†5
アタシが突然騒ぎだしたので、サービスカウンターの女性はその場で立ち上がったまま目を丸くしていた
しかし、アタシのただならぬ気配と突風のような勢いに、何か緊急事態である事を察してくれたのだろう
彼女は早速アタシが欲したものを手配してくれたのだ
カウンターに広げられた模造紙とマジック
さあ、準備が整ったわ!
これでアタシは、かおりちゃんのお母さんを探し出せるはず
アタシの騒がしさにさすがのアイツも気になったのか、ヨロヨロと立ち上がって、
「あれ、何かのお祭り?」
アタシはアイツの頬を力一杯つねってやったわ
「なかなか面白い事言うわね」
「い、イタタタタ…ど、どういたしまして…」
まったく、少しは緊張感持ったらどうなの?
でもまあ、そこがいいトコなのかもしれないけどね…
アイツの頬から手を離したと同時に、アタシのジーンズが誰かに引っ張られた
かおりちゃんだ
「どうしたのかな?」
今度はかおりちゃん、泣かなかった
偉いぞぉ
でも、不満そうに頬を膨らませ、こう言ったのよね
「お兄ちゃんをいじめちゃだめぇ」
あらら、アイツも随分好かれたものね
アタシは苦笑しながら、
「違うのよかおりちゃん。このおじちゃんはね、ほっぺをつねられるのが大好きなの。涙がでちゃうくらい嬉しいのよ」
かおりちゃんは不思議そうに、頭をわずかに傾けてみせた
「ふうん、でもおばちゃん違うよぉ。おじさんじゃなくてお兄ちゃんだもん」
どうしてアタシだけおばちゃんなのよ
アイツを睨むと、
「な、なんかどす黒いオーラが見えるのは気のせいかな」
「気のせいじゃないかもねえ」
と口の端を持ち上げてから、気持ちを切り替えた
今はかおりちゃんのお母さんを探し出す事が先決だ
「とりあえず探しに行くわよ、お母さんを」
「探すってどこを?」
「そんなの分かるわけないでしょ」
アイツは口を大きく開けたままのけぞった
「言ってる事がめちゃくちゃだ。可哀想に、その年でもう痴呆症ーー痛い!」
「アンタね、殴るわよ」
「もう殴ってるよ!」
「そんな事より、いい? アタシ、かおりちゃんのお母さんが何故現れないのか分かったのよ」
唖然とするアイツに、アタシは自分が考えた仮説を話して聞かせた
これで辻褄は合うはずだった
おそらく、かおりちゃんのお母さんは耳が聞こえないのだ
多分聴覚に障害を持っているに違いない
「なるほどねぇ」
アイツは三回くらい頷いてから、
「じゃあ、かおりちゃんが持っていたメモ帳は」
「そうよ、アレはお母さんと筆談するためのものだったのよ」
「だから『まってる』とか『といれ』とか書いてあったのか。なんか違和感あるなあとは思っていたけど」
「そうよ、そしてだからこそ、放送が聞こえなかったからこそ、お母さんはこの場所に来る事が出来ないでいるのよ」
論理的に破綻はないように思えた
アタシは一息ついてから、さらに言った
「探しに行くと言ってもこのままじゃダメ。だから、アタシたちがお母さんを探している事を知らせてあげる必要があるの」
そこで登場するのがこの模造紙だ
これにアタシたちのメッセージを書き、見やすいように高く掲げながらモール内を歩き回るーー
本当ならプラカードが欲しいところだけど、この際贅沢は言ってられない
早速模造紙にメッセージを書き込み、それをアイツに持たせた
「え、これ僕が持つの?」
「アンタのファッションにぴったり」
「そう?」
「そんなわけないでしょ。さあ行くわよ。ほら、高く持ち上げといてよね」
アタシたちはかおりちゃんを連れて、モールの一階から順に歩き始めた
休日と言う事もあってか、お客の数は多い
人の波をかき分け突き進むアタシたち
かおりちゃんのお母さんが耳が聞こえない事を知っているにも関わらず、アタシたちは無意識のうちに声をだしていた
かおりちゃんがここにいる事を報せるために
しかし一階ではまったくと言っていいほど反応はなかった
興味本位で話しかけてくる人はいたが、それは何の成果ももたらさなかった
そしてそれは、二階、三階へとフロアを移っても同じ事だった
その度に焦燥感がつのり、いたずらに時間だけが過ぎていく
そして最上階
最後のフロアーー
端から端まで歩いていく
この頃になると、アタシたちは通り過ぎる人すべてに声をかけるようになっていた
「この子迷子なんです」
「かおりちゃんて言うんです」
「この子のお母さんを探しているんですが」
「それらしい女性を見ませんでしたか」「お母さんはおそらく耳が聞こえない方でーー」
声が枯れていた
2人とも額に汗を浮かべ、必死に言葉を紡ぎ出した
しかし、結局最後のフロアでもかおりちゃんのお母さんを見つける事は出来なかった
アタシは呆然としていた
どうしてかおりちゃんのお母さんを見つける事が出来ないのだろう
ひょっとして、このメッセージに気がつかなかったのだろうか?
それともアタシの仮説が間違っていたのか…
分からない
途端に自信がなくなり、涙があふれてきた
自分に腹が立った
かおりちゃんに申し訳なかった
アタシ、
アタシは…
この時アイツが声をかけてくれなかったら、きっとアタシは声を出して泣いていたと思う
アイツはアタシの肩に手をかけ、こう言ってくれたんだ
「大丈夫、見つかるよ。見つかるから。だから僕たちでお母さんを見つけてあげよう」
そして、優しく微笑んでーー
「お母さんが見つかったら、君の好きなシュークリームで乾杯だね」
なんだよもう…
なんでアイツに慰められてるんだよ
そう思ったよ
でも、
でもね、
声がつまって言葉にならなかったけど…
ありがとう
アタシはその時、確かにそう呟いていたんだ




