど、だいたいは材料をまとめて混ぜるから楽に出来る。

絞り出しクッキーだったら、成形の必要ないし。


でも、個人的にはクッキーもいいけどスポンジものも作りたいな。

材料はもっと必要だけど、ゼラチンも購入済みだからゼリーもムースも作れる。

チーズケーキもいいな、焼いてあるのもレアのも。

あ〜、想像するだけで唾液が口にたまるよ〜


こっそりヨダレが出てないかを確認して、魔王に視線を戻してギョッとした。

眉間のシワはなくなってたけど、今度は重っ苦しいオーラが霧散してるっ!

表情は相変わらずだけと、少なくても不機嫌さは消え失せ、心なしか雰囲気がうれし…そう?


「あっ、人の血を練り込んだり、絞った生地の上に抜き出した眼球乗せたりしませんからねっ!」


ほら、触りたくないし、鮮度があるだろうし、触りたくないし、触りたくなし。


「…私をなんだと思ってる」


えっ、魔王でしょう?口には出さないけど。



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