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†2

アイツは財布売場に佇んでいた

棚の前で苦笑いを浮かべながら

しかも、何故か店員に怒られているし


アタシは深い溜め息をついて天井を仰ぎ見た

またやったのね…

何が起きたのか、アタシは瞬時に悟っていた


アイツには変な癖がある

物があるとすぐに匂いを嗅ぎたくなる、そんな性癖


食品関係はそんな事ないんだけど、新しい服の匂いとか、革の匂いとかが特に好きらしくって


まぁ、アイツがどんな匂いを好きでもアタシは構わないんだけど、その癖は個人の問題だけにとどまらないから厄介なのよね

だって、アイツはそれをどこにいてもやるんだから


多分今も革の財布の匂いを嗅いでいて、店員に見つかってしまったんだろうね

以前には有名ブランドショップで洋服の匂いを嗅いでしまった前歴もある事だし


アタシはその時の店員の、これでもかって言うほど見開かれた目を、いまだに忘れる事が出来ない

おそらく、ネス湖のネッシーが自宅のお風呂場から現れたとしたって、あんな表情はしないだろう


ヤレヤレ…


結局この時は、アタシまで店員に叱られるハメになった

しかも最後には、


「奥さん、確かに旦那さんのした事で実害を受けたわけではありませんが、一応商品ですので、これからはこのような事はーー」


だってさ

しかも奥さん

なんだ奥さんて

どうしてアタシがアイツと結婚しなきゃならないの?

そもそも、アタシがアイツの妻に見えると言うところが気にくわない

どう見たって釣り合ってないでしょ

そもそも外見からして


見て見てアイツの格好

オレ流ならぬアイツスタイル


アタシと一緒にショッピングに来てるっていうのに、何故頭に寝癖があるまま?

なにゆえサンダル?

しかも、スマイルマークの入ったピンクのTシャツに、グリーンのおじさんくさいダウンジャケットって…

一体どんなファッションセンスなのよ!?


そう思っていたら、後でアイツにこう言われたけど


『君が突然僕の車のキー持って行ったからじゃないか。だから、そこら辺に落ちてた父さんのジャケットひっつかんで、慌てて追いかけたら…こんな格好になった』


…まあ…ね…

うん、ごもっとも

仕方ないからシュークリーム2つとコーヒーにおまけしておいてあげるわ


まあ、それはともかく、財布売り場でげんなりとしたアタシは他の買い物を済ませた後、アイツにこう言ってやったの


「1つ言っておくけど、アタシと一緒の時はもうアレやらないでよね」

「アレ? 何アレって。日本人の悪い癖だなぁ。すぐになんでも省略するんだから。ほら、マクドナルドをマックって言ってみたり、パーソナル・コンピュータをパソコンって言ったりさぁ」


それを言うならすぐ代名詞を使う、じゃないの?

アレとかコレとかソレとか…


「そうじゃなくて、アンタの癖の事よ。もう金輪際やらないって約束してくれない?」

「いやでもさぁ。あの匂いが落ち着くんだよね。それに同じ革でも微妙に匂いがちが…」

「いいから、や・く・そ・く・してくれる」


顔を近づけてすごむと、アイツは苦笑いのまま、


「ははは…と、ところで金輪際の語源て知ってる? も、元々は仏教用語でさ、金輪は3輪の1つで大地を表しているんだ。さらに金輪の下には水輪てのがあってね、金輪際は金輪と水輪の間、つまりは大地の奥底って事なんだよね。そのために徹底的とか言う意味合いで使われていたものが、今では絶対に、と言うような意味合いに…。ど、どうかなコレ?」

「その豆知識がこのシチュエーションでどう役にたつわけ」

「た、たたないね」


ヤレヤレ、この男は…

アタシは溜め息をついてから、深窓の令嬢よろしく上品そうにおほほと微笑んでみせたわ


「まぁよろしくてよ。その代わりアンリ・シャルパンティエのシュークリーム10個お願いね」

「10個!? …さらに太るよ」


とりあえずアイツを殴っておいた


そしてアタシたちは帰るべくエスカレータに乗ったのだけど…

いや、乗ったはずだったんだけど、

振り返ってみたら、アイツが再びいなくなっていたのよ


またかと思ったわ


階下で無人のエスカレータを、呆然と見上げるアタシ…

その場でぽつんと1人佇むアタシ…


今度は一体何なの!?


アタシの頭の中では、エスカレータの作動する機械的な低音だけが、虚しく響いていた…



この後ちょっとした事件が起きるんだけど、エスカレータの引力に引きつけられていたアタシには、もちろん知る由もなかったのよね


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