ハチミツ、否定される
ハチミツを貶す表現あり。すみません、貶める意図はありませんが、注意して下さい。
目を開けたら、やたらとキレイな顔があった。
目をつぶっているのに眉間に深いシワ、閉じた目の下にはくっきりとクマさんが鎮座し、寝てるのに腕組みをしていて、オーラがやたらと重い。
そこにいたのは、キレイな顔立ちをした…魔王だった。
うん、別に『目が覚めたら男の人の腕の中、きゃっ』なんて変な展開じゃない。
焚き火の近くに、敷物を敷いてその上で寝かしてもらった。
薄い敷物の上じゃ、若干地面のデコボコが痛かったけど、ぜいたくは言えない。
同じ敷物には、モンブランとプリンが同じよう横になったし、プリンの向こう側のホットは地面に直に寝てるし、火の番をしてくれたブラウニーとキャラメルの傍で周囲を警戒していた魔王に至っては座ってるだけだ。
で、そんな魔王の顔が一番に目に入って来たのが問題だ。
だって寝たのは確か、モンブランとプリンの間だった。
どちらかが最初に視線に入るならわかるけど、何故にそうなる?
横を見れば、モンブランとプリン、こちらに背を向けたホットはたぶんまだ目を閉じているはず。
…どうやら寝ている内に、モンブランを跨いでこちらに転がって来たようだ。
はじめて気付いたけど、実はひどく寝相が悪い質みたい。
起きたら、モンブランに謝ろう。
目を覚ましたのは早い時間なのか、木々の間から見える空はまだ薄暗い。
隣からは穏やかな寝息、遠くからは鳥の羽ばたきが聞こえる。
剣を抱えるようにしているブラウニーも、寝ているかはわからないけどさすがに目はつぶっていた。
キャラメルは瞬きをしながら、ゆっくりと周囲を見回している。
また魔王に視線を戻し、つぶさに観察してみた。
魔王は昨日、最後に見た場所から動いていないみたいだ。
小さく燃える焚き火の近くに座り、キャラメルの大きな身体に軽くもたれ掛かっている。
ここから距離は、あまり遠くはない。
せいぜい歩いて、五歩かそこらだ。
寝起きの自分のに近くに、家族以外の異性がいるのは不思議に感じる。
焚き火に照らされて、髪色と同じ黒く長いまつ毛が淡い影を作っていた。
彼のまつ毛は、男だけどものすごく長い。
眉間にシワがあるけど、ニキビもシミもなくてなめらかそうな肌をしている。
シンメトリーに配置された顔のパーツは完璧の一言だ。
髪の毛なんて日本人として見慣れてるはずの黒髪なのに、彼の場合は神秘的に見えるから不思議なんだよね〜
つまり今更、何を言いたいかというと、美形を見慣れてるはずなのにその遥か上を行く魔王の美しさは規格外なのだと主張したいのだ。
ヘタに慣れてるから目が潰れるってことはないけど、感心して魅入るほどには美形だ。
ただ、キラキラの変わりに背後に黒くて禍々しいオーラを背負ってるけど。
“ザ・魔王”な雰囲気がただ漏れで、せっかく美形なのに、総合得点がマイナスというひたすら残念な結果を叩き出しそうだ。
うーん、オーラももちろんだけど、やっぱり眉間のシワが恐いんだよね。
挑んでくる勇者がウザいとか、イケニエの数が少ないとか、部下の仕事が遅くて世界征服が中々進まないとか、どんな理由があるか知らないけど、不機嫌そうな雰囲気を改善するにはシワをまず伸ばすとこからはじめればいいんじゃない?
やっぱり、リラックスするのが良いと思うよ。
甘いもの食べるとかさー、疲れも取れるらしいし。
あぁでも、甘いものって角砂糖だけなんだっけ?
角砂糖をむさぼり喰う魔王…シュールだ。
う〜む、ならば。
「一宿一飯の恩と言う言葉がありまして」
正確には、夜営だったわけだから微妙に意味は違うけど、そこら辺は察して下さい。
日が出てきて、朝御飯のスープを取ったら、みんなはそれぞれの活動を開始する。
魔王、ブラウニー、モンブランは三人で話をしてるし、ホットは荷物の整理、プリンは食器類の片付け。
で、私はそれを横目で見つつ、これを作ってました!
「じゃーん!」
自分で効果音を出しつつ、出来上がったものを鍋から取り出せば、みんなの視線が集中するのを感じる。
「何ですかぁ、この薄い物体はぁ?」
“物体”言うな。
人差し指と親指で挟んで、まるで得体の知れないものみたいに自分の目の前まで運び、しげしげと観察してる。
まあ、モンブランみたいにまったく近付いてこないってのも、それはそれで傷付くけどさ。
くんくんと犬みたいに匂いを嗅いでたホットは、首を傾げてから困惑顔を魔王たちに向ける。
「生姜とぉ何かわからない甘い匂いの他にぃ、ハチミツの匂いがするんだけどぉ?」
おぉ、中々正確な嗅覚だね。
正解は、ハチミツ、黒糖生姜パウダーを練り込んだクッキーです!
フライパンがないから、鍋にシートを敷いて焼きました。
シートはラッピング用の油を通さないもので、ちょっともったいなかったけど、まあこれしかないから仕方ない。
そう一宿一飯の恩として作ったのは、このクッキーだ。
せいぜい出来ても、プリンの手伝いで洗ったものを布巾で拭くぐらいしかやることがないから、得意なことで恩返しをと考えてみた。
更に甘いものを食べて、魔王の眉間のシワが少しは薄まればいいなー…なんてね。
段ボールの中にはちょうど、大量の製菓材料がある。
オーブンや卵、牛乳はないから作れるものは限られてるけど、出来ないこともないと、鍋やら借りて作ってみた。
粉類を混ぜて、もらった油を入れ、ハチミツを全体に馴染ませてから生地をちぎって手のひらで伸ばす。
本当は、ラップや袋に入れて伸ばしてから一口大に切ったり型で抜いた方が楽だけど、ぜいたくは言えない。
鍋にシートを敷いて、両面を焼けば完成。
手で伸ばしただけで形はいびつで、お店で売ってるようにキレイじゃないけど、味見した限りでは家庭的な味のクッキーになったと思う。
比べるのもアレだけど、少なくても昨日のクルミよりはマシだ。
…なんだけど、ホット以外は誰も手を伸ばしてくれない。
ホットだって、食べるというよりも観察するためだし。
「あのー、さっき入れてたものはハチミツですよね?」
片付けしつつ、クッキー作りを見守ってたプリンはおずおずと、問い掛けてきた。
よかった、ハチミツは“ハチミツ”って言うんだ。
でもなんで、プリンの顔が心なしか蒼いんだろう?
「はい、そうですよ?」
「!!」
今度はなんで、モンブランとブラウニーも同じ表情を浮かべてんだろう。
プリンも、『まさかっ!?』って、すごい驚いた顔で、両手で口を覆ってるけど、何があったの?
「これって、石鹸?」
「携帯にはぁ、便利ですねぇ。薄いからぁ」
「オイコラ、待て」
ひどい言われようだな!
褒められる出来じゃないけど、もう少しオブラートに包んでくれるかなー?
よりによって、石鹸はないよ。
これで手は洗えないし、食べ物だって!
「お前たち、石鹸のわけあるか。石鹸は焼かないっ!!」
モンブラーン!フォローだと思ったら、薄い胸を張って言い切ることじゃないよっ!!
あとブラウニー、その胸を凝視して温かい視線を送るな、シメるぞ。
「あのね、ハチミツは唇の荒れを防いだり、髪や肌の保湿をしたり、石鹸の香り付けに使うのです」
あぁ、そう言えば使ってるリップクリームもハチミツ成分入りだったな。
シャンプーに入ってることもあるし。
「つまり?」
「普通は、食用には使わないのです」
被せ気味に、プリンは答えを教え…ええぇー!?
ハチミツは食べないの!?
「虫の巣から採れるというのがですね、ちょっと…」
言いにくそうなプリンの言葉に、納得しそうになるけど首を振って否定する。
だって、巣や蜂の子ごと食べるんじゃないんだから大丈夫でしょ。
不純物も取り除いてあるだろうし、結構このハチミツ、高かったんだよ。
メープルシロップに比べればマシだけど、ハチミツだって良いお値段だ。
それにあの自然の甘みは優しくて好きだし、コーヒーや紅茶に入れてもいい。
それなのに、『ありえない』って全否定されてる。
「確かにそうですけど、ほらっ見て下さいっ!こんなにキレイですよっ!?」
瓶に入ったハチミツを差し出して、プリンに見せる。
彼女は困った顔をしながらも、瓶の中身を覗き込んでくれた。
「うん?何だかすごくキレ…」
「いやー、ムリだろ。虫の巣から採ったものなんて、気持ち悪いって」
プリンが何かを言おうとしたとき、言葉を遮りつつ彼女の腕を掴んで瓶から距離を取るよう促したのはブラウニーだった。
首を振りつつ、イヤそうな顔をして瓶入りのハチミツを見た後、すぐに顔を背けてプリンに視線を向けた。
「昨日もらったの、すごく美味しかったよ。やっぱり女の子は、あぁいうものを見付けるのが上手だなぁ」
もう、ハチミツのことなんて話題にない。
あっさりとした態度はまるで、存在を否定された何かと重なっ、て……。
ブチッ
頭の中で、何かの糸がキレた音がした。
こちらを見たブラウニーは、ギョッとしてプリンの腕を離して後退る。
手を腰の剣に伸ばすのが見えて、イラッとした。
「≪手を止めろ≫、≪動くな≫」
イライラしながら言えば、ブラウニーの動きがそのまま不自然に一瞬、停止する。
しかし直後、バチッと静電気が走ったみたいな音がしてブラウニーはよろめきながら距離を取ろうと更に後退ろうとするけど、ちょっと遅い。
青褪めて、汗をかいてる標的に接近して胸ぐらを掴んで引き寄せる。
ほとんど抵抗なく屈んで、顔の位置が低くなったブラウニーは相変わらず青褪めた顔で、マヌケにも口を半開きにしていた。
その隙を見逃すことなく、片手に持っていたソレを開いた口に押し込んだ。
「〜〜〜!!」
目を白黒させながら、何かモゴモゴ言ってるブラウニーだったけど、口を両手で押さえ付けて絶対に離さない。
そうしている内に、観念したのか彼は口の中に入った…ハチミツをたっぷり掛けたクッキーを恐る恐る咀嚼し、ゆっくりと飲み込んだ。
そして、ハッとした顔になって思わずといった風に呟いた。
「…旨い」