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役職?魔王様のエサ係らしいです。

よろしくお願いします。

ガチャガチャガチャ


青み掛かった黒髪はキラキラ輝いて艶やか、癖のない真っ直ぐなサラサラしたそれは弛い三つ編みにしている。


ガチャガチャガチャ


背筋はイスに腰掛けていても真っ直ぐで、猫背どころかだらけたところを誰も見たことがない。

長身で、手足も長くスラッとして、しかし魔術師の大半のように貧相ではない。

さすがに、本職の熊もかくやという騎士に比べれば、細い方かもしれない。それでも、鍛えているため、筋肉は無駄なく付いている。


ガチャガチャガチャ


手は大きく、指は節々が骨っぽいやはり男のものだ。しかし指は長く、器用そうな印象を見る者に与える。

書類を捲るときも、羽ペンを使うときも、素早いのに粗野な印象はなく、むしろ優雅ですらある。


ガチャガチャガチャ


顔立ちはかなり整っている。いっそ、恐怖を覚えるくらいに。

青紫色の瞳は神秘的で、切れ長も相俟って近寄りがたい雰囲気を醸し出す。そんな目を覆う睫毛は、髪色と同じでバサバサと開閉するたびに風が起こりそうなほどに多く、長い。


鼻はスッと通ってて、低過ぎずしかし高過ぎず。

赤く薄い唇は、しっかり閉じられていて、無駄口を叩くことは決してしない。

白い肌はシミともくすみとも無縁だが、若干青い。不健康まではいかないが、その一歩手前だ。

そこを踏まえれば、ほっそりとした輪郭も栄養が足りていないのかもしれない。


しかしその輪郭に計算して配置し、完璧なシンメトリーで構成されたその顔は、どこまでも美しく、整っていた。女であれば、権力を持つ男たちが奪い合う、傾国の美姫として。


ガチャガチャガチャンッ


「うるさい」


美貌、才能、地位、権力、財力を持つ完璧無欠そうな男だが、美声は天から与えられなかった。


地底から響いて来るような不吉さと、極寒の地にいきなり放り出されたかのような冷々した温度を伴う、そんな声だ。

それが自分に向けられたときの心細さと恐怖を味わったメイドさんは、『ヒッ』と小さく悲鳴を上げて、さっきからガチャガチャとうるさかったカップを、更に鳴らせた。


傾国ならぬ、渓谷が男の切れ長というより鋭利な目と目の間に出来てる。

表情の変わらない、いつも眉間にシワを寄せている男だが、今は不機嫌なのだと短い付き合いながらも理解出来た。


メイドさんが食器であれば、ガチャガチャ鳴っていそうなほど、震えている。こんな人間ブリザード製造機?もしくは発生機を前にしたら、気の弱い人ならガチガチ歯を鳴らしてしまうだろう。


しかし、同情はしない。


メイドは冷静に、主人(あるじ)に仕える存在だと思う。どんなに将来有望で、手に入れたら玉の輿でウハウハでも、仕事をほっぽってメイド仲間と騒いだりしたらダメ。

身分は貴族の令嬢でも、メイドはメイド、仕事は仕事。

そこを理解出来ない人は、この男の傍では仕えられないだろう。まあ、強心臓の持ち主かつ、鈍感であれば大丈夫だけど。


あと、食器を鳴らしてうるさくしたり、なおかつ注意されたの謝罪もせず、出た言葉は悲鳴。ちょっと、お粗末過ぎやしないか?


「茶」


一言。名前を呼ばれなかったが、今だ震えるメイドさんをご指名ではないだろう。

黙ったまま動かずにいれば、渓谷が更に深くなるので短く返事をして茶器の準備をする。


メイドさんから茶器を受け取り…恨みがましい視線だけは受け取り不可にし、紅茶を入れた。かなり慣れてきて、蒸らす間の時間も無駄にはしない。用意されていた果物も、食べやすい状態にすればちょうどいい時間になっている。

温めておいたカップに注いだ紅茶はキレイな色で、我ながら良く出来たと自画自賛。


ソーサーに乗せたカップを差し出せば、すぐに手が伸ばされて口を付ける。ゴクゴクと嚥下(えんか)されているが、その間は無言。不味くはないと、その様子から想像するしかない。

張り合いはないが、『不味い』の一言で捨てられてきた日々を思えば…フフフッ。


「ん」


空のカップを差し出すときも、せいぜいこれだけ。熟年夫婦かってーのっ!


「フルーツも、よろしければどうぞ」


紫色のオレンジもどきの乗った皿を差し出せば、鋭い目で睨んでくる。気に入らなかったのだろうか?


「何か?」


「カシはないのか?」


カシ…樫?河岸、歌詞、仮死…はないな。


「あぁ、菓子ですね。今日はありませんよ」


「……」


「ありませんったら、ありません」


視線も冷たく、眉間の渓谷は深くなる一方だ。無言の圧力も凄まじい…って、魔力が漏れてる。

このまま放置したら、ヤバいことになりそうだ。


「あー、はいはい。しばしお待ち下さい」


まったく、いつの間にこんなに甘味が好きになったんだか。チョコレート差し出したときの、『この物体』扱いと危険物を触るような手付きは何だったんだか。


「では、しつれ」

「待て」


最後まで言う前に、被せるようにして制止させられた。失礼だな、おい。


「まだ、そこにいたのか」


男の冷々した声は、こちらに向かってのものではなかった。こっちは退散していいのなら、早くこの部屋を出たいのだけど。


「仕事をする気がないのなら、早く出て行け」


「でっ、ですが、わたくし、サヴァラン様付きのメイドとしてお仕えするように…」

「聞こえなかったか?」


遮る声に、不穏な空気がものが混じり、メイドさんは口をつぐむ。“不穏な空気”とは、男から発せられる魔力のことだ。

書類を捌いてる最中から少しずつ漏れ出して来ていたけど、今は部屋中の空気すら重い。


メイドさんは、まったく自分を見ない男に声を掛けようと試みるが、相手のまとう空気に怯んで声も出ない。仕方なく、執務室のドアを開け彼女を促すと、メイドさんはキッと睨んでくる。


「侍従如きが、良い気にならないことね」


別に良い気にはなってないけど、一応頭は下げる。ただの礼儀としてだけど。


ヒールの音も高々に出て行くメイドさんだけど、ほんとに仕事する気はなかったんだな。服装はメイド服だったけど、ヒールの高いいかにも高級そうな靴を履いていた。

良く手入れされた爪は長かったし、使い方を知らないみたいにたくさん振り掛けた香水は自己主張し過ぎてて、むしろ臭い。

紅茶だけとはいえ、そんな人の用意したものは、衛生面でちょっと遠慮したい。


「良かったんですか?あのメイドさん、男爵令嬢だった気がするんですけど」


家名も名前も、そもそも爵位すら男爵だったかうろ覚えだ。爵位は日本にないから、偉い順も未だによくわからない。取り敢えず、王様とこの上司が偉いということだけわかってればいいか。


「役職に敬称を付けるな」


つまり、メイドという役職に“さん”はいらないってことか。でも、よく社長さんとか会長さんとか付けてるの聞いたことあるけどな。…なら、王も“様”は付けなくていいのか。


関係ないことを話してるから、令嬢のことはいいのだろう。第一ダメだったら、まず追い出さないし。


「はい、次からは気を付けます」


「それから、カシを作ってここへ。午後に遺跡調査がある。そのとき用のものも用意しろ」


二種類用意しろってこと?いいじゃん、同じもので…って、心を読むな!


刺すような視線と、部屋中に充満する重い魔力。さっき考えたタイミングと、そのタイミングが合致してるけど、魔術には他人の心を読む術はないらしい。…ほんとか嘘か、定かじゃないけど。


「…わかりました。執務室用と、調査用とお作りします。し・ば・し、お待ち下さい」


『しばし』は、ゆっくり強調しつつ言う。そうすれば、次に来る上司の『早くしろ』が防げるのだ。


もっとも、『お菓子は、急かしたところで美味しく出来ない。外だけ焦げてて生焼けなものはお菓子だと認められない!』と、口酸っぱく言い聞かせたおかげだ。なので、お菓子に関してだけは、この男は寛容である。


食べる気がないらしい、オレンジもどきはもったいないからお菓子に使うつもりで回収し、一礼して執務室を退出した。


調査の人数を聞き忘れたけど、前と同じメンバーかな。ブラウニーさんは騎士だからか良く食べるし、ホットケーキさんはまた食事を取らずに研究に没頭してそうだから、バター多めのこってりしてるのにしよう。少しでも、腹持ちがいいに越したことない。


プリンさんとモンブランさんとで、女子会ならぬお茶会でもしようかと思ったけど、仕事じゃ無理だよね。

うーん、あとでキャラメルをもふもふして、癒されてこようかなっ!


そうだ、さっきメイドだった令嬢に訂正し忘れた。私は侍従じゃない。強いて役職名を付けるとしたら、みんなが影で呼んでるアレかな。


“魔王様のエサ係”


みんな、上司をなんだと思ってんだ。



サヴァラン【仏語】

①またはサバラン。焼いた生地を洋酒に浸けた王冠型の菓子。全体的に茶っこい色で、大人の味。②偉大な魔術師。青み掛かった黒髪に、青紫色の瞳を持つ人外的な美形。通称・魔王。

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