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一階のサービスカウンターで放送を入れてもらってから、すでに30分が経過していた
かおりちゃんーー女の子の名前はかおりだったーーはアイツと手を繋いだまま、キャンディを美味しそうに舐めている
アタシたちはかおりちゃんからお母さんの名前を聞き出し、このサービスカウンターで呼び出してもらったのだ
しかし今のところ何の反応もない
アタシたちはカウンターに近寄ってくる女性にいちいち意識を集中させていたけど、いずれも空振りに終わっていた
遅い、いくらなんでも遅すぎる
このビルにいるなら、館内放送が聞こえなかったはずがない
それなのに、何故かおりちゃんの母親は現れないんだろうか
「来ないわね」
呟くと、アイツは周囲に視線を走らせながらうんと小さく返事をした
何か喋っていないと不安だった
こうして関わった以上、アタシたち2人に直接関係のない事、ではなくなったのだ
かおりちゃんが無事お母さんに会うまでは、アタシたちがお父さんとお母さんの代わり…
え、ちょっと待って
お父さんとーー
お母さん?
アタシは思わず、まじまじとアイツの顔を見つめてしまった
「何? なんかついてる?」
「な、なんでもないわよっ」
慌てて目を逸らした
アタシがお母さんでアイツがお父さんって事はつまり…
バカバカしい!
やめやめ、何を想像してるのかしらアタシ
アイツは寝癖ついてるのよ?
サンダル男よ?
電車男じゃないのよ?
ありえないじゃない、そんな事ーー
アタシはそんな未来のイメージを払拭するように、ぶんぶんと首を振って話題を変えた
「そう言えばアンタさぁ、さっきかおりちゃんに、一緒にお母さん探そうねって言ってたけど、どうしてお父さんじゃなくてお母さんと一緒に来てるって分かったの?」
アイツは「え」、と言ったまま不思議そうな顔をした
「だって、かおりちゃんに近寄った時、微かに女性の化粧品の匂いがしたもの」
「へ、へえ、匂いが…ね」
「だから、少なくともお母さんは一緒だったんじゃないかって思ったんだ」
アタシはきっと顔をひきつらせていた事だろう
さすがは匂いフェチ
警察犬に転職出来る…
さらに10分待ってみた
しかし、やはりお母さんが姿を見せる事はなかった
さてどうすればいいのやら…
警察に連絡すべきだろうか?
サービスカウンターで対応してくれた女性も心配してくれているのだろう、時々アタシたちに声をかけてくれている
こうなったらかおりちゃんの家をどうにかして調べあげ、直接こちらから伺った方がいいんじゃないだろうか?
「でもさ、調べるってどうやって?」
思いついたアイデアをアイツに話すと、そんな答えが返ってきた
ごもっとも
確かにどうやって調べたらいいのやら…
でも、出来る事はゼロじゃない!
とりあえず、アタシは直接かおりちゃんに聞いてみる事にした
ところがかおりちゃん、お母さんとここまで電車に乗ってきたようで、どうやって家に帰れば良いか、ましてや家の場所など到底分かりそうもなかった
そこでアタシは、彼女が何か住所の分かるものを持っていないかどうか、例のショルダーバッグを見せてもらう事にしたのだ
バッグの中に入っていたものは、卵の中身のようにシンプルだった
ハンカチ一枚に鉛筆とメモ帳
それだけ
シュークリームとケーキの絵が描かれた可愛らしいハンカチには、かおりと刺繍が入っていたが、もちろんただのハンカチに住所なぞ書かれているはずもない
期待出来るのはメモ帳だけだった
しかしメモ帳をめくっていくうちに、そんな淡い期待も手のひらに落ちたひとひらの雪のように、瞬く間に溶けていった
メモ帳に書かれていたのは、他愛もない落書きと、字の練習でもしたのか『ごはん』とか『まってる』とか『といれ』とか言う文字だけだった
それが、幼い文字で書き綴られているのだ
結局手掛かりは見つからなかった
やはり警察に届けるしかないのかしら…
カウンターの女性も、あと30分待って来ないようであれば、こちらから警察に連絡しますと言ってくれた
かおりちゃんを見ると、キャンディはすっかり食べ終わったらしく、今度はアイツとにらめっこをしている
なんとものどかで、微笑ましい光景だった
それどころじゃないけど
それにしても、何故お母さんは現れないんだろうか?
出て来れない理由でもあるのかしら
ふとある考えが脳裏にひらめいた
もしかして…かおりちゃんは誘拐されていたのだとしたら?
犯人は誘拐したかおりちゃんを連れて、このショッピングモールにやって来た
ところが、何かの拍子にはぐれてしまい…
いいえ違うわね、とアタシはすぐさま首を振った
それはありえない
何故なら、かおりちゃん自身が母親と一緒に来た事を認めているからだ
だとすると、ひょっとしてかおりちゃんは、お母さんに捨てられたとか…
まさか…
アタシはかおりちゃんを見た
こんな可愛らしい子を捨てる母親がいるなんて、そんな事は信じられない
それこそありえない事だ
でも、それだって確率はゼロじゃないのよね…
なんだかやりきれなくなって、アタシはアイツに話しかけた
「ねえ、アンタはどう思うのよ」
「何が?」
「何がって、だから…」
「ああそれなら、次はかおりちゃんとかくれんぼでもしようかなぁって」
アンタはこの世から永遠に隠れていなさい
「そうじゃなくって!」
と言ったあと、アタシはかおりちゃんに聞こえないように声のトーンを落として、
「かおりちゃんのお母さんの事」
「なんだ、それならトイレにでも行ってるんじゃないのかなぁ」
そんなわけあるか!
まったく、こんな長いトイレなんてあるわけ…
その時、アタシの脳裏に再びひらめきが走った
トイレ…
そして、メモ帳に書かれていた言葉…
様々なイメージが、頭の中でひとつの形を作り上げていく
アタシは理解した
そうか、そうだったんだ!
だから、かおりちゃんのお母さんは…
アタシは急いでカウンターに駆け寄ると、先ほどの女性に、マジックと大きめの紙を用意してもらえるように頼んだ
かおりちゃんに視線を向けた
にらめっこの効果があったのか、少しだけ笑い声をあげている
アタシは自分自身に言い聞かせるように、心の中で強く叫んでいた
かおりちゃん安心してね
あなたのお母さんは、アタシが絶対に見つけてみせるから!
何気なく横を見やると、にらめっこをしているアイツの変な顔があった…
思わずため息がもれた




