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8/8

†終

よし!

アタシは一度だけ深呼吸をして、アイツに微笑んでみせた


「今日はサンダル男じゃないのね」


アイツはーーいや、コイツは、見上げていた桜からアタシに視線を移し、怪訝そうに首を傾げた


「なにそれ、新しいホラー映画か何か?」

「そんな笑えそうなホラー映画あるわけないでしょ」

「ああ、確かにね」


屈託なさそうに笑うコイツを見て、アタシは、ああ…この笑顔なんだと1人納得していた


アタシがずっと見てきた笑顔

一番近くで見続けた笑顔


この笑顔に愛を感じる女性が、今のコイツにはもう1人いる


だからーー


「珍しいね、それ」

「なにがよ」

「だって、いつもジーンズだし」


コイツがアタシのスカートを指差す


「へえ、なんか可愛いね」


ありがと

花柄をあしらった春らしいスカート

ちょっと気合いを入れて買ったものだ


だからアタシはーー


なんか女の子みたいだね、とコイツは笑った


「だって女の子だもん」


アタシは拗ねた素振りで笑い返した


だからアタシはーーアタシは、コイツと彼女の幸せを祝ってあげるの


それがアタシの出した答


「おめでとう」


唐突にアタシは言った

心臓が高鳴っていた

ちゃんと笑えただろうか

いつもの笑顔でいられただろうか


「だいぶ遅くなっちゃったけど、本当におめでとう」


もう一度言った

完璧だ

我ながらパーフェクトなスマイル

ホントはちょっと泣きそうだったけど、アタシは頑張ったのよ


ところがコイツ

なんとも力の抜けたような声で、


「何が」


と言ってきた


「な、何がって何よ。彼女の事よ。彼女が出来たんでしょ」


ああ、とコイツは緊張感のない顔をする

こら、少しは緊張感だせ

アタシがどれだけ緊張していると思ってるのよ!

段々腹が立ってきた


「彼女出来ておめでとうって言ってるのよ!」

「いや、だからさあ、そう言うのは直接本人に言ってくれないとね」


だからアンタに言ってるんでしょ、アンタに…


ーーえ?


本人に、直接…?


「え、あれ、アンタに彼女が出来たのよね?」


完全に混乱していた

アタシはしどろもどろになりながらも、同じ質問を繰り返す


コイツはしばらく口を開けたまま、魂の抜け殻と化していたが、やがて思い出したように首を振った


「なんだ、やっぱりあの時上の空だったんじゃないか。僕はあの時、友達に彼女が出来たんだ、って言ったんだよ」


え、友達!?

なによそれ…


アタシは喫茶店のあのシーンを思い出してみたーー


確かに、あの時は昨年のクリスマス近くに起きた事件を回想していて、上の空だったかもしれない


それじゃアタシは、コイツの言ったセリフの前半部分を聞き逃していたってわけ…


勘違い

アタシの1人相撲だった…


なんだ…

なんだよぉ

思わず力が抜けた

アタシは放心してベンチに寄りかかる


そう言う事は早く言ってよね、まったく…


笑いがこみ上げてきた

アタシは桜を見上げながら、ふふっと声を出して笑った


風に乗り、はらりと桜の花びらが舞う

そのひとひらがアタシの手の中に落ちた


心が軽くなった気がした


全然遅くなんてなかったんだ

アタシのこの気持ちは


コイツはまだ不思議そうな顔をしていたが、何か思い出したのか、あっと小さく叫びを上げて紙袋を取り出した


「忘れてたよ。はいこれ」


かすかに甘い匂いが鼻に届く

アタシは手渡された袋を開けてみた


シュークリームだった

しかもアタシが大好きなアンリの限定シュークリーム


「なんか君さ、最近元気なかったから」


途端に涙があふれてきた

泣きそうだった

でもアタシは必死にこらえて、


「ありがとう」


そう言った


「あれ、目赤いね。ひょっとして花粉症?」


そうだよ、アンタの花粉が飛んできたんだよ

アタシは返事をする代わりに、えへへと笑ってみせた


「目にゴミ入っちゃったよ」

「ふうん、君の目、大きいからね」


そうじゃないだろ、と突っ込んでやろうかと思ったけど、アタシは特別に許してやったわ


「これお返しね」


アタシは桜の花びらをコイツに手渡した


とりあえず、アタシの気持ちの一部をアンタにあげる


コイツは花びらをつまんでまじまじと見ると、


「ありがとう」


そう笑いながら、ポケットに花びらをしまいこんだ


とりあえず今は、これでいい

今はまだこれで満足だ

いつか好きだと告白するとしても

今はまだ


アンダンテーー


ゆっくり歩くような速さでいいじゃないか


「ねえ、ピアノ弾いてよ」


アタシは笑顔を向けた


「でもピアノないよ」

「いいじゃない、なくたって。あんたピアニストでしょ。それに、ピアノなくても、ちゃんと聴こえるんだから」


コイツはちょっとだけ首を傾けてみせたが、微笑みを浮かべたまま、


両手を膝の上にーー


そして、ゆるりと動き出す指のダンス


アタシは目を閉じ、コイツの指が奏でだすそのメロディーに、そっと耳をそばだてた


アタシとコイツだけに聴こえる秘密のメロディー


それは、

とても温かく、優しい音色だった



‡‡‡‡‡了‡‡‡‡‡



読了ありがとうございました。自作の予定ーー『桜色のインタルード』今作よりミステリ色の強い作品になります。よろしくお願いします。

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