お腹は満足、だからって食べられたくない〜!!
いやー、外で焚き火を囲んでご飯なんて学校行事以来だ。
わざわざ家族でキャンプなんてやったことないけど、まさか今日会ったばかりの人たちとこんな方にご飯食べるとは思わなかったよ。
飯盒でご飯も、洗い物するための水場も、キャンプ定番のカレーもない、逆に蚊どころか獣の遠吠えが聞こえるような場所でやるとも思ってなかったけど。
まあ水だけは有り難いことに、魔王が魔術で大量に出してくれるから大丈夫。
噛みごたえのありそうなジャーキーを煮て作ったリゾットもどきを恐縮しつついただいき、食後のお茶までもらいながらさっきまでのことを思い出す。
階段を上がったり下がったりを繰り返しながら、みんなは進む。
縦一列にブラウニー(仮)、モンブラン(仮)、プリン、私、魔王、ヘンタイの順で並んでる。
背後から発せられる、無言のオーラが重っ苦しいけど、ヘンタイが後ろにいる方が別の意味で危険だから現状維持で大丈夫。
ときどき、前方から『キシャーッ』とか『グルルルッ』とか動物の鳴き声みたいなのが聞こえてきたけど、その途端に前を向いてたプリンが振り返り、にこにこしながら目の前に立ち塞がってくる。
背伸びしたり身体を横にずらしたらして、視界を確保しようとするけど、大して身長が変わらないプリンはその度に素早く移動して、目の前に必ず立つのだ。
おかげで、前方の二人が戦ってるのは雰囲気でわかるのだけど、実際に見ることは叶わない。
「≪展開≫」
「ハッ!」
二人の鋭い声と、光の爆発と断末魔ー…そして、大きなものが倒れる音がして、しばらくした後に前方が静かになってからプリンはやっと動くのを止めて肩越しに振り返る。
やっと前を見れると思いきや、後ろから伸びてきた大きな手が、今度は視界を塞いだ。
「ひゃっ!」
大きな手はやたらとヒンヤリしていて、しかも後ろから急に塞がれたから驚いて思わず変な声が出た。
「…ホット、アレを片付けろ」
何故か、背後のオーラが更に重くなった。
よくわからないけど、目隠しされたまま直立で待機することとなる。
気の抜けた返事をしたのは、殿を務めてたヘンタイだった。
奴は最後尾から小走りで横を通り、先頭へ向かったようだ。
ヘンタイのねちっこい視線が、横を通るときに感じたのがひたすら気持ち悪い。
下校途中の妹に声を掛けていた中年オヤジを見たときも、ひたすらキモかったけど、それとも違う。
強いて言うなら、得体の知れない気持ち悪さだ。
ホラーやサスペンス特有の、『暗闇に何かいる』状態。
見たら最期、殺されるかむしろそれを望むくらいにひどい目に遭わされるかっていう、恐怖混じりな気持ち悪さを感じる。
こいつに隙を見せたら、たぶん人間が出来る範囲で最悪な目に遭わされそうだ。
モルモット、つまり実験動物的な意味で。
前方に行ったヘンタイが何をしているのか、魔王の短い命令は何かを片付けているのしかわからない。
戦って出た瓦礫の撤去みたいなのは、非力そうなヘンタイに頼まないとは思うけど、奴は術式を唱えているみたいだ。
魔術が利く範囲はわからないけど、まさか撤去作業にわざわざ魔術は使わない…よね?
まだ掛かるのかな、ちょっと暇だからあのヘンタイの名前でも推理してみよう。
ホットって呼ばれてたけど、どんな名前だろう。
ザヴァラン、プリン、モンブラン(仮)、ブラウニー(仮)と洋菓子の名前だから、ヘンタイも美味しそうなものかもしれない。
ホット…ホットアップルパイ、ホットケーキ、ホットドックは違うよな。
ぎゅるるるる〜
ハッ、新手の敵かっ!
「お腹すきました?」
「あー、もう少しで地上に出れますんで、今日はそこで休みますか?」
「そうだな」
「よかったぁ、もう足が痛くて痛くてぇ」
「まだ距離がある、座り込むな」
新たな敵の鳴き声に、みんな戦線離脱!
…嘘です、ただのお腹の虫でした。
プリンに至っては、親切にも目を見て確認してくれました。
恥ずかしいけど頷けば、ブラウニー(仮)が魔王に確認を取って今日はもう休むみたいだ。
それに喜んだのはヘンタイも一緒で、ぐたーっと座り込んでモンブラン(仮)に怒られてた。
ふふん、ヘンタイはもう少し鍛えた方がいいんじゃないの?
『あとちょっと』ってわけで、やる気を出してブラウニー(仮)が言ってた地上に出たメンバーは、そこで夜営の準備をして現在に至る。
「すみません、私のせいで皆さんの食べる量が減りましたよね?」
急に加わったから、五人分しかない食糧の一人頭の量が減るのは当然だ。
それなのに、盛ってもらった量は多かった。
「子どもが、気にするな」
意外なことに調理を担当してたブラウニー(仮)は、大きく口を開けて笑う。
「そうだ、たくさん食べて大きくなれ」
有り難いけどね、モンブラン(仮)。
たぶんもう、大きくなるのは横たけだと思う。
「私もブランも、お肉はちょっと食べれないから大丈夫です」
プリンとモンブラン(仮)は、嫌いだから肉を食べれないんじゃなくて、決まりだからダメなんだって。
法術師は、昔のお坊さんみたいに殺生した生き物を口にしちゃいけなくて、エルフは食べられる量を森からいただくのはいいけど、わざわざ加工したものは例え今みたいな夜営のときも食べれないらしい。
でも、出汁はいいらしいから線引きはあいまいだよね〜
「そうですよぉ。気にせずどんどん食べてぇ、そしてたらふふふっ…いたっ、長様痛いですううぅぅぅっ!!」
いいぞ、魔王!もっとやれっ!!
不気味に笑うマッドなヘンタイは、頭を魔王の手でギリギリとシメられることとなった。
プリンがそれを横で、白い目で見てるのが印象的である。
「気にするな」
ありがとうございます、魔王様。
ん?食事の件とヘンタイの発言とどっちのこと…あぁ、両方か。
「ありがとうございます」
お辞儀をしつつ言えば、みんなにっこりと笑い返してくれた。
魔王は撫でてくれたし、わーい!
あっ、そーだ。
「すみません、お鍋借りてもいいですか?」
またもシュールな光景を目の当たりにしたモンブラン(仮)は、ぎこちない動きながらも洗った鍋を貸してくれた。
ナイフを借りて、段ボールの中からクルミの袋を取り出して封を開ける。
大きい塊は手で割って、後は熱した鍋に投入!
焦げ着かないように、揺すりつつクルミを煎る。
「これは、カリュオンですね?」
へっ?
「いいえ、クルミですよ?」
「えっ?」
煎ったクルミを皿にあけ、今度は鍋にグラニュー糖と少量の水を入れる。
そうしてる間に、作業を見ていたプリンと話しをする。
「固い殻に入った実を、乾燥させたものですよね?」
親指と人差し指で、輪っこを作ってみせるプリン。
たぶん、プリンが言ってるものとクルミは同じものみたいだ。
「名前が、その地域で違うのかもしれませんね」
「そうかもしれないですね。ところで、これはどうするのですか?」
「これはこのまま、カラメリゼするつもりです」
鍋の中身の色が変わったら、濃くなり過ぎない内に煎ったクルミをまた入れる。
「からめりぜ?」
「はい、グラニュー糖と水を入れて火にかけて、色が変わったら煎ったナッツ類に絡めることを指します」
鍋を揺すりながら、お玉で使って焦げ着かないように気を付ける。
アーモンドでやるべきだけど、ないからクルミで代用だ。
「ぐらにゅーとう、なっつるい…」
「グラニュー糖は、目の細かい砂糖です。よく、製菓に使われるもので、普通の砂糖より溶けやすいものです。ナッツ類はクルミ…カリュオンですっけ?あれみたいに生食用じゃない、木の実の総称ですね」
全体にカラメルが絡んだら、グラニュー糖を直に入れて絡める。
それで、完成っ!
「本当は、グラニュー糖で真っ白になるはずだったんですがすみません、所々焦げてしまいました」
しまったな〜お茶請けにしようと思ったら、少し焦げちゃったよ。
人の口に入れるのに、こんなんじゃダメだよな…。
「いえ、大丈夫です。ですが…」
さすがのプリンも、困った顔をしてる。
まあ、しょうがないよね。
そんな大量に作ってないから、失敗作は自分で消費しよう。
「あっ、そうそう。グラニュー糖と水を入れて色が変わったら、そこに温めた生クリームを入れたらキャラメルソースになるんですよ」
パンに付けたり、アイスに掛けると美味しいよ。
失敗作のクルミを口に入れ、もぐもぐと口を動かす。
うん、やっとテスト明けで作れて食べれた甘いものがこれって、少し寂しい気がする。
香ばしくてちょっとビターな味は、これはこれで美味しいけど、やっぱり大物が作りたいな〜
二口目を口に放り込むと、目を真ん丸くしたプリンが驚いたように叫んだ。
「食べるのですかっ!?」
「くえぇぇ?」
「食べますけど…って」
プリンの言葉に被せるように、鳴き声が横からするんだけど。
反射的にそちらを見れば、至近距離に鋭く光る、二つの金色をした珠が。
尖ったクチバシに、まさに猛禽類っ!という金色の目をしたソレは見詰めると首を傾げつつもこちらを見詰め返す。
うわ〜、可愛い〜って…。
「うわあぁぁぁっ、怪獣だああぁっ!!」
「くえぇぇー!?」
至近距離で可愛いらしく首を傾げてたのは、可愛いらしさとは真逆の空翔ぶ肉食獣、やたらとでかい鷲様でした。
…いや、鷹?トンビ?
違いはわからないけど、誰か助けてー!!