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いつもの居間で、推理を

居間。

家族が集まるところのことだけど、うちの場合は決してリビングと呼べる場所じゃない。

両親と兄弟五人の計七人だから、ちゃぶ台と脚が折りたためる机をつなげてご飯を食べてるから、余計にそんなおしゃれに呼べないのだ。


そのくせうちの居間には、“居間”なのにソファーが置いてある。

詰めれば三人でも座れるそこは、母と姉の優先席であり、二人がいないときだけ使用出来る場所だ。


宅配の兄ちゃんが来る前、悠々と一人で座っていたところに、わが家の女王様、つまり姉の桜月(さつき)が足を組んで堂々と座っていた。

いつの間に、帰って来たのだろう?


「何これ、『異世界に召喚された女子高生が、その世界で様々な男たちと出逢い、惹かれ合う。めざせ、逆ハー☆』〜?誰のよ、この本」


キレイにラインストーンが配置され、すき間なくマニキュアが施された爪が、閉じたばかりの背表紙を弾く。

ギャー、その本は借り物だから大事に扱ってよ!

ていうか、あらすじ読んでなかったけど、目指すのは逆ハーかいっ!

元の世界に帰れっ!!


睦月(むつき)ー、これあんたの?」


姉に呼ばれて居間に顔を出したのは、弟の睦月。

サッカー部だか野球部だかバレー部だか、運動部の助っ人はどうした?


「俺のわけないじゃん。葉月(はづき)のじゃないの?」


「あたしのじゃ、ないよ」


おずおずと睦月の後ろから出て来たのは、やっぱり出掛けてたはずの妹の葉月。

友だちにムリヤリ、どこぞの中学生の大会に応援に連れて行かれたって聞いたけど、まさか睦月が助っ人に行ったのと同じとこだったの?


「ただいまー。あれ、姉ちゃん何でいんの?」

「家にいるだけなのに、あんたの許可が必要なの?」


ほくほく顔で居間に入って来た兄の香月(かづき)は、片方の眉だけ器用に上げて見せる、不穏な雰囲気の姉に気付いていない。


「そうじゃないけどさ〜今日はデートだったんでしょ?まさか、フラれ…いたっ!」

「その冗談、おもしろくないわ」


ピシッ


女王様らしくムチの音…ではなく、デコピンが兄の額に炸裂した音だ。


今日はデートだったと思っていたけど、記憶違いじゃなかったみたい。

大方、デートコースか食事が気に食わなかっただけだろうな、この女王様は。

しかし、怒鳴り声よりも平淡な口調が逆に恐いなぁ。

デコピンが当たる音も、ラインストーンで打撃力が上がってるのかやたらと痛そうな感じがするし。


「あぁ、そうだ。今日は誰が最後に、家を出たのかしら?」


自分の気が済むまでデコピンを繰り出したくせに、爪の状態を確認している姉は顔を上げずに弟妹に問い掛ける。


「カギ、開けっ放しだったのよ」


何を聞きたいかと思えば、そういうことか。


「俺は違う。ゲーム買うために、みんながまだ寝てる頃に家を出たからな」


戦利品を必死に姉の攻撃から、身を呈して庇っていた兄は言う。


「俺も違うよ。助っ人でも、朝練に出なきゃいけないからさ。父さんがお弁当作って持たせてくれた」


自分で口にして思い出したのか、汚れたシャツや靴下の他に弁当箱を出しながら弟は言う。


「私も、違う。お母さんが家を出る支度してるときに、友だちが迎えに来たから」


冷蔵庫から麦茶を出しながら、妹は言う。


「私はお父さんが出掛けた後ね」


気になるのか、親指で人差し指の爪を撫でながら姉は言う。


みんなの証言を整理しよう。

兄はみんなが寝ているときに、出掛けた。

弟は父がお弁当を作ってくれてから、出掛けた。

妹は母が支度をしているときに、出掛けた。

姉は父より後に出掛けた。


それを聞く限り、兄が一番最初に家を出て、弟は父と姉より先に出掛けたことがわかる。

母より先に出掛けた妹は、少なくても最後じゃないからカギをかける必要はない。

問題は、父より後で出掛けた姉だよね。

可能性としては、弟の後で父、姉、妹、母の順。

または、母の後で父、姉の順だ。

裏をかいて母、妹、お弁当渡した後に慌てて出掛けた父、姉、弟もあり。

むむっ、これは推理が必要だな…なーんて、本当は答えは見て知ってるけどねっ!


(さく)姉が、最後なんじゃないの?」


そう弟が言う通り、正解は『姉が最後』なのだ。

でも実は、犯人は別にいるんだよねー。


「違うわよ。誰かまだいたわ」


うんうん、いたよ!


「なら、母さんが最後?」


「ううん、まだお父さんたち出掛ける準備してなかったよ」


朝御飯やお弁当作りの片付けをしてた父も、身だしなみに時間を掛ける姉も、すぐに出掛けられない。

そんな二人が準備していないと言う妹の証言を信じるなら、やっぱり最後に家を出たのは姉だ。


「姉ちゃん、罪を認めて楽にな…いたっ!」

「何、冤罪着せようとしてんのよ」


兄も本当に、懲りないなぁ。

冗談でも、姉のせいにすれば報復されるに決まってるでしょうに。


「ハヅちゃんが、嘘を言うとでもっ!?」


どうでもいいけど、兄はロリコンだ。

小さくて可愛い()が、嘘を吐かないと半ば本気で信じてる。

アホか、そんなことないに決まってるし、身内から犯罪者が出るのは勘弁してほしい。

でも、妹をウザいくらいに信じる姿はロリコンというより、シスコン?


「あたし、嘘、吐かないもんっ!」


あーあ、疑われて妹が涙目になってる。

引っ込み思案なくせに、意外に頑固だから絶対に自分の主張は曲げない。

全員に疑われて、自分が大泣きしても曲げないからすごい強情だ。

だから早く謝れよ、兄。


「私は葉月を疑ってないわよ。人聞きの悪いこと、言わないでちょうだい」

「いたっ!いたいって!やめっ!」


ピシッピシッピシッ


おぉ、今度は連打だ。

早とちりして、勝手に妹が疑われてると勘違いした方が悪いから、同情はしないよ。


「でもさ、それじゃあ誰がいたのさ?桜姉と葉月を信じたら、うちには誰も残らないじゃん」

「幽霊でもいない限り」


兄が両手を前にだらりと下げて、『う〜ら〜め〜し〜や〜』ってやってる。

姉に向かってやってるのは、意趣返しのつもりかもしれないけど、あっさり鼻で笑い飛ばされた。

へっ、ザマアミロ。

あと兄と弟、幽霊なんて失礼なこと言うなっ!生きてるよ!!


と、言うよりさー、みんなわざとやってんの?

話題にも上がらないなんて、嫌がらせだよね。


「ただいま、みんな帰っているのかい?」


「おかえり、親父」


休日出勤をしていた父が、どうやら帰宅したみたいだ。

うちの父ほど『親父』と呼ばれるのが似合わない父親はいないだろう。

“儚げ”とか“たおやか”という単語が似合う父は、五人の子持ちとは思えないほど若々しくて美人だ。

そんな父に似てるのに、どう間違ったのか派手な美女になった姉と、性格はともかくやっぱり顔立ちが派手めな美少女な妹を並べれば美人三姉妹にも見える。

ちなみに、平凡かつマンガで出てきそうな古典的な中年おばさんの母に似た私は大抵、その中には入れない。


「昼頃には、帰ってくるんじゃなかったの?」


「あぁ、桜子さんの仕事風景を見てきたんだよ」


…うちの父は、美人なくせに美的感覚がすこぶる狂ってる。

スーパーのレジをやってる母を見に行っては、近付く男たち(客)に嫉妬するのだ。

しかも、平凡な中年おばさんの母を平気で『美人』と言い張る、頭の構造がおかしな人である。


「あー、はいはい。それより親父、最後に誰が家出たか知ってる?」


さすがに慣れてるから、兄も適当に受け流して本題にすぐに入る。

怪訝そうな顔をする父に、兄は今まで話してたことも順序立てて説明した。


…ここまで引き伸ばしておいてなんだけど、白状するならカギをかけ忘れた犯人はきっと私だ。

宅配便を返却することで頭がいっぱいで、玄関を開けっ放しで飛び出したんだと思う。

いまいちあいまいな記憶だけど、消去法で考えれば、最後まで家にいたのは私なのだから自ずとわかるはずだ。


だけど、誰もそのことに気付かない。

姉くらいは、『誰かいた』って言ってんだから覚えてていいはずなのになぁ。


正直な話、五人兄弟の中で存在が薄くて忘れられることはしょっちゅうだ。

あとの四人はみんな揃いも揃って、父似の美形な上、強烈な性格をしている。

そんな姉兄弟妹に囲まれてるのと、母似の平凡な顔と流され放題な性格のせいでいっつも忘れられる運命なのだ。

周囲はもちろん…。


「桜ちゃん…」

「だから、私じゃないって言ってるでしょ」


「お父さんそれ、初耳なんだけどねぇ」


兄弟と親にすら、忘れられる。

いつものことだけど、ちゃんと見送りもしたのにやっぱり記憶に残っていないのか。


「おねえちゃん、みつおねえちゃんは?」


おずおずと、鼻をすすってた妹がやっと思い出してくれたっ!

良い子、良い子!お菓子作ったら、みんなより多目にあげるからね〜


「あぁ、みつか。そういえば、いなかったな」


おい兄、平然と言うな。


「本当ね。空気みたいだから、わからなかったわ」


ひどいよ姉、そんな言い方普通する?


「普段だって、いるのかいないのかわからないし」


ちょっと弟も、言い方ってものがあるでしょっ!


「うん、わからないね」


妹よ、素直に肯定しないで。


「そんなことよりも…」


『そ・ん・な・こ・と』っ!?父、そんなあっさりと娘の一人の話題を切り捨てないで!

みんな、いくらなんでもひどすぎるよ!!

いない私に対して、なんて冷たい態度なのさ。


…でも結局、いてもいなくてもどーでもいい、『空気みたい』な存在なのかな。

みんなの話題も変わって、私のことなんて少しも出ない。

仕事でここにいなくても、話題に上がる母とは違って。


ちゃぶ台の端に、忘れられたように置いてある本が視界に入る。

異世界も召喚も、剣も魔術も魔王もマンガや小説、もしくは夢の中にしか出てこない。

ありえない世界、ありえないこと、ありえないものたち。

でもそのありえない世界なら、いない私は存在出来るかもしれない…なーんてね。

まあ、平凡には変わりないだろうけど、“それでも”とか思ってしまう。


あぁでも、なんで私は今ここ(・・)に存在しないんだっけ…?



桜月…姉。社会人。

香月…兄。大学生。

蜜月…主人公。

睦月…弟。中学生。

葉月…妹。小学生。

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