ゆうしゃがきた!なにしに?
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突然だけど、僕はとっても広い大広間の奥で、これまた大きいやたら装飾の凝った椅子に座ってます。
座り心地は最高です。マッサージ機能が付いてて「あ~」とか「う~」とか、声が出ちゃいます。
ここは塔の16階の大広間。で僕の部屋(仮)
僕が座っている椅子から出入口にドアまでは真っ赤な絨毯が敷いてあって、絨毯を囲むように人の背丈の3倍は有る石像が等間隔で左右に30体ずつ、計60体並んでいます。
急に両開きのドアが開け放たれて入口からバタバタと人が入ってきました。
お姉さんにお客さんかな?
「おー「やっと見つけたぞ魔王め!光の勇者ヴァッカーとその仲間たちが世界に害悪を撒き散らす貴様を退治してくれる!覚悟!」…」
「あ「問答無用!覚悟!」の~」
僕が声を掛けた時、先頭に立っていた人はそう言って剣をこっちに向けてきました。
光の勇者一行が部屋に入ると勝手に閉まるドア。
ドアが閉まると同時に60体の石像は鈍い光を放つゴーレムとなり動き出した。殺さない程度に侵入者を攻撃する命令を与えている。って言ってた。お姉さんが。
「ま、魔法が発動しない!」「神に声も届かない!」「なんだ?急に鎧が重くなったぞ!」
勇者の後ろで絶叫が聞こえる。
この部屋の床全体に魔法障壁がかけられていて、魔法は障壁の管理者が許可した者以外は使えない。って言ってた。お姉さんが。
どんどん勇者一行に近づいていくゴーレム。
「慌てるな!この光の剣さえあれば、ゴーレムなんて!!」
上段から剣を振り下ろす勇者。
ガイン!
パキン!
カランカラン…
ゴーレムの一体が袈裟懸けに切られる。が、折れたのは勇者の剣。
「そ、そんな、我が王国に代々伝わる光の剣が折れるなんて!」
勇者の横をフルプレートアーマーでガチガチに固めた戦士が別のゴーレムに殴られ吹っ飛んでいく。壁に当たった後は動かなくなった。
「なんで?!なんでドアが開かないのよ!」
必死にドアを開けようとする魔法使いと僧侶。戦闘中によそ見とか、だいぶパニックになってるな。まぁ、そうなるか。
勇者は剣を折られて呆然と立ち尽くしたまま。
ジリジリと近づいてくるゴーレム達。
「「い、いやああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」」
どうしてこうなった。
時間は少し遡って今から2週間ほど前。つまりここに来た日。
「そういえばまだ名乗ってなかったね。私はアルセウスよ。呼び方はアルとか、アルセとか、アルセおねぇさんとか、そうね、おねぇちゃんでもいいわ。」
紫のローブのお姉さんは僕をまじまじと見ながらそう言った。何か落ち着かないな。
「ム、ムルギプルです、え~っと、アルセウスさん?」
僕がお姉さんの名前を確認すると
「アルセお姉ちゃん!」
訂正されてしまいました。
「アルセお姉ちゃんが僕をさらったの?家に帰して?」
今思う、切実な願い。早く家に帰りたい。ここに居たら命がいくつあっても足りない気がする。
予感じゃなくて、確信に近い。
「私が拐ったわけじゃないんだけど。いいよ?お家どこなの?」
え?帰してくれるの?というか、僕の家、いや、村ってどこにあるんだ?そもそもここは何処だろう?
「え~っと、村の名前は無くって、麓の村、ってみんな呼んでたんだけど。」
もっとこっちの世界の地理を学んでおくんだった、って後悔しても後の祭り。まあ、あの村に世界地図とか有ったかどうか微妙だけど。
「麓の村…何処の山の麓なのかしらねぇ?」
お姉さんも困惑顔。
「そうだ!それなら私が村の情報集めてあげるから、それまではここで生活するってのはどうかな?1人じゃこの塔降りるのも大変だし、大人に迎えに来てもらえば良いよ。」
まぁ、このまま放り出されても困るんだけどね?まだ10才だからね?1人で知らない世界でろくな装備も無しで歩くほど無謀じゃないからね?お金もないし。
「え~っと、じゃぁ、お願いしま『バサバサッ』
突風と共にやって来たそれは、巨大な鳥だった。
巨大な鷲。
圧倒的存在感に僕の足はガタガタ震えだす。もう駄目だ。今度こそ食べられるお父さんお母さんお兄ちゃん僕はもう家に帰れそうにありませんさようなら。
「おかえり、ピーちゃん。」
え?ピーちゃん?このでかいのがピーちゃん?
ピーちゃんと呼ばれたその鷲はアルセお姉さんにほお擦りをするかのように頭をグリグリしてる。グリグリって言うか、頭に埋もれてます、お姉さん。
鷲は興奮してきたのか嘴から舌を出してお姉さんを舐め始めた。そして嘴でお姉さんを挟もうとした瞬間。
「めっ!!!」
ちゅどーん!!!!!!
アルセお姉さんが右手を上げると晴天だった空から一条の稲妻が鷲に炸裂。鷲は動かなくなりました。
僕の腰は抜けました。
「服汚れちゃった。下に降りようか。ついでに着替えてくるね。ムル君の着替えも持ってくるから」
うん。とりあえず鳥の居ない所に行くのは僕も賛成です。
「ピーちゃんはね、と~っても賢いんだけど、すごい甘えん坊なの。この間もね、何処からかイルカを捕まえてきて一緒に遊んでたのよ♪」
鳥の巣のある屋上から下の階に降りた僕とお姉さんは今、お茶?を飲みながらお喋りをしています。
いや、お姉さんが一方的に話してるだけで、僕は時々「ハァ」とか、「うん」とか、相づちを打ってるだけなんだけど。
しかし、この部屋、種々な物が散らかってて、床が見えないよ。壁も本棚に本がぎっしりだし、隙間にもなにかしら挟まってて、ちょっと何かの拍子に引っ張ったりでもしたら、そこから全部出ちゃうんじゃないかって位ギューギュー詰め。
「そのイルカさん、最後はピーちゃんに食べられちゃったんだけどね♪」
だからお姉さん、そんな残酷な話をにこやかに喋らないで。
それに、それは遊んだんじゃなくて純粋に捕食したんだと思います。
「あの娘はまだこーんな卵だった時に当時生物の研究をしてた私が孵したのよ」
こーんな、のところで両手を抱えるしぐさしてるお姉さん。一抱えある卵って。
「卵から孵った時は感動したわ。そして思ったの。私がこの子を立派な鳥にしてあげようって。それからは毎日子育てと、仕事の両立でゆっくりお茶を飲む暇もなかったわ。」
お姉さん、間違った方向に母性本能発現させちゃったんですね。
お姉さんの語りは続きます。
「まさに、子育ては戦場だわ。」
いや、そんなドヤ顔されても。
「生まれてすぐは目が開いてないからひたすら流動食を棒で掬って与えてたの。もう、お腹が空くとすぐピーピー鳴くの。だから名前はピーちゃんにしたのよ。目が開くと私を母親だと認識したのか、何処にでも付いてくるようになったわ。黄色いふわふわが私の後をヨタヨタと付いてくる姿、今思い出しても鼻血が出るわ。」
なんかおねえさん、目がトロンとしてるけど。おいおい、鼻押さえ始めたけど大丈夫??
「その当時は王立の魔導研究所で働いていたんだけど、流石に子育てと仕事の両立は大変で。幸い研究は一段落着いたところだったし、郊外に家を買ってピーちゃんと親子二人で過ごすことにしたのよ。で、ここに引っ越してきたの。」
鼻声で説明を続けるお姉さん。
つまり、この現況の原因は貴女にあると。
「まぁ、そんなこんなで好き勝手研究してるうちに家が手狭になって改築繰り返すうちになんか塔みたいになっちゃって、下の階は過去の研究で使わなくなった物が散乱してるわ。必要な物と危ない物はきちんと保管してるけど。」
改築すると塔が出来るんですね。この世界。
「空間を有効に活用するには横に広げるよりも縦に広げた方が良いのよ。魔改造で塔の中はとっても過ごしやすくなってるのよ。まぁ、最下層近辺はたまにモンスターの住みかになっちゃってるみたいだけど。」
モンスターは放置ですか?それに研究って何をしてたんだろう?聞かない方が良いのかな?むしろ聞いちゃいけないような気がする。
「とりあえずムル君もこれに着替えちゃおうか?」
と言ってアルセさんが着ているのと同じようなローブを僕に渡してくれた。色は黒。見た目より重い。
「持つと重いけど着たら気にならなくなるから。色々付加させてるからきっと気にいると思うよ。」
確かに着たら重さを感じなくなった。それどころか力が漲ってくるような気がする。
「え~っと、確かそのローブには、攻撃魔法、毒、麻痺無効、打撃反射、筋力増強100倍、速度増加150倍が付いてるわ。アー○ード・マッスルスーツも真っ青な機能搭載よ。布自体の時を止めてるからその服を破ることは誰にもできないわ!ぶっちゃけそのローブ着て戦いに出たら一国の騎士団位軽く壊滅できるわ!」
なぜか拳を強く握りしめて力説するアルセさん。いろいろとぶっちゃけすぎて何が凄いのかよく理解できません。
普通の服は無かったのかな?
「え~と、そんなに良い服じゃなくても、普通ので「ダメよ!君みたいな子供が表に出てモンスターに出会ったらすぐ殺されちゃうでしょ!死にたくなければ着ていなさい!」はい」
そこまで言われたら着るしかないです。死にたくないし。
大人サイズのローブは僕には大きすぎるんですけど。歩いた時に裾踏んで転ばないか心配。
「もともと、とある国の王様の依頼で作った部屋があるんだけど、そこの部屋使ってね。他の部屋はムル君には危険が…いや、ゴニョゴニョ」
って言いながら案内してくれるお姉さん。他の部屋はむやみに開けてはいけないという事は理解しました。
「この部屋使っていいわよ。私ぶっちゃけ倉庫にしか使ってないし。お人形がたくさん置いてあるけど、武器とか出さなきゃ動きはしないから。多分人は殺さないと思うけど脅威の排除は徹底して行うよう行動するから。あと、魔法を発動させないための装置が天井の灯りと一体化してるけど、ムル君にはどうでもいっか。」
その部屋は、倉庫、というより大広間だった。奥は少し高くなっていて立派に装飾された椅子が置いてある。椅子と扉の間は絨毯が敷かれていて、絨毯を囲むように石像が並んでいる。
「椅子はマッサージ機能付きよ!長時間座っても腰が痛くならない優れもの!リクライニング機能付きで眠くなったら簡易ベッドにもなるわ。」
なんて至れり尽くせり…というか、オーバーテクノロジー満載です。
こうして、帰るアテのない僕はこの塔でしばらくの間お姉さんと一緒に暮らすことになりました。