†3
間抜けな事に、アタシはエスカレータの出口で1分ほどアイツを待ってしまった
上のフロアから下りてくる方々が、横目でアタシを胡散臭そうに見ていくので、アタシはその度に、どうもぉ、なんて無意味な愛想笑いを披露するハメになった
しかしそんな努力も虚しく、アイツが下りてくる気配はまったくない
このまま待っていても埒があかないと判断したアタシは、結局迎えにいく事にした
まったく、アタシはアイツの保護者か!と言う突っ込みをさりげなくしながら
アタシはぐるりと反対側に回り、上りのエスカレータへと飛び乗った
先ほどのフロアに戻ると、何をしているのかアイツはエスカレータの横で壁にもたれかかっていた
「ちょっとアンタ、何してるのよ」
「あぁ…忘れ物? あっ、トイレだったら下のフロアにもあったよ」
忘れ物ってアンタね、と言おうして、アイツがアタシではなくあらぬ方向へと意識を向けている事に気がついた
「何、ちょっとアンタ、何見てるのよ?」
「うん、それがさあ、ほらあの子…」
アタシはアイツが指差したその先に視線を向けた
1人の少女がいた
幼稚園児くらいの年齢だろうか、ショートカットの可愛らしい女の子が、今にも泣きそうな顔で周囲をキョロキョロと見回しているのだ
その瞳にはありありと不安の二文字
まさかあの子…
アタシはアイツの目を見た
アイツはこくりと頷いて、
「君も気がついた?」
「うん、ひょっとしてあの子、迷ーー」
「そうなんだ。あの子小さい頃の君に似ている…って、痛い! なん…で殴るんだ…よ…。しかも…みぞおち…」
アンタはそんな理由でアタシを放置したのか
「アンタねぇ、違うでしょ。あの子迷子なんじゃないの?」
アイツはお腹を押さえながらも苦しそうにあの子を見た
「わ、分かってるってそんな事。ちょっとしたアメリカンジョークじゃないか」
どの辺がアメリカンなのよ
と言う突っ込みすらせずに、アタシは再びあの子に視線を移した
さっきと同じように、2つの売り場を行ったり来たりしているだけだ
「やっぱり迷子なんだわ。行ってみましょ」
その子の傍まで行ったアタシは、跪いて微笑んだ
「ねぇお嬢ちゃん、お父さんかお母さんは?」
その子はきょとんとした表情になり、恐る恐ると言った感じでアタシの目を見つめてきた
円らな瞳は今にもこぼれ落ちそうな涙で濡れている
頬がふっくらとしている可愛らしい女の子で、薄いピンクのワンピースに、小さなショルダーバッグを肩からかけていた
アタシはもう一度同じ質問をした
すると彼女、何が気に入らなかったのか突然泣き始めたのだ
「ちょ、ちょっとどうしたのお嬢ちゃん?」
そのリアクションは正直予想外だった
慌てたアタシはごめんねぇとか、こわかったのかなぁなんて言葉をかけたけれども、それはむしろ逆効果で、結果的に火に油を注ぐ行為となってしまった
そのお陰で売り場を通るお客さん方が、アタシたちを見せ物小屋でも見るかのように、興味津々の顔で覗いていくのを我慢しなければならなかった
困ったな、とアタシは思わずアイツを見上げたわ
でもアイツは少しも動じていない様子でその子の前に跪くと、目の前にさっと何かを出したのよね
それは棒つきのキャンディだった
アイツはそれを見せながら、優しさを凝縮したような笑顔でその子に笑いかけたのよ
「このおばちゃんが怖かったんだよね。さ、このキャンディ舐めながらお母さん探しに行こうか」
どうしてキャンディなんか持っているのかとか、アタシをおばちゃん呼ばわりした事とか、色々言いたい事があったけど、でもそんな問題はひとまず保留しておく事にした(あくまでも保留)
何故なら女の子が泣きやんだから
まるで魔法でもかけられたかのように
ピタリと
女の子は恐る恐るキャンディに手を伸ばして、うんと小さく頷いた
涙はもうこぼれていなかった
「よし、じゃあお兄ちゃんと一緒に探しにいこうか」
うんと頷く女の子
アイツが差し出した手に、彼女の可愛らしい手が重なる
自分だけお兄ちゃんなのね
とは思ったものの、別段腹はたたなかった
手をつないで歩き出した2人の背中を見て、アタシの心はすっかり洗われていたからだ
そう
アタシは昔から知っていた
アイツにこういう一面があるって事を
何故か子供に好かれる才能
困っている人を見過ごせない性分
アタシは知っていたはずなんだ
そう、アイツはーー
アイツはね、
呆れるくらいに優しいんだ




