吸血鬼って結構弱点多いよね
僕が彼女に出会ったのは小学生の時だった。
クラスのみんながグラウンドに遊びに行く休み時間、独りもくもくと机で本を読む姿が気になって声を掛けたのが最初。
「ねえ君、どうして外で遊ばないの?」
すると彼女は視線だけ僕に向けてこう言ったのだ。
「お前は馬鹿なのね、太陽の光に当ったら引き籠りは死んでしまうのよ」
僕は衝撃を受けた。まさか小学生で引き籠りを自称する人がいるとは思わなかった。だとしたらなぜ彼女は学校に来ているのだろう。と質問したら、
「そんなことも分からないの? やはり馬鹿なのねお前。義務教育だからに決まってるでしょう」
と答えられた。確かにもっともな理由だけど、二回も馬鹿と言われて腹が立った。
「え、ちょ、何するの……!」
彼女の手を掴んで無理矢理外に連れ出したのだ。子供なら外で遊ぶのも当然だろ、というささやかな反抗心だったのだが、グラウンドに出た途端、急に彼女が地面に蹲ってしまったのでひどく困惑した。
「ど、どうしたの? まさか病気だった!?」
日の光に当った彼女の肌がみるみるうちに赤く爛れていき、いよいよパニックになった僕はとりあえず日陰に移動して彼女に謝った。
「ごめん、本当にごめん!」
「まったく、とんだ馬鹿に出会ったものだわ……」
ぜえぜえと苦しそうに呼吸する彼女を見て、どうすれば落ち着かせることが出来るのか考えた。
「病気なら何か薬持ってない? 太陽が駄目な病気なら、いつも持ってるよね!?」
「別に病気じゃない……けどそうね、特効薬みたいなものならあるわね」
「ならそれを……!」
「じゃ、首出して」
「は……?」
「いいから早く!」
言われるまま彼女の前に首を突き出し、どうするんだろうと思いながら顔を上げた瞬間、
「――痛っだぁ!?」
がぶり、と思い切り首筋に噛み付かれた。こくこくと小さく喉を鳴らす音が聴こえたかと思うと、首から何かが滴り落ちて僕をびっくりさせた。
血だ。
「ふう」
口を放した彼女は満足したふうに息を吐くと、僕に視線を向けた。彼女の肌はすっかり腫れが引いており、健康な色を取り戻していた。
「私をこんな酷い目に遭わせておいて、謝罪だけで済むと思わないことね。この責任、しっかり取ってもらうわよ」
それが、彼女と――吸血鬼との邂逅だった。
高校生になってからの僕の日課は、幼なじみを学校に連れていくことだった。
朝は早い時間に起きて支度を済ませ、学校へ行く前に彼女の家に立ち寄る。形としてインターホンを押すが、家の住人がこの時間に出てきた試しはない。そのため預かった合鍵を使って中に入るのはいつものことだった。
「おーい、起きてるかー」
念のために部屋の扉をノックするが、返事はなし。仕方なく扉を開けると、カーテンを閉め切った部屋の中で、彼女はベッドに蹲ったまま何やらもぞもぞと動いていた。
「起きてるなら返事くらいしろよ」
「うるさい、今ボス戦なのよ。気を散らさないでちょうだい」
どうやら夜中まで寝ないで携帯ゲームに興じていたらしい。吸血鬼だから夜に活動的になるのは理解できるけど、最低限人としての節度は守って欲しい。
「そろそろ学校の時間だよ、支度して」
「私、風邪を引いたみたいなの、今日は休むから先生によろしく」
ゲーム画面を見詰めたまま平然と返す様はとても病人には思えない。彼女は何かに付けて学校をサボリたがるので僕はいつも手を焼かされる。
「学校行かないとそのうちクラスで浮いちゃうよ」
「一々愚民どもの目を気にしてないから平気よ。ちっ、回復薬が切れた」
どうやら本格的に引き籠りモードに入ってしまったようだ。
どうしたものかと考えて、僕はふと窓辺を見た。さっきよりも空が明るい。
僕は彼女が布団に包まっているのを確認してから、思い切ってカーテンを開けた。陽光が部屋の中に射し込み、彼女が小さく悲鳴を上げる。
「きゃっ! 何するのよ!」
「ほら学校行くよ」
「お前、私が何か知っててやってるの……」
「吸血鬼でも日傘差せば平気だって」
「無責任だわ……太陽でまた肌が荒れたらどうするつもりよ」
「大丈夫、僕が責任もってきちんと学校までエスコートするから」
「……ほんと?」
僕は頷くとカーテンを閉めて部屋を出ていく。玄関で傘を拝借して外で待っていると、程なくして制服に着替えた彼女が出てきた。
「うん、今日も可愛いね」
「そ、そう?」
「それじゃ、行こうか」
傘を開いて彼女に日射しが当らないようにするとようやく登校の始まりだ。朝っぱらから男女二人で相々傘をするのは恥ずかしかったけど、彼女一人に持たせると全力で引き返すこともあるのでこんな形になるのだ。ちなみに日焼け止めクリームを全身に塗ることで多少は軽減も出来るらしい。
「それにしてもこんなに優しい日射しなのに触れられないなんて、吸血鬼も難儀だね」
「仕方ないでしょ、太陽に当ると溶けるんだから」
典型的な引き籠りが使いそうな言葉だったけれど、彼女の場合本気で溶けてしまうから性質が悪い。太陽以外にも料理にニンニクが入ってれば食べないし、銀製品にも触れられない。十字架を見れば悪態を吐き、犬に吠えられれば体が竦んでしまう。
「吸血鬼って夜の王とか言われる割に弱点多いよね。攻略法が知れ渡ったボスみたいだ」
「そうよ、貧弱なのよ。だから部屋に閉じ籠って居心地のいい楽園を築き上げるのだわ。主にPC環境を整えて」
それが楽園かよっ。
「もし私が外に出て怪我をしたら、責任は全部お前にいくのよ。嫌でしょう? だから今からでも遅くないわ、引き返しましょう」
「引き返すも何ももうすぐ到着だよ」
すでに学校は目に見える距離にある。しかし彼女は学校へ近づくにごとにそわそわしている。視線は明らかに周りの登校している生徒たちに向けられている。
「愚民どもの視線は気にしないんじゃないの?」
「う、うるさい! 私にも心の準備というものがあるのよ!」
と、そこへクラスメイトの女子が挨拶をしてきた。
「おはよー、今日もラブラブだねー」
「ひいっ!?」
悲鳴を上げた彼女を気にするふうもなく、クラスメイトは去っていった。
「……やはり学校は苦痛だわ」
校門の前で立ち止まり、彼女は弱々しく呟いた。
「一々傘を差さなきゃ出歩けないような人間なんて、きっと笑いの的よ」
「……そんなに、外出が嫌?」
こくん、と彼女は頷いた。僕が思っていたよりも、自分のライフスタイルが他人にどう映っているのか気にしてるのかもしれない。吸血鬼である彼女は夜に活動的になる代わりに、朝昼はとても無気力だ。授業中に寝てしまうことも頻繁だし、体育はいつも一人だけ見学。周囲との不和を感じて、学校に行きたくないと思うのもある意味当然なのだろう。
けれど僕にも譲れないものがある。
「ねえ、僕にはきみにちゃんとした生活を送らせる責任があるんだ」
「……責任?」
「そう、責任。昔僕がきみを太陽の下に連れ出したことがあっただろ。その時大変なことになったきみを見て思ったんだ。この子は僕が面倒見なきゃって」
小学生の頃、僕は彼女を傷付けてしまった。ろくに話したこともない相手に対して無責任な行動をしてしまった。義務教育だからと言って嫌々来ていた彼女がどんな気持ちだったのか考えることをしなかった。
少なくとも中学を卒業するまではそんなふうに過去を悔いていた。
けれども彼女は高校に入学して、僕と同じ学校へ通っている。そのことが僕のなかである解釈を生み出し、積極的に学校へ誘うようになった。
学校嫌いの彼女がわざわざ進学する理由は分からなかったけれど、行く気があるのなら精一杯後押しをしようと思ったのだ。
「きみが高校に入ったときは驚いたよ。義務教育でもないのに。だから通う意志があるなら、僕はきみの学校生活を支えて行こうと思ったんだ」
「お前……」
「迷惑だって言うなら無理強いはしない。でも僕はきみと学校に行きたい。きみはどう? 僕と一緒にいるのは嫌かい?」
僕は真剣な眼差しで彼女の目を見詰める。
「うぅ……」
至近距離で見詰めているからか、彼女の顔は真っ赤に染まっていた。目にはうっすらと涙が滲んでいて、不謹慎だけどとても綺麗で。やっぱり彼女と一緒に過ごせたら、それは幸せで。
「い……嫌じゃない」
「聞こえない」
「わ、私だって一緒にいたいわよっ!」
だからこんなことを言われてしまうと、嬉しくてつい手を取ってしまうのだった。
「ほら、行こう! 遅れるよ!」
「ちょっ、急に走らないでちょうだい!」
慌ただしく教室に駆け込むと、彼女は机にうつ伏せになってぜえぜえと息を荒げていた。それからすれ違うクラスメイトからの挨拶にもぎこちなく応えるを見て、やっぱり連れて来てよかったと思う。
彼女を見詰めていると、ふと目が合った。
「っ……!」
けれど顔を赤くしてすぐにそっぽを向いてしまった。
「?」
理由は分からないけれど、その仕草がなんとなく可愛かったので少しだけ笑ってしまった。
いつも不貞腐れたような態度を取るけれど、太陽に弱くて人見知りだったり、おまけに嫌いな食べ物だって多いのにそれを体質のせいにする。そのくせ押しに弱くて無防備で。
ほんと、吸血鬼って結構弱点多いよね。
うまく吸血鬼って題材を使えなかった。反省。