バレンタイン目前の再開
彼女との再会は偶然だ。
私には、彼女に未練なんて無い。これは確かな事実なのだ。この瞬間まで思い出す事も無かった。
だけど、彼女は昔を懐かしむように言った。
「久しぶりね」
私は困惑したように答える。
「あぁ。あれから十年か」
そして、彼女から見ても、この再会は偶然なのだ。
私には、そう思えて仕方が無かった。いや、信じたかっただけかもしれない。
そんな、私の思いを裏切るように、彼女は思い出について語り始める。昔と変わっていない上品な笑い声とともに。
「懐かしいわね。あなたとは随分と濃密な時を過ごしたのだと思うわ……。うふふ。まるで、昨日の事のように思い出せるもの」
こういう話は、どこで火がつくか解らないものだ。
私は念のために、拒絶の意思を言葉に乗せる。
「そうか? 今まで忘れていたよ」
「あら。随分な言い草ね。一緒にお風呂に入った事も忘れたのかしら?」
彼女は、まるでこちらの意図を見透かしたように、一番触れて欲しく無い思い出から話し始める。
そして、私にとっては忘れ去りたい過去を次々とを語りだした。
苦虫を噛まされたような私の心境とは裏腹に、彼女はとても嬉しそうだ。
「あなたは、初めての人だわ。私にとって、いろんな初めての人。初めて手をつないだのも。キスをしたのも。お風呂だって、もちろんそうね」
「悪いな。全く思い出せないよ」
本当は覚えていた。だけど、とにかくこの話題から逃げたかった。
「そう? 酷いのね。でも、仕方ないか。あなたは本当にモテたものね。私の事なんて、忘れちゃうよね」
「それも、十年前の話だろ? 今では、どこにでもいる人間に成り下がったよ」
彼女は、私の仕打ちに怒りもせずに落ち込んでしまう。そんな所も昔から変わらないな。
この十年。私にもいろいろな事が起きた。
新しい恋人が出来たかもしれないだろう?
頼む、これ以上は踏み込んで来ないでくれ!
……。彼女は、やっと私の気持ちが解ってくれたのだろうか。
「まぁ、いいわ。今日はお互い頑張りましょうね。キヨちゃん、会えて良かったわ」
そう言って、自分のいるべき場所へ向かう。
キヨちゃんと呼ばれるのも久しぶりだな。
今日。2月12日は高校の推薦入試日。
バレンタインの2日前だった。
私はもう一度、自分に言い聞かせる。
――偶然だよな
試験も無事終わり、校門を抜けると彼女が待っていた。
「来る時も一人だったもんね。帰りも、もちろん一人なんでしょ? ご一緒いいかしら?」
本当は断りたかった。
だけど、体の良い、言い訳も見つからない。
「あぁ。好きにすればいいさ」
「良かった。明後日はバレンタインでしょ。 チョコレートを一緒に選んでくれないかしら?」
勘が良いのか鈍いのか解らない。彼女は昔からこうだった。
私は悟った。もう、直球で言うしかないだろう。
「同じ高校に通う事になっても、昔話はするなよ。もちろん、別の高校に行く事になってもだ」
「あら? 不都合でもあるのかしら?」
「私も15才だ。恋の一つでもするさ。片思いだけどな……」
彼女はとても意地悪な笑顔をよこして、こう呟いた。
「キヨちゃんは、昔から変わらないわね。せっかく可愛いんだから女の子らしくすれば良いのに」
「それは無理だ。私は今も昔も、こうなのだ。誰がどうしようと変えようが無い」
私の言葉は、彼女の意地悪な笑顔に燃料を与えてしまっただけだった。
「そのわりには、髪型は女の子らしくなったね。自分で気づいて無いだけ! 随分と変わったと思うわよ」
彼女の言葉が照れくさかった。彼女の言葉を無視して、自分の意向だけを伝える。
「いいか。なぜか、同性愛の噂まであるんだ。頼むから、昔話は人前でしないでくれよ」
それにしても、久しぶりに再開して『チョコを買うのを付き合え』か……。
おっとりした性格や口調とは裏腹に、実は強引なところも変わっていないな。
バレンタイン。
私もチョコの一つでも買えば、女の子らしく見えるのだろうか?
片思いの相手。あの野球部の彼にも。