please me お菓子!
「もう疲れた…」
ぐったりした様子で、モンブランは戻って来た。
かれこれ、どのくらいの時間かはわからないけど、結構長い間ブラウニーを追い掛け回していたみたいだ。
バラ色の頬と、汗で張り付いた髪の毛が色っぽいけど、相当疲れたらしくて『ぜーぜー』言ってる。
彼女は尻餅を着くように座り込み、前屈みになって両手両足を力なく投げ出し、真っ白に燃え尽きたような状態で項垂れた。
ぐったりと首を下げた姿を見ると、なんか申し訳ない気分になる。
「すみません、冗談を言われたくらいであんな声出して」
プリンから水を入れた金属性のカップを受け取ったモンブランは、よろよろしながら顔を上げた。
「気にするな。むしろ、あの害獣が悪い」
ぐったりした彼女の顔には、“忌々しい”と書いてある。
『害獣』って、ブラウニーのことだろうか?
そのひどい扱いに、苦笑する。
しかし、疲労困憊という状態なのに、色っぽいってどういうことだ。
美人は、どんな状態でも美しいらしい。
「冗談じゃないのに。いいじゃんか、親愛の情を表すだけだし」
「ぶ・ら・う・にいぃー!!」
息を切らすでもなく、余裕の表情を浮かべるブラウニーが憎々しい。
そんな気持ちを抑えてプリンと二人、いきり立つモンブランを『どうどう』と諌めることに徹する。
カップの中身がこぼれて、ちょっと服が濡れたけど、モンブランがひとまず怒りを収めてくれたから、ヨシとしよう。
「はいはい、落ち着くのですよ。きちんと落ち着けたら、ごほうびにいいものあげます」
プリンよ、ごほうびで釣るなんて小さい子ども相手みたいじゃない?
魔王の他称おかーさまなんだから、子ども扱いしたら怒られるんじゃ…、と思っていたらモンブランは落ち着きを取り戻していた。
えっ、まさかごほうびに釣られたのっ!?
「何をバカなことを言ってる」
あっ、なんだ、呆れただけか。
むしろ苦笑しているモンブランは、疲れは見えるけど、ごくフツーのテンポで突っ込みを入れた。
「ふふっ、そんなこと言わずにいかがです?」
『バカ』って冷静に突っ込まれたのに、堪えた様子を見せないプリンはすごい。
モンブランの言い方が悪いのはいつものことなのか、可愛らしく笑い声を上げながら、華麗にスルーした。
気安い口調もきっと、こんな感じで普段からやり取りしているからなんだろうな。
今のやり取りも、なんだか普段の二人の仲の良さが伺えておもしろい。
「遠慮はいらないですよ、さあさあ」
『ごほうび』とは言ってたけどそれは建前で、もう渡す気マンマンなプリンは、自分の荷物から何かを取り出し、そのままの手をつき出している。
つき出した拳からはその何かは想像出来ないけど、手のひらに納まるサイズだということは唯一わかったことだ。
なんだろう、ちょっと気になる。
「まったく、お前はいつも押しが強いな」
「これくらい押しが強くないと、あなたの相手は出来ないのです」
苦笑するモンブランと、空いた手を腰に当てて胸を張るプリン。
強調される胸を、身を乗り出さんばかりに凝視するブラウニーは、やっぱり後でシメるとして。
「では、ありがたくいただこう」
そう言って素直に差し出されたモンブランの手に二つ、ポップな柄の小さな包みが落とされた。
「ん?いるか?」
あんまり私が見詰めるから、モンブランが気にして一つ、横流ししてくれた。
わーい、ありがとうございますっ!
でも、もらってすぐに目の前で横流ししても良いのかなぁ…。
「師団長たちも、いかがです?」
そう思ってたら、 プリンは男性陣に勧めていた。
一足先に、モンブランから受け取ったってことでいいのかな?
男性陣は、ブラウニーだけが受け取って、あとの二人は断っていた。
受け取るとき、ブラウニーは自然な動きでプリンの手を握ろうとして、その手を叩き落とされている。
へっ、調子に乗るからだよ!
「お二人とも、ありがとうございます」
もらった包みを、手の中に大切に包みながら言えばプリンはにっこりとしながらそれぞれに二つずつ増やしてくれた。
わーい!!
「あの…な」
うん、何でしょうか?
「私の名はモンブラン。ブランと、呼んでくれ。それと…その、すまない。変な言い掛かりを付けて」
おぉっ、モンブランがデレたっ!!
これも、プリンのおかげか?
しっかし、照れてる顔がかっわいいな〜
気を付けないと、にやけちゃいそうだ。
「いえ、大丈夫です。それに、警戒して当たり前だと思いますよ」
変に顔が崩れないように、気を付けながらもなんとか笑みを浮かべられたと思う、たぶん。
モンブランの言ったことも、仕方ないっちゃあ、仕方ない。
だって、こっちは完全に不審者だし。
むしろ、他のみんなが無防備過ぎるよ。
もちろん私は、本当に不審者じゃないけどね。
まあ取り敢えず、みんなの名前を教えてもらえた。
やっぱり人と関わり合いになるなら、自己紹介が一番最初に必要だよね。
「改めまして、佐藤…じゃなくてサトです。まお…師団長、ブランさん、プリンさん、ホットさんにブラウニーさん、よろしくお願いします」
ヤバイヤバイ、思わず“魔王”と呼んじゃうとこだったよ。
さすがにないよね、出会って数時間であだ名というか、悪意しかないこの呼び名。
個人的には悪意はなくて、一言で彼の持つ雰囲気を表す良い呼び名だと思ってるんだけどね。
人外的な美貌と眉間の深すぎるシワと人相の悪さと、不機嫌オーラとを表す呼び名として。
だけど、さすがに本人を前にして言っちゃいけないことくらいはわかってる。
うん、ギリギリバレてないよね!
魔王の視線が冷たいのも、不機嫌そうなオーラも、きっと気のせいだよね。
…そういうことにして、もらったものでも食べよう。
ポップな包み紙は両端をしばったいわゆるキャンティ包みで、包み紙自体はちょっと触り心地は悪いけど、ミル○ーを包んでる紙に似てる。
ただ、あの包み紙みたいにしっかり油分を、外に出さない加工がされているように感じられない。
「中身はなんですか?」
中身は四角いようだ。
キャラメルやチョコレートだとしたら、油分が包み紙に出てそうだから違うとして、候補は飴かガムぐらいだよなぁ。
「ふふっ、甘いものですよ〜」
『開けて開けて』と仕草で促されて、ありがたく包みを開封する。
両端を丁寧に解いて、ゆっくりと開封するとそこから四角い物体が現れた。
「甘いもの…」
…見覚えは、ある。
角っこが欠けやすい、カロリーハーフを謳うスリムなスティック状のものに圧されて最近じゃあまり見掛けない形だけど、知ってる。
「甘味料…ですよね?」
どの角度から見ても、ポップな包み紙から出て来たそれは、角砂糖にしか見えなかった。
人の名前に副音声が掛かるなんて不思議現象があるから、私の目にだけ角砂糖に見えるのかもしれない。
だって、プリンはこっちの発言が理解出来なかったみたいで、不思議そうな顔をしてるから。
「すみませんが、それの名前を教えてもらえませんか?」
「角砂糖です」
そのまんまかっ!
職人、もうちょっとひねった名前付けてよっ!
いや、角砂糖みたいな形だから、きっとわかりやすさ重視で付けたのかもしれないよね。
「いただきます」
口の中に入れてすぐ、角からほろほろと崩れていく食感に、口の中いっぱいに広がる甘さ……やっぱり角砂糖だった。
どんな表現をしても、見た目を裏切らない角砂糖でしかない味だ。
「どうですか?」
にこにこしながら聞いてくるプリンに対して、気の利いたコメントなんてそんなに出てくるはずもなく。
「…甘いです」
ありきたりどころか、どう返すか迷うようなコメントをしてしまった。
申し訳ない気持ち沸き出すけど、どうしようもない。
だって、甘いだけだから…。
「えーと、ところで何故角砂糖なんですか?」
プリンがものすごく、『角砂糖大好きっ!』とか、『ミネラル豊富で今大流行!』とかなら話はわかるけど、何故に角砂糖?
山登りなら、氷砂糖が良いとは聞いたことがあるけど、角砂糖はどうだろう。
「甘いものがほしいときって、あるじゃないですか?だから、こうやって持ち歩いているのです」
私もカバンの中に、クッキーとかチョコレートとか常備してるから、その気持ちはよくわかる。
わかるけど、なんでわざわざ可愛い包みに入ってるとはいえ、普通の角砂糖にするんだろう。
「飴やキャラメルみたいな、お菓子ではなくて?」
グリフォンのキャラメルが、『呼んだ?』という感じで首を傾げてるけどごめん、今は呼んだわけじゃないんだ。
『ごめんよー』という気持ちを込めて、なでなでして取り敢えずプリンに向き直ると、彼女は困った顔をしながら口を開いた。
「アメとオカシが何なのかわからないのですが、ニュアンスは何となく理解出来たのです。つまり、嗜好品としての甘いもののことですよね?」
頷くものの、なんか急にイヤな予感が。
「甘いものは、角砂糖以外にないのです」
はい?
あれ、プリンの言っている言葉はわかるのに、理解出来ないよ?
「お菓子は、角砂糖以外にない?」
“お菓子=嗜好品としての甘いもの”という方程式を理解してくれたプリンはすぐに答える。
「はい、ないです。聞いたこともないですよ」
ない…お菓子が、甘いものが、ない…?
飴もチョコレートもクッキーもショートケーキもキャラメルも!?
サヴァランとモンブランとホットケーキとブラウニーとプディングとキャラメルがいるのに、お菓子はない!?
角砂糖はお菓子に入りますか?
いいえ、入りませんっ!
「…ふっ」
ふざけんなー!!
こっちはテストで、菓子絶ちしてたんだよ?
やっとテストが明けて、注文したものも届いて、お菓子作りして好きなだけ食べようとしてたのに…。
「くっ…」
食わせろー!作らせろー!!
ぷりーず、甘いもの!!
のっと、角砂糖!!
「くくくっ、ふはははははははっ!…はぁ」
やっぱり、これは悪い夢だよ、うん。